オークション②
オークションの場は、ますますヒートアップしていった。
美咲は背中を冷たい汗が伝うのを感じながらも、
「もうすぐ。もうちょっと。さあ誰?」と心の中でつぶやく。
美咲の顔が変わっているのに、気付かない観客の声が小さくなり、
客の声が徐々に小さくなり、大きな口で暇そうにあくびをしたり、
既に買い終わった悪魔が隣のクズと談笑したり、
最初から別の目的なのだろ、ブタが美味しそうに餌を頬張っていたりと、
違う事を楽しむだけで、値段の競り上げが鈍る。
突然、後ろ手に縛られていた紐を解かれ、
「前に出て、広げて見せてこい」と命じられる。
彼女は舞台の縁まで歩き床に座ると、言われた通りに脚を大きく開き、
手を当てると観客たちの視線が、一斉に彼女の方へ注がれる。
最前列の客は、身を乗り出して覗き込み、
後方のは、舞台上の巨大スクリーンに映る映像を凝視する。
美咲は、自分の身体があらゆる角度から映し出されるの感じながら、
観客たちが恍惚とした表情で、舞台に釘付けになっていることに気づき、
嬉しそうに「これで見える?」心の中で乾いた笑みが浮かべていた。
今まで興味がなかった客までが美咲を見ているし、
見れば解るし、そんな事教えられなくても知っていると思うが、
「これが彼女のアカシです!」と、司会者の冷静な声が会場に響いた。
スクリーンには、美咲のしなやかな身体が隅々まで映し出され、
無機質なカメラが彼女の体を舐めるように追い続ける。
その映像は何度も繰り返し映され、
観客の目線が何かに止まると、その場所を大写しにしていた。
「この女を手に入れたら、この場所を好きに扱うことができます。
確認したければ、ご自由に。散らせるも、壊すもあなた次第です。
もちろん、飽きたり壊れたりしても、弊社で買い取りも行っています。」
司会者の冷淡な宣言に会場の興奮はさらに高まり、
次々と値段が跳ね上がっていく。
「5000」「6000」…
その数字が会場に響くたび、
美咲は体の芯に込み上げる嫌悪感と怒りが全身を駆け巡り、
今では彼等を消す事しか考えられない衝動が抑えきれなくなる。
。
既に何人を殺しただろう、冷静さを失いかけたその瞬間、
エアコンの冷気が微かに湿気を帯びているのを感じ、
冷たい空気が美咲の心を静め、彼女は深呼吸をして冷静さを取り戻す。
「ここから逃げ出さなければならない。まずはそれから…」
客の熱気を消さないように、今ではある程度自由が効く体にされ、
美咲は色々なポーズをしながら、会場の動きを冷静に観察する。
「あのブタ?あの金持ち?ああ、あの団体?臭いババア?」
と、最初に殺すであろう人を物色しながら楽しんでいると、
その時だった。
遠くから警報音が鳴り響き、場内の空気が一変し、
扉が破られる音が轟き、重装備の男たちが会場に雪崩れ込んできた。
「来た…」と、美咲は本当に来た人を見て息を飲んだ。
その瞬間、混乱と怒号が会場を包み込む。
彼女は今が絶好の機会だと悟り、心を静めながら次の行動を決意した。
。
裸の女たちが並べられた異様なオークション会場に、
その静寂を破るように、重厚な扉が音を立てて開き、
武装した警官たちが一斉になだれ込んだ。
「警察だ!全員その場から動くな!会場はすでに包囲している。
抵抗すれば容赦しない!」
怒りを含んだその声が冷たい会場に響き渡る。
観客たちは一瞬、何が起きたのかわからず、ただ唖然と立ち尽くす。
顔を見合わせる、出口を探してうろつく、知り合いがいないか探す、
混乱の色が瞬く間に広がっていった。
すると、場内スピーカーから、
穏やかながらも不気味な放送が流れ始めた。
「皆様、事故が発生しました。
船は沈みませんので、どうか慌てずに下船してください。落ち着いて……
皆様、船は沈みません。慌てずにユックリ行動してください。」
放送の意味を理解する間もなく、
観客たちは恐怖に突き動かされ、我先にと出口へ殺到する。
その様子に引きずられるように、他の乗客たちまでが慌て出し、
船内は叫び声と足音が混じり合う混乱の渦に飲み込まれた。
「警察だ!」「火事だ!」「沈むぞ!」という叫び声が交錯し、
外からはサイレンの音が響き、天井の警報機が一斉に鳴り出し、
点滅する赤いランプが壁や床に怪しげな影を落とす。
青ざめた顔で出口へ向かう人々、何もわからず駆け出す人々、
冷や汗を流し、押し合いながら脱出を試みる彼らを、
赤い光が不気味に照らしていた。
その中で、美咲はただ一人
「じゃあ、先に…」と、メインディッシュの姿を冷静に追っていた。
混乱に紛れて、必至に動き回る男の姿が見える。
出口を求めて彷徨うその様子を見て、
何度も殺していた美咲の胸にどす黒い感情が湧き上がる。
「近づけさえすれば……」と、その思いが彼女の体を突き動かした。
人波に逆らいながら、慎重に男へと近づく美咲。
恐怖で無表情になった観客たちとすれ違い、
彼女の狂気をはらんだ瞳を見た誰もが、言葉を失って逃げ出した。
男の顔に焦りが浮かび、出口を求めて視線をさまよわせるその姿に、
美咲の心臓は高鳴るが同時に、
自分がこれからしようとする行為を思うと、自然と体が震えた。
それでも、心の奥底で渦巻く衝動が彼女を突き動かし、
「これで……」と自分に言い聞かせるように理性を殺す。
鼻先をかすめる香水の匂い。そして男が放つ独特の存在感。
美咲はその背中を見据え、静かに彼の背後へ忍び寄る。
心の中で、祈るように念じた。
「そっちはダメ……お願い、あっちに逃げて……」
死神が微笑むような冷たい表情を心に刻みながら、
美咲はじりじりと距離を詰めていく。
願いが通じたのか、男は気づきにくい狭い出口へ向かって歩き出した。
しかし、その瞬間。
「みんなぁ! こっち! こっちの方が早く外に出られるよ!」
群衆の中から、誰かが大声を上げて扉を指差した。
その声が何故かよく聞こえて、
他の出口に殺到していた人までがこちらに振り向き、
人々が一斉に、男が向かった狭い出口へ押し寄せて混乱が広がった。
多くの人が、すぐにくると気づいた男が、
怒りに顔を歪めながら、叫んだ女を探して振り返り、
その女を見つけた瞬間、「みさき…」と彼の表情は恐怖に凍りつく。
美咲は薄く笑みを浮かべ、「捕まえた……」と静かに囁くように呟き、
それを感じた男が逃げ出すが、彼女が彼に飛びかかった。
美咲は、狭い出口に殺到する群衆の波に押されながらも、
男に体をぶつけ、その勢いで地面に引き倒し、
さらに群衆にも押されてしまい、抵抗する間もなく地面に倒れ込む。
美咲は必死に彼を押さえ込み、必死に逃げようと男は激しくもがき、
二人はもみ合いになった。
そのとき、突然「パリン」と何かが割れる音が響く。
次の瞬間、鼻腔を刺激する金属のような生臭い匂いが漂い始めた。
その方向を美咲が見ると、男の喉から鮮血が勢いよく噴き出して、
息が詰まり、顔を苦痛に歪めた男はさらに激しく暴れ出す。
「絶対に……」と、美咲は真っ赤に染まった手で押さえ込み続ける。
暴れまわる男を、華奢な女の体が血塗れになりながらも押さえつけ、
動きを封じている姿は異様だった。
しかし、そんな光景に目を向ける者は誰もいないし、
2人が邪魔だと、我先にと、群衆が出口に殺到していく。
やがて男の抵抗は次第に弱まり、温かだった体温が失われて、
美咲はその変化を全身で感じ取り、男の最後を確信する。
「ごめんなさい……」美咲の頭に浮かんだのは、母親の泣き顔だった。
胸の奥で張り詰めていた感情が、ふっとほどけていく。
「終わった……」と、震えていた体と心が静かに冷めていくのを感じた。
周囲では、出口を目指す人々の叫び声がこだまし、
冷たい外気が流れ込む。
警察の怒号と、聞き覚えのある声が遠くで響いていた。
赤い警報灯が揺れる光の中、
男の顔は恐怖と窒息の苦しみに歪んだまま、静かに凍りついている。
その顔を見つめ、「ああ、これで……」と美咲は小さく呟いた。
喧騒が遠ざかる中、彼女は目を閉じ、
踏み潰されるような体の痛みを感じながらも、
長く心に巣食っていた暗い感情が霧散していくのを実感する。
最後に美咲は、誰かに向かって微かに微笑んでいた。
オークション②




