温泉旅館③
朝の光が薄くカーテン越しに差し込み、
美咲は、ぼんやりとした頭で目を覚ました。
周りを確認すると、宴会をしていた大広間に寝かされていたようで、
周囲を見回すが、佐々木も昨夜騒いでいた男たちもいない、
体を起こすと布団がずれてしまったらしく冷たい空気が肌に触れ、
自分が全裸で寝ていることに驚いていた。
誰の声も聞こえない大広間は静まり返っており、
昨夜の記憶がぼんやりと浮かび上がり、消えていくと、
佐々木が心配そうに覗き込み、何かを話している記憶はあるが、
その時に何が起こったのかは、全く思い出せない。
周りをよく見ると、壁際に自分のバッグが置かれており、
その上にはお金の入った封筒と佐々木の名刺が載っていて、
その名刺を手に取り裏を見ると、
「秘書の仕事はこれで終わりだ。君は素晴らしかった」
と、山田からのメッセージと似た内容が書かれていた。
それを読み美咲は、ほっと胸を撫で下ろしたが、
周囲を見ても着るものが見当たらないことに気づき慌てて周りを探す。
心の中で焦りが膨らんでいくが、昨夜着ていた服はどこにも見当たらず、
自分が裸であることに恥ずかしさが込み上げる。
「どうしよう……」と焦りながら周りを見るが、着る物はなく、
冷静さを保とうとするが心は不安でいっぱいで、
佐々木が残した名刺は、仕事が終わったと告げているが、
今はその安心感よりも、何も着ていない状況に困惑していた。
呆然としたまま布団から出て、「服は?佐々木さん…服はどこ?」
と叫びたくなる思いを抱き、再び恥ずかしさと興奮が入り混じり、
彼女は体を隠しもせずに大広間を探し続ける。
そうやって美咲が周囲を探していると、
昨日見かけた仲居が嫌そうな顔をして現れ、
彼女は目を細め、無言で美咲の前に立ち、
手に持っていた下着を投げつけてきた。
美咲はその様子に驚き、思わず後ずさると、
仲居が「さっさと出て行け」と、冷たい声で言い放つ。
その表情には、明らかな嫌悪感が表れており、
「どうして?」と困惑したが、彼女は申し訳なささそうに思わず俯いた。
その受け取った下着は、昨晩の記憶を鮮明に思い出させるもので、
赤面しながら手に取ったが、
仲居はそのまま振り返り、何も言わずに去っていった。
何も言わずに立ち去った仲居に美咲は一瞬言葉を失ったが、
すぐに気を取り直し、それを身に着けることにした。
。
荷物はすべて残っていたので、
一度は佐々木の会社に連絡でもしようと思ったが、
また秘書を続けようとも思えないし、あんな経験を続けるのも嫌なので、
何かがないかと、この辺にある建物をスマホで調べる。
地図を眺めていると、歩くのは少し遠いが服屋を見つけ、
外はまだ暖かく、この温泉に来る道に車も通らないだろうと、
美咲は下着姿のままで旅館を出ていった。
昨日までの美咲なら、こんな選択をしなかったはずだが、
今までの経験で色々と振り切れてしまい、
この下着を着ているだけで、その気持ちを思い出し、
しまいには、これは「水着でしょ…」という言葉で全てを済ませていた。
美咲は、下着姿に鞄を持ったのまま1時間は歩いただろうか、
やっと目の前に現れたのは、古ぼけた木造の呉服店で、
「服屋」とは名ばかりで、店構えも看板も剥げかけていて、
商売が成り立っているのか不安にさせるほどの店だった。
だが、美咲に選択肢が他にないので意を決して扉を開けた。
「…いらっしゃい…」と低くかすれた声が店内に響き、
その方向に目を向けると、奥から現れたのは、腰の曲がった小柄な老人。
しわだらけの顔に、
まるで何年もここに佇んでいるかのような目をして、
店内は古ぼけた着物や、浴衣がかろうじて並べられているが、
どれも色褪せ、埃をかぶって明らかに売れていないのが一目で分かる。
「すみません、安い服を探してるんですけど…」
と、美咲は恥じらいを隠しつつも、遠慮がちに伝えた。
老人は美咲を見て、ふうと小さくため息をついた。
「安いのか…ここももう、誰も来んからのぅ…ほれ、こっちじゃ」
老人は美咲を奥へと案内し、
ひっそりとした棚から、シャツとくたびれたズボンを取り出した。
どちらも年季が入り、誰も手をつけたことがないような服で
「これで…200円でええよ」と老人が言うと、
美咲はその破格さに驚きつつも、何でもいいから服を着たかったので、
手早くその服を購入して着替えた。
鏡に映った自分の姿は、
まるで昭和の時代から引き出されてきたかのような古めかしさだったが、
服で視線を遮ってくれるだけでもありがたかった。
「ありがとう…ございました」と美咲がお礼を言うと、
老人は無言で小さく頷き、また奥へと静かに戻っていった。
ひと気のない寂れた店内に、彼の小さな背中がさらに小さく見え。
美咲は胸の中に、どこか切なさを覚えながら店を出ると、
近いタクシー会社に連絡して、店の前で待っていた。
。
だいぶ待っていたが、タクシーが来てドアを開けると、
運転手は美咲を見て驚くが、
「ごめんなさい。趣味なので気にしないで下さい」
と、昭和レトロを越えた古めかしい姿でタクシーに乗っているのに、
とても落ち着いた声で、説明している自分がいた。
「どこに行きますか?」と運転手が尋ねる。
美咲は一瞬考え込んだが、自分のタワーマンションへ帰ることに決めた。
家に帰れると思って安心した美咲は、
ふとさっきまで自分が下着姿で外を歩いていたことを思い出し、
心の中で昨晩の出来事を冷静に振り返り始める。
その瞬間、恥ずかしさと共に異様な興奮が入り混じり、
顔が熱くなってしまい、「ココへお願いします」と思わず小さな声で、
運転手に行き先を告げる。
そんな態度をした事と「この人も?」と考えていた事が顔に出たらしく、
運転手からは以前と同じことを言われた。
その時には既に冷静になっていた美咲は、
「あとは取っておいて」と先にお金を払っていた。
タクシーは、ゆっくりと発進すると車の中は静寂に包まれ、
美咲はただ目の前の景色が流れていくのを見つめていた。
どこかほっとした気持ちと、まだ消えない緊張感を抱えながら、
彼女は自分の中に渦巻く、複雑な感情を整理しようとしていた。
タクシーが走る中、美咲は頭の中を巡る思考に没頭していた。
まず浮かぶのは、どうにかして友達の行き先を探すこと。
昨日の出来事が頭から離れず、DVDの記憶が今でも鮮明に蘇って、
周囲の視線を気にしながらも、彼女は心の中で
「友達を見つけて、普通の生活に戻らなければ」と自分に言い聞かせた。
次に気になったのは、
自分の荷物に何か無くなった物がないかということで、
中身をちらりと想像し、必要なものが揃っているか不安になったが、
スマホや財布、重要な荷物が揃っていることを願いつつ、
少しでも安心感を得たかった。
その時、中にあった佐々木の名刺に目が留まる。
名刺の裏のメッセージと共に、
「情報屋に行け」との声が聞こえたような気がした。
美咲はその声を思い出し、心に再び焦りが生まれ、
早く行かないと、彼の持つ情報が無駄になってしまうかもしれない。
「すみません、行き先を変更してください」と運転手に声をかけ、
焦る気持ちを抑えながら、目的地を変えるように告げると、
タクシーはその指示に従って行先を変える。
美咲は心の中で、何度も計画を練りながら、
情報屋が言いそうな事を、彼が求める物を何度も想像していた。
どんな情報が必要なのか、どうやって彼に接触すればいいのか、
頭を巡るアイデアは次々と浮かんでは消えて、
緊張した面持ちで、彼女は目的地に早く到着する事を待ち望んでいた。
温泉旅館③




