憧れ③
ピンポーン。
真っ暗な建物の呼び鈴を押す拓海。
田舎の夜は深く、少し離れた建物も呼び起こすように鳴り響く。
「突然のご訪問、申し訳ありません。拓海です。
美琴さんを傷つけてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
祭りも終わり人通りも減った街では、とても目立つ声が響く。
頼れる場所なんて、どこにもなく、
家に帰っても、相談できる人なんて誰もいない。
今から話すようなことを打ち明けられる相手なんて、
この世界のどこにもいなかった。
だから――この田舎に戻ってきたときに、優しく声をかけてくれたのに、
美琴以上に傷つけてしまった二人に会いに来ていた。
「すみません。本当にすみません。
どうしても相談したいことがあるんです。夜分にすみません。」
唯一の友、壊れそうな軽トラは、今回も都会から自分を運んでくれて、
悲鳴を上げながらも、彼女とのつながりを繋いでくれた。
そうやって帰ってくると、気づけばもう深夜に近い時間。
こんな時間に訪ねたって、起きているはずもないが、
少しでも時間を惜しんで、玄関前で必死に頭を下げる。
「……」
「お願いします、お願いします。時間が無いんです。どうかお願いします」
この頃のオレって、思い返せば謝ってばかりだったな。
もちろん玄関の向こうに、誰かの気配は確かにある。
けれど声をかけられるわけでもなく、
ただじっとこちらを見ているような、そんな気がした。
こぼれ落ちそうになる涙を、
彼女の「涙は……」という言葉を思い出して、必死に堪える。
カチッ、と鍵の開く音がして、ガラガラと引き戸が開いた。
「拓海くん?……近所迷惑ってことは、知ってるよね?」
「すみません、お父さん。……僕は、美琴さんと結婚します!」
深夜の静寂を破るように、拓海は堂々と大きな声で宣言した。
「は?」「ちょ、ちょっと待って、拓海くん? 美琴は、今どこにいるの?」
俺の告白に驚いたらしく、玄関の奥に隠れていたお母さんも出てきた。
「美琴さんはいません。でも、大学を卒業したら、籍を入れます」
「ちょっと待って。キミ、何を言ってるんだ?」
「本当に結婚するの?……もしかして、孫でもできたの?」
――ああ、そうだ。
この頃からだった。そうか、それでお父さんもお母さんも……
この事を思い出して、ようやく二人が、
何故あんなに呼び名にこだわっていたのかを、やっとわかった気がした。
「美琴さんと約束したんです。
卒業までに、あの部屋と同じ生活を用意出来たら結婚してくれるって、
こんなダメな僕を、結婚相手として見てくれたんです」
両親が他界している俺には、もうこの二人しか頼れる人がいなかった。
こんな夢みたいな話をちゃんと聞いてくれて、
真剣に考えてくれる人は、僕が傷つけてしまった。この二人しか……
「……キミ、本気なのか?」 「はい。絶対に、結婚します」
「無理だと思わないか?」 「いえ。何でもして、用意します」
「……期日に間に合わなかったら?」
「それでも、ずっと追い続けます。一生をかけて、何をかけても…」
「じゃあ、美琴が他の誰かと結婚したら?」
「そうですね…………祝福します。でも、ずっと想い続けます」
「……本気だな」
二人から痛いほどに強く、嘘を許さない視線が送られてくる。
「はい。でも、僕一人では絶対に無理なんです。
そして、相談できる相手は、お二人しかいません」
その言葉で本気だと気づいた二人は、
少しだけ優しいまなざしで俺を見つめてきた。
「こんな夜中に押しかけて、すみませんでした。
でも……ごめんなさい。僕、美琴さんが好きなんです。愛しています」
泣くなと必死に我慢しても、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
相手に出来ないと、ただの妄想だと言われたっていいと、
それでも目をそらさず、しっかりと二人に向けて言葉を続けた。
「彼女以外、欲しいものなんて何もないんです。
でも、どうすればいいか分からない。
何から始めたら、何をしたらいいかも分からないんです……」
二人は黙ったまま、俺をじっと見ていた。
どう言えば伝わるのか、
美琴が違う意味で言っているのさえ、本当は気付いている。
それでも俺は、この気持ちに嘘は付きたくない。
「お願いします……何でもいいんです。教えてください。
お父さん……お母さん……助けてください。
俺、美琴さんと、離れたくないんです。彼女を愛しています」
こんな言葉、今までずっと恥ずかしくて言えなかった。
すぐにはぐらかしたり、笑ってごまかしたりしてたのに――
今はただ、素直に心に浮かんだ言葉を叫んでいた。
憧れ③




