表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の紡ぎ人  作者: ひかげ
第二章 本土

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/37

第二章⑤ 福腹亭



 アマネールが店を出ると、日は西に傾いており、淡い紅の夕映えがあたりを包んでいた。店の向かいにあるベンチの上で、ノアが両手を枕に寝ころんでいる。


「よ。さっきぶり。オルナメントの子守歌は楽しめたかい?」


 ノアはこちらに手を振り、むくりと起き上がった。


「君の面倒見ろって命令だ。悪いけど、付き合ってもらうぜ」


 そう言って歩きだしたかと思えば、彼は颯爽と振り返った。


「素敵じゃないか、それ(天結)


 ノアはアマネールの耳を指さし、涼しげに笑うのだった。



 しばらく歩き、二人は商店街に辿り着いた。入り口に立つ門には、『トレッフュ』と書かれた文字が光っており、その端に特徴的なランタンが添えられている。


 門をくぐると、浮世離れした光景が広がっていた。底に金属の装飾枠が施され、中央に光源のある卵型のランタンがそこここで灯っている。ランタンはまるで宝石のようで、青や赤、黄や緑に光るものまで様々だ。


 気づけば日は沈んでいて、上空にはエステヒアで見たのと同じ、底抜けに美しい星空が広がっていた。


 無数のランタンと瞬く綺羅星のおかげか、たしかに夜なのに、夜という気はしなかった。ちかちかする目をしばたくアマネールに、ノアは満足げに声をかけた。


「トレッフュ商店街へようこそ。俺からはぐれんなよ。この時間は混むからな」


 ノアが言った通り、あたりは通行人で賑わっていた。


 少し目を凝らせば、商店街の本通りを外れて、ベルベットの絨毯でくつろぐ人たちや、鉤爪脚のテーブルを囲む人たちも見える。いろいろなものを見逃すまいと、アマネールが四方をきょろきょろしながら歩いていると、突如目の前にピザが差し出された。


「どう? お兄さん。アツアツのピザ。今晩なら特別に五トレスティでいいよ」


 ピザをくるくると器用に回すのは、アマネールよりも一回り小さい男の子だった。あろうことか、少年の体は半透明で、銀色に煌めいている。得体のしれない少年を前に、アマネールの口はあんぐりと開いた。


「騙されるなよ、アマネール。特別なぼったくりだ。普段は三トレスティさ」


 さも当然のように、ノアは男の子に反論する。アマネールは口をパクパクと動かしたが、二の句が継げなかった。


「こいつはカル。双子座の星霊の一人だ。もう片方はあそこ、料理上手のポルさ」


 ノアが指さした先には、慣れた手つきで露店を切り盛りする少年がいる。見てくれはカルと瓜二つで、体が銀色に透き通っていた。


 その店の傍らでは、ベレー帽をかぶった細身の男が肘掛椅子に腰かけている。暢気そうにパイプをくゆらす彼は、どうやら双子座の星霊の主らしく、胸元には真珠のネックレスが光っていた。


「星霊が......喋った?」


 ようやくアマネールの口から声が出た。あにはからんや、人ならざる超常的な存在と言葉を交わす日が来るとは。


「当たり前だろ? 双子座は人がモチーフの星座なんだから。牡牛座の星霊が、実際の牛みたく牛車を牽くのと同じだぜ」


 いまだに双子座の星霊に釘付けのアマネールに、ノアはにやりと笑った。


「ゴーストっぽいだろ? らしくっていいよな。いかにも死後って感じでさ」


 カルの熱心な押し売りをなんとか退け、ノアとアマネールは商店街の奥へ進んだ。


 ポルが調理する露店の他にも、トレッフュには多くの店が軒を連ねていた。とりどりのスナックを販売する店もあれば、中から歌声が聞こえてくる店もある。


 活気に満ちた商店街の突き当りで、ノアはようやく足を止めた。


福腹亭(ふくはらてい)、通称フクフク。俺の行きつけなんだ。超うまいんだぜ」


 店内に足を踏み入れると、食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐった。正面に設置された半円形のカウンターでは、客たちが肩を並べて座っている。


 入り口の左右には丸テーブルが配されており、片方は客たちで賑わう中、もう片方には少女が静かに座っていた。艶のある黒髪が肩のあたりまで伸びている。だからこそ、次にノアがした発言には驚いた。


「彼がグレイ。さっき話したろ? おかっぱ嫌いのグレイだ」


「彼?」


 アマネールは思わず聞き返す。


「よしてくれ。僕だって違和感しかないんだから」


 心底嫌そうに、グレイが口を開いた。声色は紛れもなく男児のものだ。グレイはこの世界でかれこれ三週間になるそうだが、今なお髪型に不満があるらしかった。


「グレイ・ルーミスだよ。よろしく」


「こちらこそ。僕、アマネール・アズール」


 席に落ち着いてから、二人が挨拶を交わす。アマネールやノアと同じく、グレイも今年で十四歳だそうだ。


 グレイは左手の人差し指に指輪をつけていた。銀色の光沢を持つリングの石座には、海のように澄んだ石が留められている。アマネールが宝石を眺めていると、「アクアマリンだよ。僕、三月生まれだから」とグレイが説明してくれた。


 これを受けたノアは、負けじと彼の天結をひけらかした。ネックレスのトップ部を飾る黄色の宝石は、十一月の誕生石のひとつ、シトリンだそうだ。



 他愛もない会話に花を咲かせていると、一人の星霊がテーブルに赴いた。


 思わずアマネールも見惚れてしまったその女性は、乙女座の星霊に違いない。煌めくショールに身を包んだ彼女は、桃色に透き通っている。彼女は妖艶に微笑むと、手に抱えた金色の盆から、チャイグラス風に装飾されたグラスを三つ出してくれた。


「見ての通り、本土では誰もが星霊を呼び出す。慣れないかい?」


 乙女座の星霊が去ってもなお、ぽかんとしているアマネールにノアは笑いかけた。


「オルナメントに聞いたろ? かつてアリスの星霊が暴走しちまったって。その名残で、エステヒアの住民はなるたけ星霊を呼び出さずに暮らしてるのさ。代わりに煌玉宗(こうぎょくしゅう)がいるのはそういうわけだよ。


 今となっては天結があるし、別段暴走の危険はないんだけどな。ただの風習だよ。そんなエステヒアと比べて、本土じゃそこいら中に星霊がいる。大丈夫、じきに慣れるぜ」


 言われてみれば、アマネールはルエラや長老が星霊を呼び出すのを見たことがなかった。


 艶めかしいウェイトレスに続いて、カウンターの奥から女主人が姿を現した。今度は正真正銘、本物の人間だ。大柄で豊かな体つきの中年女性で、赤みがかった茶色の髪を丸く束ねている。


 まとめられた髪には、一本の(かんざし)が刺さっていた。簪の先端には、今ほどの乙女座の星霊を思わせる、桃色に澄んだ宝石がついている。


「いらっしゃい。三名でいいかい? おや、あんた見ない顔だね。名前はなんてんだい?」


 ぎょろりとした大きな目がアマネールを捉えた。


「アマネールです」


「遠路はるばる、エステヒアからのお客さんだぜ」


 付け加えたのはノアである。


「へえ。そりゃ大層なこった。嬉しいねえ。私はアルヴィナ。ここの店主だ。たんとお食べ、アマネール。今日は負けてやるからね」


 すかさず拳を握りしめたのもノアである。


「安心しろ、てめえは定価だよ」


 アルヴィナは豪快に笑い、カウンターへ戻っていった。



「ちぇ、最近厳しいってのに」


「君の計画性のなさに敵う者はいないね」


 呆れたようなグレイの口調に、アマネールはウテナからのもらい物を思い出した。ポケットから巾着を取り出し紐をほどくと、中から硬貨がじゃらじゃら出てきた。


「うへぇー、ペガスス金貨じゃないか。五十枚はあるよ」


 グレイがたまげたような声を出す。彼が言った通り、金色に輝く硬貨の表面には天馬が意匠されていた。


「おいおい。泣かしてくれるね。俺なんてこれが全財産だぜ」


 ノアの手のひらには三枚の銀貨があった。よく見ると、銀貨には(はと)があしらわれている。


「あげるよ。よくわかんないけど」


 アマネールは金貨をつまみ上げた。


「泣かしてくれるじゃねえかぁ」


 ノアがわざとらしく声を震わせる。彼の大根演技をよそに、アマネールの興味はもっぱら別のことに向いていた。


「このぺガススって、アリスの星霊のぺガスス? 今でいう、ウテナ女王の星霊のぺガスス?」


「そうさ」


 ノアはさも当たり前のように言う。


「じゃ、この鳩は?」


 アマネールはノアの全財産から貴重な一枚をひったくった。


「そっか、君ここに来て浅いんだっけ」


「む」


 アマネールが顔をしかめる。


天命戦(てんめいせん)が絡んでるのさ」


 天命戦とは、星霊による支配体制をめぐって起きた大戦争である。


「三百年前の当時、アリスには二人の親友がいたんだ。一人は、ハル・アミタユス。彼は鳩座の星霊使いだった。もう一人は、ダフラ・ヴェールコルヌ。彼女は一角獣座の星霊使いだ。


 君もご存じの通り、アリス一派が共に天命戦を戦い抜いたからこそ、今の我々の暮らしがある。だからその栄誉を称え、硬貨の表面を飾っているというわけさ。金貨がぺガスス、銀貨が鳩、銅貨がユニコーンって具合にな」


 ノアは続けて説明してくれた。


「ちなみに金貨の単位はヌーヴェル、銀貨はオルキデ、銅貨はトレスティだよ」


 グレイはそう補足した。


「へえ。大分詳しく伝わってるんだね」


 アマネールがアリスの仲間について聞いたのは初めてだった。


「そりゃそうさ。天命戦は歴史の転換点だぜ? むかし嫌というほど聞かされたよ」


「もしかして、アリスと相対した禍黎霊(かれいりょう)使いについても?」


 アマネールは心臓がとくんと脈打つのを感じた。


「厄介だったのは、ケンタウルス座にオリオン座。この二人で禍黎霊使いを率いてたらしいぜ」


「蛇座の禍黎霊使いとか、いなかった?」


 アマネールはあたかも何の気なしに聞いた。アリスの星霊が現代まで継承されているのだ。禍黎霊使いに繋がりがあっても不思議ではない。それにもし、天命戦当時に蛇座の使い手がいたのなら、エステヒアの襲撃に関する手掛かりになる可能性は極めて高いーー。


「さあ? 知らねえな」


 しかし無情にも、ノアは答えをくれなかった。



「へい、おまち」


 会話をぶった切るように、アルヴィナが再びやって来た。とてつもない量のパスタを盛った巨大な皿を手にしている。


「一つの皿を皆でつつくってのが、福腹亭の流儀でね。友と囲む食卓が一番だよ」


 アルヴィナはウインクして言った。ノアが舌なめずりをする。アマネールもまた、眼前に漂う芳醇な香りで、蛇のことなど頭から吹っ飛んでいた。



「君、本当にエステヒアから来たの?」


 パスタをフォークに巻き取りながら、グレイはうきうきで尋ねた。興味を持つのも無理はない。本土の人間からすれば、エステヒアから来たアマネールは異国人も同然なのだ。だからグレイもノアも、たくさんの話をアマネールに聞きたがった。


 エステヒアに貨幣制度がないのは本当か、夜に葉が光る大樹は実在するのか、学校はないのか(本土にはあるらしい)。などなど、しばらくアマネールは質問攻めにあう羽目になった。


「あれもこれも、羨ましいったらありゃしない。噂通りだぜ。まさに楽園じゃねえか」


 一通り話を聞いたのち、ノアは恨めしげな声を上げた。


 アマネールにとっても、この時間は特別だった。なにしろ、この世界で初の同世代との出会いである。食べ終わっても話は尽きることを知らず、店を閉めるからとアルヴィナに追い出されるまで、三人は盛り上がり続けた。


 こうして、彼らはすっかり友達になった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ