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クロスオーバー  作者: 連鎖
みさき(運命)
38/98

帰宅②

 美咲は冷たい水を全身に浴びて体を引き締めた後、

 温かいシャワーに切り替えた。


 その凍てつく感覚から、温かな水に包まれる心地よさに、

 このまま時が止まればいいと願ったが、

 すぐに寝ないと、明日が大変だと気を取り直す。


 続けて、石けんを泡立てていると、

 その香りが全身を包み込み、少しずつ落ち着きを取り戻した。


「ハァ。今日も…」と、いつもの愚痴が次々と体から出て、

 あの感覚を忘れようと、全身をしっかりと洗い落とし、

 それが終わった後で浴室の鏡を見ると、とても疲れた顔の女が映る。


 そんな女が、浴室を出て全身を乾かしていると、

 やっと今日が終わったと感じて、少しだけ元気な顔に戻っていた。


 女は、いつものように、全裸の上にタオルを巻いた姿で部屋に戻ると、

 大きな窓から差し込む月明かりが淡く部屋を照らし、

 その静かな光の中で、柔らかいソファーに腰を下ろす。


「やっぱり…」と、コレが最高だと美咲の心が開放された。


 深呼吸をしながら、緊張を解き放つように色々な場所を伸ばし、

 それをする度に、日々のストレスが少しずつ剥がれていくようで、

 部屋の静けさだけが、心の奥に安寧をもたらし、

 美咲は、今のこの時間が永遠に続けばいいと感じていた。


 。


 心地よい感覚が全身を包み込み、あの苛ついた心が落ち着いた頃、


「明日…」と、日付はとっくに過ぎた部屋で何かを考え始める。


 美咲は静かな部屋の中で、まどろみへと引き込まれるように、

 少しずつ意識が薄れて、心の奥に沈んでいた疲れも、

 徐々に消えていくようだった。


 しかし、ふとした瞬間、ビデオ店でのバイトのことが脳裏に浮かび、

 あのイヤらしく笑う姿が彼女を襲う。


「うわっ…」


 山田の笑いが頭の中で響き渡り、あのねっとりとした視線が絡みつき、

 自分を物色するような不快な笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。


 彼の無遠慮な視線や下卑た言葉が、

 心の奥で大きく響き渡り押し寄せて来るので、

 美咲はその記憶に押しつぶされそうになり、思わず飛び起きた。


「もう、イヤだ!」


 その記憶を忘れようと、

 目をぎゅっと閉じて頭を振り、記憶を振り払おうとするが、

 思い出はしつこく追いかけてきて、山田の姿がますます鮮明になる。


 あの油ぎった髪、厚ぼったい体、そしてあのいやらしい笑い声、

 その全てが、彼女の心をかき乱し続けた。


「本当に、何なのよ…あの人…」


 その苛立ちを胸に抱きながら、美咲は深く息を吸い込んで吐き出し、

 心を落ち着けようとするものの、心臓は依然として不規則に脈打ち、

 不快感が胸の奥で渦巻いていた。


「もう全て終わった…もう二度と…」


 そう自分に言い聞かせるが、記憶の中の山田は、

 彼女にとって完全には消え去らない存在となっていた。


「殺すしか…」と、そこまで考えたが「何を思っているの?」

 と、まだ普通の感情が押さえつけてきた。


 再びソファーの上で横になり、何とか心を静めようとしたが、

 あの嫌な笑い声や見た目が頭から離れない。


「とにかく、明日…」


 美咲は思考を切り替え、あの出来事や明日への不安を振り払おうと、

 深く呼吸を整えて、ゆっくりと瞼を閉じた。


 しかし「みさきちゃん」と言ってくる山田がちらつき始める。


 美咲は、心を落ち着けようと目を閉じたものの、

 あの衝撃的な記憶に蓋が出来なくて、

 またふいに山田の笑い声や、アルバイトでの出来事が蘇ってくる。


「もう、どうしてこんなに忘れられないの…」


 苛立った彼女は、気を紛らわせようとそこから立ち上がったが、

 視線の先に手さげ袋がある事に気づく。


 その袋は山田に渡されたもので、すぐに捨ててしまいたかったが、

 誰かに拾われて中身を見られるかもしれないと思い、

 どうしても捨てられずに部屋に持ってきた。


 そして、その袋に入っていたDVDを手に取ってしまうと、

 頭をよぎるのは「あの中に私が映っている…」という不安と山田の声が。


「美咲ちゃん。コレはスペシャルだよ。」


 その言葉が何度も頭の中で繰り返され、怖いもの見たさなのか、

 それとも別の理由なのか、彼女はついにDVDを再生してしまう。


 再生が始まり画面が明るくなると、映像に引き込まれて息を呑む美咲。


 そこに映し出されたのは、カメラを自分に向けて、

 薄暗いアダルトビデオ店内で、画面に手を振る山田の姿と、

 その山田に向かってポーズを取っている女の姿。


 彼女が着ているのは、ビデオ店で用意された衣装で、

 店の外で大勢の男たちの目にも晒された、大胆でセクシーな服装。


 映像で改めて確認すると、

 到底信じがたいほど恥ずかしい姿なのに、女は嬉しそうに笑っていた。


「なんで、こんなことに…」


 美咲は戸惑いながらも、目が離せない。


 自分が映っていることへの驚きと、思わず蘇る山田の視線が心を乱し、

 この映像を、あの男が何度も見ていたと思うだけで、

 今すぐに吐き気がするような不快感が彼女を襲った。


「もう、やめて…」


 美咲は恐る恐るリモコンを握りしめ、再生を止めようとするが、

 心のどこかで映像を見続けてしまう、自分がいることに気づいていた。


 映像の中の自分は、嬉しそうに笑顔を浮かべ、

 子供のような無邪気な振る舞いをして、山田が喜ぶ事をしていた。


「どうして、私はこんなことを…なぜ?」


 気持ちが高ぶる一方で、自分を責める思いも交錯する。


 この映像を撮影しているのは山田で、

 編集で切られた影像でさえも、彼は持っているはずだし、

 それを彼の気分次第で好きにできると思うだけで、ぞっとした。


 美咲は、もう一度リモコンを握りしめて映像を止める。


 止めた後でプレーヤーから取り出して「壊したい…」とも思ったが、 

 その指はなかなか動かず、また再生ボタンを押してしまった。


 映像が再び動き出し、心の中で揺れ動く感情が彼女を支配していく。


「私、どうしたいの…」


 そう思いながら映像に映る自分を見ているが、

 彼女は自分の心の声に耳を傾けることができずにいた。


 画面に映し出されているのは、

 美咲が店の外でティッシュを配っていた時の姿。


 セクシーなコスチュームを身にまとい、

 ピタッとしたトップと短いスカートが彼女の曲線を際立たせて、

 高いヒールを履いたその姿は、普段の彼女とはまるで別人のようだった。


 画面の中の美咲は、明るい笑顔で通り過ぎる男たちにティッシュを配り、

 まるで「自分から嬉しそうに仕事をしている?」ようで、

 彼等の視線が集まる中でも、とても良い笑顔で働いていた。


「この子のDVD、ありますよ!」という山田の声が響くと、

 映像の彼女は少し照れたように笑い、楽しそうにポーズを決め、

 その姿は、普段の自分からは考えられないほどに大胆で、

 その場にも馴染んでいるようにも見えた。


 やがて映像は彼女の顔のアップになり、頬が少し赤く染まり、

 少し緊張した様子で男たちを見つめながらも、

 もっと見て欲しいとまで思っているのか、目線で彼等を誘っていた。


「まさか、私がこんな姿を見せるなんて…」


 美咲は胸の奥にざわつきを覚え、その女の行動に自己嫌悪とともに、

 映像の自分に、どこか魅了されているような気がして、

 その場にいる「自分」が、理想の人のように感じ始める。


 その後は撮影が始まり、一緒に並んだり、お互いに肩を組んだり、

 しまいには、客が腰に手を回して抱き寄せてきたり、

 さらには、しゃがみ込んだ客が、スカートの中に手を入れたりと、


 見ている美咲が、顔から火が出るような光景が流れるが、

 その女は恥じらいながらも、嫌がる素振りを見せずに笑っていた。


 次のシーンで山田が映像に登場し、軽口を叩く様子が映し出される。


「美咲ちゃん、今日は特別サービスだよ。頑張ってね!」


 というその言葉に、映像の中の彼女は一瞬驚いた表情を見せるが、

 すぐに明るい笑顔に戻っている。


 それ以上のことは、この映像には残っておらず、

 美咲も何をしていたのか思い出せないし、さっきの事も思い出せない。


「一体、あの時の私は何を考えていたんだろう…」


 美咲は心の中で呟く。


 自分が楽しんでいたのか、あるいは流されていただけなのか、

 覚えていないが、山田に脅されて表面だけは嬉しそうにしていたはず。


 今はそう思いたいが、心の中で葛藤が渦巻いているのは、

 どこかで自分の意志でしていたのかとも疑ってしまう、

 曖昧な記憶と、明らかにに楽しんでいる影像の記録。


 映像が終わりに近づき、最後に山田と一緒に映るシーンが流れると、

 全身から冷や汗が出るような嫌悪感がして、


 二人で笑い合いながら肩を組んで、嬉しそうに手を振る姿には、

 美咲は思わず手で顔を覆った。


「これが私なの…?」


 彼女は再生を止めることができずに、ただ映像に見入っていた。


 

 帰宅②

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