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クロスオーバー  作者: 連鎖
みさき(運命)
56/98

潜入⑤

 多少疲れるが、今の店に加えてキャバクラでも働いている。


 時間が違うので調整が大変だったが、オーナーが色々と配慮してくれた。


「美咲っていいます。色々とすみません」

「ああ、聞いてるよ。あの子が帰ってくるまでの時間つぶしなんだ。

 適当に相手をしてくれればいいよ」


 常連の山田だったら、自由にさせておけばお金を使ってくれるが、

 最近は調子に乗って束縛して来るので出禁にして貰い、

 この厳つい普通のお金持ちを紹介してもらった。


 ただオーナーの知り合いらしく、色々と融通もきかせてくれるし、

 この人のいつも行く店にいるキャストが、

 長期海外旅行中のため、その間だけ指名してくれるという約束だった。


「飲まないんですか?」「注いでくれ」

「お仕事は?」「薬局の営業マンだよ」


「指輪…ご結婚されているんですね?」

「ああ、もうすぐ子供も生まれるかもな」


 普通の会話だが、明らかに自分に興味はなさそうで、

 むしろ美咲のようなタイプは好みではないらしいのは、

 同じ店で働く子に向ける視線で知っていた。


「つまらないですか?」「すまない。大きい女性が苦手でね」


「そうですか…ロリコンですか?本当にごめんなさい」


「ちっ、違う。背が高いのがダメなんだ」

「冗談ですよ。そんな顔もするんですね、お客さん」


 ストレスが多そうな人だが、山田よりはずっと安心できる相手で、

 次の店のことを考えると、気楽に接客できて感謝していた。


「すみません。そろそろ」「イッておいで、約束だからね」


 そろそろ移動する時間が近づき、あの店に向かう時には、


「美咲さん、今日も早上がりですか?」

「ごめんなさい。母の体調が悪くてね。あとはよろしくね」


 もういない母の体調を理由にして、早退していた。


 。


 キャバクラの後にカジノという慌ただしい日々を送る中、

 ある日、美咲は再びVIPルームに呼び出された。


 いつものように働いていると、

 突然黒服に呼ばれ、「とうとう…」という重い気持ちで後を追い、

 心の中で「これが最後…」と諦めと微かな希望を抱きつつ、扉を開けた。


 薄暗い部屋に漂う、何かが入り混じるような独特の空気が流れ、

 美咲はその空気を肌で感じながらも、

 これまでの経験を振り返り、冷静を装って微笑んだ。


「仕事中だな。すぐに済むから待っていてくれ。

 お前がよく働いてくれたおかげで客が付いたぞ。」


「本当に!」と、とても嬉しそうに笑う美咲。


 だが実際には、その言葉に一瞬息を呑み、焦りを覚える。


 最近、何かに監視されているような気がしていた美咲は、

「とうとう、私の番…」と、既に戻れないと悟っていたし、

「これで友達に…」と、心のなかで呟きつつ、

 これから何が起こるのか薄々勘づいていた。


「お前から言ってきた通り、全てのお披露目は終わった。

 多くの引き合いができたからな。」


 その男の声には、何か別の意図が隠されているように感じられたが、


「じゃあ…」と、美咲は嬉しそうに答えながら、

 内心の警戒心を強めて、置かれた状況を慎重に考える。


「そろそろオークションを開く。そこでのメインは、美咲、お前だ。

 あと少しで終わりだと客が気づいたら、もっと盛り上がるかもな。」


 彼のいやらしい笑みを見て、美咲も笑顔を作り、

「はい、頑張ります」と言っているが心は張り裂けそうだった。


「それまでは、特に身体には気を使ってくれよ。いいな。」

「でも、オークション…?」


 彼から聞いて知っていたが、意味がわからないといった顔で問い返す。


 もちろん、胸に浮かんだのは漠然とした恐怖と、

 何が待ち受けているのか全く想像がつかない不安だった。


「君の処女を、オークションに出すのはいいよな。」


 その言葉を聞いた美咲は一瞬、驚愕の表情を見せたが、

 男はその顔を満足そうに眺めながら、真剣な口調で続けた。


「もちろん、君の意思は尊重する。だが、君が望んだ通り、

 できるだけ高額で売れるよう、君にも頑張ってもらうつもりだよ。」


 美咲の心の中では様々な思いが交錯していた。


 友人の行方を追うため、さらに危険な道を進むべきか、

 それとも「やめてほしい」と伝えるべきか。


 期待と恐れが入り混じり、彼女の心の奥で火花を散らす。


「…わかりました。よろしくお願いします。」


 そう言いながらも、

 胸に湧き上がる恐怖と不安を必死に押さえ込み、声を絞り出した。


「もちろんだ、君の条件には可能な限り応える。

 安全は保証するから、心配はいらない。」


 男の言葉に少し安堵を感じつつも、

 美咲の中で疑念が完全に消えることはなかった。


 本当に「安全」と言えるのだろうか。どこかで深い警戒心が残っていた。


 この道を選ぶことで自分が何を得て、何を失うのか──


 それを考える余裕がほしかったが、

 心の中では期待と不安が絡み合い、落ち着きを失わせた。


「私の条件は、絶対に無理やりはやめてほしい。」「もちろん。」


 すぐに答えてくる彼の顔はとても穏やかで、

 実は、彼は全てを知っていて笑っているのかとさえ考えてしまう。


「そして、…」


 本当の目的を隠そうとしたが、

 この男の顔が一段と嬉しそうに笑っている気がして、

 既にすべてに気づいているかもしれないという不安がよぎり、


「友人の行方を教えてほしい。」


 ただ全てを終わらせたいと諦めたのか、素直に口に出してしまった。


 その言葉に男は驚く様子もなく、静かに頷く。


「美咲の条件を受け入れよう。オークションは近日中に行われる。

 その時が来たら、君が知りたいことをすべて教えよう。

 ただし、何度も言うが、身体には十分気を使ってくれ。」


 その瞬間、美咲は自分が新たな一歩を踏み出してしまったことを、

 実感した。


 この選択が果たして正しいのか、心の奥で迷いが渦巻く。


「やっぱり、この男は最初からすべてを知っていた…」


 そうだとすれば、彼は美咲の望みを知りながら、

 あえて、この道に導いたのかもしれない。


 この店に来た事さえ彼の予想通りだったと、その考えが頭を離れず、

 後戻りできないことへの不安が、彼女の心を揺らしていた。


 。


 緊張した部屋を出ると、見た目には厳つい顔をしているが、

 笑ったときに可愛らしい顔をする男を思い出す。


 その男は、父親というものを知らない美咲の感じる感情で、


「私って生理が重いのよ。何かいい薬とか無い?」


 ムスッとした顔で不満そうに飲み続けている彼の事が、

 少しだけ好きになった頃に、そういう事を聞いていた


「もちろん、ちょっと危ないが効く薬があるよ、美咲ちゃん」


 とても悪そうな顔で彼が話してくるが、

 それが普通の事で、言葉の選び方だけだと美咲も気づいている。


「危ないって?」「日本の承認が…ってので、特別にタダでいいよ」


「タダで?…怖いわねぇ」

「まぁ、小さいものだが効果は抜群さ。上手く効いたら宣伝してな」


 とても効くのなら気にならないし、

 誰かを好きになってと、それ以降の人生を考える余裕が無い美咲は、

「これで出来なくなったら、それでもいいかな」とさえ思った。


「もちろん…のとか…とかのも有るよ。一緒に入れとくから楽しんでね」

「もぉ。そういうのは、いりませんよ。さっきのだけいいです」


 このときに嬉しそうに笑っている美咲を見て、

 とても真っ赤になっている彼の顔が、嬉しいと素直に思っていた。


 。


 その時のことを思い出しながら、美咲は知り合いしかいないこの部屋で、

 オークション前の準備として薬を受け取っていた。


「効きはいいが、持続時間が短い。一日程度だ」「美咲、本気か?」


 心配そうに見てくる父親と、真剣な顔で見てくる憧れの人。


「コレが役に立てば、私も役に立つかな。アハハハ。」


 娘は、全てをわかっているのか、全部を精算しようと笑う。


「持続時間が短く、無理を言ってすまない」


「何かあっても恨みませんって、コレだけ有ればイケますよ」

「何か有れば、全力で助けるからな。」


 次々と心配そうに声をかけてくる二人に笑いかけながら、


「行ってきます。二人とも何も無いですって。心配しすぎ」


 いつものように部屋を出て、美咲は次の仕事へ向かっていった。


 。


 もちろん、あれから毎日薬を使っているが、

 何も変化がなく、効き目があるのかどうかよくわからなかった。


 だが、「女の子の日」が来れば、


「オークションを避けられるかもしれない…」


 そんな微かな希望が、恐怖に負けそうな心を支えているし、

 すべてを忘れて逃げ出したいとも思っていた。


 真っ暗な部屋の中で、「友達……?」と、自分に問いかけるように、

 卒業アルバムで嬉しそうに肩を組んでいる姿を見ていた。



 潜入⑤

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