奴隷①
リーダーが二人の名を呼んだ、その瞬間だった。
分厚い腕が稲妻のごとくミアへと伸びる。
肩と腰を同時に捉えるや、抗う機会すら与えられず、
その背中は地面へと叩きつけられた。
「きゃっ――」
肩までの金髪が、ばさりと散る。
「……リーダー?」
ミアの頬が一瞬で赤くなる。
森の中で押し倒され、好きな男に馬乗りで見下ろされる。
こんな場所なのに、浅黒い胸元が淡い期待のように大きく上下した。
だが、その期待は――
感情のない手つきで首輪を嵌められた時に霧散した。
今の情景を見ても、状況が理解出来ないリア。
エルフですら反応しきれぬ速度で男に間合いを詰められ、
細い身体を一気に押し倒される。
長い銀髪が地面に広がり、露わになった白い喉元へ、
同じく首輪がぴたりと重なった。
「っ……!」
リアの瞳が驚愕に揺れ、反射的に魔力を呼び起こそうとした。
それよりも早く――黒い首輪が淡く光り、魔力の流れを遮った。
命令の優先。反抗の拒絶。魔力の遮断。
男は至近距離から二人を見下ろす。
冷静で、揺れない黒い瞳。
二人に首輪を嵌め終えた男は、荷袋から何かを取り出す。
手に握られていたのは、手枷と丈夫な縄、そして口を塞ぐための布。
質素だが実用一点張りの物で、
どこかで使われていたような、擦れや傷みまで残っている。
「そういうこと、ですか?」
リアが不満そうな顔をして男を睨む。
だが、睨まれた男は淡々と仕事を続けた。
「……リーダー? やる前に、一言ほしかったです」
説明をしない男に、リアは聞くことを諦めたらしく、
邪魔にならないように身体の位置を変えた。
「びっくりさせんなっての……っ。……
でも、村の連中に怪しまれないように、ってことか?」
ミアは疑いを滲ませながらも、頬を赤くしたまま渋々と従った。
リーダーは、いつものように何も答えない。
ミアの両手首を前へ出させ、手枷で固定する動きは驚くほど自然。
リアも同様にされ、白い手首に手枷が食い込み、
そこに刻まれた小さな精霊文字が、微かにきらりと光った。
「これ、スキル封じなのか?」
ミアが疑うように睨むと、男は真剣な目で見返す。
「本気ですか、リーダー」
リアは驚いた顔を向けたが、男は応えることもなく、
洗ってあった布切れが口を塞ぎ、頭の後ろで手際よく結ばれていく。
ミアは視線で問いかけたが、
リーダーの眼差しが真っ直ぐに返ってくるだけ。
観念したように口を閉じ、猿轡が締まるたびに布が食い込んだ。
リアも同じく猿轡を噛まされ、白い肌に布が妙に映える。
二人を枷で縛り、森の穏やかな匂いの中、男は服装を整え直す。
襟元を乱暴に開き、肩口をわずかにずり下げ、
腰のベルトも一段緩め、だらしなく腹を前へ飛び出させた。
男の、もともと脂ぎったイヤらしい顔に、
口角を吊り上げた、ふてぶてしい笑みが浮かぶ。
顎を突き出し、目を細め、周囲を値踏みするような視線へ変える。
それだけで「悪徳神官」が出来上がった。
さっきまで頼りになる、無口で高潔な男は、
そこに「お金と女にしか興味のない俗物」として生まれ変わる。
地面に倒され、手首を縛られ、猿轡まで噛まされたミアは、
その姿を疑うように見上げ。
同じ格好のリアは、呆れたように小さく息を吐いた。
男は、二人から武器、防具、装飾品に、靴までを回収し、
大きな荷袋へと押し込んでいく。
残ったのは、最低限の衣類だけ。
ミアは淡いベージュの薄手の長袖インナーと、
同色の太ももまでのスパッツ状インナーパンツ。
リアは淡いベージュのノースリーブインナーと、
茶色のフィットしたショートパンツ。
男は二人の手枷から伸びる鎖へ縄を結び、
その先を腰のベルトへ巻き付け、ミアの肩をつま先で蹴る。
ミアは文句を言いながらも、膝を立てて飛ぶように立ち上がり、
リアは何も言わずに起き上がり、身体全体を使って立ち上がった。
縄がぴんと張られ、黒い首輪と手枷、土や草で汚れた衣類が、
二人をさらに「商品」めいた姿へ追い込んでいく。
男は一度だけ、二人の足元から頭のてっぺんまでを見上げ、
いつものように口には何も出さない。
だが、目線がいやらしく、頬を上げて満足そうな笑みを浮かべる。
ミアやリアは視線で問いかけたが、男は背を向けて歩き出し、
縄に引かれた二人も、引きずられるようについていった。
◇
木々が途切れ、偽装された廃村の外周が近づくほどに、
″廃村″の粗が目につく。
あえて崩したように見せた壁。直していない屋根。
わざとらしく放置された壊れた道具。
だが、妙に新しい足跡と、炭の新しい篝火の跡。
村を囲う低い木柵の一角には粗雑な見張り台が設けられ、
そこに、ぼろ布をまとった二人の男が座り込んでいた。
一人は痩せぎすで、油汚れた髪を後ろで結わえ、
もう一人は筋肉質で、片目に傷跡が走る。
どちらも、田舎の村民には見えない、
腰には短剣、足元には加工された太い棒などを見せている。
ミアは、目だけで即座に″目的の男達″と分類する。
リアも、彼らの周囲に漂う陰惨な匂いを嗅ぎ取っていた。
笑い声、罵り声、泣き声が染みついたような空気。
近づく度に、そこに血の気配が混じる。
リーダーは、道を踏み鳴らすような足音をさせて近づき、
若い奴隷を繋いだ紐を誇るように、大きく手を振っていた。
奴隷①




