第二章② エステヒアの繋がりし者
情報量多めです。すみません
「君、繋がりし者がなぜそう書くかわかる?」
ウテナは話の皮切りにこう言った。
「前世の魂の欠片を持っているからですか? 前世との繋がり......?」
「まあ、そう思うわよね。半分正解。もう半分は、私が何者かを通して教えてあげる」
意味ありげな台詞に少年がたじろいだ矢先、それは音もなく現れた。まるで生気がない体が、透き通った空色のもやに包まれている。アマネールもそこまでは慣れっこだ。
しかしその星霊を前に、アマネールは目を見開いた。引き締まった胴体から美しい翼が生えている。それは、エステヒアでしばしば銅像を見たぺガススであった。天結の創造主、アリス・シアステラの星霊である。
「もう半分は見ての通り。繋がりし者の最大の特性は、その力を引き継げる点にあるの。星霊の繋がりってわけ。私は星導師の家系、アミタユス家に生まれたの。ハルって名前に聞き覚えはない? 私、アリスの親友の子孫なのよ」
言われてすぐにピンときた。エステヒアの中心にある、コセリメージュの木が生えたあの広場が。
「ハル・エトワーレ広場ですか?」
「そうそう。自己主張強めなんだ。私のひいひいひ~いおじいちゃん」
にこにこする女王を横目に、話が呑み込めないアマネールを気遣ってか、ウテナの側近であるムルパティが説明を補足してくれた。
「星導師とは、死後の世で生を紡いでいる一族です。生まれながらに、この世界に来るのが決まっている人たちですね」
死後の世には、前世にはない理がある。一つは星霊。空に浮かぶ星座を、霊体として大地に顕現する神秘的な力だ。
もう一つ、死後の世ならではの理を、ムルパティは少年に説いてくれた。
それは、新たな命が誕生しないということ。この世界の生き物は、後世に子孫を残せないらしい。
ところが、そんな死後の世界にも、特殊な仕組みで血脈を保つ一族がいる。これらの一族を総称して、人々は星導師と呼ぶそうだ。
星導師の家系は現世で子孫を残し、選ばれた者を死後の世へ送っているらしい。ただ、決して物騒な儀式ではないそうで、ウテナの言葉を借りるなら、星のお導きを受けるのだという。
「君にはわからないだろうけど、その時が来たら、星霊が迎えに来てくれるの。苦しさもないし、言うなら安楽死よ。まあ、今こうして生きてるんだけどね」
ウテナは続けて、星導師は繋がりし者のくくりに含まれることを諭してくれた。つまりウテナもまた、前世の魂の欠片を保持しているのだ。星導師であるウテナが、同時に繋がりし者であるからこそ、ぺガスス座の星霊を引き継げるのである。
「アリスは繋がりし者だったけれど、星導師の生まれではなかった。だからアリスは天命戦後の未来を、彼の親友だったハルさんに、星導師アミタユス家に託したの。その契りの証として、ハルさんはアリスの星霊を引き継いだのよ」
「どうして星導師に託したんです?」
「星導師にあって、一般の繋がりし者にはないものがあるからよ」
ウテナの口調は謎かけでもするかのようだ。アマネールは小首を傾げた。
「それはね、一族としての人の繋がり。言わば想いの系譜ね。血筋で結ばれているからこそ、星導師は代々で意志を受け継いで、連綿と未来に紡いでゆけるのよ」
かくしてアリスの使命を継いだアミタユス家が、死後の世の中枢としてその発展を導いてきたという。祖先からぺガスス座の星霊を継承し、現ウテナ女王に至るまで、本土とメイエール、そしてエステヒアの開発を担ってきたのだ。
「中でも、エステヒアは大切にされてるの。アリスが愛した土地だったし、ハルさんには特別な情があったから」
「特別な情......? 親友だったからですか?」
アマネールは含みのあるウテナの発言が引っ掛かった。
「それも一つの理由ね。でもハルさんの情は、アリスだけにかけられたわけじゃない。真の理由は、あなたたちエステヒアの民にあるの。
当時、アリスは他の人とは異なる存在だった。そして今、アリスの同胞がエステヒアで暮らしているの。あなたたちは、本土に住む私たちとは少し違うのよ」
アマネールは昨夜、長老が「遠い日の同胞に感謝せねばならぬ」と言っていたのを思い出した。
「大前提、この世界に訪れるのは前世で生を追い求めた人間よ。死ぬ直前だろうと、断じて生きるのを諦めなかった者。そう言うと、すごく聞こえがいいでしょ? 人生を最後まで貫いたみたいで。でもね、それだけ生を全うしてもなお、前世に悔いがある人たちがいるの。それが、あなたたちエステヒアの民よ。
詳細は人によるけれど、あなたたちは何かしら前世に心残りがある。だから、この世界ではどうか幸せに過ごしてほしいって。ハルさんやその息子さんがそう願ったの。エステヒアには、そんな想いが込められているのよ。本土じゃ楽園なんて呼ばれたりしてね」
微笑んだウテナの瞳は、ほんのりと憐憫の情を湛えている。
「要するに、エステヒアが受ける鯨座の星霊による配給も、貨幣制度なしで回っている経済も、すべてはアミタユス家の厚意あってのことなのですよ」
とくとくと付け加えるムルパティを、ウテナはじろりとたしなめた。すぐに肩をすぼめたムルパティを見て、ウテナも憎めないものを感じたのか、やれやれという風に相好を崩している。
「で、ここからが本題なんだけど」
ひと呼吸おいてウテナは切り出した。
「最後まで生を追求した人生に、悔いが残るのは珍しいの。だからエステヒアの人口は、本土に比べてかなり少ない。ましてや、前世の魂の欠片を持つ繋がりし者は、歴史上二人しか確認されていないの。一人はアリス・シアステラ。二人目は君よ、アマネール・アズール君?
言うなれば、君はアリスの生き写しなの。私たち、遠い昔に親友だったのよ。どう? 何だかロマンティックじゃない?」
自分がアリス以来のエステヒアの繋がりし者であること、ウテナがアリスの親友の子孫であること。どちらをも理解したうえで、アマネールは彼女の言い分が理解できなかった。なんせ自分とアリスに血統の繋がりはないのだし、そもそも三百年前の話を現代に持ち込まれても困る。
「もう。連れないわね、ほんとに」
いまいち釈然とせず、返事に困るアマネールを見て、ウテナは唇を尖らせた。
「ともかく、あなたの星の力は唯一無二なの。でもね、その力には代償がある。今日はそれを伝えるために、あなたを呼び出したの」
一新したウテナの声色に、アマネールは身構えざるを得なかった。
「さっき君が言った通り、繋がりし者には前世との繋がりがある。魂の欠片として、断片的な前世の記憶を保持する形でね。
星霊の発現条件が、前世と死後の魂の共鳴だというのは知ってるでしょう? 魂の共鳴とはすなわち、二つの世界の交わり。ゆえにもし、繋がりし者が星霊を完全に顕現するのなら、当面あなたにはそれを目指してほしいのだけど、魂の欠片に刻まれた記憶を思い出す必要があるの」
「思い出す......? 僕にある前世の記憶、もっと鮮明になるんですか?」
途切れ途切れに聞こえる声を回顧しつつ、アマネールは訊いた。
「そうよ。ガラスの破片を見て、もともとが食器か窓か、はたまた靴なのか、すぐにはわからないでしょう? 同じように、前世の魂の欠片に刻まれた記憶も、初めから全貌は見えないの。思い出すには、それなりの時間ときっかけが必要だわ。
でもね、アマネール。君に眠る前世の記憶は、前世への後悔に満ちている可能性があるの。だから星霊を発現する過程で、あなたは辛い思いをするかもしれない」
ウテナの声は沈んでいる。
「大丈夫よ。あなたはきっと乗り越えられる。少しでも苦しくなったら、遠慮なく声を上げなさい。必ず誰かが聞いてくれる。くれぐれも一人で抱え込まないで。私でよければ、いつでも相談に乗るから......。私から伝えたいのはこれだけ。これだけだから、これだけは心にとめておいてね」
アマネールは初対面にして、ウテナの深い思いやりを感じさせられた。同時に、自分が期待されていることも。それゆえに、申し訳ない気持ちになった。心の隅にあった不安が、気づけば口から漏れていた。
「僕、記憶が戻るとは思えません。本当にぼんやりとしていて、不鮮明なんです。昨晩も、何考えていたのかよく思い出せないし」
アマネールが顔を曇らせる。昨夜の件を思い起こすのは嫌だった。
「そうねえ......多少でも星霊を宿している以上、何かしら思い出してはいるだろうけど。もしくは、禍黎霊と対峙した状況が前世の記憶と酷似しているのかも。半ば強制的に前世と交わった可能性もあるわ」
ウテナが頭をひねる。続けてムルパティも意見を述べた。
「本当に思い当たる節はないのですか? 例えば、ご家族の記憶とか」
どことなく鎌をかけるような口調である。だが当然、アマネールに家族に関する心当たりはない。少年はその旨を伝えようとしたが、ウテナにぴしゃりと遮られた。
「止めなさい、セフィド。悪い癖ですよ、いつも早とちりして」
眉をひそめたウテナの声音は、静かな怒りを秘めていた。
「申し訳ありません......どうかお忘れください」
ウテナの剣幕に押されたのか、ムルパティはたじたじと謝罪した。アマネールからしてみれば、別に何ともなかったのだけれど。
「さ、私たちの話はこれでおしまい。何か質問ある?」
直前の話題が引き金となり、アマネールの脳裏にセルルスの怪我がよぎった。
「セルルスは、無事ですか?」
「ああ、彼なら大丈夫よ。命に別状はない。後遺症も残らないだろうしね」
「......よかった」
アマネールは胸をなでおろした。何はともあれ、セルルスの回復が保証されたのは朗報だった。
「ただ、思ったよりも傷が深いから、煌玉宗として現場に復帰するのはしばらくかかるかな。長期休暇に入ったようなものね」
「こうぎょ……なに?」
「セルルスをはじめとする、エステヒアの住人を支える人々のことよ。カフリンクス型の天結に、燕尾服がトレードマークの」
煌玉宗とは、天命戦当時、アリスに命を救われた二人の星導師が開いた宗派らしい。今では両家を中心に、アリスの功績に感銘を受けた人々も集まって、組織を形成しているそうだ。
「特に星導師セルルス家の先祖は、開祖の一人として重要な役割を果たしたと言われているわ。つまり、セルルスの先祖はアリスに救われたのよ。セルルスにとって君は、家系の恩人が生まれ変わったような存在なの。
そんな君が負い目を感じたらダメよ。アマネールの悲しむ顔なんて、彼は見たがらないわ。今度会ったら笑顔で喋りかけてやりなさい。それが一番の特効薬になるから」
ウテナは満面の笑みを浮かべた。
「他に聞きたいことは? なければ出発しましょう」
出発? どこに? きょとんとしたアマネールに、ウテナは髪飾りをぐいと突き出した。
「ったく。君、次に禍黎霊を出現させてごらんなさい、故意とみなして逮捕するわよ。私への反逆罪で」
①繋がりし者は力を引き継げる
②エステヒアの民は前世に悔いがある(アリスも同じ)
③繋がりし者が星霊を完全に顕現するためには、前世の記憶を思い出す必要がある
この三つを「ふーん」くらいに思っていただけると助かります。




