馬車②
リアの真剣な目が二人に向けられた。
「少し離れた場所に、人が踏み荒らしたような場所が有ります」
「あたしも、魔物だけの仕業じゃないとは思ってたけどさ……
オーガとかトロルがいるよな? いただろ? いたよな?」
「……魔力の残滓は薄いですが……人以外の気配は有りません」
リーダーは周囲を一度見回し、視線を戻すと三人の名を呼んだ。
ミアとリアが頷き、馬も不安そうに鼻を鳴らす。
その瞬間、突風が巻き起こり、下草が一気に刈り取られ、
壊れた馬車の脇に広めの空き地が現れる。
普通なら音だけで馬は逃げ出すはずだが、
仲間は落ち着いたまま、ゆっくりとその場所へ歩み入った。
「お願い。守って」
リアが両手をわずかに広げると、指先から緑色の微光がこぼれ落ち。
地面に触れると葉や木となって広がり、
壊れた馬車や瓦礫と、仲間の輪郭を曖昧にしていった。
◇
全てが草むらと見分けがつかなくなり、
誰が見ても、「森の一部」と「土の山」だけが有るように見え。
「これで、しばらくは大丈夫でしょう」
少し疲れたように、リアが小さく息を吐く。
「すぐに戻るから、ここで大人しく待っているんだよ」
ミアは、見えづらくなった仲間に優しく声を掛け、
男は仲間へ障壁を張ると、森の奥へ歩き出した。
三人が森へ入っていく場所は、下草が生い茂り、
陽光は枝葉に遮られて、まだ昼前だというのに薄暗く。
人が分け入った痕跡など何も無い。
ミアが先行し、双剣の柄に手を添えたまま静かに足を運ぶ。
リアは中央を進み、ときおりしゃがんで足跡や折れた枝を確かめ、
可能な限り痕跡と記憶を整えていく。
「……これ」
草に隠れていた地面を指差した。
大きい足跡らしき窪みと、小さく薄いのは明らかにブーツの形。
「人間と、何かの混成でしょうか? 足取りは整然としていますが、
獣の群れにしては、ばらつきが少ないです」
リアは困ったように森の奥を睨み、ちらりとリーダーを見上げる。
「リーダー、これ……魔物の群れじゃないぞ」
ミアは何処か興奮した声で話していた。
リーダーは何も言わずに、含みのある笑みを浮かべるだけ。
次々と見つける痕跡を確認する度に、二人の口数が減り、
だんだんと広くなっていく獣道を、ひたすら先へ進む。
風は弱くなり、湿った土と苔の匂いが濃くなり、
枝葉が頭上すれすれをかすめ、時折ミアの革鎧に擦れる音がした。
◇
膝辺りまで下草が生え、視界が悪く手入れされていない森を、
周りに気付かれないように注意して屈んで進む。
数時間が過ぎたような感覚が流れ。
陽は少し傾き始めているはずだが、
薄暗い森の中では変化はわずかにしか感じられない。
「……匂いが変わりました」
リアが立ち止まり、長い睫毛が細かく震える。
残りの二人にも、生活の匂いを感じ取っていた。
煙、乾いた土、古い木材……そして、隠しきれていない血の匂い。
「村?」
ミアが前方を覗き込むように、目を細めた。
そこには、森の開けた広場があり、
低い柵の向こうに崩れかけた屋根や傾いた壁が見える。
遠目には、完全に打ち捨てられた″廃村″だが、
近くで鳥の声がしない。虫の音も急に薄くなっていた。
「ああ、やっぱりな……」
ミアは双剣の柄を、さらに強く握り直す。
「廃村に見せかけていますが、明らかに違います」
リアが冷静に続ける。
「じゃあ、誰かいるよな」
ミアが吐き捨てるように呟く。
リーダーは二人の背後へ回り、村と思しき空間をじっと見つめ、
含みを持った笑みを浮かべ、唐突に二人の名を呼ぶ。
二人にとって、いつも通りの重く低い声。
だが、微かに何かの響きが混じっていた事に気づかない。
「ん? なに――」
ミアが、気になったように振り返ると、
振り返った瞬間、視界が不自然に跳ね上がり。
慌てたリアも、身を沈めて周りを警戒していた。
馬車②




