馬車①
三人の乗った馬車は街道を外れ、荒れた土の道を進むにつれて、
周囲の景色は徐々に薄暗さを増していった。
さっきまで続いていた畑や、手入れの行き届いた雑木林に、
ところどころに石垣で囲まれた小さな農家。
背の低い雑草の間には生活の匂いが漂い、
色あせた野花がわずかに彩りを添えていた。
だが今は、日差しが差し込むことも少なく。
土を踏む摩擦音と、車輪や馬蹄が石を弾く乾いた破裂音だけが響き、
濃い緑の匂いが一帯を包んでいた。
「リーダー。この辺まで来ると、街の喧騒が嘘みたい」
ミアが荷台の縁に腰かけ、足をぶらぶらさせながら言う。
「空気も澄んでいて、精霊もたくさんいます。
あの澱んだ場所と比べれば、とても気持ちいいですね」
リアは荷台から、濃い緑の景色と隙間から差し込む光を見ていた。
さらに森の奥へ入ると、道の窪みや転がる石も大きくなり、
ゆるやかに左へ曲がっていき、その先は見えない場所に近づく。
その先で何かを感じ取ったのか、馬の耳が忙しなく動き、
リーダーがユックリと手を動かし、馬車の速度が落ちていく。
それを察した二人も、静かに周りを警戒していた。
その時だった。
「……あれ」
ミアが目を細め、道の片側に大きな影を見つけ。
近づくにつれて、その影が壊された馬車だと気づく。
荷台はへしゃげ、片方の車輪は軸ごと折れて地面へめり込み、
木板はところどころ裂け、破損した部材が道端に散らばる。
鋭利な何かで抉られたような深い溝が幾筋も走り、
さらに馬車や道にも、血の乾いた染みがべったりと残っていた。
「……はあ、嫌になる」
ミアは即座に荷台から飛び降り、
双剣の柄へ手をかけたまま周囲へ目を走らせる。
リアも軽やかに舞い降り、
壊れた馬車へ近づくと小声で何かを口ずさんだ。
馬車を停めたリーダーは、御者台からゆっくりと降り、
転がる破片や裂けた木板を確かめていく。
男が調べるうちに何かに気づいたのか、
言葉を発さず、二人へ視線を送った。
即座に反応する二人。
ミアは壊れた馬車が進むはずだった道の先へ。
リアは馬車の倒れた側の森へ、音もなく進んでいく。
男は周囲に人影がないことを知っていたのか、
邪魔な破片を持ち上げて、道の外へと投げていた。
◇
道を塞ぐものがなくなった頃、二人が戻ってくる。
「人の姿も、気配さえありません」
森の奥まで進んでいたリアが、帰ってくると冷静な声で伝える。
「あっちもいなかった」
姿が見えない程に遠くから帰ってきたミアも、苛立った顔で答えた。
転がっていたのは破損した荷物など、値のつかないものばかり、
しかし、血の跡は確かにあるのに、その死体や痕跡は見当たらない。
「馬もいない」
ミアが、馬とつないでいた革紐を指さす。
「刃物じゃないな。もっと……力ずくで裂いた感じ?」
今度はしゃがみ込み、地面の草をかき分ける。
「二足歩行……オーガか、トロル……か?」
湿った土の上に、大きな足跡が残っているのを見つけた。
だが、男は何も言わず、静かになった森を見続ける。
リアが、リーダーが見ている森の異変を感じ取った。
残っているのは森の傷跡、何かを引きずった形跡、大きな足跡。
血の飛沫が点々と続き、しばらく先で途切れている。
「痕跡は生々しいのに、何も残っていません」
周囲へそっと手を差し伸べ、声を掛けると、
指先に、かすかなざわめきが触れてきた。
「リーダー。少し、待って下さい」
リアは一歩下がり、印を結ぶように指を組むと目を閉じた。
「……さあ、お願い。見せて」
リアの足元がわずかに揺れ、風もないのに銀髪が持ち上がり、
周囲に透明な輪のような揺らぎが生まれ、円状に広がっていく。
それ自体は見えないが、何かが通り過ぎていく感触を生み、
細かな塵や花粉が渦に巻かれるように流れて、ふっと散った。
エメラルドの虹彩に、淡い像が映り込む。
ミアは、その横顔を見ながら双剣の柄を握り直し、
男は、周囲の気配を量るように視線を巡らせた。
二人は息を殺し、一人は人の気配が消える。
森は三人に気付くことは無くなり、虫の囁きさえ戻ってきた。
◇
静かな森が突然ざわめき、リアの長い睫毛が一瞬だけ震え。
「……見えました」
呟く声は、いつもより少し硬く、
瞳が現実へ戻って、虹彩に映っていた淡い像が薄れていった。
馬車①




