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クロスオーバー  作者: 連鎖
黄昏
86/100

憧れ②

 今年も、焼けるような夏がやってきた。


 日に焼けて、少しだけ大人びた顔になった拓海は、

 毎年のように、日焼けが戻らないほど畑に立って働いている。


「お父さん、水、飲んでる?」「……ああ、ごめん。忘れてた」


「はい、どうぞ」「ありがとう、明日香……うん、美味しいな」


「少しは休まないとダメだよ」

「そうだな……あの畝まで終えたら、休もうかな」


 汗を拭いながら振り返ると、祖父が手を振っていた。


「おーい、明日香。熱中症になるから、こっちにおいで」


「そうよ、あすチャン。日に焼けたら大変なんだから。

 美味しいアイス、買ってきたの。早く来ないと、溶けちゃうわよ」


「……すみません、お父さん、お母さん。お願いします」


 なぜ美琴の祖父母を“お父さん”“お母さん”と、自分たちに呼ばせて、

 明日香にはおじいちゃん。おばあちゃんと言わせるのだろう。


 二人に聞いたことはなかったけど、それが彼女の家では普通なのかな、

 そういえば、“ヒイおじいちゃん”ってのも言いづらいか……


 もちろん拓海にとって、それはどうでもよかったし、

 あの二人がいてくれるだけで、もう十分すぎるほどに楽しかった。


「お父さん、お母さんって、今どこにいるの?」

「最近は……中東の方だって、聞いたよ」


「中東って、とっても遠いんでしょ?」


「うん、すごく遠い場所。……ごめんな、明日香。

 お母さんには、今度ちゃんと帰って来てと話してみるよ」


 本当に、賢い子だ――。


 どこからどう見ても、美琴の子ども。

 見た目だけじゃない。頭の回転も早くて、

 自然と祖父母や近所の人たちの愛情に包まれていく。


 明日香は、彼女との大事な子供…


 とても小学生とは思えないほど、しっかり育っていたせいか、

 色々と焦ることも話してくる。


「お父さん、いいよ。お母さんに会ったら自分で言うし、

 このまま帰ってこなければ、お父さんをとっちゃうから」


「……あはは、ありがとう。じゃあ、明日香は、そろそろ家に戻ってな。

 お父さんは、もうちょっとだけ頑張ってみるから」


 まるでドラマだな……美琴のことを好きな誰かさんの入れ知恵か?


 そんな面白いことをする人がいるとは思えないが、

 彼女の魅力に今も首ったけの拓海が、何処か嬉しそうにニヤけていた。

 

 大学卒業頃に両親を亡くした自分と、

 それよりもずっと前に亡くなっていた美琴。


 だからこそ、明日香がきちんと分別のつく大人になるまでは、

 絶対に、生きていよう――と、そう拓海は心に決めていた。


 お父さん。お母さん。


 今、とても穏やかで、温かい日々を過ごしています。

 産んでくれて、育ててくれて、本当にありがとう。


 少しだけ、あと少しだけでもいいから、この幸せが続きますように――。


 真夏の陽射しは、今も容赦なく彼に降り注ぎ。

 けれどその光は、今日もまた、彼の心を明るく照らしていた。


 ***


 こんなに暑い日には、

 どうしても、あの美琴との苛烈な思い出を思い出してしまう。


 有難う美琴。愛してるよ…今も、これからも…ずっと…ずっと…


 ――彼女にクリームを塗ったあとに、湿布を貼ってあげると言われた。


「たっくん。ここ痛かったよね」「イヤっ」「ウソ…ここもだよね」


 その時に、彼女の身体を正面から見ると、

 身体中に出来たアザや傷が間接照明で浮き出る。


 それを見た瞬間に、

 どうしても押さえきれない感情が溢れ出し抱きしめていた。


 ごめん。ごめん。痛かったよね。でも…ごめん…


 もちろん、無理やりじゃない。


 強く抱きしめたが、優しく包み込み、彼女の全てを受け入れようと、

 出来ることなら、子どもが出来ればいいとさえ思って抱いていた。


 でも、朝になると、彼女は自分と何もなかったかのように、

 もうすっかり、仕事のできる女の顔になって俺を見てくる。


「拓海。子どものこと、ちゃんと分かってるって言ったわよね?」

「……結婚しよう、美琴。愛している」


「そういうことを言うってことは、責任を取るって意味よね。

 あと、私が学生って、知ってて言ってるのよね?」


「うん」「“うん”?」


「はい。……何でも言ってください。何でもします」

「前にも聞いた気がするけど?」


 探るように見てくる美琴の目は冷たく、全身が凍りつく。


「……本当に、何でもします」


 それでも真っ直ぐ前を向いて、彼女を見つめ返した。


「いいわ。そう……じゃあね、私、貧乏って――大嫌いなの」


 そのときの冷たく突き放すような言葉が、僕の人生を決めた。



 憧れ②

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