情報屋②
静寂が部屋を包み込み、美咲の心は不安と緊張でざわめいていたが、
それを押し殺しながら彼女が待ち続けていると、
奥から三島が姿を現した。
彼の動きは滑らかで、どこか影のように静かだが、
黒いシャツが体にぴったりとフィットし、
その下に隠された筋肉がわずかに浮かび上がる。
美咲はその一瞬に、彼の隠された本性を垣間見た気がした。
「待たせたな。」三島は低い声で言ったが、
その声には、どこか冷ややかな響きがあった。
美咲は心臓が高鳴るのを感じながら、彼の目を見つめた。
「何か、分かったことはあるの?」
そうやって美咲が聞いてきても気に留めず、
三島はカウンターの向こうに歩み寄り、
無造作に酒瓶を手に取ってグラスに注ぎ始めた。
琥珀色の液体がグラスに流れ込み、静かに音を立てる。
「……」
彼は美咲を見ずに、そのままグラスに口をつけ、
一口飲んでからゆっくりと話し始めた。
「今回の件について、あまり明確なことは言えない。
ただ、聞いた話では……」
彼の曖昧な言い回しがかえって美咲の期待を強く引き寄せ、
彼女は身を乗り出して彼の言葉を逃さないよう耳を傾けた。
「彼女が最後に目撃されたのは、この近くのバーらしい。
そこで何かトラブルがあったという噂が立ってる。
だが、具体的な内容はわからない。」三島は一瞬、視線を外した。
その視線の動きに、美咲は一瞬の真実を感じた。
「トラブル…どんな?」彼女は思わず声を上げた。
冷静を装おうとしたが、心の奥底から湧き上がる焦りが抑えられない。
三島は視線を戻し、無表情で彼女を見つめた。
「分からない。情報は断片的で、確証が持てない。
ただ…彼女は誰かに監視されていたかもしれない。そういう噂もある。」
その言葉に、美咲は背筋がぞくりとするのを感じ、
暗い思いが彼女の心を占め、冷たい汗が背中を流れ落ちた。
彼女は自分の声を抑えながら、「誰が…監視していたの?」と尋ねた。
「それが、誰だかはわからない。」三島は苦々しい表情を浮かべた。
「ただ、周囲にいる人間の中に、関与している者がいる可能性はある。」
美咲はその言葉をじっくりと噛みしめ、心に響かせる。
曖昧な答えではあったが、三島の真剣な眼差しから、
彼が何かを知っていることを感じ取り、
彼女は再び身を乗り出して、言葉を重ねる。
「それでも、何か手がかりはあるはず。頼む、もっと教えて。」
三島は少しの間考え込み、グラスを静かにテーブルに置いた。
「俺もできる限り調べるが、危険な道になるかもしれない。
お前が知りたい情報は、俺にとってもリスクが伴う。」
その言葉が美咲の心に響き、
どうしても真実を知りたいという思いが胸に湧き上がり、
彼女は三島の目をじっと見つめ返す。
その瞬間、二人の間に流れる緊張感が一層強まり、
このままでは駄目だと気づいた美咲は、彼から情報を引き出すため、
意識的にリラックスした雰囲気を作り出そうとした。
「三島、もう少し詳しく教えてくれない?」
美咲は笑顔を浮かべながらカウンター越しに三島の目の前に歩み寄り、
両肘をついて手の上に顎を乗せ、見上げるように話しかけた。
そうやって彼と美咲の距離が近づくと、
三島の冷たい眼差しがほんの少し和らいだように感じる。
「お前が欲しいのは、情報だろう?」三島は眉をひそめたが、
彼女の真剣さと魅力に心を動かされている様子もあった。
続けて美咲は、彼が飲んでいたグラスを手に取り、
少しだけ口をつけてから、彼の前に置き直す。
「そう、でもどうせなら、もっと具体的に。あの男の名前を知りたいの。
彼についての詳細が分からない限り、何も進展しないから。」
三島はしばらく無言だったが、彼女の言葉に動揺した様子で、
彼の視線は少し泳ぎ、何かを考えているようだった。
美咲は、その隙を逃すまいと、続けた。
「あなたも、彼のことを気にしているでしょ?」
言葉を続けながら、美咲は彼の腕に軽く手を置いて笑いかけた。
仕事で使う親密さを演出するための小さな仕草だったが、
三島の反応は意外にも鈍い。
それでも彼女はあきらめずに、さらに言葉を重ねた。
「彼はどこにいるの?何をしているの?」
三島は少し考え込むように視線を下げ、
カウンターに置かれたグラスを見つめた。
その沈黙の中で、美咲は彼の表情から何かを読み取ろうとしたが、
彼の中にある葛藤が、情報への道を閉ざしているように感じていた。
「お前が言っている男は…確かに俺も気になっている。」
三島が口を開いた瞬間、美咲は期待を胸に抱いた。
「だが、その名前を口にするのは危険だ。もし知られたら、後が怖い。」
その言葉に、美咲は真剣に頷き、さらに身を乗り出した。
「分かるわ。私も危険を覚悟している。
でも私にとって、彼を知ることが最優先なの。だから、
あなたが何かしらの形で手を貸してくれるなら、私も協力するわ。」
その時、美咲は三島の視線が自分の顔を見つめているのを感じ、
彼女の真剣な思いが、彼の心に響いているのかもしれないと気づく。
静かな瞬間が流れる中、彼女は再び言葉を選び、
彼の心の扉を少しでも開けようと努力する。
「教えて、彼の名前を。私ができることは何でもするから。」
美咲の言葉が静寂を破り、三島の眼差しに少し動揺が見えた。
その瞬間、彼は彼女の心を試すかのようにじっと見つめ返し、
ゆっくりと話し始めた。
「何でもというのは、結構な覚悟が必要だぞ。本気だな?」
三島はそう言いながら、カウンターの奥から一枚のDVDを取り出し、
「コレをある場所に持っていき、お前にやってもらいたいことがある。」
美咲は不安を抱えながらも、そのDVDを彼から受け取った。
そのDVDのラベルは何故か真っ白で、
その理由やこれから何が待っているのかを想像するだけで、
彼女の鼓動が激しくなる。
「これを持って、ビデオショップに向かえ。」三島は冷静に言う。
「…」
「お前はキャンギャルとして、販促のバイトをしてこい。」
三島のあまりにも想定外の言葉に、
「キャンギャルとして?販促バイト?どういうことなの?」
美咲の心臓は一瞬止まったかのように感じ、思わず目を丸くした。
三島は無表情のまま続けた。
「このDVDのプロモーションだ。お前にはその仕事をしてもらう。
お前の美貌を使えば、間違いなく注目を集められるはずだ。」
「でも…」美咲は弱気な声で言葉を詰まらせた。
自分がどのような格好で、その場所に立たされるのか想像もつかない。
彼女は一瞬ためらったが、強く続けた。
「私に何を着ろと?」
三島は微かに笑みを浮かべ、
「さあ。俺は知らない。嫌なら断れ。話はここまでだ。」
「…」
その瞬間、彼の言葉が美咲の心に響いた。
彼女は、自分が三島に頼らざるを得ない状況にいることを思い知らされ、
友達を早く探す為には、彼の提案を全て受け入れるほかない。
「たぶん変わった事など無い、ただの販促のアルバイトだぞ。」
なんの慰めにもならない三島の声が部屋に響く。
「分かった。やるわ、でもこれが終わったら、
必ずあの男の名前を教えて。」美咲は自分の決意を込めて言う。
三島は頷き、彼女を見送るように視線を向けた。
「じゃあ期待しているぞ、藤崎美咲。俺を信じさせてくれよ。」
自分から名乗ってもいないのに、三島は自分の名前を言い当てる。
探している内容も話していないのに、彼は答えを的確に調べてくる。
そんな彼の言葉に気づいた美咲は、深呼吸をして、
友達を助けようと勇気を振り絞って立ち上がっていた。
情報屋②




