表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロスオーバー  作者: 連鎖
みさき(運命)
36/99

バイト③

 夜も更け、人通りが少しずつ途切れ始めた頃、

 店から出てきた山田が美咲に歩み寄り、

 配り終わっていないティッシュの残りを見ていた。


「美咲ちゃん。ほら、このDVDも、もう残り数枚だよ。

 もうちょっとティッシュ配りを頑張ってくれたら、

 これも全部売り切れるかもねぇ。ぐふふ。」


 と言いながら、美咲をじろじろ見つめ、

 わざとらしく手に持ったDVDと、彼女の身体を交互に見ていた。


「はい、頑張って全て配り終えます」

「でもぉ。この子って、可愛いだろぉお?」


 と、山田は自慢げに、美咲がラベルに印刷されたDVDを、

 彼女に見えるように何度も振っていた。


 そんな事をしてくる山田に「そうですね。ありがとうございます」

 と、美咲は頭を下げていた。


 もちろん、

 自分が映ったDVDが許可もなく売られている事にも腹が立つが、

 それ以上に、山田の視線には妙な好奇心と露骨な下心が感じられ、

 まるで自分が、彼を楽しませるための玩具であるかのようで、

 虫唾が走り、今すぐに張り倒したい気持ちが込み上げる。


 しかし、「友達の為…」と、美咲はその視線や嫌悪感を我慢し、

 決して表情に出さずに微笑みを作り、「ええ…がんばります」と答えた。


 その声を聞いて満足そうな山田は「とっても似合うよ。美咲ちゃん」と、

 続けて色々な角度から彼女を覗いていた。


 そんな視線から逃れるように、美咲は彼から目をそらして客を探し、

 こちらを見てくる視線に気づくと、近づいてティッシュを渡していった。


 やっと美咲に無視されたと気付いた山田が店に戻っても、

 美咲は自分の姿がパッケージされたDVDの中身を考えてしまうと、

 嫌悪と不快感が混ざり合った気持ちが駆け巡り、

 寒さとは違う、冷たいものが背筋を流れていった。


 。


 夜も更け、通りの店も閉まり始めた頃、

 山田が名残惜しそうな顔で店から出てくると、


「いやぁ、美咲ちゃん、今日はよく頑張ったなぁ。もう閉店時間なんだ。

 はぁ、もっと時間があると思ったんだけどなぁ。あはは」


 と、どこか寂しそうに肩をすくめて笑っていた。


 その残念そうにする姿に、美咲はさっきまでの気持ちを忘れて、

 思わず口元がほころび、「本当ですか?よかった…今日中に終わって…」

 と、自然と嬉しさがにじんだ声を出す。


 そんな嬉しそうに笑う美咲を見て「お疲れ様」と労うように答える山田。


 そんな彼への返事は、そっけなく返すことが多かったが、

 仕事が終わったことへの達成感で、

「それじゃあ着替えてきますね。山田さん」

 と、明るい声で話すと、慌てて更衣室へ向かった。


 走って更衣室へ向かった美咲は、仕事が終わった開放感を感じながら、

 布一枚でしか仕切られていない場所で一人になると、

 仕事中に起こった出来事を、ゆっくり思い出す。


 その光景を思い出す度に「もうイヤ!」と心の中で叫び、


「ふざけるな」「くそ。しね」「キモいんだよデブ」「変態ブタ」


 と、着ていた服を乱暴に脱ぎ捨てると、

 冷たい空気が直接肌に触れ、思わず小さく震える。


 その時、「あっ…」と、美咲がふと何かに気がついた。


 それは、今の言葉を山田に聞かれて、

 アルバイトが無かった事にされそうだと気づいたらしく、

 慌てて周囲に物音や気配がないか確認していたが、

 周りには誰もいないとわかって、ホッとした表情に変わっていた。


 ようやく安心した美咲は、

 ショーツを脱ごうとすると、「あれ?えぇ…」と、

 アルバイト中は気づかなかったが、痛い程に強く食い込んでいた。


 その食い込んだショーツを下ろすと、

 食い込んでいた場所が明らかに濡れていたので、

 そこを拭こうとしたが何も見つからず、「もおぉお」と、

 美咲は嫌そうに顔をしかめた。


 このまま見ていても何も変わらないし、

 拭くものが何も見つからないので「はぁ…どうしてこうなるのよ」と、

 美咲は濡れたショーツを、着ていた服で包むようにして隠した。


 そうやって全てを脱ぐと、すべて終わったという安堵感が湧き始め、

 さっきまでの事を思い出して目眩がしたが、

 誰もいないうちにと、慌てて着替え始める。


 まずは下着と、白いレースのブラジャーがFカップの胸を優しく包み、

 滑らかなショーツが身体に心地よくフィットする事で、

 体がほっと和むのを感じた。


 ふと鏡に目をやると、自分の少し緊張した表情が映り込み、

 そのまま泣き出しそうだったが、すぐにその思いを振り払うように、

 キャバ嬢用のドレスに袖を通す。


 その柔らかな生地が滑らかに体に触れ、布が包み込むのを感じるたび、

 どこか安心感が広がり、少しだけ微笑み、

 ドレスが体のラインを美しく引き立て、スリーサイズを際立たせ、

 鏡の前で立ち上がると、自分に自信が湧いてくるのを感じる。


 髪を整え、メイクをほんの少しだけ直してから、

 鏡の中の自分をじっくり見つめ、「これが私だ」と心の中で呟くと、

 自信たっぷりで、華やかで豪華な衣装を着たキャバ嬢がそこにいた。


 そうやって、日常の自分とは違う姿に変わり、

 外の世界に飛び出す準備が整うと、さっきまでの不安は少し薄れ、

 最期にのこったシルバーのハイヒールを履き、

 更衣室を出て店の外へ出ると、

 解放感に包まれ、待っていた自由な空気が彼女の髪をそっと揺らした。


 しかし、その瞬間、背後から声がかかった。


「美咲ちゃん、もう一度、その恰好でも撮影させてよ」

 さっきと同じような顔で、山田がじっとこちらを見つめてくる。


「仕事は終わったので、お断りします」「すぐ終わるから、撮影しようよ」


「イヤ!」と一言、拒絶したかったが、

 まだアルバイトが終わっていないことに気づき焦ったが、

「もういいわ。他の仕事でもなんでもやればいいんでしょ」

 と自分を納得させて、彼に背を向けて歩き出した。


「待てよ!本当にいいんだな?」「写真はお断りします」


 完全に嫌われたと、ようやく気づいた山田は、

「まあ、いいさ。これもいらないのか?これだよ」

  と、しつこく食い下がってきた。


「何!」と美咲は怒った声を上げたが、

 山田の言葉には何か裏がありそうに感じて振り返ると、

「クククッ」と不気味に笑いながら、山田が近づいてきた。


 山田の手には、何かが入った手提げ袋を持って、

 その目は、相変わらずの下心が丸出しな視線を送ってきた。


「お土産だ、これ!」と、袋を差し出したので、

 美咲は警戒心を抱きつつも、好奇心が勝って受け取る。


 もちろん、渡された荷物が気になって、「え、何?」と袋を覗き込むと、

 さっき見た物とは違うDVDが入っていた。


 しかも、DVDのラベルがとても刺激的で、「これって、私?」

 と、思わず美咲の顔が引きつっていた。


「そうさ、スペシャル。みんなも喜んでたぞ。ありがとう、美咲ちゃん」


 その引きつった顔を嬉しそうに見ながら、

 さらにポケットから小さな封筒を取り出して、美咲に押し付ける。


「これがバイト代だ。

 ついでにサイン入りの名刺も入れておいたから、アイツに渡してくれ」


 美咲が封筒を開けると、普通のバイトでは驚く金額が入っていたが、

 心の中で「私って、こんなに安いの?」という複雑な感情が渦巻く。


 封筒に入っていたお金に興味が薄れる中、名刺に目を移すと、

 裏には「美咲ちゃん、いつも応援してるぜ!」

 と、気持ち悪い手書きのメッセージが書いてあった。


 美咲は、今すぐにその名刺を握りつぶして叩きつけたかったが、

 その気持ちを隠しながら、「ありがとう、山田さん…」

 と、嬉しそうに返事をしていた。


「またアルバイトに来いよ。ポン。次のDVDもよろしくな!」

 と、山田は息がかかるほどに近づいて、楽しそうに肩を叩いてきた。


 彼が体に触れてきた気持ち悪さで、返事する事もできずに背を向けたが、

 そんな事よりも、袋に入ったDVDのことが気になって、

 胸に残る不安を抱えたまま、美咲は夜の街を歩き始めた。


 。


 アルバイトが終わって夜の街を歩く美咲は、

 山田から受け取ったDVDは、重たい荷物のように感じられたが、

 同時に渡された名刺は、コレを三島に渡せば情報を貰えると、

 とても嬉しい荷物だと思い、慌てて彼の店へ向かう。


 ところが、ビルの前にたどり着くと、

 店の窓から漏れていた明かりは消えていて、

 もしかしたら、明かりが消えても店に残っているかもと、

 最後の望みをかけてビルの中に入り、店の前まで来たが、

 扉に鍵が掛けられているし、物音さえもしなくて失望感が広がった。


「もう閉店している…」


 美咲は、もう一度扉に手をかけたが、

 やっぱり、鍵がかかっていて開かなかったので、

 仕方なく帰ろうとした時、ふと郵便受けが気になった。


 それは、山田から渡された名刺の裏にメッセージが書かれていた事で、

 美咲の心は一瞬高鳴り、「自分も同じことをすればいい」とひらめいた。


 美咲は、急いで袋から名刺を取り出し携帯番号をペンで書き加え、


「これでどうか、連絡が来ますように…」


 と、心の中で祈りながら名刺を郵便受けに入れた。


 自分の存在を彼の記憶に留めるための、ほんの小さな行動だったが、

 その行動が彼女にとってどれほど大きな意味を持つのか、

 まだ理解できていなかった。



 バイト③

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ