第三章⑩ 作戦会議
選手寮の一角にあるアマネールたちの部屋は、連夜にわたって騒がしかった。差し迫った白金剣団との大一番を前に、彼らは毎晩のように戦術を練っていたのだ。しかし、議論は難航を極めていた。
「ただでさえミフェルピアが手強いってのに、戦略性が加わると手に負えない。やっぱりウェンディが邪魔だ」
グレイがこぼした愚痴こそ、連日の悩みの種だった。
五人編成のアマネールたちは、四人編成の白金剣団に比べ、核に割けるライフが少ない。つまり、核が見抜かれた際のリスクが相手より大きいのだ。
すると必然的に、核を暴く司令塔の駆け引きが肝になる。もちろん、白鳥で空を支配するユリは優秀な司令塔だが、ウェンディには二匹の星霊がいる。星霊と感覚を共有し、三つの視点から戦場を監視するウェンディに対して、ユリが不利だろうことは否めない。主力であるミフェルピアもさることながら、司令塔のウェンディが厄介なのだ。
「司令塔はともかく、誰が誰をマークするかも重要だよね?」
ユリの提案は、ここ数日で何度となく繰り返されたものだった。
「ミフェルはあたしが引き受ける。最前線でやり合ってみせるわ」
「勝算は?」 とノア。
「正直、討ち取るのは難しいでしょうね。でも、まともにミフェルと戦えるのはあたしくらいよ。悪いけど、あんたらじゃ持って数分」
リディアは一昨年の大会で、優勝こそ逃したものの、初出場にして最多KOを達成している。聞けば、当時リディアを負かしたのが白金剣団らしい。実際に対戦した経験があるからこそ、リディアは敵の実力を肌で理解しているのだ。
「僕とノアはどうするの?」
アマネールが訊いた。彼らもリディアと同じ攻撃陣なのだ。
「あんたたちで、サリナとクラリーセを抑えるのよ......けどねえ」
敵味方の力量を熟知するリディアが、それぞれの相性を鑑みて組むマッチアップは、いつも同じ結論にたどり着いた。
「厳しいってか?」
ノアはわざとらしく肩を竦める。
「一対一じゃ分が悪いのは確かね。特にアマネールは、まだ星霊が顕現できてないし。あんたたちで上手に連携するか、グレイの支援があれば逆転できると思うけど.......」
「だが、白金剣団が展開する陣形の性質上、それは不可能だ。ミフェルピアを頂点に、サリナとクラリーセは両翼だからな。二人は別れて攻めて来る。俺たちも個別の対応を余儀なくされる以上、連携には期待できない。駄目だ。詰んでるぜ。毎晩こうだ」
ノアはごろんと寝転がった。お手上げだと言わんばかりに、ブロンドの髪をいじくっている。
「......なあ、リディア。悪いんだけどさ、囮になってくれないか」
ひとしきり考え込んでいたグレイが、閃いたように口を開いた。
「僕たちから孤立し、逃げるように大きく下がるんだ。そしたらミフェルピアが釣れると思う。敵は君をフリーにさせたくないだろうし、君の対応に適役なのはミフェルピアだからね。
白金剣団のひし形からミフェルピアを引き離すんだよ。頂点のミフェルピアが欠ければ、サリナとクラリーセをまとめて相手にできる。僕らがうまく連携を取れれば、勝機はあるんだろ?」
「なるほど、一理ある」
アマネールは相槌をうった。たしかにミフェルピアを分離できれば、突破口になるかもしれない。しかし、リディアは腑に落ちない様子だった。
「奥手な戦略が性に合わないのは分かってるけど、頼むよ。下手をすれば、ミフェルピアの命に関わるんだぞ」
グレイが声を落とした。
そうなのだ。アマネールたちが緻密な作戦を立ててまで次戦に臨むのには理由があった。
きっかけは、禍黎霊使いと思しき不審者の話を立ち聞きしたことだ。調べを進めたアマネールたちは、連中が天煌杯の終盤にミフェルピアの星霊を狙う計画を突き止めた。その野望を阻止すべく、アマネールたちは白金剣団の三連覇を止めようとしているのだ。
「それに、この囮作戦の目的は他にもある」
グレイは語気を強め、説得を続けた。
「ミフェルピアを釣るのは、あくまで表向きの策だ。真の意図はウェンディの無効果だよ。白金剣団を支える二つの柱を、一挙に破壊する秘策なのさ」
皆が前かがみになった。ミフェルピアとウェンディを同時に封じるなんて、夢のような話があるだろうか。
「とにかくリディアは逃げてほしい。ミフェルピアを討ち取る必要はない。徹底的に時間を稼いでくれ。
仮にリディアが本来の積極性を封印し、控えめに動いたらどうなると思う? ウェンディは、嫌でも疑わざるを得ないはずだ。『もしや、リディアが核なのではないか』とね。要するに、リディアは偽の核を演じるんだよ。偽装がばれない限り、ウェンディは核の予想をリディアに定める。その間、僕らはウェンディに怯えることなく、思う存分戦えるって寸法さ」
実に巧妙な作戦だと思う。うまく機能すれば、不可能に思われた白金剣団の牙城を崩しうるかもしれない。こと頭脳においてはグレイに敵わないな、とアマネールは内心舌を巻いた。
「鍵になるのは、リディアがどれだけの時間ミフェルピアをしのげるかだ。ただ、安心して。君が脱落するより先に、僕が意地でも敵の核を暴くから」
「あら、頼もしいじゃない。助かるわ」
照れ隠しのように目を細め、リディアは口を尖らせた。
「口を出すようで悪いけど、一つ抜け穴があるわよ。
もしもミフェルが釣れなかったらどうする? チームの動きを決めるのは、司令塔のウェンディよ。あたしをフリーにはしないだろうけど、ミフェルを陣形から外すのを嫌って、サリナかクラリーセを使う可能性もあるわ。ウェンディって変にお堅い子だから。そうなったら、あたし抜きでミフェルを抑えなきゃならないのよ。絶望的だわ」
「普通にやっても詰みなんだろ? だったら一か八か、賭けてみようぜ」
ノアは挑むように片眉を上げた。
「それもそうね。いいわ。面白いじゃない。あたし一人にミフェルとウェンディが封じられたら、あの子たち、どんな顔をするかしら。楽しみね」
ようやくリディアが乗り気になったところで、アマネールは口を開いた。
「ちなみに、僕たちの本当の核はどうするの?」
「ああ、それなら......」
グレイの言葉を、ユリが遮った。
「私がやる。司令塔はチームの要だから、守られていようと違和感が少ないし。後方にいる私が核なのはありきたりだけど、リディアの囮作戦がある以上、変な小細工はかえって逆効果だと思う。リディア以外が核だという疑念を、ウェンディに抱かせたくないしさ。いいよね? グレイ」
「賛成だ。僕もユリが適役だと思う」
「ライフは? あたしたちが二つ?」 とリディア。
「そうだね。核は多く持つべしだし、リディアは限界まで粘ってほしいから。女子が二つずつ、男子が一つずつだ」
グレイはそう返すと、アマネールとノアに向き直った。
「いいかい? この作戦、リディアが重役ではあるけど、同じくらい中盤が肝心だ。おそらく、互いに司令塔を守る陣形での勝負になる。ウェンディを守るクラリーセとサリナ、ユリを守る僕ら三人だ。僕はなるべくユリの近くにいたいから、中盤のファイトは自然と君たちに託される。
リディアがいくら粘ろうと、敵の核を討ち取らなきゃ勝利はない。要するに、まず間違いなく、中盤を制したチームの勝ちだ。クラリーセとサリナも十分脅威的だけど、どうだ、いけるか?」
「ああ」
ノアがにやりと笑う。「聞いたか? 俺たちが肝心だってよ」とアマネールを小突いている。
「望むところさ」
アマネールも口角が上がるのをこらえきれなかった。




