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クロスオーバー  作者: 連鎖
みさき(運命)
41/98

秘書①

 美咲はスマホで検索し、表示された会社の場所を確認して目を疑った。


 その会社は、ここからかなり遠い温泉街の一角にあり、

 タクシーで住所を伝えればたどり着くはずだが、

 こんな場所に会社があることがどうにも不自然に思えた。


 それでも、彼女には今すぐ行かなければならないという焦り、

 時計を見ると、急げば店の開店にギリギリ間に合うかもしれないが、

 綺麗に着飾れば、今日仕事には確実に遅れる。


「また急に休むなんて…みんな、ごめんなさい」とため息をつきながら、

 オーナーに休みの連絡を入れ、タクシーを手配した。


 タクシーの運転手は、温泉旅行にしては身軽な荷物と、

 場違いな服装の美咲を見て不思議そうにしていた。


「本当に大丈夫?」

「すみません、急いでるんです。できるだけ早くお願いします」

「高速を使うと、料金も上がるけどいいかい?」

「大丈夫です。急いでくれたら、色もつけます」


 そう言って数枚の紙幣を差し出す美咲に驚いた様子の運転手も、

 納得したように「じゃあ、急ぐぞ」と上機嫌で車を出した。


 車内で、美咲は不安と好奇心が入り混じる気持ちを抱えながら、

「三葉建設工務店」のページを思い出していた。


 検索には出てくるものの、

 簡素な写真があるだけで、ホームページも口コミもなく、

 ますます謎が深まるばかりだった。


 その名刺に書かれていた温泉街近くの不思議な会社で、

 自分が秘書としてどんな仕事をするのか、

 今度は何を失ってしまうのかという不安と好奇心が入り混じる中、

 車窓を眺めながら眠っていた。


 次に気づけば、車は民家がまばらな濃い緑の山間部を走っていて、

 その風景を目にするうちに、

 美咲の胸には自然と、不安とざわめきが広がっていった。


 特に代わり映えない田舎道に入り、街灯もほとんどない道を進んで、

「本当にこんな場所に会社がある?」という自然な疑念が浮かび、

 何度もスマホで地図を確認しても、

 画面にはひたすら山道が続いているだけだった。


 そうやって走り続けるうちに、すれ違う車もほとんどなく、

 タクシーの運転手も無口になったので、

 いつもなら何かを話題にして場を和ませる美咲だが、

 昨日のバイトのこともあり、

「温泉街」と「秘書」という言葉が頭に残り、

 次に「コンパニオン」という不安を、払拭できないまま黙り込んでいた。


 。


 午後4時を少し過ぎた頃、ようやく目的地らしき場所にたどり着いた。


 タクシーが停まった先に見えたのは、

 まるで町工場のような小さな建物で、壁は赤茶けた古びたトタン、

 正面には「三葉建設工務店」とだけ看板が掲げられていた。


 見える駐車場も狭く、数台の車が停まっているが、

 会社の窓からのぞく様子は雑然としていて活気も無く、

 どう見ても、多くの人が働き秘書を必要としている会社には見えない。


 タクシーが帰っていき一人になると、

 静まり返った空気と自然の音が美咲を包み込み、

 その感覚に一瞬息を飲み、都会の喧騒から遠く離れたこの場所で、

 いったい自分に何をさせるつもりなのかと、

 得体の知れない恐怖が背筋を冷たくさせる。


 だが、それ以上に美咲の胸を締めつけたのは、

 目前に立つ「三葉建設工務店」の古びた建物だった。


 こんな場所で、まともな秘書の仕事をするとは到底思えなかったが、

 昨日のビデオ店で、キャンギャルの恰好でティッシュを配った事と、

 渡されたDVDに映っていた嬉しそうに笑った自分の記憶が蘇り、

 ここでそれ以上の事をするのかと、ますます心がざわついていた。


 意を決して建物の扉を開けると、古びたアルミドアがギシリと音を立て、

 誰もいない玄関で待っていたが、誰も迎えにこないので、

「どうぞ、こちらに入って来てください」というを扉を開ける。


 美咲が思った通りに、中は予想通りの古めかしい小さな事務所で、

 壁際には年季の入ったファイルキャビネットが並び、

 埃っぽい空気が漂って、しばらく掃除がされていないのに気づいた。


 部屋に突然入ってきた美咲を気にする人はいなく、

 何も言ってこないので、誰かいないかと、周りを見ていると、

 一番手前のデスクに、年配の男が背を向けて座っていた。


 その男は背中を丸めて動きもせずに、

 まるでパソコンを眺めながらうたた寝しているかのように見え、

 気持ちよさそうに寝ている彼の髪はほとんどなく、

 代わりに無精ひげがびっしりと生えている。


 そんな彼の仕事の邪魔をしないように、

 美咲がそっと近づいて声をかけると、ようやく顔を上げてこちらを見た。


「…すみません、

 こちらで秘書の仕事をするように言われた藤崎美咲です。」


 一瞬、男の目が驚きに見開かれたが、すぐに何かを悟ったように、

 嬉しそうに、イヤらしい山田と同じ笑みを浮かべた。


「ああ、お嬢さんが秘書か…遠くから来たんだってなぁあ。」「はい」


 男の目が明らかに、自分を性的な感情で見ているのはわかったが、

 すぐに、色々と探るような感情も加わっていき、


「まぁ、仕事はそこそこ、というか…」


 美咲は、昨日と同じような視線を近くから味わっても、

 免疫みたいなものなのか、「やっぱり…」という感想しか無かった。


「まぁ、イロイロと…あるんだが…、こっちで、ちょっと待っときな。」


 そう言って、男は壁際の椅子を指さした。


 美咲は、その古びたソファーを見つめ、

「そうよね、こういうことなんでしょう…」と、内心うんざりしながらも、

 表情を変えずに、ゆっくりと腰を下ろしていた。


 彼女が呆れた理由は、最初から椅子の座面が低くしかも安物で、

 中のバネがヘタっているらしく、お尻の辺りが大きく凹んでいた。


 もちろん、こんな椅子にビジネススーツのスカートを履いて座れば、

 座っていても、裾が常時引き寄せられてしまうし、

 慣れていない人が立ったり座ったりしたら、

 どうしても両手で肘掛けを掴まないと出来ない。


「こういう人の秘書って…」と、ウンザリしていたが、


 今日はデニムのマキシワンピースだったので安心できたし、

 店の習慣で、上品に足を揃えてから軽く曲げて座るのも慣れていた。


 。


 少し待っていると、事務所の奥から足音が近づいてきた。


 やがて現れたのは、

 がっしりとした体格で工務店らしい作業服を着た「佐々木」。


 丸顔に小さな目、どこか嫌味を含んだ笑みを浮かべたその顔つきは、

 昨日のビデオショップで会った山田を思わせる嫌な雰囲気と、

 見下す男が纏っている無言の威圧感を漂わせていた。


 美咲は彼の表情や仕草に、「残念って顔…」と、呆れているし、

 あの時以上に、嫌な予感を感じずにはいられなかった。


「お、君が今日から秘書さんか!」

 佐々木は上機嫌で手を差し出し、握手を促してきた。


 無遠慮な視線が、彼女の揃えていた脚に注がれるのを感じ、

 美咲はわずかに苛立ったせいで遅れたが、表情を崩さずに立ち上がり、

 彼の手を軽く握り返した。


 佐々木の手はごつく、華奢な美咲の手をしっかりと包み込み、

 相手を威圧するように固く握られ、「痛いって…」と身構える。


 彼は親愛や労いなのか何時までも手を離さず、

 しつこく胸元や腰や脚さえも見ているので、

「気持ちわるっ…」と気になったが、美咲は笑顔を保ち続ける。


「まぁ、ゆっくりしていってくれや。

 ウチは小さい会社だけどな、今の時期は忙しくてさぁ。」


 やっと手を離した佐々木は、

 親しげに彼女の肩に手を置いて話そうとしたが、

 気付いていた美咲は、さりげなく身を引いて避けた。


 そういうパワハラ体質な男だと、美咲は呆れながらも気を取り直し、


「秘書という仕事は初めてなんですが、何をすればいいですか?」


 と、さっきの避けた言い訳を聞かれる前に、こちらから尋ねた。


 しかし、彼の返答は予想外で、


「まぁ、秘書の仕事は主に書類整理や電話対応がメインなんだけど、

 君のその服装はちょっと…なぁ。秘書っていうのを知っているか?

 あと、すごい匂いだな。本当に秘書になりたいのか?」


 佐々木は微妙に唇を歪め、彼女をじろじろと見つめたあとに、

 とても嬉しそうな顔で、美咲の匂いを嗅いでいた。


 そんな態度をされても「…すみません」と、謝るしかない美咲。


「もう少し、ビジネス的な態度や格好が必要だと思うよ。」


 美咲の心臓がドキリとする。


 普段はキャバ嬢として魅せるための衣装を選んでいるが、

 ここで求められるのは、全く違ったビジネススタイルだし、

 三島に言われて焦ってしまい、慣れた香水をつけすぎたらしく、

 その指摘に焦って、思わず言葉を失っていた。


 彼女が着ていたのは、前ボタンのマキシワンピースに厚底のサンダル。


 適当に整えたアッシュブラウンの髪も、

 服装に合わせたカジュアルで落ち着きのないメイクも、

 もちろん、大好きな香水に包まれているのだって、

 秘書としては適さないと気がついた。


「やっぱり、こういう会社には、もうちょっと清楚な感じ…

 いや、この男なら逆に、もっと過激な服装を…それ以上?」


 と、美咲が自分の間違いに気づき考え込んでしまったのを、

 佐々木は嬉しそうに見ながら、


「お客さんが来たときに、

 その格好じゃ、色々と勘違いされるかもな。ここは会社だぞ!」


 言っている事は正論だが、裏にある態度に気づいている美咲は、

 昨日の山田と同じになると気づき、気持ち悪くなってきた。


 しかし、そういう裏の気持ちに気づいていても、

 美咲は「申し訳ございません」と、一方的に謝る事しか出来ない。


「それに、君が本当に秘書の仕事をしたいのなら、

 服装もちゃんと考えないと…そう思うよね、美咲くん?」


 佐々木は軽い調子で言い、美咲をじっと見つめ、

 その視線には何か期待を含むようなニュアンスがあり、

 彼女の胸の奥に、昨日と同じような嫌な予感が広がった。


「わ、わかりました…」と、焦りを隠せないまま言葉を濁す美咲は、

 早くこの場所から逃げ出したかった。



 秘書①

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