義妹が好きな人を愛人にしました。全部奪われたはずなのに、愛されすぎて困ってます
短編10作目となります。今回のお話は、婚約者を奪われた令嬢がただ不幸なだけで終わらないお話です。いつも読んで下さる方、初めましての方、読んで頂けることに感謝です!ありがとうございます (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
エレナの前を義妹のセレナと元婚約者のインデルが腕を組み仲良さそうに通り過ぎて行く。こちらを振り返ったセレナの顔は得意気に口元をニヤリと歪ませている。
(ぐっ………!何なのよ!)
ついこの間、元婚約者のメッツォ伯爵家次男であるインデルが義妹のセレナに奪われた。エレナは16歳、セレナは15歳、インデルは15歳である。
義妹はバルツ子爵家当主である父と愛人の間にできた子で、エレナが10歳の時に母が病気で亡くなると、父は愛人を後妻にしてセレナはエレナの妹として屋敷に引き入れた。
セレナは愛嬌のある可愛らしい顔立ちをしていて甘え上手だったから、父だけでなく使用人達もうまく手なずけてしまった。だから、平民出身の後妻との子どもだからといって差別されることもなく、セレナはやりたいように伸び伸びと過ごしている。
エレナはセレナを虐めようなんて意地の悪い気持ちにはならなかったが、セレナのあざといところは大キライだった。よって、2人の仲は良くない。
父にセレナの言動を告げ口したこともあったが、父は当てにならなかった。話をまともに聞こうとしない。そもそも“エレナ”と“セレナ”なんて似たような名前を平気で名付ける人だ。エレナの母やセレナの母の気持ちなど、てんでお構いなしだった。
おまけに父は愛を生き甲斐としている享楽的な性格のせいで、後妻を迎えても一向に落ち着く気配は無かった。だから、義母はいつも不安定でストレスのはけ口にエレナは良く使われた。幸いにして暴力は無かったが、嫌味や意地悪といった精神的虐待は日常的にしてくる。エレナは幼い時はともかく、今は負ける気にはならなかった。
(あんなバカ達に負けるものですか!それにしても、インデルもインデルよ!)
義妹が猛アタックしたからって簡単に靡いてしまう男だとは思わなかった。元々、エレナに一目惚れして婚約を申しこんできたのはインデルだ。さっさと婚約者をすげかえて悪びれないとは一体、何様なのだろうか。
インデルは整った顔をしていて貴公子らしい雰囲気だったから、セレナは惹かれたのだろう。エレナは“未来のお兄様と仲良くしたい!”と、度々お茶会に乱入してきたセレナを許してしまった。インデルに心の狭い女だと思われたくなかったのだ。だが、気付くと彼らはアッという間に仲良くなっていた。
インデルは、セレナに気持ちが移ってからはエレナを平気で無視してくる。ろくでもないインデルが悪いのだが、エレナは人間不信に陥っていた。
(インデルはろくでなしだし、セレナは性悪でサイアク!)
インデルやセレナも学園には18歳まで通う必要があったから、しばらく我慢して過ごさねばならないと思うと、ゲンナリする毎日を送っていたのだった。
………そんなある日、エレナはエレナの家庭教師をしていた人物の息子で幼馴染であるリズトと学園のテラスでバッタリ会った。
「だから言ったじゃないか。アイツは良く無いよって」
「だって!私だって恋愛に慣れているわけじゃないし、あの人がセレナに乗り換えると思わなかったもん」
「エレナはさ、鈍いよね。オレはずっとあの子はあざといなーって思ってたよ。オレにさえモーションかけてきたし」
「こんなこと言ったらなんだけど、セレナは私生児だから不遇な目にも遭っていたかもと、いらぬ気を使っちゃったりしたのよ。でも、後悔しても後の祭りね。あの2人、私のことを平気でバカにしてくるわ」
エレナが思わず涙を浮かべるとリズトが黙った。
「.....あんなバカ共は放っておけよ」
リズトがエレナを見つめながら言う。
「カッコイイこと言ってるけど、インデルはあなたの家より格上よ。発言に気を付けなきゃ」
「大丈夫だ。まわりに誰もいないのは確かめて言ってる。幼馴染が苦しんでいるのは見てられない。エレナはオレの大事な人だからね」
リズトの言葉にエレナはドキっとした。
小さい頃のリズトは、ズケズケと人の弱点を平気で言うような人だったのに、成長と共にたまにドキッとさせるような言葉を言うようになっていたから、最近のエレナは密かに心の中でリズトのことを気にしていた。
「最近、大人な発言が増えたよね」
「そうか?.......オレ、カッコ良く見える?」
「え.....どういう意味で聞いてるの?」
「褒められたらウレシイだろ」
「ま、まあカッコイイかな.......」
エレナがドキドキしながら小さな声で言うと、リズトは大いに照れた。つられてエレナも照れる。
「......実はさ、オレのことを好きだと言ってくれる子がいるんだ。だから、オレもちょっと大人にならなくちゃって.......。最近、その子と仲良くしてるんだよ」
リズトのまさかの言葉にエレナの顔は引きつった。
「そ、そうだったんだ……幸せでいいねぇ」
(リズトにはいつの間にか、いい人ができていんだ…)
リズトがちょっと魅力的かも!と思った矢先に見事、玉砕した。灯台下暗しだったと、ちょっぴり後悔の念が湧いた。
「あのさ、父上にエレナの悲惨な状況を話したんだよ。そしたら、父上が随分とエレナを心配してさ、良い相手がいれば紹介す......」
「ちょーっと!人の不幸話を恩師に勝手に話すなんて!ヒドイしハズカシイ!」
「そうは言ってもさ、5歳から指導していた教え子のエレナは父にとっては親戚みたいな感覚なんだよ。オレの幼馴染でもあるわけだし。心配するだろ?」
「心配してくれるのはありがたいけど、私は大丈夫!時間が立てばウワサも落ち着くだろうし.....。自力でいい人を探すから!気にしないで!」
「そううまくいくか?」
ボヤいているリズトを見つめる視線に気付いてそちらを見れば、何やら可愛らしい令嬢が立っている。
「それよりもホラ、こちらを見ている令嬢、あなたの言うカワイイ子なんじゃないの?私達が話していたら誤解しちゃうかもよ?」
「えっ!?」
エレナが言うと、リズトは飛んで令嬢の元へと走って行った。
(幸せそうでいいなぁ)
一時、セレナがリズトとの関係を誤解してモーションをかけたことがあった。だが、セレナはリズトはただの友人だと知ると彼には関心がなくなったようで、リズトはセレナの毒牙から逃れられた。あのセレナという女は女豹なのだ。おそらくまわりにも毒牙にかかった者はいるだろう。
(あの子は人のものをとるイヤなヤツだから気を付けなきゃ。でも、もう婚約者がいるのだし大丈夫かしら)
エレナはそんなことを思いながら、校舎を後にしたのだった。
…………1ヶ月が経ち、街は秋の祭りのシーズンとなった。この時ばかりは学園の生徒も寄り道して祭りを楽しんで帰ることが許されている。
エレナも気楽に1人で祭りを見て回っていると、中央広場でダンスの音楽が聴こえてきた。
「ダンス!見に行かなきゃ!」
エレナは音楽が好きで身体を動かすのも好きだった。音楽が流れて来る方へと自然と足が向く。
「わぁぁ!」
広場へとやって来ると、2拍子の軽快な音楽に合わせて踊るダンスに目を奪われた。エレナの知っているダンスと言えば、3拍子の優雅なダンスだけだったから、生命感溢れるダンスがとても魅力的に映った。
しばらく眺めていると、軽やかにステップを踏む異国風の青年に目が留まる。
(わぁ、すごくイケメンだしダンスが上手!)
じっと見ていると彼と目が合った。
エレナは慌てて目を逸らそうとすると、青年は側に来て手を伸ばすではないか。
(ダンスに参加しろってこと?)
エレナが戸惑っていると、青年がエレナの腕を引っ張って強引にダンスに参加させる。
「ちょっと!私こういうダンスは踊ったことないわ!」
焦って言えば、青年が耳元に口を近づけて言う。
「大丈夫!思った通り身体を動かせばいいんだ」
そう言われてまわりを見てみれば、まわりの人も好きなようにダンスを楽しんでいた。エレナもリズムに合わせて身体を軽く揺らしてみる。
「そうそう、それでいい」
そのまま数曲終わるまで青年とダンスを楽しむと、再び耳元で声をかけられた。
「そろそろノドが乾かない?」
「ええ」
「飲み物をごちそうするよ。来て!」
手を取られて果実ジュースを売る屋台まで連れられてくると、買ってくれたジュースを渡された。
「まずは、乾杯だ!」
名前も知らない青年とこうして乾杯をするなんてと、思いながらもノドが乾いていたエレナは乾杯をしてジュースを飲んだ。
「はぁ、美味しい!」
「ダンス後の酒!ではないけど、ジュースも美味しいだろ? で、君は学園の生徒?」
「ええ」
エレナは制服を着ていたから学園の生徒なのは一目瞭然。ごまかしようがないから素直に答える。
「あなたは何をしている人なの?」
「オレは旅人さ。この街で収穫祭が開かれると聞いて立ち寄ったんだ」
「そうなのね」
(旅人か…)
青年の顔は彫りが深く、日焼けしていて異国人かと思ったが、この国の言葉を流暢に話している。どこの出身だろうかと考えていると、青年に問われた。
「オレの顔が何か?」
「いえあの、顔立ちから異国の方かと思ったのだけど、言葉が流暢だしこの国の方なのかしらと考えていたの」
「異国人の方が良かった?」
「そういうわけじゃないけど。旅人ということは異国にも行ったことがあるのよね?」
「ああ。オレはこの国の出身だが、つい最近まで南の国にいたよ。さっきのダンスも南方で流行っているダンスの1つさ。最近は異国の商人もこの国に出入りしているから流行っているんだろうな」
「良く知っているのね。私も外国に行ってみたいわ」
「良かったら、旅した国の話でも話そうか?」
「ええ、ぜひ!…でも、あなたはさすらい人なのでしょう?いつまでここにいるの?」
「さすらい人か。オレは一応、目的があって旅していたんだけどね。この国にはしばらくいるよ」
「そうなのね。では、後日、改めて話を伺っても?」
「ああいいよ。明日、同じ時刻に噴水広場で待ってる」
「分かったわ」
街にはいくつか広場があって噴水広場は多くの人の待ち合わせ場所になっていた。
「送って行こうか?」
「広場の外で馬車を待たせているの。だから大丈夫」
「馬車ということは、君は貴族?」
「ええ。子爵家の娘だけど……あ、名前を名乗ってなかったわね」
「名前はまた明日にでも。では明日!」
別れの握手をすると青年と別れた。
馬車に乗り込んでから、踊ったことも無いダンスを踊り、初めて会った名も知らない青年と乾杯して話までしたことを思い返して、何て大胆なことをしたのだろうと思った。
(でもあの人、とてもカッコ良くて、私の知らない話をたくさん知っていそうだった)
相手は服装からしてもおそらく平民だし、こちらが貴族だと知って妙な企みをしていたらどうしようと心配にはなったが、エレナは彼が気になった。
(今の私にとって新しい刺激を得ることは大事よね!)
無理やりではあるが、それらしき大義名分を見つけたエレナは開き直ったのだった。
………翌日の朝、エレナは名も分からない青年と会うためにいつもより念入りに身だしなみを整えていると、セレナが部屋に勝手に入って来た。
「お姉様、昨日はまさかお祭りに1人で行ったんじゃないでしょうね?私は当然、インデルと2人で行ったけど」
「1人で行ったわよ。私だって見たいものくらいあるし」
「あら、随分とたくましいこと!私だったら1人で出歩けないわ!」
「はいはい」
まともに話すとバカらしいので適当に話を流す。気に食わないのかセレナが睨んでいる。
「強がっちゃって。だから、インデルに捨てられるのよ。......それにしても、お姉様が香水をつけているなんて珍しい。今日は何かあるの?」
「何もないけどたまにはね。あなたは今日もデート?」
「ええ。インデルがどうしてもプレゼントしたいものがあるからって、街でデートよ」
「ふうん」
「元婚約者が私に優しくしているなんて聞いたらイヤな気分になるわよね?」
「別に、今さらじゃない。今はあなたの婚約者なのだからデートだって当たり前でしょ?」
セレナはエレナが澄ました態度なので面白く無いらしく、椅子に八つ当たりをすると部屋を出て行った。
(まったく!メイドがいない時にああいうことをしていくのだから!)
セレナが倒れた椅子を起こす。セレナはいつも2人きりの時に悪事を働く。
(でも、今日は私もデートみたいなものだし......ちょっと張り切っちゃうわ。彼、イケメンだったし)
エレナは学園での授業をソワソワした気分で終えると、馬車で街の噴水広場に向かった。近くに着くと馬車から降りる。噴水広場の方へ歩いて行けば、例の青年は既に噴水の前でエレナを待っていた。
「もう、来ていたのね!待たせてしまったかしら?」
「やあ。待つというほどじゃない。何となくの時間で約束してしまったし、待たせたら悪いと思って早めに来ていた」
(この人、意外ときちんとしているのね)
「そうだったのね。では早速、異国の話だけど」
「待って。ここで話すのもなんだから、ケーキとお茶でも楽しみながら話さない?」
青年は噴水広場近くのカフェに誘う。
(ああ。貴族の私に払って欲しいってことね)
エレナは情報料だと割り切ってカフェへと入ることにした。青年は扉をエレナのために開けてくれたり、先に通してくれたり、予想に反してレディファーストがしっかりと身についていた。
(こういうことに慣れているのかしら??)
訝しみながらもメニューを見ていると、青年が声を掛けくる。
「さて、何を頼もうか? ここのイチゴタルトは美味しくておすすめだよ」
「来たことがあるの?」
「まあね」
(やっぱり、女性とお茶することにも慣れているのね。まあ、せっかくだし、私も楽しむわ)
ケーキとお茶を楽しみながら、異国の話で青年と盛り上がった。
扉を開け放つと海と一体化したように感じられる有名な屋敷があるとか、色とりどりの花が咲き乱れる有名な庭園だとか、とにかく彼はよく知っていた。
(この人の話、とても興味深いわ!もっと話が聞きたい!)
もっと話を聞く機会が欲しくて、改めて名前を聞こうかどうしようかと迷っていると、聞き慣れた声がした。
「お姉様!!どうしてここにいるの?」
見ると、カフェに入って来たセレナとインデルだった。
(あ!そういえば、2人もデートだと言っていたわね……)
セレナはエレナが男性と一緒にいるのを見るや否や矢継ぎ早に質問をしてくる。
「その人はどなた?なぜお茶をしているの?親しいの?まさかインデルと婚約していた時からの付き合い?」
「違うわよ。その、彼は…」
「オレ達は知り合ったばかりだよ。オレがここに誘った」
「まあ!お姉様ったら、知り合ったばかりの男性とお茶をするなんてはしたないわ!」
「やはり、エレナが男好きだというのは本当だったんだな!」
青年がフォローしようと言ってくれた言葉を都合よく変換して受け取った2人は、エレナを勝手に非難する。インデルなどはエレナを鬼の形相で睨んでいた。
すると、青年が静かに席を立ち、エレナの姿を隠すようにインデルの前に立ちはだかった。
「何なんだお前は!平民風情の男が僕に歯向かうというのか!」
インデルが怒り、声を荒げた。エレナは人の注目がこちらに集まるのがイヤで青年に外に出ようと声を掛けると、青年はうなずいた。
「私達は先に出るわ。2人はゆっくりしていって」
エレナが受付で会計を済ませようとすると、青年がサッと財布を取り出して会計を済ませてしまった。そのままカフェの外に出る。
「……あの、話を聞かせてもらったうえに、義妹達の非礼まで……お茶代を払ってもらうなんて申し訳ないわ」
「そこは、“ありがとう”って言えば済む話さ」
青年がニコリと微笑む。とってもキレイな顔だった。
「ありがとう…」
「うん。 あいつら、イヤなヤツらだな」
「あれは義妹と私の元婚約者なの。私を傷つけることで楽しんでいるみたい」
「そうなのか。タチが悪いな」
「あなたにもイヤな思いをさせてしまってごめんなさい。今日は、異国の話が聞けて楽しかったわ。ご馳走までして頂いて本当にありがとう。そのまた機会があれば…」
「明日も会えないか?まだ話していない異国の話もあるし」
「え、いいの!?」
「もちろんだ」
義妹と元婚約者に嫌がらせを受けていると知って、同情して会うことを提案してくれたのかもしれないとふと思ったが青年の提案は嬉しかった。
「君はエレナというんだな。さっきの男が言っていた」
「ええ、私はエレナ。あなたは?」
「オレはウォークだ」
「改めましてよろしく。ウォークさん」
「ウォークと呼んでくれ。オレもエレナと呼ばせてもらうから」
「分かったわ」
「宜しく、エレナ」
大して知らない仲なのに、名前で呼ばれると一気に親しくなったような気がして心が弾んだ。
馬車の停車場まで来るとそこで別れる。
(名前を知ることができたわ。明日は年齢について聞いてみよう……)
エレナは青年のことを少しずつ知っていくのが楽しみになっていた。
………一方、カフェでデートをしていたセレナはエレナが一緒にいたイケメンのことをずっと考えていた。好物であるベリーケーキもあまり食べる気にならない。
「セレナ、疲れた?」
「いえ、さっきのことを考えていたの」
「ああ、あんな女のことなんてもういいじゃないか!」
インデルはエレナのことを聞くと、不機嫌になる。怒るのはエレナにまだ未練があるのではないかと思うと、セレナは面白く無かった。
(インデルってイケメンだけど、構ってちゃんだし疲れちゃう)
セレナは父と同じく愛に生きたいタイプだった。インデルを手に入れて満足していたが、次の獲物を探したい衝動に駆られている。
………セレナは翌日の朝、エレナの部屋を訪れた。エレナがまたあの青年と会うならば、自分も会いたいと考えていたから探りにきたのだ。
「お姉様、今日も香水つけているのね。昨日のあの人とデート?」
「ち、違うわよ!私の行動をいちいち詮索しないで」
(分かりやすいんだから。今日も会うつもりね。あの話をお父様にしておいて良かったわ)
「ふん、何よ偉そうに。お父様がお姉様を呼んでいるわよ?」
「お父様が?」
父に呼ばれていると聞いて久しぶりに父の部屋を訪れると、父は酒がまだ抜けていないのか酒臭かった。目も充血している。きっと朝帰りなのだろう。床には物が散乱していて、義母が怒って部屋を荒らしたのだろうと思われた。この人達はいつもこうだった。
「エレナ、今日はある夫人の悩みを解決するためにお前をとある屋敷に連れて行く。学園が終わる頃、迎えに行くから。詳しくは馬車の中で話す」
父は言いたいことを言うと “仮眠をとる”と言って、エレナが止める間もなく寝室へさっさと引っ込んでしまった。
(ちょっと突然なに?今日はウォークと会うのに!)
………学園が終わると、本当に父が迎えに来ていてエレナは驚いた。父は言い出したら意見を曲げないし、すぐに行動に移す。
「お父様、向かう前に街の噴水広場に寄って欲しいの。会う約束をしている人に断りをいれねば」
「待ち合わせ?誰と…? いや、詮索など無粋なことはしない。今日は用事があると伝えて来い」
なぜだか、妙に物分かりの良い父のおかげで無事、噴水広場近くに来ると馬車を降りた。
噴水広場で待っているはずのウォークを探しに行くと、そこには驚くことにセレナがいた。
「セレナ!何であなたがここに?それに何故、ウォークと!」
「エレナがお父様の用事で来られないということを伝えに来てあげたのよ。お姉様の大事な人みたいだし」
「そんなこと頼んでない!」
「エレナ、用事ができたと聞いたが?」
「ええ。お父様の用事で一緒に出掛けなくてはならなくて」
「お姉様、“お見合い”をしっかり頑張って!」
「お見合い!?」
エレナが驚いて声を上げて驚いていると、せっかちな父が待てなかったのかエレナを呼びに来た。
「エレナ!話は済んだか?さあ、急いでいるからもう行くぞ!」
「ちょっと!お父様!お見合いって?」
「ああ、これから説明してやるから」
エレナがウォークと言葉を交わす間もなく、強引に父に連れられて行ってしまうと、ウォークも帰ろうとする。セレナは急いでウォークを引き止めた。
「もう帰るの?私にも色々なお話を聞かせて下さいな。お姉様から異国の話を聞いていると聞いたわ」
セレナがあまりにもしつこいので異国を旅した話を聞いていると、エレナはチラッと話していた。
「君には婚約者がいるんだろ?こんなところでオレと話していたらマズイだろ?」
「うふふ、私のことを心配してくれるの?........ねえ、突然だけど、良かったらあなた、私の愛人にならない?」
可憐に微笑むセレナはウォークにとんでもない提案をした。
………その頃、エレナは父から事情を聞いていた。
「なぜ、事前にパネラ伯爵家の子息とお見合いだと言ってくれなかったのです?あまりにも突然過ぎます!」
「突然ではあるが、元はお前がハンカチを拾ったからだろう?昨晩、夫人から聞いてこうしてさっそく向かっているわけだ」
「はい?話が全く見えませんが」
「お前のしたことが夫人との縁にもなったわけだ。でかした!」
「は?」
父の話は良く分からなかった。
「それよりも!先ほどセレナが男性といたのを見ましたよね?放置していいのですか?」
「あれはお前の会う予定だった男か?」
「妙な言い方をしないで下さい。ただの友人です」
「友人か。はは、お前もたくましいではないか。だが、またセレナにとられそうだな」
「あの人は、そんな人ではありませんってば!インデルに知られれば大変なことになります!」
「セレナの愛に生きるところは私にそっくりだ。うまくやれば何の問題も無い」
「そんなわけないでしょう!」
「お前のそういうところが鬱陶しいのだ。だからインデルも心変わりしたのだろう。奪われるお前が悪いぞ」
「いくらお父様でも言っていいことと言ってはいけないことがあります!」
「もう黙れ。頭に響く」
父は腕を組んで目をつむると黙った。エレナはそんな父に呆れた。
(まともな人じゃないと思っていたけど、ひどすぎるわ)
しばらくするとパネラ伯爵家に到着した。馬車から降りると、キレイな夫人と息子らしい太っている男性がいた。父は先ほどの態度とは異なり、にこやかに挨拶をしている。
(あの方がお見合い相手のムスラ様?)
ムスラは引きこもりで学園にはほとんど通っていない。母であるパネラ伯爵夫人は去年、未亡人になったばかりで引きこもりの息子をどうすれば良いか悩んでいた。美人であったから、父が調子の良いことを言ってお見合いを張り切ってセッティングしたのだろう。
すぐに、ムスラと2人きりにさせられ、仕方なく庭の散歩に出た。しばらく無言で歩いていると、ムスラがポツリポツリと語りかけて来る。
「あ、あの、どうして君が来たのだろう?」
「こちらが聞きたかったのだけど……父からはハンカチがどうのこうのって聞かされたのだけど?」
ムスラの話では、学園でハンカチを落とした時に拾ってくれたのがどうもエレナと名乗ったセレナだったらしい。
「い、以前、ハンカチを拾ってもらった時に名前を聞いたら彼女が“エレナ”だと答えたんだ。だから、すっかり僕はあの子がエレナと言う名だと思っていた…」
「………あの子は恥ずかしがり屋だから私の名前を出したのかもね」
どういうつもりでハンカチを拾ったのかは知らないが、セレナはムスラを気に入らなかったのだろう。だから、エレナの名前を語ったに違いない。
「セ、セレナ嬢は、どうしているのかな?」
「セレナは……実はもう婚約をしてしまったの」
「そ、そうだったんだ…」
ムスラは自分の想う人が婚約してしまったと聞いて落ち込んだ。あまりの落ち込みように言うべきか迷ったが、もう学園では知られている話だと思い、セレナの婚約者が自分の元婚約者だと教えた。
「え、彼女は君の婚約者を奪ったということかい?」
「まあ、そうなるわね」
「君は大丈夫なの?」
「つらかったけど過ぎたことだし、裏切るような人と結婚しなくて良かったって思っている」
「……そういう考え方をできる君はとても素敵だと思うよ」
ムスラは太っている自分に自信がなくてコミュニケーションには消極的ではあったが、人の気持ちに寄り添える優しい人だった。その後も、ずっと気遣う言葉を掛けてくれた。
庭の散歩から戻ると、父と夫人がにこやかに出迎えた。父と夫人の距離は縮まったようで父も機嫌が良い。父の女たらし…人たらしはなかなかなものだと思わず感心してしまった。別れの挨拶をして屋敷を出る。
帰りの馬車の中でしきりにムスラはどうだったと聞かれたが、エレナはずっとウォークのことを考えていた。
............屋敷に戻ると、すでに屋敷に戻っていたセレナにウォークのことを問い詰めた。
「セレナ!どういうつもり!?」
「何よ。彼はエレナのものじゃないでしょ。あ、彼はね、私の“愛人”になったから。彼は私のものよ」
「はっ!?インデルはどうするの!?」
「だからウォークは“愛人”だって言ってるでしょ。問題ないじゃない」
父と同じようなことを平気で言う。
「何を言っているのよ!」
「うるさい!大きな声を出さないでよ!愛人くらい何だっていうのよ。たとえ、エレナが告げ口したってインデルはエレナの言うことなんて信じないわ。絶対にね」
よほどインデルをしつけている自信があるのかセレナは余裕そうだった。
(確かにインデルは私を相当嫌っているみたいだけど……)
カフェで鬼の形相で睨まれたことを思い出す。
「それにしてもウォークが愛人になるなんて……」
「 “愛人にならないか?”って言ったら、彼はすぐに承諾したわよ」
「ウソ……」
「ホントよ。どうやら世の中は私を中心に回っているみたいね」
「……」
「それより、ムスラ様とはどうだったの?私がハンカチを拾ってエレナの名前を告げといてあげたのよ。彼、太っていて醜いけど、次期伯爵で悪くないでしょ?婚約者を奪ったお詫びよ」
「あんたって、人の気持ちを踏みにじる名人ね!私にもムスラ様にも失礼だと思わないの?」
「何を怒ってるのよ?感謝しなさいよ」
「ムスラ様はね、あんたにバカにされるような人ではなくて、とても優しい心の持ち主だったわよ!」
「へぇー、じゃあ彼が万が一痩せたら、私に紹介して」
「セレナ!!」
エレナが怒って怒鳴るとセレナは嬉しそうに部屋を出て行った。
(何て女!性悪すぎる!)
自分の思うまま男を手玉にとり、悪態をつくセレナが憎かった。だが、自分が惹かれつつあったウォークはそんな性悪女の愛人になったという。
(私はつくづく見る目が無いのね)
しばらく学園と自宅を行き来する日が続いた。当然、ウォークには会いに行かなかった。
モヤモヤした気持ちをリズトに愚痴りたかったが、彼も彼女との時間を過ごしたいだろうと、遠慮して距離をとっていた。たまに話す級友はいたが、心のうちを話せる人はおらず寂しく過ごした。
ただ、あのムスラから手紙が届くようになり、ゆるやかな文通を始めていた。今は彼との他愛のない手紙のやりとりが楽しみになっている。
...........そんなある日、顔を真っ赤にさせたインデルが屋敷に怒鳴り込んで来た。セレナも両親もおらず仕方なくエレナが対応すると、大層興奮したインデルが詰め寄って来た。
「これはエレナが送って来たのかっ!?」
インデルに突き付けられた紙を広げて見ると魔法画だった。セレナとウォークが腕を組んで仲良さそうに歩く姿が写っている。
「これを撮らせて、僕の気持ちを取り戻そうとしたのかっ!?」
「違うわ!私じゃないわよ!魔法画が撮れる高級な魔道具なんて私が持っているわけないでしょ?」
「じゃあ、一体誰が? それにしてもあの女!僕のことを軽く見やがって!」
口汚くののしるインデルは、事の次第をセレナに直接問う!といって応接間に居座ることにしたようだ。エレナはずっと一緒に待つつもりはなかったので、自室へと戻った。
(魔法画があれば、浮気の言い訳はできないでしょうね。一体誰が…?)
セレナに愛人がいる話は家の恥をさらすようでムスラにも話していなかった。
………しばらくして、セレナが屋敷に戻って来た。何と、驚いたことにウォークもいる。久しぶりに見たウォークは変わらずカッコ良かった。彼と目が合ったが、裏切られた気持ちが大きかったエレナはすぐに目を背けた。
場はすぐに修羅場となった。怒鳴るインデルを前に、セレナは泣きながらウォークに付きまとわれていると、平然とのたまわった。ウォークを簡単に切り捨てたのだ。
「道に迷っていたから案内をして以来、付きまとわれているのよ!こんな魔法画を撮るなんてお姉様の仕業でしょ!」
セレナが悪いくせにエレナに噛みついてくる。エレナはイライラする。
「オレはセレナの愛人だろう?毎日のように会っているのにヒドイ言い方するんだな」
ウォークの一言にブチギレたインデルは、ウォークに殴りかかろうとして執事に取り押さえられた。
............結局、セレナはインデルとの婚約を破棄することになった。インデルはセレナの言い分を認めずに莫大な慰謝料の請求をしてきた。
多大な慰謝料請求のせいで、さすがの父もセレナを厳しく叱ったが、“もっとうまくやるべきだった”とワケの分からない説教をし、慰謝料の問題を解決するためにセレナをムスラの元へと嫁がせる話へとなった。
「よくよく聞いて見れば、ムスラくんの望んでいたのはセレナだったみたいじゃないか。夫人にはセレナが男につきまとわれ、誤解をした婚約者に婚約破棄されたと伝えた。夫人は快くセレナを迎えて下さるそうだ」
「イヤよ!あんな豚みたいな人の元に嫁ぐなんて!」
「お前がしくじったせいで借金をすることになったのだぞ?お前が嫁げば夫人は借金も肩代わりをしてくれると言っている」
「私の幸せは!?」
「だから、上手くやれと言っているではないか!」
エレナはまたまた呆れた。父がこんなことを言うからセレナは勘違いをするのだ。やりとりを見ていた義母は忌々しそうに父を見ていたが、何も言わなかった。もはや自由に振る舞う父も娘もどうでも良く、子爵家夫人の座が保持できればいいらしい。
(ムスラは……セレナを受け入れるのかしら?)
婚約者を奪われて同情してくれた彼だ。受け入れないのではと思ったが、予想に反してセレナと婚約を結ぶことにしたと聞いて、エレナは驚いた。
(結局、可愛らしくて愛想の良いセレナが良いというわけなのね……)
がっかりしてムスラとしていた文通は止めた。それからも手紙は届いていたが、読まなかった。
騒動が収まるまでセレナがしばらく学園を休んでいたこともあり、しばらく平穏な日々が続いた。
…………ある日、エレナが学園から帰ろうと馬車の停車場に向かっていると、木の陰から突然、人が現れた。ウォークだった。
「ウォーク……なぜあなたがここに?」
「ちょっと話したいんだ」
「……」
エレナは無視して馬車に乗ろうとすると、ウォークが強引にエレナを連れて走り出した。驚いた馬車の御者が後方で騒いでいる声が聞こえたが、ウォークは気にせずエレナを連れて走り続けた。
「ちょっと!!やめて!」
ウォークが立ち止まった。エレナは掴まれていた手を振り払う。
「無理やりごめん。だけど、どうしても話したかった。この前、屋敷を訪れた時、オレと目を合わせようとしなかっただろ。ずっと、話したいと思っていたんだ」
「私には話すことなんて何も無いわ。だってあなた、セレナの愛人だったのでしょう?」
「今も愛人だ」
「は?……セレナは新たに伯爵家令息と婚約したわよ?」
「知ってる。セレナから聞いた。変わらず側にいて欲しいと言われている」
「何ですって?あなたにプライドは無いの?あんな切り捨てられ方までして、まだセレナの側にいようとするの?」
「メリットがあるから愛人になったんだ」
「メリット?………あなたが何を考えているか分からないけど、真っ当な人ならやめるべきね」
「オレは……」
「お嬢様~!!」
追いかけて来た御者の声が近くから聞こえてきた。追いついてきたらしい。
「……またエレナに会いに来る」
ウォークはそれだけ言うと、塀へと走って行き軽々と塀を超えて去った。
「お嬢様!はぁはぁ!大丈夫でしたか!?」
「……あの男は私が金目の物を持ってないと分かると、塀を越えて逃げたわ」
「学園内の令嬢を脅すなど、けしからん!」
ウォークを庇ったのは大ごとにしたくなかったのと、これ以上、関わりを持ちたくなかったからだ。怒る御者をなだめながら屋敷へと戻る。
.............屋敷に着くとセレナはまだ帰って来ていなかった。父もおらず、夕食の時刻になっても2人は帰らなかった。義母もピリピリしていてひどく気まずい夕食となった。
夕食が終わる頃、やたらとゲッソリした父と珍しく顔を歪ませたセレナが帰って来た。
(なんなの?いつも愛想を振りまいているセレナがやたら元気がないじゃない)
「もう、セレナはうちには置けない」
父の言葉を聞いてセレナがワァッと泣き出した。義母もさすがに驚いている。
事情を聞くと、パネラ伯爵夫人に呼ばれて父とセレナが訪問すると、ムスラが声の録音が可能な魔道具の再生をしたそうだ。
《ねえ、ウォーク、私は婚約しなくちゃならないけど、変わらず愛人でいてくれるでしょう?私、イヤなのよ。豚みたいに太っている人って。先日、ムスラに会って来たけど、見た目が完全アウトだわ。暗いし話してもつまらない。最悪よ。私、あなたがいなきゃつまらなくて死んでしまうわ。私が愛しているのはウォークだけよ》
という内容だったらしい。
「もうお前は修道院に行くしかない。ここには置いておけん。君も娘と共に出て行ってくれ」
何と父は義母も追い出そうとしていた。どうやら父と良い仲になっていたらしいパネラ伯爵夫人には義母と別れることで溜飲を下げてもらうことにしたらしい。
「そんな!イヤです!」
義母も叫んで大騒ぎになった。
「元はと言えば、君の監督の不届きさが原因だろう。エレナを見てみろ。私に似てきちんとしているじゃないか」
堂々と言い切る父をエレナは冷めた目で見た。
(この人は何を言っているのかしら!?)
ろくでもない父ではあるが、実権を握るのはこの父だった。父は義母を切り捨てたのだった。
(こんな非道な仕打ちをする父にはいずれ天罰が下りますように)
エレナは心の中で願った。好き勝手やって自分勝手に生きているヤツには悪事を働いた分、報いが返ってくるはずだ。
………翌日の朝、泣き叫び髪の毛も振り乱した状態で母娘は粗末な馬車へ強引に乗せられて連れられて行った。父は夜のうちに出掛けたのか屋敷にいなかった。
(あんなにキライだったセレナや義母だけど……どうにか改心してほしいわ。そうでないと救われないもの)
複雑な気持ちで去って行く馬車を部屋の窓から見送っていると、荘厳で立派な馬車が入れ違いにやってくるのが見えた。屋敷の前で停まると人が降りて来る。
降りて来た人物を見て、エレナは急いで玄関へと向かった。
玄関まで来ると、ウォークとムスラがやって来たところだった。ムスラはかなり痩せてスッキリとしている。
「なぜ、2人がここに?それにウォークのその恰好は?」
伯爵令息であるムスラはともかく、ウォークまで貴族らしい服装をしているではないか。
「エレナ、僕の手紙を見てくれていた?」
ムスラは痩せたことが自信につながったのかハッキリ堂々と話している。
「いえ……あなたがセレナと婚約すると聞いて、読んだら返事を書かなくてはならないし、読まないでいたわ…」
「ヒドイな。僕は何通も手紙を書いたのに」
「ごめんなさい。しばらく見ないうちにかなり痩せたのね」
「ああ、君のおかげだよ」
「私?」
「君が僕に勇気をくれたんだ」
ムスラがエレナの手を握ろうとすると、ウォークが遮った。
「オレは何を見せられているんだろうか?」
「ちょっと!ムスラ様に失礼よ、そんな言い方」
「いや、ムスラの方が失礼だね」
「言葉の使い方!態度も!彼は伯爵家の令息なのよ!?」
「エレナ、話したいことがある」
相変わらずの言葉遣いのまま、ウォークが言う。エレナは、2人が訪れた理由を聞くために応接間に案内した。
「さて、何から話そうか」
貴族の家は慣れていないだろうに、妙にウォークは落ち着いていた。そんな姿にムスラが驚く様子はない。
「あの、2人はいつからの知り合いなの?」
「オレらは知り合ったばかりだ」
「はい?」
「もっと分かりやすく話さないと、エレナが混乱しますよ」
「そうだな。 オレとムスラは情報を共有していたんだ。セレナのことでな」
2人してセレナを奪い合っていた......ということだろう。だが、彼女は修道院へと去った。
「セレナはもう.......この屋敷にはいないわよ」
「分かってる。修道院送りになったのはオレ達の目論み通りだ」
エレナが驚いて顔を上げると、2人とも微笑んでいた。エレナはワケも分からずポカンとする。
「セレナは君の婚約者を奪い、オレを愛人にした。オレは愛人になることで、あの意地汚い女の浮気の証拠を得たわけだ。オレだけでなくムスラも被害に遭いそうだったから、彼にも事情を話して協力をしてもらっていたのさ」
「僕がセレナと婚約したのは、浮気の証拠を突きつけてワザと婚約破棄をするためだよ。でも、エレナから手紙が届かなくなって僕は焦ったんだ」
(えぇ!?この2人はワザとセレナを受け入れたってこと?)
「おいおい、エレナに惚れたんじゃないだろうな?」
「否定はしないよ」
「何だって?ダメだ。オレがいる」
「僕にだってチャンスはある」
目の前でおかしなやりとりで争い始めた2人にエレナは困惑する。
「ちょっと!何を争っているのか分からないけど ウォークとは付き合っていないでしょう?ムスラ様とも文通をしていただけだわ」
「うむ、確かにそうだな。改めて自己紹介をしよう」
ウォークは一歩前にズイと出ると、胸に手を当て頭を軽く下げた。
「オレは“ウォーク”と名乗っていたが、本当の名はシュトラスといってオーパス公爵家嫡男だ。オレが異国に詳しいのはずっと留学していたからだ」
「オーパス公爵家の嫡男ですって?......なぜ、偽名を使ったの?」
「うちに出入りしているバラフ男爵から.......君の家庭教師だったのだろ?彼から君の話を聞いて興味が湧いた。だから、素の君を知ろうと正体を隠して近づいたんだ」
「そんな、騙すような近づき方をするなんて」
「でも、おかげでセレナから“愛人”にならないかと言われたから、せっかくなら君を虐げるヤツの悪行を暴いてやろうと。邪魔だったろ?」
「邪魔だなんて…。確かにセレナはキライだったけど、あんな泣き叫びながら出て行く姿を見るのは気持ちのいいものではなかったわ」
「君は人がいいんだな。オレはピュアな君と過ごす時間が楽しかった。だから、君を苦しめる者も排除した。オレと婚約してくれないか?」
「婚約って.....あなたは私のことを殆ど知らないでしょう?私達、会ってから少しの時間しか過ごしていないわ」
「そんなのはどうにでもなる!これから、も........」
「ちょっと待って下さい!僕にも言わせて下さい!」
ムスラが割り込んで来た。痩せたムスラはかなり男前だった。
「エレナ、僕は君に出会ったことで自分を変えようと思ったんだ。君は僕のつたない話を真剣に聞いてくれたし、手紙でも僕を励ましてくれた。僕はそれがとても嬉しかった。だから、それが“愛”と言う気持ちに変わるまで時間はかからなかった。シュトラス様より格は下がるけど、どうか僕と婚約して下さい!」
「ムスラ様もちょっとの間しか手紙のやりとりをしていないわ」
2人が同時にエレナに婚約を申し込むという異常事態が起きていた。彼らはどちらも譲らない。
「2人共落ち着いて下さい!とってもとっても嬉しいんですけど、急に言われても私も困ります!色々と事情を知ったばかりですし。お二人についてじっくり知る時間を下さい!」
エレナが必死に言うと2人は黙った。
「まあ、そうだな……でも、ムスラはズルくないか?オレが知らせてやらなければセレナの浮気までは知らなかっただろ?」
「いえいえ、僕も独自にセレナのことを調べていましたから!学園にもセレナにいいように捨てられた男はたくさんいましたし」
2人共、自分のことを思ってセレナの悪事を暴こうとしてくれていたようだ。エレナはジーンとする。
「2人共、私のためにありがとう。本当に嬉しい」
2人の男達は嬉しそうに微笑んだ。
「ぜひ、オレを選んでくれ!見とれるぐらいオレの顔が好きだろ?」
「僕だって!もっと痩せたらなかなかの男前な顔だと思いますから僕を選んでください!」
熱烈に求愛されたのだった。
………その後、愛のパワーでダイエットに目覚めたムスラはスルスルと痩せて学園にも通い出した。留年していたが勉強も頑張って飛び級試験で見事、エレナと同じ学年になった。痩せてイケメンとなったムスラには手のひらを返した令嬢達が群がるようになっていた。
「エレナ、ムスラ様を愛のパワーでダイエットさせたんだって?」
「リズト!変なこと言わないで。そういうわけじゃないわ」
「いや、エレナのおかげだって本人は言ってるぞ。それに、ほぼ毎日、学園にイケメン小公爵様も迎えに来るじゃん。モテモテだねー」
リズトの言う通り、既に学園を卒業しているシュトラスはエレナを学園まで迎えに来るようになっていた。そして、いつもムスラとシュトラスでどちらがエレナを送って行くかでモメていた。
「私、こんなに愛されていいのかな…」
「いいんじゃないか?セレナに奪われていた幸せが一気に返ってきたと考えればさ。そういや、インデルのバカ、あいつは未練タラタラだな。よく物陰からエレナのことを見ているぞ」
「え、怖い......」
「ムスラ様も小公爵様も気付いて対策してるみたいだから大丈夫だろう」
あの2人が対策してくれていると聞いてホッとした。彼らがいるなら怖くはない。
行動力のあるワイルドなシュトラス、優しく穏やかなムスラ、それぞれに良いところがあってエレナは未だに答えを出せていなかった。エレナは人を見る目に自信がないので、様子を見させてくれと2人には伝えてある。それもあって、2人は競い合うように愛してくれていた。
(いい加減、答えを出さなきゃ。私の選ぶ人は………)
最近、自覚してきた人生を共にしたい人物の顔を思い浮かべてエレナは微笑んだのであった。
読了ありがとうございました(*´ ꒳ `) 皆様は、エレナがどちらを選んだと思われましたか?
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現在、長編作品「公爵令嬢に仕えるメイド、暗殺容疑者のち王子の妃になる」連載中です。あるメイドが毒殺未遂事件の容疑者となりますが、さる理由から王子が助けます。その後、王子が事件の捜査に乗り出し........。物語後半からは、魔族の末裔である異民族侵略に深刻な雰囲気となっていた国と王子を守るべく、今度はメイドが立ち上がります。こちらもそうぞ宜しくお願い致します(*ᴗˬᴗ)⁾⁾
★「公爵令嬢に仕えるメイド、暗殺容疑者のち王子の妃になる」
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