贖罪②
ガタ、ガタガタ……ギィイ。
薄暗い街灯に照らされた公園のバネ付き遊具に、男がひとり座っていた。
その男の見た目は、周りの洗練された建物から見ると異質で、
使い古された農作業着を着ている。
そんな彼が高級そうなマンションを見上げ、その視線の先は、
相手を光の点しか見えないほどの場所に向けられていた。
──どうせ、もういいか。今なら午後に……
美琴を諦めたのなら、彼はすぐにでも途中で引き返せばよかった。
しかし彼は、とても遠い街から非力で壊れかけた軽トラに乗って来た。
それは、アルバイトを頑張って貯めたお金で買った車。
引退した親のように、ずっと大事に乗っていたのに、
最近は暑いと言って、無理矢理エアコンを全開で動かし、
今回も自分のワガママを聞いて貰う為に、
壊れるような悲鳴の音が聞こえていたのに走らせ続けた。
そのせいで、同じ距離を走ったら壊れると躊躇したのか、
それとも、悲鳴を勝手に応援してくれたと錯覚しているのか、
その男は、いつまでもその場所から腰を上げられずにいた。
……
隣を通っていった人が沢山いるはずなのに、
息を殺したような夜が続き、拓海しかいない公園に冷たい夜が来た。
その独特な臭いと静寂が漂う公園で、まだそこに彼はいた。
もちろん、何度も立ち去ろうとしたのに、
それを受け入れられないで、もう一度だけでもと、彼は座り続けている。
そんな彼を見過ごせなかったらしく、
真夏だというのに、上下スウェットを着た女がマンションから出て来た。
その女は、化粧っ気もなく、黒縁メガネをかけて真っ直ぐ彼に近づき、
さっき気づいたように、わざとらしく声を掛けてくる。
「おまわりさああん、公園に不審者がいま~す。
変質者ですぅ! わたし、今から何をされるかわかりませ~ん!」
けれど、都会の静けさは女の叫びすら飲み込み、
誰も出てこない。誰も気にしない。何も、始まらない。
「美琴……」「あ~うるさい。アンタ、ここで何をしてんの?」
「ごめん……ご……」「泣くんじゃないわよ。泣いたら帰るからね」
もしかしたら、彼女は少し笑っていたのかもしれない。
それが俺の思い込みだったとしても、
ただ、そばにいられるだけで嬉しかった。
「美琴……許してくれ……」
「他人のアンタに、許してほしいことなんか、なにも無いわよ」
「本当に……すまない」
「だから泣くなっての。泣くのは自分を慰めるだけって知らないの?」
言葉が、出てこなかった。
自分でも気づいていなかったけれど、彼女の言葉は痛いほど刺さった。
「どう謝ればいい……?」
「じゃあ、今すぐ帰って、目の前から消えて!」
何も言えなかった。
でも、彼女に会えたことや、少しでも声を聞けただけで、
それだけで心が温かくなっていく気がした。
すぐに「好きだ…一緒にいたい」と答えたかったが、
その言葉が出てこなくて、謝ることしか出来ない。
「……ごめん。来てくれてありがとう、美琴。本当にごめん」
あんな事をしたのに、美琴に会って貰えるだけで嬉しかった。
しかも彼女の顔を見て謝ることで、ここに来た理由も全て終わっていた。
大人になってしまった俺は、今も迷惑をかけている事に気づいてしまい、
彼女に背を向けて、ゆっくりと歩き出す。
その寂しそうな背中に、彼女は何かを感じたのか声を掛けてくる。
「ああ~、えっと、今から帰るのよね。寝てないんでしょ?
ホテルなんて~、泊まってるわけないか……」
「みこ…気にしなくていいよ。」「そう?」
「今朝の出荷は間に合わないし、集荷場には断りの電話をするから。
寝るのも、空き地でも探して軽トラの中で寝るから心配しないで。」
「…」
「キミが気にすることじゃないからさ…ごめん美琴」
その後に何か違う言葉が欲しかったのか、
今も彼女と一緒にいたいと思っているのか、お互いの長い沈黙が続く。
「……わかった。それじゃあね、拓海」「さようなら、美琴」
やっと、別れられた気がした。
さっきの彼女の言葉と沈黙に、少しだけ期待してしまったが、
それを口にしたら、また彼女を傷つけてしまう。
少しだけ大人になった俺は、
自分の気持ちを押し殺して、もう少し早く足を前に出した。
けれど──運命は、彼をまだ試そうとしていた。
「おっ、やっぱ帰ってたのか、美琴」「タカ……何か用?」
一見安そうに見えるが、高級そうな古着のTシャツ。
ボロいジーンズにしか見えないが、見たことのないタグのズボン。
日に焼けた肌も似合っているし、
金髪なのは滑稽に見えてほしいが、鍛え上げた筋肉が全てを肯定する。
そんな男が、美琴を見て嬉しそうに声を掛けてきた。
そうだよ…コレが美琴の世界…
「やらしてくんない? ちょっと、溜まってさぁ」
「さっき田舎から帰ったばっかで、部屋が散らかってんの。無理」
「いいよ、ホテル代も出すって。だから、やらせてくれよぉ」
「はあ? ちゃんと聞いてた? 疲れてんのよ、わ。。た。し」
「今日のイベント、上手くいかなくてさ。
あと、今の美琴が新鮮でさ、我慢できねぇんだよ」
「……はぁあ?」
「これ……これでどう? いいだろ? コレで……」
呆然と立ち尽くす俺をよそに、二人の会話は続いていった──
贖罪②




