潜入⑤
多少疲れるが、今の店に加えてキャバクラでも働いている。
時間が違うので調整が大変だったが、オーナーが色々と配慮してくれた。
「美咲っていいます。色々とすみません」
「ああ、聞いてるよ。あの子が帰ってくるまでの時間つぶしなんだ。
適当に相手をしてくれればいいよ」
常連の山田だったら、自由にさせておけばお金を使ってくれるが、
最近は調子に乗って束縛して来るので出禁にして貰い、
この厳つい普通のお金持ちを紹介してもらった。
ただオーナーの知り合いらしく、色々と融通もきかせてくれるし、
この人のいつも行く店にいるキャストが、
長期海外旅行中のため、その間だけ指名してくれるという約束だった。
「飲まないんですか?」「注いでくれ」
「お仕事は?」「薬局の営業マンだよ」
「指輪…ご結婚されているんですね?」
「ああ、もうすぐ子供も生まれるかもな」
普通の会話だが、明らかに自分に興味はなさそうで、
むしろ美咲のようなタイプは好みではないらしいのは、
同じ店で働く子に向ける視線で知っていた。
「つまらないですか?」「すまない。大きい女性が苦手でね」
「そうですか…ロリコンですか?本当にごめんなさい」
「ちっ、違う。背が高いのがダメなんだ」
「冗談ですよ。そんな顔もするんですね、お客さん」
ストレスが多そうな人だが、山田よりはずっと安心できる相手で、
次の店のことを考えると、気楽に接客できて感謝していた。
「すみません。そろそろ」「イッておいで、約束だからね」
そろそろ移動する時間が近づき、あの店に向かう時には、
「美咲さん、今日も早上がりですか?」
「ごめんなさい。母の体調が悪くてね。あとはよろしくね」
もういない母の体調を理由にして、早退していた。
。
キャバクラの後にカジノという慌ただしい日々を送る中、
ある日、美咲は再びVIPルームに呼び出された。
いつものように働いていると、
突然黒服に呼ばれ、「とうとう…」という重い気持ちで後を追い、
心の中で「これが最後…」と諦めと微かな希望を抱きつつ、扉を開けた。
薄暗い部屋に漂う、何かが入り混じるような独特の空気が流れ、
美咲はその空気を肌で感じながらも、
これまでの経験を振り返り、冷静を装って微笑んだ。
「仕事中だな。すぐに済むから待っていてくれ。
お前がよく働いてくれたおかげで客が付いたぞ。」
「本当に!」と、とても嬉しそうに笑う美咲。
だが実際には、その言葉に一瞬息を呑み、焦りを覚える。
最近、何かに監視されているような気がしていた美咲は、
「とうとう、私の番…」と、既に戻れないと悟っていたし、
「これで友達に…」と、心のなかで呟きつつ、
これから何が起こるのか薄々勘づいていた。
「お前から言ってきた通り、全てのお披露目は終わった。
多くの引き合いができたからな。」
その男の声には、何か別の意図が隠されているように感じられたが、
「じゃあ…」と、美咲は嬉しそうに答えながら、
内心の警戒心を強めて、置かれた状況を慎重に考える。
「そろそろオークションを開く。そこでのメインは、美咲、お前だ。
あと少しで終わりだと客が気づいたら、もっと盛り上がるかもな。」
彼のいやらしい笑みを見て、美咲も笑顔を作り、
「はい、頑張ります」と言っているが心は張り裂けそうだった。
「それまでは、特に身体には気を使ってくれよ。いいな。」
「でも、オークション…?」
彼から聞いて知っていたが、意味がわからないといった顔で問い返す。
もちろん、胸に浮かんだのは漠然とした恐怖と、
何が待ち受けているのか全く想像がつかない不安だった。
「君の処女を、オークションに出すのはいいよな。」
その言葉を聞いた美咲は一瞬、驚愕の表情を見せたが、
男はその顔を満足そうに眺めながら、真剣な口調で続けた。
「もちろん、君の意思は尊重する。だが、君が望んだ通り、
できるだけ高額で売れるよう、君にも頑張ってもらうつもりだよ。」
美咲の心の中では様々な思いが交錯していた。
友人の行方を追うため、さらに危険な道を進むべきか、
それとも「やめてほしい」と伝えるべきか。
期待と恐れが入り混じり、彼女の心の奥で火花を散らす。
「…わかりました。よろしくお願いします。」
そう言いながらも、
胸に湧き上がる恐怖と不安を必死に押さえ込み、声を絞り出した。
「もちろんだ、君の条件には可能な限り応える。
安全は保証するから、心配はいらない。」
男の言葉に少し安堵を感じつつも、
美咲の中で疑念が完全に消えることはなかった。
本当に「安全」と言えるのだろうか。どこかで深い警戒心が残っていた。
この道を選ぶことで自分が何を得て、何を失うのか──
それを考える余裕がほしかったが、
心の中では期待と不安が絡み合い、落ち着きを失わせた。
「私の条件は、絶対に無理やりはやめてほしい。」「もちろん。」
すぐに答えてくる彼の顔はとても穏やかで、
実は、彼は全てを知っていて笑っているのかとさえ考えてしまう。
「そして、…」
本当の目的を隠そうとしたが、
この男の顔が一段と嬉しそうに笑っている気がして、
既にすべてに気づいているかもしれないという不安がよぎり、
「友人の行方を教えてほしい。」
ただ全てを終わらせたいと諦めたのか、素直に口に出してしまった。
その言葉に男は驚く様子もなく、静かに頷く。
「美咲の条件を受け入れよう。オークションは近日中に行われる。
その時が来たら、君が知りたいことをすべて教えよう。
ただし、何度も言うが、身体には十分気を使ってくれ。」
その瞬間、美咲は自分が新たな一歩を踏み出してしまったことを、
実感した。
この選択が果たして正しいのか、心の奥で迷いが渦巻く。
「やっぱり、この男は最初からすべてを知っていた…」
そうだとすれば、彼は美咲の望みを知りながら、
あえて、この道に導いたのかもしれない。
この店に来た事さえ彼の予想通りだったと、その考えが頭を離れず、
後戻りできないことへの不安が、彼女の心を揺らしていた。
。
緊張した部屋を出ると、見た目には厳つい顔をしているが、
笑ったときに可愛らしい顔をする男を思い出す。
その男は、父親というものを知らない美咲の感じる感情で、
「私って生理が重いのよ。何かいい薬とか無い?」
ムスッとした顔で不満そうに飲み続けている彼の事が、
少しだけ好きになった頃に、そういう事を聞いていた
「もちろん、ちょっと危ないが効く薬があるよ、美咲ちゃん」
とても悪そうな顔で彼が話してくるが、
それが普通の事で、言葉の選び方だけだと美咲も気づいている。
「危ないって?」「日本の承認が…ってので、特別にタダでいいよ」
「タダで?…怖いわねぇ」
「まぁ、小さいものだが効果は抜群さ。上手く効いたら宣伝してな」
とても効くのなら気にならないし、
誰かを好きになってと、それ以降の人生を考える余裕が無い美咲は、
「これで出来なくなったら、それでもいいかな」とさえ思った。
「もちろん…のとか…とかのも有るよ。一緒に入れとくから楽しんでね」
「もぉ。そういうのは、いりませんよ。さっきのだけいいです」
このときに嬉しそうに笑っている美咲を見て、
とても真っ赤になっている彼の顔が、嬉しいと素直に思っていた。
。
その時のことを思い出しながら、美咲は知り合いしかいないこの部屋で、
オークション前の準備として薬を受け取っていた。
「効きはいいが、持続時間が短い。一日程度だ」「美咲、本気か?」
心配そうに見てくる父親と、真剣な顔で見てくる憧れの人。
「コレが役に立てば、私も役に立つかな。アハハハ。」
娘は、全てをわかっているのか、全部を精算しようと笑う。
「持続時間が短く、無理を言ってすまない」
「何かあっても恨みませんって、コレだけ有ればイケますよ」
「何か有れば、全力で助けるからな。」
次々と心配そうに声をかけてくる二人に笑いかけながら、
「行ってきます。二人とも何も無いですって。心配しすぎ」
いつものように部屋を出て、美咲は次の仕事へ向かっていった。
。
もちろん、あれから毎日薬を使っているが、
何も変化がなく、効き目があるのかどうかよくわからなかった。
だが、「女の子の日」が来れば、
「オークションを避けられるかもしれない…」
そんな微かな希望が、恐怖に負けそうな心を支えているし、
すべてを忘れて逃げ出したいとも思っていた。
真っ暗な部屋の中で、「友達……?」と、自分に問いかけるように、
卒業アルバムで嬉しそうに肩を組んでいる姿を見ていた。
潜入⑤




