n回目の死
私はカナリアです。
これには二つの意味があります。
一つは、単純にこれが私の名前なんです。
そしてもう一つは、『炭鉱のカナリア』という慣用句的な意味として。
炭鉱での作業前に危機を警報して貰う為に用いられた有毒ガス検知器の生物、異常がなければずっと囀っている小鳥。
カナリア。
でも、私の場合は少し違いますね。
戦場のカナリア。
きっと言い表すなら、こんな言葉になるのでしょうか。
「くそっ……奴らあんなところに伏兵を配置してやがったのか……っ!」
私が配備されている部隊の隊員がそんな悪態を吐きました。
そして次の瞬間、敵部隊から飛んできた魔力銃の光弾が彼の頭に直撃します。
当たり前に彼の頭部が弾けて無くなります。私は幾度、彼が死ぬ場面を目撃したでしょうか。もう覚えていません。指折り数える気力なんてありませんでした。
「ちくしょう……! タイガがやられた! おいカナリア! どうしてこれを教えてくれなかったんだ!? お前が警告してくれればこんな事には……!」
別の隊員が私を責めます。
ごめんなさい。知らなかったんです。
これは初めて見たパターンだったので、予告できませんでした。許して下さい。
そう懇願するような気持ちで黙っていると、隊長のミナト少佐が慰めるように私の頭に手を乗せてきてくれました。
それから部隊の人達に向けて言います。
「馬鹿野郎! 今はそんなことを言っている場合じゃないだろ! 一発でも多く撃って、一人でも多く敵を殺すんだよ! それ以外に生き残る道はない!」
「ちっ……わかってますよ! そんなこと!」
ミナト少佐の呼びかけで、私を対象とする隊員の怒りの矛先は、殺意に変わって敵兵に向けられたようでした。
この転生世界では、戦争と死が溢れています。
この世界に生きている人達は、全員地球に居た頃の記憶を持っているんです。
だからだと言います。争いが終わらないのは。
どうせ死んでもまた次がある。魂は輪廻転生していく。
そんな風に考えてしまい死への恐怖が薄くなって、殺し合いへの抵抗力が削がれてしまっているのだと語られています。
私にはどうしてそうなるのか全然わかりませんし、納得もできませんけど、これが事実であり現実なんです。
誰もが幸せの最大値を求める為に暴力を振るう事を厭わない。
凄惨で残忍で馬鹿げている、魔法の存在する幻想世界。
そこを人々はこう呼んでいます。
単なる魂の経由所。
……もしかしたら皆、そう思い込みたいだけなのかもしれませんけど。
「カナリア、どうやら今回はもうどうにもならないみたいだ」
ミナト少佐が言いました。
戦場のカナリアである私の能力の詳細は、ミナト少佐にだけは伝えてあります。
だからそれを把握した上で、話を振ってきているのです。
死に戻りという、戦争に於いて重要な情報の収集を可能とする反則技であり、負けても自害すれば過去に戻り勝利するまで何度でもやり直せるという必勝能力。
でも私には、その為に自害する度胸なんてものはありません。
かといって敵の前に身を晒す勇気もないんです。
「……すまない、カナリア。俺はまた君を殺す事になる」
ミナト少佐に私を殺した記憶はないはずでした。
だからこれは、事実からの憶測が混じっている発言なのでしょう。
「みんな、死んじゃいましたもんね」
「ああ……」
辺りには、絶命している仲間達の肉体が転がっています。
「仕方ないです。私も、みなさんともう話せないのは……寂しいです」
私はもう諦めて、受け入れていました。
そういう宿命なのです。
ミナト少佐が腰のホルスターから銃を抜いて私の額に突きつけます。
「ごめん……俺は君を、守れなかった」
歯噛みしながらそう言って、ミナト少佐は心が軋む音が聞こえて来るような表情を浮かべました。
それを見た、恐怖を迎えていた私の心が少しだけ穏やかになるのを感じます。
私の死を悲しんでくれる人がいる。
これから起こる一つの別れを覚悟しなければならない私にとって、それは僅かばかりであっても救いでした。
「次は、どうか――」
ミナト少佐の親指が、銃の撃鉄を起こします。
「君を守りきれる俺であってくれ」
引き金が引かれました。
そうして放たれた銃弾は私の脳を貫いて。
新しい世界が、始まります。