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オーバークック! ~導かれし腹ペコたち~【ブラッシュアップのため更新停止中】  作者: 十返香
一章 「少年立志」編

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11品目 冷やしから揚げ

 しん、と静まり返った試験会場で、淡々とウルスラの審議が進んでいく。さきほどのやり取りが効いたのか、不合格になっても騒ぎ立てるような受験者は一人としていない。


「不合格です。お疲れ様でした」


「は、はいぃ……」


 一人、また一人と肩を落として試験会場から去っていく。不合格の理由は明白だった。味が不味いか、調理手法が拙いか、もしくはその両方か――


(………………はぁ)


 ウルスラは機械的に試食を続けながら、少しずつ疲労が蓄積していくのを感じていた。似たような味。似たような失敗。創意工夫の欠片もない料理の連続に、舌も心も麻痺していくような錯覚すら覚えだす。


 身悶えしそうになるのを、なんとか我慢していたその時――



「ほんじゃまあ、よろしく頼まあ」



 のほほんとした声と共に、ことり、と置かれた一枚の皿が目に入った。


「あら、貴方は……」


 顔を上げたウルスラの表情に、ようやく笑顔が戻る。


「貴方の料理、とても楽しみに待っていたのですよ。シローくん」


 シローもまた、屈託のない笑みを浮かべた。


「そりゃあ責任重大だな。ま、ご期待にそえられるよう精一杯努力したつもりだぜ」


 頬を緩めたウルスラが、どれどれ、と料理に視線を向ける。


「これは…………うん? から揚げ、なのかしら……?」


 皿の上には、大小さまざまな肉片を衣で包んだ揚げ物料理があった。しかし、妙なことに気づく。皿が冷たい――いや、皿だけではない。から揚げ自体から、ひんやりとした冷気が立ち昇っているではないか。


(なに、コレ……どういうこと? わざと冷やしてる?)


 怪訝な顔をしたウルスラが、ほっそりとした顎に指を這わせた。


 揚げ物が一番美味しいのは、揚げたてに決まっている。冷めた揚げ物など、ウルスラは見たことも聞いたこともない。


「ま、お姫さんも、そうつまらん顔しなさんなって。そのから揚げはな、この状態でこそ、もっとも美味く味わえる料理なんだからよぅ」


 シローは泰然とした態度で腕を組むと、自信満々に「ふふん」と口角を上げる。



「名付けて、シロー特製『大猪豚ホグジラの冷やし唐揚げ』だ。さ、冷たいうちにご賞味あれ」



(つ、冷たいうち、と言われても……)


 ウルスラはおっかなびっくり、から揚げを箸で掴むと目の高さまで持ち上げた。直前まで皿ごと氷で冷やしていたのか、ヒンヤリとした冷気が鼻先にまで感じられる。


「で、では……いただきましょうか」


 未体験の料理に困惑しながらも、ウルスラはおそるおそる料理を口へと運んでいく。そして、歯が衣を噛んだ次の瞬間――




 バリバリンッ!




 信じられないほど軽やかで心地のよい音が、口の中で響き渡った。


(な、なんですの、この歯ごたえは――!)


 驚きに口を抑えながらも、噛み進める口は止まらない。まるで薄氷を砕くような食感のあとに訪れる、しっとりとした重厚な肉の旨味。噛みしめるたびに、中から肉汁がじゅわっと溢れだす。


(この肉……野趣があるのに、まったく臭みがない……!)


 大猪豚(ホグジラ)ならではの力強い風味が、舌の上でしっかりと主張している。だが不思議と荒々しさはなく、むしろ深いコクへと昇華されていた。冷やされたことで、獣肉特有の脂のくどさが抑えられ、旨味だけがガツンと凝縮されている。


 そこに重なるタレの味――ねっとりとした甘みに、ピリッとした辛み。それが交互に舌を刺激して、肉の野性味と絶妙に調和していた。


「んんっ……!」


 思わず漏れでる声に、ウルスラは慌てて口を手で隠す。


(あぁ、もう……なんですの、この料理はっ!!)


 ウルスラは夢中になって二つ目、三つ目と口に運んでいく。冷たいからといって、肉が固くなっているわけではない。むしろホロホロとほぐれる柔らかさ、そして冷たさが、疲弊していた口内に心地よい。


 それにこの香り。から揚げの表面にまぶされた炒り白ゴマが、噛むたびに香ばしさを炸裂させる。オールスパイスのエキゾチックな香りと相まって、口の中が異国の市場バザールのような賑やかさに満たされていくようではないか――



 気がつけば、すでに皿は空になっていた。



「ぷはぁぁ…………」


 頬を赤く染めたウルスラが、満足げに吐息を漏らす。侍女や他の受験者たちが、その婀娜あだっぽい仕草を目にして、なんとも言えない表情を浮かべていた。


「――シローくん」


 ナプキンで口元を拭ったウルスラが、興奮を抑えるよう努めて冷静に問いかける。


「貴方はなぜ、あの大猪豚ホグジラでから揚げを作ろうと思ったのでしょう? 普通、から揚げといったら鶏肉こそがベストチョイスでしょうに……」


「なぜって……そりゃ姫さん、質問がおかしいぜ」


 シローが眉をひそめる。


「調理方法をどうするかなんて、『何の肉か』より『どんな肉質か』で判断するモンだろ?」


(――っ!)


 その言葉に、ウルスラは静かに瞠目した。食材の本質を見極める力――まさに今回の試験で問うていたものを、この少年は当たり前のように備えている。


「あの猪豚イノブタを解体していて気づいたんだがよ。ヤロウの肉質自体はイノシシやブタっつーより、どっちかってえと鶏寄りの水分がおおい部位が多くてな。臭みはあるが、香辛料つけて揚げりゃあ何とかなる程度レベル――こりゃから揚げにしたら美味ぇんじゃねえの? と思ってやってみら、そいつがドンピシャよ」


 シローの言葉に、ウルスラは次の質問をぶつけた。


「では、なぜ冷やそうと?」


「ん? だって他のヤツら、似たような料理ばっか作ってたからな」


 シローが屈託なく笑う。


「お姫さんもそんなモンばっか食ってたら、いい加減飽きるだろうと思ってよう。それに、これだけ大勢の人がいるんだ。デキ立てアツアツをお届けってのは現実的じゃねぇ。だったら最初から『冷たくて美味い料理』にしちまえばいいって思っただけさ」


(……冷めても美味しい、ではなく、冷たいから美味しい)


 普通なら減点対象でしかない『冷めた揚げ物』を、むしろ長所として活かす逆転の発想。ウルスラは感心しながら、ふとあのバリバリとした食感を思い出した。


(そういえば、あの歯ごたえ……)


 皿に残ったから揚げの欠片を箸でつまみ上げ、目を凝らす。衣の断面がまるで鎧のように幾重にも折り重なっているのがわかった。


(これは……二度、いえ、三度は油をくぐらせている?)


 なるほど。このクリスピーな衣こそが、冷めても美味しく食べられる食感を担保しているのだ。普通の揚げ物は冷めると衣がしなびてしまうが、この分厚い鎧のような衣なら、冷やしてもバリバリの食感を保てる。


 そして、冷たい温度帯では味を感じにくくなる。だから味付けは濃い目に。油のしつこさも冷やすことで抑えられ、むしろ味の輪郭がくっきりと浮かび上がる。すべてが計算され尽くした料理なのだ。


「――なるほど。大したものですわ」


 感心した様子のウルスラを見て、シローが得意げに鼻を鳴らした。


「へへっ、よくデキてただろぉ?」


 その顔を見て、ウルスラは思わず笑みをこぼす。と、そこでふと気になったことを思い出した。


「そういえばわたくし――オールスパイスを使った理由だけが、どうしても腑に落ちませんの」


 大猪豚ホグジラの野趣あふれる味わいには、もっと最適なスパイスだってあったはずだ。なのに、なぜあえてオールスパイスを?


 シローが「ああ」と呟くと、照れたように頬を掻いた。


「姫さん、アンタ、このあとも試食が控えてんだろ?」


「え、ええ。それはそうですけど……」


「だからだよ」


 ぷいっとそっぽを向くシローを見て、ウルスラはあることに気づく。そういえばオールスパイスには、消化促進作用があったハズだ。大量の試食で疲れた自分の胃を、少しでも気遣おうとして――


 ウルスラの口元に、自然と笑みがこぼれた。年齢に似合わない技術、斬新な発想、そして相手を思いやる心遣い。すべてが規格外の少年だ。



 ――ウルスラがパチリと指を鳴らす。



「おわっ、なんでぃコリャ?」


 シローの首から下げていた受験票が光り、プレートが金色に色づいた。


「――おめでとうございます、シローくん」


 ウルスラは本心から賞賛し、満面の笑みを浮かべた。


「いまのわたくしの権限では、五級調理士以上の資格しか与えられないのが、とても残念です」


「へ? じゃあ――」


 戸惑うシローに、はっきりと告げる。


「合格です、シロー五級調理士殿。我ら調理士ギルドは、貴方の来訪を心から歓迎いたします」


 ようやく出た合格者に、試験会場がこの日一番のどよめきを上げた。


「おぉおおおおおっ!」


「マジかよスッゲぇ!!」


「やるじゃねぇか、坊主っ!!!!」


 シローが受験者たちにもみくちゃにされながら、「へへっ。あんがとよ」と声を弾ませて笑っている。


「それにしても不思議な少年っスねぇ」


 近寄ってきた侍女の言葉に、ウルスラが「ええ、本当に」と本心から応えた。


 シローの背中を見つめながら、ウルスラは好奇心を抑えきれなくなった。あの特異な少年の本質を、どうしても見てみたい。


(ごめんなさい、シローくん。少しだけ――)



『鑑識眼』――――ッ!



 ウルスラの瑠璃色の瞳が、朱に染まっていく。鑑識眼。王族に伝わる固有能力ユニークスキル。あらゆる『もの』の状態を見通し、すべてを解明する不可避の力。本来は興味本位で使うことを諫められているものの、彼については興味が尽きない。


 瞳に力を込め、シローの背中を見つめる。すると――


(……えっ?)


 目に映った能力値に、ウルスラは息を呑んだ。


 --------------------------------

 Lv  3


 筋力 D

 魔力 F

 耐久 E

 幸運 B

 敏捷 C

 特殊 EX


 保有能力スキル

 ・無し

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 とても10歳かそこらの子どもの値ではない。単純な数値だけなら、五級冒険者と同等かそれ以上。特殊カテゴリに至ってはEX――埒外の値だ。


 そして、その中に見慣れない文字を発見する。



 特殊能力ユニークスキル

 ・含哺鼓腹がんぽこふく



(これは……能力スキル名なの?)


 この世界で顕現している能力名は、通説ではその9割が判明していると言われている。ウルスラも王族の嗜みとして、ありとあらゆる能力について学習済みだ。しかし、こんな能力(スキル)名は見たことも聞いたこともない。


 その効果を読み取ろうと瞳に集中すると――



『食えば喰うほど強くなる』



(なんですの、これ……!?)


 初めて目の当たりにする説明文テキストに興味がわき、さらに詳しく見ようと目を細めた瞬間、信じられないことが起きた。



 縺ゅ>縺縺医♀縺、死縺ョ谿九ジ、[ERROR]0x、ああぁ縺!!



 シローの能力値を示す文章の一切合切が、大きく歪み始めたのだ。


 文字そのものがぐにゃりと形を変え、まるで生き物のように胎動する。そして――









『ミィ』


『タぁ』


『ナアァ?』









 文字が、ウルスラを見つめるように、蠢いていた。






「――――――っ!」


 ぞっとしてのけぞったウルスラが、勢い余って尻もちをつく。


「だ、大丈夫っスか、ウルスラさまっ!?」


 慌てて駆けつけてくる侍女に支えられながら、ウルスラは荒い息をついた。全身に冷や汗が浮かび、手が小刻みに震えている。


 遠くで他の受験者と談笑するシローの姿が見える。あどけない少年の姿。だが、その中に何か、得体のしれないものが潜んでいる――


(シローくん、貴方はいったい……?)


 ウルスラは胸を押さえ、不安と好奇心が入り混じった視線を、その小さな背中に送り続けていた。





『冷やしから揚げ』や前述の『焼かない玉子焼き』は、実際にある料理です。

既存の食材で再現できますので、ご興味のある人は是非チャレンジしてみてくださいね。

(ちょぉーっと手間がかかりますケド……)


では、キリがいいところで告知です。

拙作を楽しんでいただけましたら、一人でも多くの方に読んでもらうきっかけに繋がりますので、なんらかリアクションを頂けると嬉しいです。


よろしければブックマークも是非。


次回からは新しい展開がスタートしますので、引き続きお楽しみくださいませ。




第二章【星照祭編】開幕!  次回「エルカドの街」

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