第二章④ オルナメントの天結
「ご到着だぜ」
しばらく歩いたのち、ノアが告げた。
こじんまりとしたきれいな建物だ。正八角形を象る石レンガの壁に、円錐型の屋根が乗っている。入口の扉にぶら下がる看板には、金色の文字で『オルナメントの天結』と書かれていた。
中に入ると、一人の老人が待ち構えていた。やけに派手なクッションに座る彼は、体中アクセサリーまみれだった。
首にはネックレスを重ねがけ、両耳をピアスで埋め尽くし、両腕には何十もの腕輪が光っている。当然のように、すべての指に指輪がはめられていた。加えて流れるような白い長髪に、あごひげと口ひげを蓄えた風貌は、まるで古の仙人のようだった。
老人の隣には、世にも美しい天秤が置かれていた。一目見ればわかる。瑠璃色に澄んだそれは、天秤座の星霊に相違ない。透き通った円盤状の皿の上には、宝石やらアクセサリーやらが大量に載せられている。
「いらっしゃい。オルナメントの天結へようこそ」
店主は柔らかい声で二人を出迎えた。
「やあ、オルナメントさん。今日は彼の天結を選んでほしいんだ」
ノアはそう言って、アマネールをずいと突き出す。
「ほお。これはこれは。まもなくお主に会えるだろうと思っていたところじゃ」
オルナメントはまじまじとアマネールを見つめた。
「まあ座れい。何はともあれ、初めてのお客さんじゃからの」
店主はせかせかと椅子を二つ出してくれた。そして、幾重にも重なったネックレスをじゃらじゃらと探り始めた。やおらチェーンの付いた色眼鏡を手繰り寄せると、それを掛けながら表情を緩めた。
「わしはの、ちょいとばかり目がいいのじゃ。お主の年齢を見通せるぐらいにはな」
老人にそう言われて、アマネールはルエラの言葉を思い出した。
ーー案外簡単にわかるのよ。ちょっと見てもらうだけだから。あなたも楽しみにしておきなさい。きっと、もうすぐにでも知る時が来るわ。
天結とは、持ち主の誕生石をあしらったアクセサリーである。すなわち天結を手にする者は、自身の生まれ月を知らねばならない。あいにくアマネールにその記憶はないのだが、どうやらオルナメントが答えをくれるようだ。
「お主は前世の魂の消失により、記憶がないにも拘わらず、己の名前を覚えていたわけを知っておるか?」
アマネールはこくりと頷く。自身の名前は、前世の魂の最深部に刻まれているため、自然と肉体に染みわたる。魂の有無に関係なく、記憶として体に刻まれるのだ。これもエステヒアでルエラから聞いた話だった。
「理屈はそれと同じでな。人の誕生日も魂に深く刻まれるゆえ、肉体に染みわたるのじゃ。だが名前と比べるとすこぶる薄くてのお、常人には染みついたことすらわかりはせん。だから思い出せぬのじゃ。しかし、わしにはそのかすかな名残が見えるのじゃよ」
オルナメントは得意げに微笑むと、「どれどれ」と言ってアマネールを見つめだした。
「......ふむ。十月三日生まれといったところかの」
約一分もの間、無言で少年を眺めた末に、老人は告げた。
「年は?」
急かしたのはノアである。
「一月後に十四じゃな」
「同い年じゃん、イェイ」
本人を差し置いて感想を漏らしたノアが、グータッチを求めてくる。
拳を合わせたアマネールは、なんとも不思議な感覚に包まれていた。初対面の老人に、自身の誕生日を知らされるとは思ってもみなかったのだ。ただ、水面に映る自分を認識したときと同様に、己の年齢に違和感を覚えたりはしなかった。
「さて。誕生日がわかったからと言って、やすやすと天結を渡すわけにはいかぬ」
オルナメントは意地悪げに、かつ待ち望んでいたように口を開いた。
「天結を手にする者は、それが如何にして生まれたのかを知らねばならん」
「げ......忘れてた。アマネール。お先に失礼するぜ」
ノアが勢いよく立ち上がった。
「この話、すごーく長えの」
「むかしむかし、アリス・シアステラという星霊使いがおったときのこと......」
こうして、オルナメントによる天結の誕生秘話が幕を開けた。ノアは気づいたら消えていた。
「かつて、アリス・シアステラが今に伝わる天結を発明した。これはお主も知っておろう。じゃが、彼が如何にして天結を開発したかは知らんじゃろう? 今でこそ天結は、ルグラでも星霊を呼び出せる道具として普及しておるが、当初はそうでなかった。実はアリスが天結の開発を思い立ったのは、自分自身のためじゃったのじゃ」
「あの、ルグラって?」
「繋がりし者でない、一般の民のことじゃ。前世の魂の欠片を持たず、天結が生まれるまで星の力に縁のなかった者たちじゃよ」
オルナメントは丁寧に答えてくれた。
「アリスの当初の目的は、暴走する星霊の安定化じゃった」
なんでも当時、アリスは時として星霊に呑まれてしまっていたらしい。顕現した彼自身は自我を失い、星霊が独りでに暴れまわる事件が何度か発生したそうなのだ。
「幾人かの繋がりし者の内、この現象が見られたのはアリスだけじゃった。そこで唱えられたのが、アリスのように前世に悔いがある者は、魂の共鳴が不安定になるという説じゃ」
魂の共鳴とは、言うなれば前世と死後の交わりであり、星霊の発現条件でもある。前世に悔いがあると、その交わりが不安定になるために、星霊の制御が困難になると考えられたのだ。
「その説は時を経て裏付けられた。たしかに前世に悔いを残した者は、魂の共鳴に支障をきたす。今ではこの現象の原因を、魂のもやと呼んでおる」
「たましいのもや?」
「それは文字通り、魂にかかるもやのことじゃよ。ここで言う魂とは、死後で新たに得た魂じゃな。
前世に悔いのある者は、無意識に死後を拒んでおる。だから死後の世で新たな魂が宿る過程で、その魂にもやがかかるのじゃ。もちろん、お主も例外ではないぞ」
これは後に聞いた話だが、オルナメントが人の年齢を見れるように、アマネールが星雲海で出会った老婆は、魂の様がみれるらしい。星雲海に流れ着いた死者に、魂のもやが見られたとき、その人はエステヒアへ送られるそうだ。
「魂のもやは、二世界の交わりを綻ばせ、魂の共鳴の障害となる。そこでアリスは誕生石を身に着けたのじゃ。前世の誕生石を携えることで、魂の欠片とは別に、前世との繋がりを作ろうとしたのじゃよ。
彼の試みは大成功じゃった。誕生石を身に着けると、すぐに現れたのじゃ。群青のもやに包まれた、アリスの意のままに動く天馬の星霊がな」
かくして当時アリスは、前世の誕生石のおかげで魂の共鳴、すなわち星霊の顕現が容易になる発見をしたそうだ。すると図らずも、天結の効果がルグラにまで及ぶことが判明し、今日に伝わる天結の発明に至ったという。
「心配するでない。お主の星霊は暴走せんよ。今では誰しもが訳なく星霊を呼び出せるのじゃ。そのための天結なんじゃからな。ほれ、これでどうじゃ? お主にぴったりじゃろう。ウッドオパールのピアス。珠玉の品じゃよ」
すると、オルナメントの隣にある天秤座の星霊ががたっと動いた。瑠璃色の皿から飛び出した親指大の何かを、咄嗟にキャッチしたアマネールの手のひらには、神秘的な宝石があしらわれたピアスがあった。
少年は一目でそれを気に入った。十月の誕生石、オパールである。外光が反射しているのだろう、紺青に染まる石の内部に、おびただしい小さな光の粒が見える。まるで、エステヒアで眺めた星々を閉じ込めたかのようだ。
「特別にプレゼントじゃ。少し早い誕生日祝いじゃな」
店主はにっこりと笑って付け加える。
「ありがとう。大事にします」
アマネールは声が上ずるのを抑えられなかった。天結を手に取り、光の角度を調節してみると、小さな石に広がる星空模様がめくりめく変化した。
「僕の星霊、青色ってことですよね? 何座なんだろう」
ウテナやノアにあれだけ言われて、自身の力を気にしない方が難しい話である。アマールの中で、ハル・エトワーレ広場を駆け抜けた感覚が蘇った。
「さあの。こればかりはわしにもわからん。繋がりし者の星霊は、星の巡り合わせのようなものじゃからな」
「星の巡り合わせ? ルグラは違うの?」
「なんじゃ、お主。そないなことも知らんのか」
オルナメントによると、とある人に宿る星霊には一定の規則があるらしく、その詳細についても親身になって教えてくれた。
まず、ルグラは決まって黄道星座の星霊を宿すそうだ。黄道星座とは牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座の十二星座である。
対して繋がりし者の星霊は、例えば飛び魚座や烏座のように、空に浮かぶ数多の星座のうち、無秩序に一つが選ばれるらしい。
両者の違いは天結の働き方に起因するそうだ。
ルグラの場合、天結を前世の魂の欠片に見立てて、魂の共鳴を実現している。従ってルグラの星霊は、著しく天結の誕生石と因果関係を持つらしい。つまりルグラの星霊は、それぞれの誕生日に応じた黄道星座となるのだ。
具体的には、三月二十一日から四月十九日の生まれが牡羊座、四月二十日から五月二十日の生まれが牡牛座、といった具合である。
一方で、もとより魂の欠片を持つ繋がりし者は、天結を魂の共鳴の補佐役として用いる。ゆえに星霊が天結の誕生石に縛られないので、黄道星座以外の星霊を宿せるそうだ。
とはいえ、繋がりし者特有の制約もある。それは、同一の星霊を宿す繋がりし者が、同時には存在できないというもの。牡牛座の星霊を宿すルグラはいくらでもいるが、現在ぺガスス座の星霊を宿すのはウテナのみなのだ。
「繋がりし者の星霊は、当人が星霊を完全に顕現して初めて判明する。ふっふっふっ。わしも楽しみじゃわい。三百年越しのエステヒアの繋がりし者に宿る星霊がな」




