第三章① 練習会(上)
「さ、始めるわよ。今日は試合のルールを教えるわ。時間もないし、早いとこ覚えてね。大丈夫よ、あまり難しくないから」
天煌杯を二週間後に控えたアマネールたちは、潅木に縁取られた選手寮の中庭に出揃っていた。古城を思わせる寮を背にして、リディアが前に立ち、残りの四人は横一列に並んでいる。
「天煌杯は、毎年秋から冬に開かれる星霊使いの武道会よ。ただ武道会と言っても、よくある格闘技、例えばボクシングとは訳が違うわ。なぜなら、天煌杯は集団戦だから」
アマネールたちは、リディアの言葉に耳を傾けていた。
「天煌杯に出場するためには、三~七人のチームを組まなきゃならないの。あたしたちのとこは五人ね。で、五人それぞれに役割がある。
一人目、司令塔。試合全体の流れを把握し、選手それぞれに動きの指示を出す、いわばチームの要ね。ユリが担当。
二人目、盾役。相手を引き付けてその動きを妨げ、味方を守るように動く。これはグレイに任せるわ。
残ったノアとアマネール、それからあたしが攻撃陣。読んで字の如く、相手の陣地に踏み入って、敵のライフを削るのが役目。盾役との連携が鍵になるわ。ここまでいい?」
「天煌杯はチーム戦。ひとチームは三~七人で構成され、司令塔、盾役、攻撃陣に分けられる。ユリが司令塔、グレイが盾役、残った僕らが攻撃陣」
アマネールは繰り返した。
「完璧よ」
リディアは表情を緩め、説明を続けた。
「最近の主流はもっぱら、攻撃陣三枚と司令塔一枚による四人編成なんだけどね。まぁちょうどいいわ。ユリ、でかい声出すの苦手だし。グレイ、あんた盾役兼司令塔ね。試合中はユリと近い距離を保ちなさい。戦況はユリが見るから、それをいち早く分析してあたしたちに指示を出すの。賢いんでしょ? できるわよね?」
反論の余地なしと言ったリディアの口調に、グレイはこくりとうなずいた。
「あの、確認なんだけど、攻撃陣はライフを削るって? ......まさか文字通り、命を取り合うわけじゃないよね?」
グレイが当惑気味に質問した。
「当ったり前でしょう。次に死んでまた変な世界に飛ばされたら、たまったもんじゃないもの。天煌杯のライフはね、これを使って管理するのよ」
そう言って、リディアは一つの小瓶を取り出した。親指サイズの瓶には、透明な液体が満ちている。
「水晶水って言うの」
そして、リディアはそれを飲み干した。いかにも怪しげな名前の液体であるが、飲んだリディアにこれといった変化は見られない。
「ちょっとノア。あたしを殴って」 とリディア。
「いいのかい?」
「ええ。思いっきりね」
多少ためらいながらも、ノアは拳を振りかぶる。彼のパンチがヒットした瞬間、パリンとガラスの割れるような音が響いた。ノアの拳は命中したように見えたが、リディアに痛がるそぶりは毛ほどもない。
「何? 何したの? 今」
訊いたのはグレイである。
「これが水晶水。一定の衝撃までなら、無傷で耐えることができる代物よ。簡単に言えば、見えないバリアね。繋がりし者が力を引き継げる特性を応用して、盾座の繋がりし者が編み出したの。ただし、正式に盾座の星霊を引き継いだわけではないから、効果は小瓶一つにつき一度までよ。次、ノア飲んで」
リディアが再び取り出した小瓶を、ノアは一口で飲みほした。
「よし。そしたら前に来て。いい? 今からあんたの左半身を殴る。それを防ぎなさい」
言うや否や、リディアは宣言通り殴りかかった。
ノアは指示された通りに、リディアの拳を防いでいる。すると今度は、水晶水に施されたバリアが割れなかったようだ。先ほどと違い、ガラスの割れるような音がしない。
「見ての通り、水晶水のバリアには発動条件があるの。それは、予期せぬ攻撃を受けたとき。すなわち水晶水を飲んだ人が、対処できない攻撃を受けそうになった場合ね。今ノアはあたしの攻撃を読んで、ちゃんと防御の構えをとったでしょう? だから、水晶水はあんたを守る必要がないと判断したの」
「気味悪いぜ。まるで無機物に意思があるみたいだ」
ノアがぼやいた。
「ええ、そうよ。かすかながら、盾座の星霊使いの意思が入っているの。水晶水を飲んだ人を守ろうってね。ちなみに攻撃に一定の威力がないと、たとえどれだけ相手の隙をつこうが水晶水は割れないわ。だって守る意味がないもの。ほら」
リディアはノアにデコピンした。たしかに何も起きない。
「だからこうやって......」
リディアはくるりとノアの背後を取ると、回し蹴りを叩き込んだ。蹴りが命中すると同時に、パリンとガラスの割れる音がする。
「しっかりと一撃を入れる必要があるわ」
「にゃろう。さっき割れる実演はしたろ。蹴られ損じゃないか、俺」
「へへん。そん時のお返しよ」
リディアはしてやったりである。
「ともかく、天煌杯はこうやってライフを管理するわ。水晶水によるバリアが割れるたびに、ライフを失うってわけ。そしてこのライフ、つまり水晶水の小瓶が、ひとチームにつき七つ支給されるの。ここまでいい?」
「ひとつのチームに与えられるライフは計七つ。そのライフは水晶水を用いて管理する。意図しない一撃を入れると、ライフが削れる......ちょっと待った。僕ら五人チームだよね? ライフが七つあってもいいの?」
引き続き、リディアの説明を要約する形で復唱していたアマネールが尋ねた。
「これこそが、天煌杯の面白みなのだ」
待ってましたと言わんばかりに、リディアは重苦しい声を出す。
「間違いなく、ライフはひとチームにつき七つよ。お察しの通り、あたしたちのチームは二つ余るわ。余ったライフは、残りの誰かに分配するの。ライフを複数持つ選手がいるってわけ。そこで大事になるのが、核よ」
「こあ?」
「わかりやすく言えば、核はチームの心臓ね。天煌杯に臨むチームは、事前に一人、核となる選手を決めるの。司令塔や盾役のような固定の役割じゃないから、誰が担ってもいいし、試合ごとに担当者も変わるわ。
で、その情報を大会運営の星斗会に提出したうえで、あたしたちは試合に出場するの。もちろん相手には教えずにね。なぜなら、天煌杯の試合は核を討ち取ることで決着するから。あ、討ち取るってのはライフをゼロにすることね。わかりやすいでしょう? 先に心臓が止まったチームが負けるの」
アマネールは相槌を打った。たしかにわかりやすい。
「鍵を握るのは、ライフの分配方法よ。無難に多くのライフを核に与えるもよし、相手を惑わすため、核以外のライフを増やすもよし。チームごとに作戦は十人十色なの。
それに、試合中にどれだけ早く敵の核を暴けるかも重要だわ。どう? 楽しそうでしょ? 武道会とは言うけれど、天煌杯で肝心なのは戦略性。純粋な戦いの技量だけでなく、頭脳戦的な要素もあるのが醍醐味なのよ」
リディアは得意げに言い切った。
「ちなみに二つだけ、細かなルールがあるの。それも覚えてもらうわ。
一つ目はライフの配分に関するルール。最低でも、一人一つはライフを持たなければならないの。それ以降は自由だわ。あたしたちの場合は、一人一つで計五つでしょ? 支給されるライフは七つだから、残りは二ライフ。これは誰に分配してもいいから、最大で一人三つまでライフを持てるってわけ」
リディアは指を折りながら説明する。
「二つ目は脱落に関するルール。試合中に自身のライフを全て失った人、脱落者って言うんだけど、脱落者は試合への関与が一切禁じられているわ。これらの規則を破ったら、即失格だから注意すること。......とまあこれくらいで、試合ルールに関する説明は以上だわ。何か質問あるかしら?」
四人は共にかぶりを振った。
「じゃ、実際の練習に移りましょうか。今日は少しだけどね」
リディアは嬉しげに促した。




