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クロスオーバー  作者: 連鎖
リーダー
93/103

ギルド

 三人の前に、ギルドの建物が見えてきた。


 石造りの二階建て。正面には剣と槍を交差させた紋章板が掲げられ。


 リーダーが扉を押し開けると、

 まだ朝だというのに、カウンター前には冒険者がたむろしていた。


 笑い合うざわめきと、依頼票を睨みつける真剣な視線が変わり、

 美しい二人の姿を認めた途端に、わずかに温度を変えた。


「あ……“双刃の金狼”」

「隣、 “滅弓の銀鷹”だろ?」


「なんであの二人が、あのデブのそばにいるんだ?」

「ああ、パーティなんだ……」


「ほら、あの……」

「どうしてだよ」


「だから、そういう関係だって! 聞くなよ!」


 ささやきと視線が、針のように突き刺さる。


「ねえ、リーダー」


 二刀を腰に吊るしたミアは、リーダーに優しく声をかけながらも、

 周囲を威嚇するように、絡めた腕を一段と強く引く。


 リーダーは、全てを無視して歩みを変えない。


「次の依頼、どんなのにしましょう?」


 長弓を背負ったリアは、少し離れて周りを警戒していく。


 男は二人に何も答えないし、周りに弁明さえもしないで、

 そのまままっすぐ、依頼掲示板へ向かっていた。


 壁一面を覆うのは、羊皮紙と木札の群れ。


 Bランク以下の依頼には、多くの手が伸びているが、

 Aランク以上の前には人影がまばら。


 男は軋む床板を鳴らしながら、誰もいない依頼票の前に立つ。


 太い指が何枚かを無造作に指差し、内容を目だけで追う。


 報酬額、危険度、移動距離。端に小さく記された備考まで、

 視線の動きだけでふるいにかけていく。


 ミアはその横顔をじっと見つめ、リアは見惚れていた。


 皺の刻まれた額、重たそうな瞼。その陰に隠れながら、

 時折、異様なほど鋭い光が覗く瞳。


 二人とも、それを嬉しそうに見ていた。


 このパーティが、Aランクまで駆け上がれた理由を勘違いしている。


 もちろんミアは、双剣の前衛として名を馳せ、

 リアもまた、精霊魔法を織り交ぜる弓師として有名。


 リーダーは、不気味な神官崩れで、

 安い宿にしか泊まらない、お金に汚いハゲたデブ。


 だから、何も知らない者は言う。


「二人がいるから、あのパーティはAランクなんだ」

「二人は弱みを握られている」「男が何かで縛っている」と……。


 男の手が、一枚の依頼票の上で止まった。


 羊皮紙は古く薄汚れ、紙質も悪い。


 報酬額はAランクにしては明らかに低く、

 依頼主の欄には、小さく村の名前が書き込まれているだけ。


 村周辺に出没する魔獣の討伐と簡単な調査――


 本来なら下位向けの内容だが、なぜかAランクに貼り出されていた。


 太い指が、その紙をゆっくり剥がす。


「あー……また、そういうの?」


 ミアが嫌そうに唇を尖らせた。


「リーダー、報酬をご覧になりましたか?」


 リアも依頼の料金を見て、眉根を寄せる。


 彼らの実力なら、もっと派手で儲かる依頼はいくらでもある。


 巨大魔獣の討滅、盗賊団の壊滅、貴族や豪商の護衛――


 だが男は、今回もそうした仕事を選ばない。

 相変わらず何も言わず、依頼票を手に受付へ向かった。


 二人は顔を見合わせ、ミアが肩をすくめて笑う。


「ま、リーダーが決めたならね。でもさぁ……はぁ~」

「そうですね。お金に困るなら、私が出せば解決です」


「それはしない約束だろ、リア。あたしだって……」

「ミアだって、リーダーがしたいことを手助けしたいでしょう?」


「そうだけど……」

「違うのですか、ミア?」


「ああ、分かった。リーダー。あたしが全て黙らせてやる」

「もちろん、私もですよ。リーダー」


 リアもそう付け加え、少しだけ口元を緩めていた。


 三人が立ったカウンターには、いつもの担当の受付嬢がいるが、

 彼女の視線は男を見た途端、わずかに曇った。


 リーダーは無言で依頼票を差し出す。


「……Aランクパーティ《黄昏の環》様。

 本日の依頼は、こちらでよろしいですか?」


 形だけの確認。だが声には、あからさまな棘が混じっていた。


「村の魔獣退治、ですか。……Aランクの皆さんにしては、

 ずいぶん慎ましく、簡単な仕事を選ばれるんですね?」


 ミアの拳がぎゅっと握られ、血管が浮いた。


「別に、どんな依頼を受けようが、あたしたちのカッテだろ!」


 琥珀色の瞳が受付嬢を射抜き、浅黒い頬に怒りが走る。


「ミア、落ち着いて」


 リアが肘をそっと掴むが、

 指先は冷たいのに、その内側には怒りの熱がこもっていた。


 受付嬢は露骨にミアから視線を逸らし、リアを見て顔を引きつらせ、

 リーダーが出してきた書類へ目を落とす。


「ミアさんは、“モンスター反乱“の際に、

 皆さんの先頭に立って、傷だらけで戦っていた英雄ですよね?」

「ああ」


「リアさんは、“誰も帰らなかった森”から、

 単独で、貴重な遺物や植物を持ち帰った英雄ですよね?」

「そうですね」


「念のために確認しますが……この″小さな村″からの依頼に、

 ″英雄″が、二人も同行されるんですか?」


 その言い方には、はっきりした侮辱と嫌悪があった。


「……この依頼に、二人“も”?」


 ミアが冷静な顔で拳を作り、

 リアが笑った顔で腰の短剣へ手を伸ばす。


 その瞬間、男の太い手が二人の肩に置かれた。


 ミアは不満そうに振り返り、リアの手は短剣から離れる。


 男の目はミアを見て、ほんのわずかに笑い、

 次いでリアを真剣に見てから、短く一言だけ落とした。


「……いい」


 ミアは奥歯を噛みしめ、

 リアも床へ視線を落とし、静かに息を整えた。


「依頼を受理しました。こちらにサインを……」


 受付嬢は事務的な口調に戻り、羊皮紙を差し出す。

 男が、ずんぐりとした指で名前を書き込んだ。


「それでは、お気をつけて。

 ……パーティの管理も、ちゃんとなさってくださいね」


 ミアの瞳が燃えるように揺れ、

 リアの指先が、弓のない空を弾くように震えた。


 だがリーダーは何も言わない。


 受付嬢の顔を一度も見ないまま、

 依頼票を折りたたんで、外套の内ポケットにしまい。


 大事そうに胸元に手を当てると建物を出ていった。


 その背を見送った二人は、胸の中の毒を吐き出すように、

 同時に深く息を吐いて、静まり返ったギルドを出ていった。


「ねえ、リーダー」


 扉を押し開けながら、ミアが呟く。


「いつか、ああいう連中を黙らせてもいいよね?」


 男は振り返らない。ただ、わずかに肩をすくめただけだった。


「……まだ、ですね」


 リアがミアの代わりに答える。


「はいはい、そのうちね。

 その“そのうち”が来たら、真っ先にアイツをぶん殴るから」


 リアは苦笑する。


 外へ出た瞬間、ミアはリーダーの腕へ身体を寄せた。


「ほら、もうギルド出たからいいでしょ?」


「ミア……」


 リアは呆れたように言いながらも、男の左腕を取った。


 三人がギルドの裏手へ回ると、冒険者用の簡素な置き場に、

 馬車が並んで停められ。


 栗毛の馬が、リーダーを見て鼻を鳴らし、

 首筋を撫でると、落ち着いたように瞼を半分閉じた。


「今日は村までだし、そんなにきつくないね」


 ミアは馬車の側面に手をつき、ひょいと荷台へ跳び乗る。


「リア、荷物の確認お願い」

「了解しました」


 リアも軽い動きでステップを上り、男は御者台へ、

 馬の口を痛めない加減を、指先で正確に掴んで引いていく。


 ミアが荷台からひょいと顔を出し、

 御者台の背もたれ越しに背中を見つめる。


 分厚い背筋。外套の布越しに、

 筋肉と脂肪が重なったラインが、不思議と安心できる背中だった。


「ね、リア」


 荷台の中で、ミアがひそひそ声で言う。


「やっぱさ、あたしたち、運がいいよね」

「そうですね」


 リアは矢の本数を数えながらも、迷いなく答えた。


 ミアは満足そうに笑い、荷台の床にどさりと腰を下ろし、

 背中を壁に預け、顔だけを御者台の方へ向けた。


 リーダーは振り返らないが、手綱を握る手がほんのわずかに緩む。


 栗毛の馬が、静かに歩き出す。


 小汚い宿で目覚め、安い朝食をかき込み、

 噂と蔑みを背中で受け止めながらも――視線は同じ方向を見ていた。



 ギルド

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