バイト③
夜も更け、人通りが少しずつ途切れ始めた頃、
店から出てきた山田が美咲に歩み寄り、
配り終わっていないティッシュの残りを見ていた。
「美咲ちゃん。ほら、このDVDも、もう残り数枚だよ。
もうちょっとティッシュ配りを頑張ってくれたら、
これも全部売り切れるかもねぇ。ぐふふ。」
と言いながら、美咲をじろじろ見つめ、
わざとらしく手に持ったDVDと、彼女の身体を交互に見ていた。
「はい、頑張って全て配り終えます」
「でもぉ。この子って、可愛いだろぉお?」
と、山田は自慢げに、美咲がラベルに印刷されたDVDを、
彼女に見えるように何度も振っていた。
そんな事をしてくる山田に「そうですね。ありがとうございます」
と、美咲は頭を下げていた。
もちろん、
自分が映ったDVDが許可もなく売られている事にも腹が立つが、
それ以上に、山田の視線には妙な好奇心と露骨な下心が感じられ、
まるで自分が、彼を楽しませるための玩具であるかのようで、
虫唾が走り、今すぐに張り倒したい気持ちが込み上げる。
しかし、「友達の為…」と、美咲はその視線や嫌悪感を我慢し、
決して表情に出さずに微笑みを作り、「ええ…がんばります」と答えた。
その声を聞いて満足そうな山田は「とっても似合うよ。美咲ちゃん」と、
続けて色々な角度から彼女を覗いていた。
そんな視線から逃れるように、美咲は彼から目をそらして客を探し、
こちらを見てくる視線に気づくと、近づいてティッシュを渡していった。
やっと美咲に無視されたと気付いた山田が店に戻っても、
美咲は自分の姿がパッケージされたDVDの中身を考えてしまうと、
嫌悪と不快感が混ざり合った気持ちが駆け巡り、
寒さとは違う、冷たいものが背筋を流れていった。
。
夜も更け、通りの店も閉まり始めた頃、
山田が名残惜しそうな顔で店から出てくると、
「いやぁ、美咲ちゃん、今日はよく頑張ったなぁ。もう閉店時間なんだ。
はぁ、もっと時間があると思ったんだけどなぁ。あはは」
と、どこか寂しそうに肩をすくめて笑っていた。
その残念そうにする姿に、美咲はさっきまでの気持ちを忘れて、
思わず口元がほころび、「本当ですか?よかった…今日中に終わって…」
と、自然と嬉しさがにじんだ声を出す。
そんな嬉しそうに笑う美咲を見て「お疲れ様」と労うように答える山田。
そんな彼への返事は、そっけなく返すことが多かったが、
仕事が終わったことへの達成感で、
「それじゃあ着替えてきますね。山田さん」
と、明るい声で話すと、慌てて更衣室へ向かった。
走って更衣室へ向かった美咲は、仕事が終わった開放感を感じながら、
布一枚でしか仕切られていない場所で一人になると、
仕事中に起こった出来事を、ゆっくり思い出す。
その光景を思い出す度に「もうイヤ!」と心の中で叫び、
「ふざけるな」「くそ。しね」「キモいんだよデブ」「変態ブタ」
と、着ていた服を乱暴に脱ぎ捨てると、
冷たい空気が直接肌に触れ、思わず小さく震える。
その時、「あっ…」と、美咲がふと何かに気がついた。
それは、今の言葉を山田に聞かれて、
アルバイトが無かった事にされそうだと気づいたらしく、
慌てて周囲に物音や気配がないか確認していたが、
周りには誰もいないとわかって、ホッとした表情に変わっていた。
ようやく安心した美咲は、
ショーツを脱ごうとすると、「あれ?えぇ…」と、
アルバイト中は気づかなかったが、痛い程に強く食い込んでいた。
その食い込んだショーツを下ろすと、
食い込んでいた場所が明らかに濡れていたので、
そこを拭こうとしたが何も見つからず、「もおぉお」と、
美咲は嫌そうに顔をしかめた。
このまま見ていても何も変わらないし、
拭くものが何も見つからないので「はぁ…どうしてこうなるのよ」と、
美咲は濡れたショーツを、着ていた服で包むようにして隠した。
そうやって全てを脱ぐと、すべて終わったという安堵感が湧き始め、
さっきまでの事を思い出して目眩がしたが、
誰もいないうちにと、慌てて着替え始める。
まずは下着と、白いレースのブラジャーがFカップの胸を優しく包み、
滑らかなショーツが身体に心地よくフィットする事で、
体がほっと和むのを感じた。
ふと鏡に目をやると、自分の少し緊張した表情が映り込み、
そのまま泣き出しそうだったが、すぐにその思いを振り払うように、
キャバ嬢用のドレスに袖を通す。
その柔らかな生地が滑らかに体に触れ、布が包み込むのを感じるたび、
どこか安心感が広がり、少しだけ微笑み、
ドレスが体のラインを美しく引き立て、スリーサイズを際立たせ、
鏡の前で立ち上がると、自分に自信が湧いてくるのを感じる。
髪を整え、メイクをほんの少しだけ直してから、
鏡の中の自分をじっくり見つめ、「これが私だ」と心の中で呟くと、
自信たっぷりで、華やかで豪華な衣装を着たキャバ嬢がそこにいた。
そうやって、日常の自分とは違う姿に変わり、
外の世界に飛び出す準備が整うと、さっきまでの不安は少し薄れ、
最期にのこったシルバーのハイヒールを履き、
更衣室を出て店の外へ出ると、
解放感に包まれ、待っていた自由な空気が彼女の髪をそっと揺らした。
しかし、その瞬間、背後から声がかかった。
「美咲ちゃん、もう一度、その恰好でも撮影させてよ」
さっきと同じような顔で、山田がじっとこちらを見つめてくる。
「仕事は終わったので、お断りします」「すぐ終わるから、撮影しようよ」
「イヤ!」と一言、拒絶したかったが、
まだアルバイトが終わっていないことに気づき焦ったが、
「もういいわ。他の仕事でもなんでもやればいいんでしょ」
と自分を納得させて、彼に背を向けて歩き出した。
「待てよ!本当にいいんだな?」「写真はお断りします」
完全に嫌われたと、ようやく気づいた山田は、
「まあ、いいさ。これもいらないのか?これだよ」
と、しつこく食い下がってきた。
「何!」と美咲は怒った声を上げたが、
山田の言葉には何か裏がありそうに感じて振り返ると、
「クククッ」と不気味に笑いながら、山田が近づいてきた。
山田の手には、何かが入った手提げ袋を持って、
その目は、相変わらずの下心が丸出しな視線を送ってきた。
「お土産だ、これ!」と、袋を差し出したので、
美咲は警戒心を抱きつつも、好奇心が勝って受け取る。
もちろん、渡された荷物が気になって、「え、何?」と袋を覗き込むと、
さっき見た物とは違うDVDが入っていた。
しかも、DVDのラベルがとても刺激的で、「これって、私?」
と、思わず美咲の顔が引きつっていた。
「そうさ、スペシャル。みんなも喜んでたぞ。ありがとう、美咲ちゃん」
その引きつった顔を嬉しそうに見ながら、
さらにポケットから小さな封筒を取り出して、美咲に押し付ける。
「これがバイト代だ。
ついでにサイン入りの名刺も入れておいたから、アイツに渡してくれ」
美咲が封筒を開けると、普通のバイトでは驚く金額が入っていたが、
心の中で「私って、こんなに安いの?」という複雑な感情が渦巻く。
封筒に入っていたお金に興味が薄れる中、名刺に目を移すと、
裏には「美咲ちゃん、いつも応援してるぜ!」
と、気持ち悪い手書きのメッセージが書いてあった。
美咲は、今すぐにその名刺を握りつぶして叩きつけたかったが、
その気持ちを隠しながら、「ありがとう、山田さん…」
と、嬉しそうに返事をしていた。
「またアルバイトに来いよ。ポン。次のDVDもよろしくな!」
と、山田は息がかかるほどに近づいて、楽しそうに肩を叩いてきた。
彼が体に触れてきた気持ち悪さで、返事する事もできずに背を向けたが、
そんな事よりも、袋に入ったDVDのことが気になって、
胸に残る不安を抱えたまま、美咲は夜の街を歩き始めた。
。
アルバイトが終わって夜の街を歩く美咲は、
山田から受け取ったDVDは、重たい荷物のように感じられたが、
同時に渡された名刺は、コレを三島に渡せば情報を貰えると、
とても嬉しい荷物だと思い、慌てて彼の店へ向かう。
ところが、ビルの前にたどり着くと、
店の窓から漏れていた明かりは消えていて、
もしかしたら、明かりが消えても店に残っているかもと、
最後の望みをかけてビルの中に入り、店の前まで来たが、
扉に鍵が掛けられているし、物音さえもしなくて失望感が広がった。
「もう閉店している…」
美咲は、もう一度扉に手をかけたが、
やっぱり、鍵がかかっていて開かなかったので、
仕方なく帰ろうとした時、ふと郵便受けが気になった。
それは、山田から渡された名刺の裏にメッセージが書かれていた事で、
美咲の心は一瞬高鳴り、「自分も同じことをすればいい」とひらめいた。
美咲は、急いで袋から名刺を取り出し携帯番号をペンで書き加え、
「これでどうか、連絡が来ますように…」
と、心の中で祈りながら名刺を郵便受けに入れた。
自分の存在を彼の記憶に留めるための、ほんの小さな行動だったが、
その行動が彼女にとってどれほど大きな意味を持つのか、
まだ理解できていなかった。
バイト③




