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星の紡ぎ人  作者: ひかげ
第四章 紅の鷲

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第四章④ 遠い日への記憶(下)



「かつて、まともな政治体制が確立されていない時代、何より物をいったのは力でした。元より星の力を宿す者が台頭し、圧倒的な権力で民を統治したのです。ここまではご存じでしょう?」


 アマネールは静かに頷いた。重い内容ではあるが、エステヒアでも長老に聞いた話だ。


「ある時、そんな混沌の時代に一筋の光が差しました。天結が発明されたのです。多くの民が、ルグラと繋がりし者の調和を夢に見ました。


 しかし、現実はそう甘くありませんでした。禍黎霊使いは天結に怒り心頭。そもそも、奴らの多くは卑劣な排他主義者でしたから、当然といえば当然でしょう。ですが、その憎悪は度を越していました。奴らはアリス様と天結の排除はおろか、果てに()()()()()()()()まで望んだのです。かくして史上最悪の争い、天命戦が勃発しました。


 さて、個々の能力で言えば、明らかに禍黎霊使いに軍配が上がるでしょう。ところが、戦争にはアリス様たちが勝利した。勝因は様々ささやかれていますが、その一つに挙げられるのが、数の優位です。


 天結のおかげで、ルグラが兵力として開花したのです。繋がりし者とルグラでは、圧倒的にルグラの方が多い。塵も積もれば山となるように、多くのルグラが力を合わせれば、十分に禍黎霊に対抗できました。


 さらに、数の優位は戦力以外の面でも力を発揮しました。情報収集、物資の調達、負傷者の治療など、戦争を支える様々な役割を担ったのです。反面、武力一辺倒の禍黎霊使いには、そうした支援体制が決定的に不足していました。開戦からしばらくして、奴らはその事実を認識させられたことでしょう」


 セルルスは一度言葉を切り、深く息を吐いた。アマネールは何となく、これから語られるのがもっと重く、痛ましい話であろうことを察した。


「必然的に、禍黎霊使いたちは配下を求めるようになりました。それも、特殊な配下です。平時には労働力として酷使し、戦時には人質として弄び、用済みになれば処分できる、生きた道具を欲したのです。無論、差別的な彼らにルグラを身近に置く選択肢はない。そこで目をつけられたのが、私の先祖ような非力な星導師です」


 アマネールは声も出なかった。話のいきさつを理解し、その卑劣さに打ちひしがれていた。


「ある日突然、戦いの隙を突いて、アリス様を支える幾人かの星導師が攫われました。私の祖先も、そのうちの一人でした。


 セルルス家は星導師の血筋ですから、元来星の力には恵まれていました。ただ、肝心の星霊は飛び魚座。どう贔屓目に見ても、力があるとは言えません。だからあっけなく攫われ、奴隷として囚われたのです。


 解放を望もうものなら、首をはねると脅されました。非力ゆえに、それ以上の抵抗はできませんでした。こうして私の先祖は監禁され、生ける屍同然の生活を強いられることになりました」


 穏やかな口調のセルルスの声に、果てしない憎悪がちらついている。彼のこんな声音を聴くのは初めてだった。


「先祖の記憶を、私は不定期で夢に見ます。今も脳裏に焼き付いていますよ。あの冥跡は」


 冥跡とは、禍黎霊のもやが生み出す(すす)のような痕跡だ。アマネールも過去に二度、エステヒアと本土でそれを目にしていた。


「通称、三本の鉤爪。私の先祖をこき使った()()()()()()()と、その右腕である()()()の禍黎霊の冥跡です。猟犬座は二匹の猟犬で象られる星座ですから、ケンタウルスと合わせて計三体。ケンタウルスは両脇に猟犬を従えていたため、四足歩行の冥跡が横に三筋並ぶんです。まるで、巨大な鉤爪のように」


 セルルスの発言で、アマネールはいつの日かノアが言ったことを思い出した。天命戦の勢力について問いただした時の話だ。


 ーー厄介だったのは、ケンタウルス座にオリオン座。この二人で禍黎霊使いを率いてたらしいぜ。


「ねえ、セルルスの先祖を捕らえていたのって、もしかして......」


「ええ。名を、ヴァイア・インフェリオール。ケンタウルス座の禍黎霊を宿し、腹心のヴィーネルザと共に、アリス様と天結の殲滅に乗り出した頭首の一人。残虐非道な支配のもとに、多くの民が滅んだおぞましい悲劇、()()()()()()()です」


 言葉の重みに、何と答えていいかわからなくなったアマネールの肩を、セルルスは優しく叩いた。


「なに、ただの昔話です。それより、今の時代の素晴らしさたるや。希望を持てる。明日を待てる。全ては天結を生み出したアリス様と、彼を支えたハル様のおかげです」


 セルルスはいつもの柔らかな笑顔を浮かべている。


「暗闇を彷徨っていた私の先祖を、彼らが救い出してくださった日のことは、まるで自分の体験のように胸に刻まれています。一生忘れることはありません」


 セルルスはカフリンクスを外し、それを西日にかざした。宝石が内部で光を反射して、黄色の煌めきを周囲に散らしている。


「ぜひとも、ご覧になってくれませんか? 星導師セルルス家が代々受け継いできた、アリス様とハル様との出会いの記憶です」


「いいの? 天戒律(てんかいりつ)があるでしょ?」


 天戒律(てんかいりつ)とは、星霊の継承権を守るための仕組みである。天結に込められた記憶を追体験できる者を制限しているのだ。星導師の天結には、その血筋でない者を拒む制約が掛けられるのが基本だった。


 アマネールが気に掛けたのはこの制約だった。天戒律に制限される者は、その()となる人物の意思がなければ記憶の追体験ができないのだ。


「当然でしょう。ご自身を誰だとお思いで?」


 セルルスが少年にカフリンクスを着ける。アマネールは次第に、意識が庭園から離れていくのを感じた。



 ひんやりとした石床に足が触れた。分厚い扉に閉ざされた、薄暗い牢獄だ。窓は格子で遮られ、壁の両脇に立つ柱には松明が掛けられている。


 柱の間にうずくまる人影を認めた瞬間、アマネールの背筋に悪寒が走った。


 その身体は痩せこけており、顔は青白く、両腕を鎖で縛られていた。天命戦のさなか、インフェリオールに監禁されていたという、星導師セルルス家の先祖に違いない。


 アマネールはごくりと唾を飲んだ。数多の命を奪った慄然たる戦争の片鱗を垣間見て、えも言えぬ嫌悪感がむかむかと湧いてきたのだ。


 その時だった。風を切る音が響き、大地が鳴動した。その衝撃で、牢を閉ざす扉の蝶番は吹き飛び、観音開きの扉が開いた。


 現れたのは、底抜けに美しい天馬であった。群青に透き通った両翼を携えた胴体には、アマネールも見覚えのある二人の男が跨っている。青みがかった黒髪の青年と、絹糸のような白髪の青年だった。


 遠き三百年後も、人々に英雄として崇められる二人の星霊使い、アリス・シアステラとハル・アミタユスだ。


 突然の出来事に、セルルスは口をぱくぱくさせるばかりで、まともにものを言えない様子である。ハルはすぐにペガススから降りると、セルルスの拘束をほどき始めた。


「......なぜ? なぜです? ............一体何が?」


 ようやくセルルスの口から声が出た。かすれ切った声色が、彼の消耗を物語っている。


「そんなに怯えなくていいじゃないか」


 ハルに続いて、天馬から降りたアリスが苦笑した。


「申し訳ございません。私はてっきり、インフェリオールが見回りに来たのかと思いまして」


 アリスの笑いが深くなる。これにはハルが申し立てた。


「あんなむさくるしいのと一緒にするのかい? 自信なくすよ。僕、もうちょっと男前だろうに」


「やって来たのは、セルルス」


 アリスはお得意の、恥じらいと誇りが混じったような笑みを浮かべた。


「新たな時代だよ」


 ひゅーっとハルがはやし立てる。セルルスの口があんぐりと開いた。ついでにアマネールの口も開いた。ノアよりもキザな人間がいるとは思わなかった。


「それじゃ......戦争は?」


 現実が到底信じられないのか、セルルスは呆けきった顔をしている。


「僕らの勝ちさ」


 ハルは満面の笑みで宣言した。


「あのインフェリオールを、どうやって?」


 眉にしわを寄せるセルルスは、依然として懐疑的だ。


「今となっては、奴は過去の人物に過ぎない。それも悲惨な過去だ。君が知る必要はないよ」


 アリスは穏やかに制した。


「さ、帰ろうセルルス。君の居場所はここじゃない」


 ハルが促すと、セルルスは感極まったように謝意を絞り出した。


「あ......ありがとうございます。私は......」


「全てはこいつのしたことだよ。お礼なら、このアリス・シアステラに言ってくれ」


 ハルは両手をひらひらと振りながら、アリスを華々しく紹介した。


「シアステラ様、この度は本当に......なんとお礼をすればいいのやら」


「その堅っ苦しい感じをやめてくれ、セルルス。僕にはそれで十分さ」


 アリスはそう言ってセルルスの左手を、ハルは右手を引き上げた。二人の英雄に支えられ、煌めく群青の天馬に跨る男の姿を最後に、アマネールの視界がぼやけ始めた。



 じきにアマネールの意識は現代へと戻ってきた。バジュノン宮殿の前に広がる庭園の一角で、セルルスと並んで座っている。


「すごいね、二人とも。慕われるわけだ」


 物語の主人公さながらだった二人に、アマネールは素直に感心していた。


「何を言ってるんですか。君だって」


 アマネールがきょとんとする。


「私を蛇から救ってくれたアマネールは、記憶に住むアリス様より格好よく見えました。


 私はね、アマネール。君が持つ星の力は、誰かを助けるために宿ったのだと思います。かつてアリス様が、私の先祖を救い出してくださったように」


 セルルスは優しく微笑んだ。


「だから、エステヒアの件はセルルスが僕を庇ったのが先で......」


 アマネールが正確な事実を思い出させようとすると、セルルスは意地悪げに遮った。


「先日の試合でも、間一髪で彼女を助けたじゃないですか。ユリさん、でしたっけ? 中々お似合いに見えましたけど」


 にやつくセルルスを前にしたこの時ばかりは、親しく接するよう諭した先ほどの自分を殴りたくなった。


「結局負けた」


「ごめんなさい。つい」


 アマネールが投げやりに返すと、セルルスは微塵も悪気なさそうに謝った。


「それから、負けたなんて悲観するのはおやめください。あの試合でアマネールは、たしかに星霊を顕現したのですから。星霊使いとして大きな成長です」


 セルルスに言われて、アマネールは思い出した。白金剣団との試合で、僕は紛れもなく星霊をこの身に宿したのだ。しかしーー。


「でも僕、前世の記憶が戻ったわけじゃないんだ。だから、もう一度やろうにもできないんだよ。あの時限りさ」


「そうですか。であれば、試合の状況が前世の記憶と合致したのかもしれません。半ば強制的に、前世と繋がったのでしょう」


「それ、前にウテナにも言われたよ。僕がエステヒアで蛇と対峙した話をした際に」


「そうですか。女王様が」


 物思いにふけるように、セルルスは言葉を区切った。


「もし辛いことや困ったことがあれば、ウテナ様を頼るといいですよ。彼女には間違いなく、王たる天賦の器があります。星霊の扱いにも長けていて、変に偉ぶったりもしない。それでいてかわいらしく、何より頭が冴える方です。私とは見えている世界が違います。女王様は必ずや、君を導いてくれるでしょう。それに何があろうと、アマネールの味方でいてくれますよ」


 セルルスは最後に、晴れやかな表情で付け加えた。


「私と同様にね」



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