第三章④ ミフェルピア・フリューヒト(下)
閃光の如く、ミフェルピアは敵陣に突撃した。地に横たわる柱を踏み台に宙へ舞い、体躯をくるりと回転させる。
着地したミフェルピアの左手には、眩い剣が握られていた。彼女のチョーカーを飾る宝石のように煌めく、金色の剣である。その周りには、幻想的な黄金のもやが漂っていた。
ミフェルピアの変貌に、客席からはやんやの歓声が沸き起こっている。
「人呼んで白金剣《プラチナムサーベル》。ミフェルの誕生石である、インペリアルトパーズを媒体としたペルセウス座の象徴さ。白金剣は彼女のトレードマークであり、チーム名の由来でもある。なあ、超かっこいいだろ?」
ウォーカーも軽快に指笛を鳴らしている。その間にも、ミフェルピアは相手まで三メートルに迫っていた。
ミフェルピアは腰を深く落とし、力強く大地を蹴った。そのまま鮮やかな足捌きで敵の背後に回り、躊躇なく剣を振り抜く。
パリン、とガラスの割れるような音が響いた。水晶水に施されたバリアが破られたのだ。さりとて、ミフェルピアの流れるような動きは止まらない。立て続けに繰り出された二撃目は、先ほどの剣撃と一体かのようだった。
再度、ガラスの割れるような音がした時、高らかな笛の音が会場に鳴り渡った。
「ブライオン・アコート、脱落で~す!」
いるか座の星霊の上から、チェリトゥードが脱落者を宣言している。試合が終了されないのを見るに、どうやら脱落したブライオンは核でないようだ。
「しかと目に焼き付けたか? ペルセウス座を宿すミフェルピアは、意のままに白金剣を出し入れできるんだ。結束式の星霊使いは、自由自在に星霊を己に宿せるからね」
ウォーカーは顔を赤らめ、自分事のように解説を始めた。さすがはミフェルピアの大ファンだ。
「ちなみに召喚式と同じく、結束式にも練度の段階はあるぜ」
ノアはそう前置きし、透き通った黄色の弓矢を構えた。
「前に見せたように、俺はこうして射手座を象徴する弓を顕現できる。でもそれだけじゃない」
ノアはさっと手を振るう。すると弓矢が消失し、彼の足回りに星霊特有の澄んだもやが集中した。
「こんな風に足にも宿せるんだ。もやの発現は、星霊を顕現した証。これが出来れば脱初心者だ。今のが結束式の初期段階だな。そんで次に見せるのが......」
ノアの下肢を漂う黄色のもやが一層濃くなり、太ももから下が馬の脚のように変形した。
「霊として宿す星座の特徴がはっきりと現れた状態、俗に言う完全顕現さ。驚いたか? 俺は弓が主力ってだけで、他にも攻め手を持ってるんだ。射手座の象徴は、弓矢を構えた人間の上半身と、馬の下半身が合わさったケンタウルスだからな。今なら俺、五メートルは飛べるんだぜ?」
ノアはコツコツと、ひづめを地に打ち付けている。
「ただしこの手の、身体がもろに変形する完全顕現は反動がでかいんだ。だから持続時間が短いし、何より扱いづらい。そんなわけで、土壇場でしか使えない」
ノアの足は次第に人間の形を取り戻し、元のもやだけが漂っている状態に戻った。
「つまりだ。もし俺が足を主軸に戦うのなら、この初期段階が基本になる。けど初期だからって舐めるなよ。これでも並の人間より大分機敏に動けるんだぜ」
「にしても、ノアがケンタウルスか。似合わないねえ」
グレイはぼんやりと呟いた。
アマネールもふと、馬の精悍な足で構えた少年が、弓矢を引く姿を想像した。半身半獣の獣人と来れば、嫌でも厳めしい顔が目に浮かぶ。ノアの出で立ちがそぐわないというのは、まさにグレイの言う通りだった。
「変な想像はよせ。そもそも、俺に弓と足の併用は無理だ。大抵の結束式のルグラは、局所的にしか星霊を完全顕現できないからな」
「でも結束式の繋がりし者にとって、そんなのは朝飯前さ。今日は敵が弱いから見れないだろうけど、ミフェルは剣と盾を同時に使えるんだよ。彼女ときたら、攻守ともに隙がないんだ」
ウォーカーは白金剣団の応援旗である、黄金の剣と盾が描かれた白旗をひらひらと振って言った。
「それにミフェルは、霊体化までできるって噂だ」
「れいたいか?」
アマネールはそっくりそのまま返した。
「完全顕現のさらに先。真に選ばれた者のみが辿り着けると言い伝えられている、結束式の星霊使いの境地だよ。人としての領域を超越し、まるで神話の如く、天に浮かぶ星座そのものへ変化することさ」
「そんなこと、できる人いるの?」
「それこそ、紅の鷲とかね」
「たしか......八年前に失踪した人だよね?」
アマネールは本土に降り立った日に、ノアから聞いた噂話を思い出した。
人々に紅の鷲と称され、メイエールの最高傑作と謳われた星霊使いが、八年前に忽然と消えたのだ。禍黎霊使いが暗躍したと噂されるその事件は、未だにオカルト好きの間で何かと囁かれているらしい。
「そうさ。ただ申し訳ないけど、もし君が謎めいた悲劇の真相を知りたいのなら、僕に手助けはできないよ。紅の鷲が失踪した事件自体は有名だけど、詳細は隠されたことも多いからね。僕も知らないことばかりだ。
おそらく、禍黎霊が絡んでるからだと思う。大人はみんな口にしたがらないんだよ。僕としては、彼が生きてることに賭けたいね。わけあって姿を隠してるっていう説。ああ、紅の鷲とミフェルの共闘が見れたらなあ。そしたら僕、死んでもいいのに」
ウォーカーが大真面目に言った矢先、試合は大きく動いた。
残った三人の敵のうち、なぜかミフェルピアが最奥の者へ猛進したのだ。手前の二人は彼女を止めようとしたが、白金剣団の両翼であるクラリーセとサリナに阻まれた。目標と一対一になったミフェルピアは、瞬く間に敵を討ち取った。
やがてチェリトゥードが選手の脱落と、なんと試合終了を告げた。今しがたの脱落者が核だったようだ。白金剣団の華麗な勝利に、会場は万雷の喝采に包まれた。
「何だ......今の。まるで核と知ってて狙ったみたいだ」
グレイは混乱したように言った。
「全てはウェンディの仕業だよ。戦況を広く見る司令塔の役目は、チームへの指示だけじゃない。分析した戦況をもとに敵の核を丸裸にする、それこそが司令塔の最重要任務なのさ」
ウォーカーの口調は種明かしをする手品師のようだ。
「言ったろ? 対戦相手の会話や表情の変化までもが、ウェンディには筒抜けだって。それらの情報を分析して、ウェンディは核を暴くんだ。核さえわかれば、あとはミフェルが仕留めるだけ。これでチェックメイトだよ。
恐ろしいだろ? ウェンディ・カーネル。世界最高の司令塔であり、白金剣団の脳だ。もし白金剣団に勝ちたいのなら、まずは彼女を何とかしないとな」




