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クロスオーバー  作者: 連鎖
黄昏
89/98

憧れ⑤

 駅舎しかない、無人の田舎駅。


 白線はほとんど消えかけ、

 アスファルトの上には桜の花びらや枯れた葉が、

 土塊と一緒にこびりついていた。


 約二年ぶりに会えるのだから、桜が満開の頃が良かったけど、

 美琴から「少し遅れる」と連絡があり、この時期になってしまった。


 ──そろそろ、ゴールデンウィークか。


 人が少ないこの時期に会えるのは、救いといえば救いだった。


 あの日から、叔父さんの家に頭を下げ、何度もお願いして、

 トラクターをはじめとする巨大な農機具を貸してもらった。


 あの時の約束だけで…。


「自分のほうが美琴を知ってる」と妙なことを言ってきたり、

「もし結婚して子供ができたら」と、からかうようなことを言ってきたり。


 ──定期的に何でもやらされる労働力としては、まあまあ使える。


 そんな風に言われて、

 なぜかすごく嬉しかったことを、今でも覚えている。


 ……まあ、今回で振られるかもな。幻滅されるに決まってるぞ。


 叔父さんにそう心配されて、とても嬉しかった。


 身体が限界を迎えれば整骨院へ行き、

 愚痴を言いたい時は酒を奢って、若い男女と飲みに行った。


 全部、美琴が敷いてくれたレールの上を、

 俺はただ歩いてきただけのような気がする。


 あれだけ魅力的で、誰とでも仲良くなれる彼女が、

 小さな頃の約束を覚えていてくれるなんて──。


 そんな妄想が頭をよぎる。


 そうこうしているうちに、見慣れたローカル電車がホームに入ってきた。


 今日は初夏のような眩しい日差し。


 そして電車から降りてきたのは──

 真っ白なロングワンピースを着た、美琴だった。


 大きなキャスターバッグを引いて、ゆっくりと向かって歩いてくる。


 彼女のことだから、タクシーで直接家に来るかと思ったが、

 成果を持って「迎えに来て」と言われたのだった。


 久しぶりに見る彼女は、

 やっぱり美しくて、可憐で、まるで桜の花のように見えた。


「──できたの?」


「うん。これが、僕の精一杯。……これで、俺と結婚してくれ」


 約二年、必死に働いて、やっと用意できたものは、

 彼女に見せたって、きっと幻滅されるだけだ。


 美琴が住んでいたマンションなんて、夢のまた夢。


「貧乏は嫌よ?」「君と、一生添い遂げたい」


「ふぅん、これ?」


 紙の貯金通帳なんて、今どき誰が持ってるんだろう──。


 そんな風に思っているのか、

 美琴はどこか楽しげに、一枚ずつページを捲っていた。


「絶対に、君が満足できるくらいお金持ちになる。

 だから……少しだけ待っててくれないか?」


 振られるか、笑われるか、怒られるか、呆れられるか。


 そんなことばかりが頭をよぎるなか、

 プロポーズのように手を差し出し、目をつぶって跪いた。


 もちろん、指輪なんて用意できていないし、花束さえもなかった。

 ただ、必死に祈っていた。


「ガサガサ……じゃあ、これにサインして」


「……何を?」


 彼女がカバンから何かを取り出した音がして、

 気になったので目を開けた瞬間、俺の目から涙がこぼれた。


「もう……泣き虫ね。泣くなって言ったでしょ」


 美琴も泣いてるのか、少しだけ俺を見ると、

 すぐに覗き込むように俯いているので、表情がよく見えなかった。


「明日香……ほんっと、お金持ちで、泣き虫のパパさんですねぇ。

 だから、私たちでちゃんと見てあげようね。ね、明日香」


「お金持ちって……?」「ほら、見て」


 美琴がスマホを差し出すと、

 画面には信じられないくらい多くの、ゼロが並ぶ数字が表示されていた。


「……ん?」


「アハハハ。パパってほんと呑気。

 もー。夫婦になるんだから、これも一緒になるってことよ。ね、あなた」


「……ほんとに?」「うん。これからは夫婦。そう、家族になりましょう」


「家族……?」「もちろん。あなたの子供、明日香も一緒に──ね」


 美琴からふわりと、すごくいい香りがして、

 その優しい笑顔が、心の奥にまで染み込んでくる。


 ──それから色々あったけれど、家族がいれば、なんだってできた。


 少し気になったのは、

 あんなに忙しそうにしていたのに……と、羨ましそうに見てきた人たち。


 もちろん、叔父さんは明日香にメロメロだった。


 お父さんも、お母さんも、明日香のことが大好き。


 明日香は……たぶん隠れて、いろんなプレゼントをもらってるんだろう。


「お父さん貰ったよ」「コレ、叔父さん…」「格闘技の先生が…」

「今度遊びに行っていい?」「ご飯食べにおいでって」「合宿って」


 そんな誘いまで受けているけど、美琴の子だから──って、

 そんなふうに、簡単に諦められるわけがない。絶対に許さない…


 ……色々と泣き虫だった俺だけど、

 少しくらいは、みんなを笑顔にできたかな。



 憧れ⑤

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