憧れ②
今年も、焼けるような夏がやってきた。
日に焼けて、少しだけ大人びた顔になった拓海は、
毎年のように、日焼けが戻らないほど畑に立って働いている。
「お父さん、水、飲んでる?」「……ああ、ごめん。忘れてた」
「はい、どうぞ」「ありがとう、明日香……うん、美味しいな」
「少しは休まないとダメだよ」
「そうだな……あの畝まで終えたら、休もうかな」
汗を拭いながら振り返ると、祖父が手を振っていた。
「おーい、明日香。熱中症になるから、こっちにおいで」
「そうよ、あすチャン。日に焼けたら大変なんだから。
美味しいアイス、買ってきたの。早く来ないと、溶けちゃうわよ」
「……すみません、お父さん、お母さん。お願いします」
なぜ美琴の祖父母を“お父さん”“お母さん”と、自分たちに呼ばせて、
明日香にはおじいちゃん。おばあちゃんと言わせるのだろう。
二人に聞いたことはなかったけど、それが彼女の家では普通なのかな、
そういえば、“ヒイおじいちゃん”ってのも言いづらいか……
もちろん拓海にとって、それはどうでもよかったし、
あの二人がいてくれるだけで、もう十分すぎるほどに楽しかった。
「お父さん、お母さんって、今どこにいるの?」
「最近は……中東の方だって、聞いたよ」
「中東って、とっても遠いんでしょ?」
「うん、すごく遠い場所。……ごめんな、明日香。
お母さんには、今度ちゃんと帰って来てと話してみるよ」
本当に、賢い子だ――。
どこからどう見ても、美琴の子ども。
見た目だけじゃない。頭の回転も早くて、
自然と祖父母や近所の人たちの愛情に包まれていく。
明日香は、彼女との大事な子供…
とても小学生とは思えないほど、しっかり育っていたせいか、
色々と焦ることも話してくる。
「お父さん、いいよ。お母さんに会ったら自分で言うし、
このまま帰ってこなければ、お父さんをとっちゃうから」
「……あはは、ありがとう。じゃあ、明日香は、そろそろ家に戻ってな。
お父さんは、もうちょっとだけ頑張ってみるから」
まるでドラマだな……美琴のことを好きな誰かさんの入れ知恵か?
そんな面白いことをする人がいるとは思えないが、
彼女の魅力に今も首ったけの拓海が、何処か嬉しそうにニヤけていた。
大学卒業頃に両親を亡くした自分と、
それよりもずっと前に亡くなっていた美琴。
だからこそ、明日香がきちんと分別のつく大人になるまでは、
絶対に、生きていよう――と、そう拓海は心に決めていた。
お父さん。お母さん。
今、とても穏やかで、温かい日々を過ごしています。
産んでくれて、育ててくれて、本当にありがとう。
少しだけ、あと少しだけでもいいから、この幸せが続きますように――。
真夏の陽射しは、今も容赦なく彼に降り注ぎ。
けれどその光は、今日もまた、彼の心を明るく照らしていた。
***
こんなに暑い日には、
どうしても、あの美琴との苛烈な思い出を思い出してしまう。
有難う美琴。愛してるよ…今も、これからも…ずっと…ずっと…
――彼女にクリームを塗ったあとに、湿布を貼ってあげると言われた。
「たっくん。ここ痛かったよね」「イヤっ」「ウソ…ここもだよね」
その時に、彼女の身体を正面から見ると、
身体中に出来たアザや傷が間接照明で浮き出る。
それを見た瞬間に、
どうしても押さえきれない感情が溢れ出し抱きしめていた。
ごめん。ごめん。痛かったよね。でも…ごめん…
もちろん、無理やりじゃない。
強く抱きしめたが、優しく包み込み、彼女の全てを受け入れようと、
出来ることなら、子どもが出来ればいいとさえ思って抱いていた。
でも、朝になると、彼女は自分と何もなかったかのように、
もうすっかり、仕事のできる女の顔になって俺を見てくる。
「拓海。子どものこと、ちゃんと分かってるって言ったわよね?」
「……結婚しよう、美琴。愛している」
「そういうことを言うってことは、責任を取るって意味よね。
あと、私が学生って、知ってて言ってるのよね?」
「うん」「“うん”?」
「はい。……何でも言ってください。何でもします」
「前にも聞いた気がするけど?」
探るように見てくる美琴の目は冷たく、全身が凍りつく。
「……本当に、何でもします」
それでも真っ直ぐ前を向いて、彼女を見つめ返した。
「いいわ。そう……じゃあね、私、貧乏って――大嫌いなの」
そのときの冷たく突き放すような言葉が、僕の人生を決めた。
憧れ②




