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星の紡ぎ人  作者: ひかげ
第四章 紅の鷲

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第四章② 紅の鷲(下)



 瞬間、世界が暗転した。時が止まったかのようだった。鼓動すら聞こえないほどの静寂が、六人を包み込んだ。


「......それって、つまり?」


 ユリがこわごわと口を開き、しじまを破った。


「アマネールのお父さんだと思う。顔立ちが似てるし、兄弟にしては年が離れすぎてるしね。前にエステヒアの繋がりし者(ファビロス)に関する噂を聞いた時、ひょっとしてと思ったんだけど、今日の試合で確信した。ノクスは君のお父さんよ。彼もすっごく速かったんだから」


 アマネールは混乱の渦に呑み込まれていた。意識に黒い霧がかかったようだ。思考がまとまらず、ミフェルピアの言葉が他人事のように聞こえている。前世の記憶さえ戻っていないのだ。父親を覚えているはずがなかった。


「彼が生きてる可能性はないの......?」


 縋るようなユリの願いに、ミフェルピアは伏し目になった。


「......ないでしょうね。残念だけど」


 アマネールに父の記憶がないことは、皮肉にも救いとなった。実父の死を告げられようと、少年はそれほど悲しくならなかったのだ。記憶がない以上、実感がわかないのも当然だった。


 しかし、そんなアマネールに一縷の望みが浮かんだ。ミフェルピアの話が真実なら、この世界のどこかに父の天結が眠っている。鷲座は黄道星座ではない。つまり父は繋がりし者だ。だとしたら、その天結には、父の前世の記憶が残されているかもしれない。もしかしたら、僕にまつわる記憶がーー。


「この道の先に何が待ち受けているか、私にはわからない」


 ミフェルピアは言い方を選ぶように続けた。


「だから、協力しろなんて言えない。でも状況が状況だし、知らせないのも違うかなって。もし話を聞いた君たちが、計画に乗ってくれるなら......」


「僕、やるよ。君たちは?」


 即決したアマネールは、友人たちを見回した。誰も首を横に振らない。


「ありがとう。感謝するよ」


 ミフェルピアはぺこりと頭を下げた。


「とにかく君たちは、天結の捜索に尽力してほしい。それが最優先だ」


「了解。君は?」 とアマネール。


「私もできる限り探してみる。人手は多いに越したことないしさ。


 それと、絶対に天煌杯を勝ち抜くよ。君たちの読み通り、禍黎霊使いは三連覇の狂騒に乗じて攻めてくると思う。だから私たちが勝ち進めば、奴らの動向を読みやすくなるはずだ。変に計画に水を差して、手前で出し抜かれるのも嫌だしね」



 それから少し話をした後、アマネールたちは福腹亭(ふくはらてい)を後にした。アルヴィナの好意で今日の代金は取られなかった。これにはノアが跳ねて喜んだ。


 帰り際に、乙女座のウェイトレスがカボチャジュースの土産をくれた。調子に乗ったノアは「心なしか、アルヴィナに見えてきたぜ。すこーしだけ目を細めればな」とか抜かし、案の定アルヴィナにひっぱたかれていた。アマネールには、目をつむっているようにしか見えなかった。


「心眼だよ、心眼。それに、人は外見より中身って言うだろ?」



 一行がトレッフュから戻る道すがら、ミフェルピアは思い出したように口を開いた。


「そういやアマネール。もう二度と、ウェンディに変な鎌をかけないで」


 やたら深刻そうな表情である。


「僕、何かしちゃった?」


 カボチャジュースを片手に、アマネールはおずおずと返す。


「試合中、紅の鷲について問いただしたでしょ? あれでもあの子、超頭いいのよ。勘もいいし、下手したら私たちの計画が暴かれかねない。さっきも言ったよね? ウェンディは巻き込みたくないの」


「ごめん。気を付けるよ」


「本当にもう、ウェンディったらすぐ思考が飛躍するんだから。試合後なんて大変だったのよ。ウェンディの奴......」


「何? 一体どうしたのよ?」


 リディアが急かした。


「かに食べたくなってた」


 今度こそ、アマネールはカボチャジュースを吹き出した。


「それはそれは、一大事だこと」


 ユリもくすくすと笑っている。


 何よりおかしいのは、ミフェルピアが心底憂いているらしいことだ。ノアなんて、腹を抱えて笑っているというのに。彼はヒーヒー言いながら、ウェンディの声色を真似た。


「ねえミフェル。わたくし、かにが食べたいのです。かに()()()()ですか、ってか?」


 笑いどころというのは人それぞれらしい。どこにツボがあるのか疑問だが、ようやくミフェルピアの表情も和らいだ。「君ってアホねえ」なんて言いながら、けたけた笑っている。彼らは歓談しながら、選手寮への道を歩いた。



◇◇◇◇◇◇


 ミフェルピア、ユリ、リディアと別れ、選手寮の男子棟まで戻ったアマネールは、部屋のベッドに寝転んだ。


 天井を見上げ、福腹亭での話を反芻していると、アマネールは胸の奥がざわついてきた。今もどこかに、実の父親が残した記憶があるのだ。ひょっとすると、自分自身に関連する記憶が。


 見てみたい。知りたい。父さんが後世に残した記憶を。アマネールは本気でそう思った。


 死後の世界で、前世の記憶を失った世界で。こうして前世の家族と繋がるとは、アマネールは夢にも思っていなかった。


「君、父の記憶について考えてるんだろ。父の大切な記憶に息子が関わるのかどうか、気になって仕方がないって顔してる」


 グレイだ。どこか心配そうにアマネールを見つめている。


「悪いかよ」


 完全に心中を読まれ、アマネールはぶっきらぼうに返した。


「いや、全然。別に普通のことだ。俺が君の立場だったら間違いなく気になる」


 ノアは肩を持つように言ったのち、忠告するように付け足した。


「だけど、囚われすぎるなよ。アリスが残した記憶は、前世じゃなくこの世界のものだったんだろ? 確実性がないものに、過度に依存するのはよくない。下手したら身を滅ぼすぜ。君自身がな」



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