贖罪⑤
ザーザー、ザッザー。
遠くでシャワーの飛沫が地面を打つ音がする。
歪んだ視界は、じわじわと暗さを増していくのに、
部屋の明かりは強すぎて、外の夜を押しのけてしまっていた。
まだ続いている雫は、美琴のどこかを洗い流しているのだろう。
田舎の野犬や虫に刻まれた痛みも、俺の心の中の何かも——全部。
俺は、何がしたかったんだろう。
高級そうなソファ。丁寧に手入れされたフローリング。
そして、さっきからうるさく文句を言ってくる、丸い自動掃除機。
床に敷かれた毛足の長いカーペットと、
やわらかく沈み込むソファーのような座椅子だけが、俺の居場所だった。
痛みは確かにある。でも、そのたびになぜか、笑ってしまいそうになる。
——ごめん。
何度謝っても、美琴は笑っているだけで何も言ってこないし、
どこか嬉しそうにさえ見える、その顔に、また心が勝手に軋んでいく。
ポタ、ポタ、ペタ、ペタ……
シャワーが止んで、カーテンのない窓からは外が見えているのに、
彼女は何も隠さずに、濡れた身体をタオルで拭きながら近づいてくる。
その姿は、周りにあるどんな高級な物でさえ色褪せて見えてしまい、
明るい照明で照らされる美琴の姿が、神々しくすら思え、
その届きそうにない彼女を見上げているうちに、手が伸びてしまった。
「タオル?先生、打撲なんだからシャワーは明日にして」
タオルで髪をまとめ、もう一枚の白いバスタオルで体を拭いている美琴。
そんな無防備なその姿に、
理由なんて考えず目を向けてしまうのは、俺が男だからなのか。
「……ごめん」
「アハハ、視線が痛いよ。でも傷のことは気にしないで。もういいから」
「……ごめんなさい」
「もう、謝らないでってば。あ、泣くのはナシ」
彼女は、堂々とした態度でこちらに向き合って、
俺はその前で、痛みよりも情けない顔をさらしていた気がする。
そんな態度に美琴は笑ってくれて、照れたようにタオルで体を隠す。
その隠された身体が気になったせいなのか、
つい彼女の方へと、強く視線が引き寄せられてしまった。
そんな態度に彼女は気づいていたはずだが、
それでも、見なかったふりをしてくれた。
「イタッ……」
俺は、目をそらしながら、痛みで顔をしかめる“フリ”をしてしまう。
「先生?湿布を貼るから服を脱いでって言ったよね。
あと、下着も洗うから、そこのガウンを着て」
美琴は、汚いものを見るような、嫌そうな顔で見てくるが、
最近は彼女が違う気持ちなのに気付いていた。
「大丈夫……」
「ぐいぐい!脱げぇええ!部屋が臭くなるし、汚いし!」
さっきから、自動掃除機と空気清浄機が唸り声を上げ始め、
空気までも、この場所から消えろと文句を言ってくる気がした。
「でも……もう痛くなさそうだね。ふふっ。そんなに見たかった?」
しゃがんだ彼女のタオルがずれかけて、思わず目を奪われる。
俺を見て試しているのか、誘っているのか、
この無防備で奔放な彼女を一人占めにしたい男が沢山いるのに、
何故こんな自分がここにいると、どうしても落ち込んでしまう。
「お、俺だって……!」
美琴が、一段と深くしゃがみ込んできたような気がして、
気持ちは見ないようにしたいが、視線を外すことが出来ない。
「タカと違って、守られちゃっているピンクの子供が今から何をするの?」
「うるせぇ……」「さあ、脱いで。さっさと洗うから!」
抵抗むなしく、すべて脱がされ、みすぼらしい体を両手で必死に隠した。
「うわっ、どれだけ洗っていないのよ」「……ごめん」「くっさ……」
美琴は、服の端を指先でつまみ上げるように持ち上げて運ぶ。
俺は、ただそれを見送ることしかできなかった。
——家庭って、なんだろう。
「悪いけど、シャワーを浴びて。多少痛くても、折れてないんだから」
「ああ……」
「……はぁ。でもちょっと臭すぎよ先生。
でも本当は、こんなにだらし無い人なんだね。アハハハ」
どうやら洗濯専用の部屋まであるらしい。
その中へと去っていく彼女の笑い声が、遠くに響く。
それを聞いて、俺は——
自分のことで笑ってくれたんだと思っただけで本気で嬉しかったし、
出来ればずっと、この時間が続けばいいのにと願っていた。
贖罪⑤




