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星の紡ぎ人  作者: ひかげ
第四章 紅の鷲

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第四章③ 遠い日への記憶(上)



 月日は矢のように過ぎ、十二月になった。細かな雪がちらほらと舞い落ち、薄く積もり始めている。


 冬の訪れに彩られた街並みの中で、アマネールは沈鬱としていた。ひと月前、ミフェルピアと交わした約束は果たせそうにない。


 この一か月、アマネールは手を尽くしたつもりだった。以前にもまして資料を漁り、少しでも怪しげな場所は隈なく調べた。しかし、件の天結の在処はおろか、わずかな痕跡さえ見えてこない。


 元より、紅の鷲に関する手掛かりが乏しいのはわかっていた。その天結を探し当てるなど、雲を掴むような試みだったのだ。それをまざまざと思い知らされた一か月だった。


 すでに禍黎霊使いは、父さんの天結の所在を突き止めたのだろうか? 非道な輩に父の力が悪用されると思うと、アマネールは腹の底から怒りが込み上げてきた。


 せめてもの救いは、ミフェルピア率いる白金剣団(プラチナム・オーダー)が天煌杯を勝ち進んだことだ。おかげで年明けまでは猶予が得られる。


 しかし裏を返せば、新年を迎えたら禍黎霊使いが動くのも確実だろう。残り一か月で事態が好転するとは到底思えない。まさに八方塞がりだった。


 そんなアマネールの元に、思いがけない吉報が飛び込んできた。セルルスが十分に回復し、無事に退院したそうだ。現在は星斗会の支援者として、年末の結星祭(ゆうせいさい)の準備に携わっているという。


 結星祭とは、かつてアリス一派が天命戦(てんめいせん)に勝利し、あまねく人と星座が結ばれたのを祝う祭りである。聞いたところ、バジュノン宮殿前の庭園で開催されるらしい。



 アマネールが宮殿に赴くと、庭園の飾りつけに励む星斗会の一団がいた。麗しく装飾された花壇や噴水を見て、世界は平和だとしみじみ思った。よもや禍黎霊に躍起になっている少年少女がいようとは、誰も想像だにしていないだろう。


 アマネールは庭園を歩き回り、潅木の手入れに没頭するセルルスを見つけた。相変わらず紳士然とした装いだ。愛用の燕尾服に身を包んだセルルスは、袖口にカフリンクス型の天結を光らせていた。


 しばらくセルルスの作業を眺めていると、彼もアマネールに気づいたようで、感激したように顔を上げた。


「これはこれは、アマネール様。あなた様のおかげで私は......」


「アマネールでいいよ。エステヒアでは、そう呼んでくれたでしょ?」


 アマネールは陽気に付け加える。


「別に、君だっていいんだよ?」


「その節は大変失礼いたしました。出過ぎた真似をしてしまいました」


「堅苦しいのは勘弁だよ。僕を崇拝するなら言うことを聞いて。さもないと僕、口きかないぞ」


 アマネールの脅しに、セルルスは困ったように口元をほころばせた。どうやら観念してくれたようだ。


「また会えて嬉しいです、アマネール」


 アマネールはにっこりと笑った。



「改めまして、先日はありがとうございました。おかげで元気になれました。アマネールがいなければ、私は死んでいたそうです」


 二人で芝生に腰を下ろしたところで、セルルスが口を開いた。


「どの口が言ってるのさ。その前に、セルルスが僕を助けてくれたんだろ?」


 ハル・エトワーレ広場での一夜を思い出しつつ、アマネールは返した。


「いやはや、私は......その節は本当に、出しゃばった振る舞いを......」


 赤ら顔でしどろもどろになるセルルスが、アマネールにはおかしくてならなかった。


「ありがとう」


「そんな......おやめください。その......あの。私はただ」


「助かったよ」


 口端を持ち上げて、アマネールは追い打ちをかけた。セルルスはとうとう折れたらしく、アマネールを見据えて誇らしげに微笑んだ。


「どういたしまして」



 こうしたやり取りの末、セルルスはついに心を開いてくれたようだ。アマネールからすれば、変に謙遜されるより遥かにありがたかった。


「私は一族の誇りです。エステヒアに降り立った繋がりし者(ファビロス)の盾になれた上に、命まで救っていただいたのです。これほどの名誉が他にあるでしょうか。未来永劫、語り継いでいただかねばなりませんね」


 セルルスは訳ありげに目くばせすると、ゆっくりと瞼を閉じた。突然、彼の袖口を飾るカフリンクスが輝き始めた。黄色に澄んだ宝石が、夜空で瞬く綺羅星のように照っている。


 セルルス自身は微動だにしなかった。瞑想でもするように、目をつむり続けている。なんだか邪魔しては悪い気がして、アマネールは黙って光る天結を見つめていた。


 三分ほど経っただろうか、セルルスはようやく目を開いた。同時に、煌々としていた宝石も元通りになった。


「何したの?」


 我慢の限界だったアマネールは、堰を切ったように尋ねた。


「天結に記憶を込めたのです。エステヒアでの一夜の記憶を」


 セルルスは得意げに説明を続ける。


「なに、簡単です。天結を身に着けた状態で、込めたい記憶に意識を集中する。それだけで天結に記憶を刻むことができます。ご覧の通り、記憶を込めている間、天結の宝石は星の如く発光するんです。素敵でしょう? 


 こうして後世のセルルス家が、私の記憶を追体験できるようになったのです。先祖様の記憶と共に、私の功績も、煌玉宗(こうぎょくしゅう)の歴史に刻まれたんですよ」


 煌玉宗とは、平たく言えばエステヒアのお手伝いさんである。燕尾服にカフリンクス型の天結がトレードマークの彼らは、古の習わしで星霊を極力顕現しないエステヒアの民を支えているのだ。


「煌玉宗、たしかセルルスの先祖が開いたんだよね?」 とアマネール。


「ええ。正確には、私の先祖ともう一人が協力して開宗いたしました。私たちは三百年も前に、アリス様、もといエステヒアの皆様に久遠の忠誠を誓ったのです」


「セルルスはそれでいいの?」


 アマネールは率直に聞いてみた。生まれながらに生涯を捧げる偶像が決まっているというのは、どんな気持ちなのだろうか。


「もちろんでございます。エステヒアの住民の幸せは、私たち一族の恩人であるアリス様の願いですから。少しでも皆様のお役に立てれば、私はどれほど光栄か」


 アマネールは、前にウテナから聞いた話を思い出した。煌玉宗を開いたセルルス家の先祖は、アリスに命を助けられた過去があるのだ。時は三百年前、天命戦(てんめいせん)というおぞましい戦争が起きた頃に遡る。


「やっぱり、星導師セルルス家もアリス一派として戦ったの?」


 バジュノン宮殿前に佇む二つの銅像に、アマネールはちらりと目をやった。ユニコーンにヘルクレス。当時アリスに与した星霊使いの星霊が据えられている。


「とんでもございません。私の先祖は......囚われの身でしたから」


 哀愁を帯びた表情を浮かべ、セルルスはおもむろに語りだした。



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