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星の紡ぎ人  作者: ひかげ
第三章 天煌杯

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第三章⑪ VS白金剣団(上)



 その夜、アマネールは夢を見た。例の、一面を緋色に支配された夢だ。


 煙に胸が蝕まれ、息苦しさが増していく。何かが喉に詰まったように声が出ず、まるで身体が借り物のように感じられた。


 にわかに、震える声が聞こえた。今際の際で、誰かが救いを求めている。死の縁で、誰かに願いを届けようとしている。だが、アマネールの足は鉛のように重く、思うようには動けなかった。


 ......いつもこうだ。いつも僕が動けずに、僕のせいで......っくそ! 僕しか......いないのに......! 


 渾身の力で踏み出さんとした時、アマネールは汗びっしょりで飛び起きた。夢うつつの視界に見慣れた天井が映っている。選手寮だった。早鐘のような心音が耳に響く中、隣でグレイとノアが寝息を立てている。


 夢と現実の境界が曖昧なまま、アマネールはベッドわきの水差しに手を伸ばした。冷たい水が喉を通り、ようやく現実感が戻ってくる。落ち着いて深呼吸していると、ふと天煌杯の試合当日だと気が付いた。


 動悸が収まってきた頃には、ちょうど日が昇ってきたのか、カーテンの裾から光が漏れていた。アマネールは気晴らしに外に出ると、寮を囲む白い岩壁の上に設置された回廊を一周散歩して部屋に戻った。


 しばらくして、起きてきた友人と連れ立って朝食をかきこみ、送迎の牛車で試合会場へ向かった。天煌杯に出場する選手は、専用の牛車で競技場まで送り届けられるのだ。


 競技場への道中、牛車が裏路地を進んでいると、縦に伸びた空間が道端に現れた。巨大な坪庭めいたその一角こそ、以前アマネールたちが怪しげな謀議を目撃した場所に他ならない。


 今日勝たないと、ミフェルピアが危ない。眼下の垂直に開けた空間を見下ろし、黒装束に身を包んだ二人組を思い出したアマネールは、緊張で身を強張らせた。



◇◇◇◇◇◇


 アマネールと白金剣団(プラチナム・オーダー)は、今まさに競技場の中央で相まみえている。


 天煌杯、最初の準々決勝。アマネールたちの初戦とは打って変わって、会場は満席だった。大多数の観客が、黄金の剣と盾があしらわれた旗をはためかせている。ペルセウス座の星霊を象徴する旗を持つ人たちは、総出で白金剣団を応援しているのだ。


「いればいいってもんじゃないな」


 臨まない大観客を前に、グレイが不満を垂れた。


「いいじゃねえか」


 ノアは不敵な笑みを浮かべている。


「最後くらい、存分に振らせてやろうぜ」


「言ってくれるね」


 口を開いたのはミフェルピアだ。艶のあるプラチナブロンドの髪を結いあげ、臨戦態勢に入っている。


 アマネールも思わず武者震いした。目の前の勝負にばかり神経が昂っているのがわかる。そのせいか、ミフェルピアが禍黎霊使いに狙われているという懸念は、アマネールの頭から抜け落ちていた。


 審判のチェリトゥードが二チームを整列させた。薄紅色に透き通った海豚(いるか)座の星霊にまたがったまま、注意事項を読み上げている。間もなくして、大きな鐘の音が会場に鳴り響いた。



 試合が火蓋を切るや否や、リディアは身をひるがえした。事前の作戦通り、アマネールたちの後方に下がって、競技場の外壁へと駆けていく。


 競技場にまばらに立つ柱のうち、外壁付近のものを見定めると、リディアはしなやかに跳躍した。軽やかに舞い上がり、柱の中腹を蹴って外壁に飛び移る。空中で体勢を巧みに整え、幅一メートルの壁上にぴたりと降り立った。


 いまだかつて、競技場の外壁に上った者はいないのだろう。突拍子のないリディアの動きに、会場がざわついている。


「ほーら。かかってきなさい、ミフェル」


 深紅の髪をなびかせ、リディアは大声で手招きした。


「それとも、登ってこられないかしら?」


「私が出る。いいよね? ウェンディ」


 ミフェルピアが指示を仰ぐ。アマネールはごくりと唾を飲んだ。


「相も変わらず、かまってちゃんでございますこと。仕方ありませんわ。懲らしめて差し上げなさい」


 .....かかった! ウェンディがとろんとした声で出した許可に、アマネールの胸は高鳴った。


「了解」


 ミフェルピアは雷の如く駆け出し、リディアが使った柱へと跳んだ。瞬時に黄金に煌く剣を宿し、柱の中腹に突き立てると、それを支点に外壁まで躍り上がった。


 ミフェルピアが得意の白金剣(プラチナムサーベル)を顕現したからだろう、今度は会場が大きな歓声に包まれた。



 場内には七人の選手が残されている。アマネールは低く構えを取り、今にも始まりそうなファイトに備えていた。しかし、四対三の中盤戦が展開されようとしたその時、ウェンディが唐突に口を開いた。


「何もかも狙い通りになると思ったら、大間違いですわよ」


 ウェンディはそう言うと、今しがたリディアがしたように、自陣後方へと大きく引いていった。


「おい、まじかよ。司令塔が下がったぜ。どうする? ほっとくか?」 とノア。


「何をされるかわからない。野放しにはできないな。アマネール、頼めるか? ウェンディを自由にさせないでくれ」


 グレイが端的に告げる。


「オーケー」


「彼女、こと戦闘においては脅威じゃない。君に分があるはずだ。隙あらば討取ってやれ」


 アマネールは軽く目配せをして、ウェンディの後を追いかけた。



◇◇◇◇◇◇ グレイサイド


「変なの。盾役(タンク)が指示出してる」


 走り去るアマネールを背に、クラリーセが呟く。


「変だな、司令塔が逃げた。脳みそなくしてチームが動くかな?」


 ノアが煽り返した。


「言ってくれるじゃん?」 とサリナ。


「勝負だ。やるぞ」


 グレイが勇み立つ。彼は続けて指示を出した。


「ユリは絶えず全体を見てて。誰かのライフが削られたら伝えてくれ。それと、ミフェルピアかウェンディが動いたらすぐに」


「うん。今のところ、大きな動きはないかな。ウェンディ、大分下がったみたい。アマネールもぴったりついてる」


 ユリはてきぱきと報告する。彼女は自身が呼び出した、競技場の上空を旋回する白鳥座の星霊と、視覚を共有しているのだ。


「リディアとミフェルピアは一進一退だよ。リディアがうまくいなせてる。でもミフェルピア、初戦より奥手かも」


 ......奥手、か。リディアに一目置いてる? それとも......? いや、今考えることじゃない。


「了解。手前二人は僕らで捌くよ」


 正面に立ちふさがるのは白金剣団の両翼、クラリーセ・シールズとサリナ・ルヴィスである。クラリーセは結束式・牡牛(おうし)座の星霊使い。サリナは結束式・山羊(やぎ)座の星霊使いだ。共にルグラである彼女たちは、自身の誕生日に対応する黄道星霊を宿している。


 クラリーセは四月の誕生石、ダイヤモンドが埋め込まれたピアスを右耳に、サリナは十二月の誕生石、ジルコンが埋め込まれたピアスを左耳に着けていた。


「ってもどうする?」


 ノアが尋ねる。ノア、グレイ、ユリが密集しているのに対し、サリナとクラリーセは左右に距離を取っていた。


「陣形から見て、相手は別々に攻めてくるはずだ。まずは守り重視で行こう。一対一じゃ相性が悪い。僕の羊は近距離戦に向かないからね。だから君は弓で、僕は羊で遠くから牽制する。無理に討ち取らなくていい。突破されないことが最優先だ」


「オーケー」


「いずれ相手もしびれを切らす。二人で強引に攻めて来るはずだ。そこが勝負だよ。僕が必ず隙を作る。君が仕留めろ」


「お安い御用さ」


 すぐにクラリーセとサリナが動いた。グレイの読み通り、二方向からの攻撃だ。彼女たちは結束式の特性を生かし、脚力を星霊で強化したのだろう。白色透明のもやを足回りに漂わせ、人間離れした速さで間合いを詰めてくる。


 だが、ノアとグレイも負けてはいない。ノアは弓を、グレイは羊を巧みに操り、第一波の攻撃を退けた。その後も幾度となく襲い来る猛攻を、二人は確実に防ぎ続けてみせた。



「こうもちょこまかされると」


「ますます討取りたくなる」


 サリナとクラリーセが声を掛け合う。それを機に、一定の間隔を取っていた二人が駆け寄った。息を合わせた連携攻撃の合図である。


「来たぞ......! ノア、僕に合わせて」


「任せろ」


 クラリーセの左側への退路を断つべく、グレイは斜め方向に羊を突進させた。彼女の右隣にはサリナがいる。となれば当然、クラリーセの逃げ道は一つ、上だ。


「よお」


 足に牡牛座の星霊を完全顕現させ、高く飛び上がったクラリーセのさらに上から、ノアがにやりと笑った。


「知ってるか? 牛よりも馬の方が跳べるんだぜ」


 黄色いもやを纏うノアの下半身は、ありありと馬の脚に変化していた。射手座の星霊を下肢に宿したのだ。


「ちっ」


 宙で無防備なクラリーセめがけて、ノアは勢いよく足を振り下ろした。パリンと、ガラスの割れるような音が響く。水晶水に施されたバリアが割れたのだ。



「それが何よ!」


 サリナが地上で大声を上げた。羊はもとよりクラリーセを狙ったものだ。サリナからすれば、大した障壁にならなかった。


 サリナはするりと羊をいなし、グレイとユリに急接近する。慌ててグレイは身構えたが、サリナは手を地につき、前宙の要領でグレイをもかわしてみせた。


「悪いけど、私あなたに気はないの」


 サリナは勢いそのままに、ユリに一撃を入れた。ライフの消失を意味する、ガラスの割れるような音が響く。


 しかし、脱落を示す笛がチェリトゥードから吹かれることはなかった。クラリーセもユリもライフを残しているのだ。


「へえ。君、脱落しないんだ。ならもうちょっと遊べるね」


 サリナはにっこりと笑いかけた。


「気にすることないぜ、ユリ」


 すたっと着地したノアが励ます。


「今のは抜かれたグレイに問題がある」


「当事者から申し出るならまだしも、君が指摘したら悪口だぞ」


「おっと。こりゃ失敬」


 ユリはくすくすと笑っている。


「ありがとね。私は大丈夫だから。さ、落ち着いていくよ」



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