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クロスオーバー  作者: 連鎖
みさき(運命)
39/98

帰宅③

 DVDの映像を見終わった美咲は、全裸でソファーの上に横たわっていた。


 寝ている彼女は、何故かタオルが無くても寒さを感じず、

 逆に全身が燃えるように熱くて、

 頭の中では同じ映像がぐるぐると再生される。


 今も耳の奥に残っているのは、あの不快な山田や観客の喜ぶ声、

 そして自分の嬉しそうな笑い声だった。


 観客の笑い声や、いやらしい視線が肌に突き刺さっても、

 それを喜ぶように、自分はいやらしい笑顔を返していた。


 美咲も心の奥底では、言葉にできない漠然とした不安が渦巻く。


「もしかしたら、最初から私は楽しんでいたのかもしれない…」と、

 本当は「こういう行為が好きなんだ」とまで思わずにはいられない。


 あの恥ずかしい衣装に袖を通した事に興奮して、

 わざわざ店の外にまで行き、客に見せつけるように歩いていた自分。


 それでは物足りなかったのか、身体を触ってもらおうとまで思い、

 自分から客に近づき、相手の手に触れるまで身体を寄せていた。


 そう思うと、背筋に嫌なものが走り、その得体の知れない気持ち悪さが、

 美咲をがんじがらめにして離さなかった。


「どうして、あんなことを…」


 美咲はぼんやりと天井を見上げながら、心の中で呟いた。


 映像の中、笑顔を振りまいていた自分の姿がくっきりと脳裏に浮かぶが、

 それはまるで、他人のように見えた。


 あの映像では、あの服を着て喜んでいるように見えるし、

 客の視線に気づくと近づいて、触って貰おうと体を寄せている姿も、

 今ではどこか違和感ばかりが残る。


「あれは、本当に自分だったの?」


 それともただ、一生懸命アルバイトをしていて忘れているだけで、

 今の気持ちが嘘で、あれが本当の行動だと、そんな疑問が胸をかき乱す。


「そんなはずはない…」


 美咲は、自分に言い聞かせるように小さく呟くが、

 その声は薄暗い部屋に吸い込まれ、どこにも届かない。


 頭の中には、あのキャンギャルの派手な衣装、山田の無遠慮な言葉、

 そして男たちの絡みつくような視線が次々と浮かんでくる。


 時計の針が静かに刻む音だけが、部屋の静寂を乱す。


 何度も寝返りを打ち目を閉じようとするが、眠気はまるで訪れないし、

 毛布を取ってきて包まれても、心は宙に浮いたままで落ち着かない。


 頭の片隅では、山田の声が何度も響き渡る。


「美咲ちゃん、今日は特別なサービスだよ。

 サービスしてあげて…サービス。サービス?エッ。サービス?」


 その言葉に、自分がどう答えていたのか、どうしていたのか、

 目をつむっても、その映像を繰り返し見ていても、

 何も覚えていないし、何が起こったのさえ覚えていない。


「何を、サービスしたっていうの…?何が、サービス?」


 美咲は、毛布を剥ぎ取りたまらず起き上がったが、

 窓の外は真っ暗で、都会のネオンがぼんやりと輝いている。


 胸に押し寄せてくるのは、漠然とした不安と焦り。


 大切な何かを失い、戻れない場所があるような、

 そんな感覚に囚われている。


 美咲はそっと胸に手をあて、かすかに震える心音を感じながら、

 過去の自分と向き合わざるを得なかった。


「もう一度、あの時のことを考えてみよう…」


 美咲は深呼吸をして、頭の中を整理することにした。


 アルバイトの意味と、山田との関係に、自分自身の気持ち。


 何もかもが曖昧に思えて、

 心の奥底に沈んでいる何かを、掘り起こす必要があるのだと感じた。


「こんな所で、終わらせたくない…」


 彼女は意を決して、映像をゆっくり再生しながら、

 自分の記憶と照らし合わせる。


 アルバイト中に何をしていたかわからない、

 心の不安が少しでも解消されることを、願いながら映像を見続け、

 あの衝撃的な場面にくると、自分を詳細に投影する。


 今見ている映像の女は、あの日の美咲そのものの見た目で、

 同時に、今の自分とはまったく別の存在のようにも感じられた。


 あの笑い顔の意味や、あの喜ぶ声、嬉しそうに体をよじっている姿など、

 何かが変わるきっかけを探しながら、何かを見落としていないかと、

 もしかしたらと、彼女は映像に吸い込まれていった。


 。


 気がつけば、美咲は全裸のままソファーに横たわっていた。


 周囲は夢の中のようにぼんやりとぼやけ、頭は重く、

 全身から、さまざまな体液が混じり合った香りが漂ってくる。


 その臭いに「ハァ。アハハハ…」と、

 あの後悔に似た感情が心を満たしたが、

 昨夜、何があったのかまったく思い出せなかった。


 あれから時間がたったらしく、

 窓から差し込む光が強く照らしてくるので、

 美咲は、ふと時計に目をやった。


 その時計は昼過ぎを指し、ここまで寝ていた自分に驚く間もなく、

 突然、スマホの呼び出し音が響き渡る。


 その音に驚いて体を起こし、

 慌てて画面を確認すると「非通知」の表示が浮かんで、

 知っている相手ではないはずなのに、なぜか不安が胸を掴んだ。


「誰だろう…」と小さく呟き、深呼吸をしてから通話ボタンを押すと、

 スピーカーから、あの男の声が聞こえてきた。


「おい美咲。元気か?次は、何時頃店に来るんだ?」


 その声に、瞬時に全身が凍りつき、

 彼女は体中に怒りが込み上げるのを感じながらも、

「なに?」と、冷たい声で問い返すのが限界だった。


 山田は、愉快そうに笑いながら話を続ける。


「お前、さっきのアルバイトのことを忘れたのか?

 DVDをみたよな。あれ面白かったか?編集も最高だっただろう?」


「あんな物は見てもいないし、スグに捨てたわよ。」


「よく出来ていたのになぁ。

 店に何枚でもあるから、今度持っていってやろうか?ぐふふ。」


「いらないわ。それよりも、なに?」


「客が次のを早くよこせって、うるさくてさぁ。美咲ちゃん。」


 その言葉が、美咲の中にある不快な記憶を一層鮮明に呼び起こす。


 映像の中で、自分がどれほど恥ずかしい姿を晒していたのか、

 山田の声がその記憶をえぐり出していく。


「もうやめて。私には関係ない!」


 美咲は、冷静を装って彼に強く言い返した。


 しかし、内心では、アレが大量に出回っているという事実に戦慄し、

 編集されていない映像が、山田の機嫌で出回るかもと動揺が広がる。


 だが、山田はなおも続ける。


「そんなこと言うなよ。お前、俺のこと好きなんだろ?

 あんな格好で嬉しそうに誘ってきてさ。ああ、スペシャルサービスか?

 いいねぇ、やろうじゃないか。あれは、お前も楽しかっただろ?」


「スペシャル?冗談じゃない。もうかけてこないで!」


 美咲は、山田の言葉に耐えきれずに、無理やり通話をやめていた。


 恐怖で荒くなった呼吸を落ち着けようと、

 息を深く吸い込もうとするが、上手く吸えないし、

 不安でざわついた心を落ち着かせようと思うが、冷や汗が滲む。


「もう二度と、関わりたくない…」と何度も願い、

 震える手でスマホを握りしめ、自分を取り戻そうとしたが、

 いくら強がろうとしても、弱い心の奥に広がる不安は消えなかった。


 しばらくの間、彼女は呆然とソファーに座り込んだまま考える。


 しかし、山田の声が頭の中で何度も反響して、

 それを裏付ける、自分が演じる不快な映像が次々と蘇り、

 逃げられない現実だと、次々と美咲に襲いかかってきた。


 。


 スマホが再び鳴った。

 

 画面にはまたしても「非通知」の表示が浮かんでいる。


「もう、なんなの……」


 美咲は一瞬、無視しようかと迷ったが、

 胸の奥に、さっきとは違ったざわつく感情と不安がよぎっていた。


 この電話に出てしまうと、

 何かから逃れなくなるような、とても嫌な予感がしたが、

 彼女の指が勝手に通話ボタンを押していた。


「もしもし?」


 スピーカーに流れてきた音は、山田の時とは違うと気づき安心したが、

 その音が何故か何処かで聞いた覚えがあった。


「今すぐに来い。アルバイトは済んだな?」


 その音に続いて聞こえた声は重く命令口調で、

 その言葉に思わず背筋が伸びてしまい、


「何があったの?急に電話してきて……」


 と、何処か不穏な気配を感じつつも、美咲はできるだけ冷静に返した。


 もちろん、美咲が三島から電話をしろと、名刺に番号を書いたはずだが、

 相手の不穏な空気に押されて、つい変なことを言ってしまう。


「情報が手に入った。早く来い」


 その一言に、美咲は心臓が跳ねるのを感じた。

 何が起きたのか、どんな事態が待っているのかなど、何もわからない。


 しかし、三島の声には、ただならぬ切迫感がにじんでいた。


 全裸の美咲は立ち上がり、身支度を整えようとしながら、

「わかったわ。すぐに向かうから、少しだけ待ってて」と答える。


 通話を切ると、彼女は急いで服を探し始め、

 化粧もせず、ウォークインクローゼットに向かい、

 冷や汗なのか、寝汗だったのか、汗が浮かぶ肌の上から、

 ゴミ出し用に使っているデニム地の前開きロングワンピースを着て、

 足は黒の厚底サンダルを履いて出かけた。


 もちろん、アッシュブラウンの髪は寝起きで乱れたままだったので、

 ゴムで軽くポニーテールにまとめ。


 普段なら気にする見た目も、このときは頭に入らなかったし、

 それよりも時間が大事だと、その姿のまま荷物を持ち部屋を飛び出した。


 。


 美咲は、運よく拾った流しのタクシーに乗り込み、目的地を告げた。


 三島に会えば、全てから解放されるという思いに、

 心臓の高鳴りを抑えきれず、慌ただしく背もたれに体を預け、

 さっきまで感じていた不安を振り払うように、


「早く着いて、もっと早く……」と心の中で繰り返し呟き

「友達のため」という思いにすがりつきながら、


 その気持ちに集中することで、

 美咲は、あの記憶を無理やり忘れようとしていた。


 タクシーが停まると、彼女は慌てて降り、

 薄暗いビルの中へ足を踏み入れると、

 昼間にもかかわらず、静まり返った周囲の空気が肌にまとわりつき、

 不安を一層かき立てていた。



 帰宅③

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