贖罪④
「うっ。うぅうぅ。ハアハア。うぅう。」
拓海は、公園の片隅で、腹を抱えてうずくまっていた。
胃の奥からせり上がる吐き気と、
情けなさと、もうどうしようもない感情がぐちゃぐちゃに混ざり、
ただ、そこに横になって寝ている事しか出来なかった。
「……キミ、大丈夫かい?」
心配そうに、覗き込んでくる声。制服の男が、そっとしゃがみ込む。
彼等が乗って来た車のけたたましいサイレンの音は収まり、
赤色灯だけが回っている音が聞こえる気がした。
「う、うぅ……」「救急車、呼ぶかい?」
そのすぐそばで、美琴には、もう一人の制服男が声をかけていた。
「彼、どうしたの?」「酔っ払って……転んだみたいです」
「こんな夜中に?通報があってスグに来たんだけどね。
喧嘩してるって通報と、金髪の男がいたと聞いているんだが?」
「はぁ……まぁ、ちょっとムカついちゃって……
私の髪が明るく見えたんじゃないですか?」
背が高く、ふてぶてしく見えなくもない彼女だが、
近くで見れば、手は華奢で、指も細くて長い。
引き締まった手足には力強さも感じるが、
鍛え上げられたボディービルダーという印象はない。
けれど、喧嘩をしていたとすれば、色々と矛盾があった。
暴力の痕跡は地面にうずくまっている男の身体にだけあって、
美琴には何も無いし、彼女は何も語らない。
拓海は、うめき声しか出せずに、真相を説明できる状態にはいない。
「女の子が、『やめろ!』って大声で叫んでいたって証言もあってね。
本当に痴話喧嘩、ってことでいいのかな?」
「はぁあ。わかりました。スルスル。腕デスが……」
「うわ……この男が?」「全身、こんな感じですよ……確認しますか?」
「……いや、いい。はぁ……可哀想に」
それまで拓海を「襲われた哀れな男」として見ていた制服男の目が、
美琴の身体を見た途端に変わった。
まるで、人が入れ替わったかのように——
「……虐待なら、訴えられるよ?」
「すみません…あそこに住んでまして……」
美琴が指さしたのは、高級マンションの上層階。
その一言で、男たちは察したのだろう。
美しく若い女、美琴。みすぼらしい農作業着の男、拓海。
「えっ……」「おいおい……コイツが?」
「ここくらいしか、私の帰れる場所が無くて……すみません」
「両親の遺産が……とか、そんなんですよ……アハハハ」
すべてを諦めたように笑う美琴に、彼等も同情するしかなかったらしく、
制服の男たちは、うめく拓海を抱えて美琴の部屋へと運んだ。
「本当に……ここでいいのかい?」
「はい。ありがとうございます……あとは、ここで休ませておきます」
「……何かあったら、いつでも連絡して」
部屋にはカーテンがなく、窓は壁一面に広がっていた。
その向こうに見えるのは、
冷たく、暗く、静かに瞬く光が、どこか遠い世界のようだった。
その隅っこに、小さい公園が見えた。ほんのさっきまで拓海がいた場所。
——まるで、すべてが嘘だったかのように。
美琴は携帯を耳に当て、どこか陽気に話していた。
「タカ…うん、大丈夫。病院?行ってない。アハハ、ホテルに置いてきた」
「ええ、うん。友達増えたし。浮気?
アハハ、タカのためだし、ソレぐらいはいいでしょ?」
「うん……ごめん、そろそろ疲れたから、切っていい?」
「ダメ?えっと……あのバッグをプレゼント?
アレは…いやぁ~あれ?気付いた?持ってるし、いらないよ。
……アハハハ。じゃあ、旅行でも行く?夏も終わるし」
「ああ、うん。でも明日は無理。
朝から病院行くし、夜はパパが来るから……
それじゃあ。今日は色々とありがとうね。うん、また今度」
俺は、もう泣かないって決めていたのに、
歪んでくる世界の中で、彼女の言葉が……頭から離れない。
「涙は……」
贖罪④




