報告
馬車の車輪が、大きい石が有る荒れた土道、整地された土道、
そして再び石畳へと、路面に合わせて音を変えていく。
御者台には、いつものようにリーダーが手綱を引いていた。
丸い背中に黒い外套、焦げた袖は簡単に縫い直され、
火傷を治さない腕を捌くたび、馬の耳が嬉しそうに動く。
その荷台には、ミアとリアが座り――
リーダーの背中を互いに陣取り、牽制するように、睨み合っていた。
「ねえ、リア。納得いかなくない?」
ミアが馬車の背板に肘をつき、
肩までの金髪を指でくるくる弄びながら、頬を膨らませる。
「何がです?」
リアは背板に背を預け、長い脚を組んだまま、
腰まで続く銀髪の揺れに合わせて、冷静に返していく。
「あたしたち、二人とも奴隷として売られたじゃん」
「……事実ですね」
「で、そのお金って、助け出した人達に全て渡していたじゃん」
「それも、事実ですね」
「なのにさ――」
ミアは御者台の背中を、じと目で見つめた。
「なんで傷ついてるあたしに回復で終わり? ねえ、リーダー」
御者台の男は、見事なまでに無反応。
「聞こえてるくせにさ~」
ミアが前の座板を、こつこつとブーツの先で蹴る。
リアも、小さく溜息をついた。
「私から言わせてもらえば、“売られたショック”は、ミア以上です。
それなのに“悪かった”の一言でしたね」
「それ、あたしの前で言う?」
「不公平さに関しては、明確に話し合う必要が有ります」
二人の視線が、御者の背中へと突き刺さる。
リーダーは片手で手綱を操りながらも、
空いた手の形を変えて、ほんの少しだけ振る。
「……ちょっと。いまの、感じ悪くない?」
「感じが悪いのは、いつものことです」
リアが、きっぱりと言い切る。
だが、次の瞬間だけ、二人の表情がわずかに緩んだ。
そんな空気を乗せたまま、馬車はやがて街の城門へと滑り込む。
空気が妙にざわついていた。
いつもなら、朝から晩まで同じ種類の喧騒が続くだけの通りに、
妙な「浮つき」が混じって、自分達が来た街道へと向かって行く。
「なんか、みんな忙しそう」
ミアが荷台から身を乗り出して、通りを眺め。
「ああ、情報が回るの早いですね……」
何かに気付いたリアが、ギルドの方へ視線を向けると、
前の広場には、すでに何組ものパーティが集まっていた。
そこには、助けた冒険者の姿もあった。
彼は興奮気味に、周囲へ何かをまくし立て、
それを聞いた冒険者達の声が、リアの耳に届く。
「今まで気づかれなかった。盗賊団のアジトが割れたってよ」
「しかも《黄昏の環》の二人が殲滅したって?」
「ああ。“残ってる戦利品は放棄。欲しい奴が取りに行け”ってさ」
「流石に、単独Aランクの二人は太っ腹だな!」
「道さえ分かりゃ、取り放題だ」「お前達、夜までには着くぞ!」
「急げ! 他の連中に、取られちまう」「いそげ。先に行くからな!」
「そうそう、デブは震えて見ていただけだってよ」
「聞いた聞いた。助けられたら、慌てて地下に逃げていったらしいぞ」
ざわめきが一気に熱を帯び、リーダーの恥を強調して騒ぎ始め、
多くの冒険者が楽しそうに着色していった。
ミアが肩をすくめる。
「……今更向かっても、あの村人達も行ってるよね?」
「でしょうね」
「いい武器や防具とか、壁にかけて無かった?」
「魔法書や素材とかも、棚に……」
「やっぱ、酒。高そうな瓶が、床に転がっていたんだよ!」
「高級そうなフルーツとか見たこと無い食材も、床に……」
リアも淡々と返す。
そう言う愚痴が、馬車の上で花開いていくが、何時ものように。
「いつもの事だけど、正直どうでもいいや!」
「どうでもいいですよね!」
「ねえ、リーダー!!」
二人は目を合わせて、同時にリーダーに向かって声を掛け。
その言葉にリーダーは何も言わず、
冒険者たちの群れを一瞥しただけで、馬車を馬留めへ寄せた。
◇
ギルドの中は、さらに騒がしかった。
受付カウンターの前には、いつもの様な光景と、
二人を見て、目を輝かせて話をする冒険者が入り混じる。
その話には「双刃」と「銀弓」の名が何度も混じっていた。
「森の盗賊団、やったのはあの二人らしいぞ」
「マジか。《双刃の金狼》と《滅弓の銀鷹》が組んだら、
並の盗賊団なんて、ひとたまりもねえな」
「違うんだよ。ボスと魔法使いってのは、
何処にいるのか分からない、S級認定の手練れだったらしいぞ」
「そうそう。そんなヤツを、二人とも正面から瞬殺だってな」
「すげぇ…やっぱり、あの二人は凄すぎるな」
ミアは、耳に入ってくる自分たちの噂に微妙な顔をする。
「なんか、美化されてない?」
「事実に脚色が乗っているだけ。よくあることです」
リアは、慣れた調子で受け流す。
リーダーは、気にもせずに淡々と受付へ向かう。
依頼が簡単すぎだと、嫌な顔をして送り出した受付嬢が、
三人の姿を見た瞬間、その表情が強張る。
「……依頼の報告です……よ?」
リアが、代表して口を開き、
ミアが、「村周辺の魔獣退治」の完了サインが入った依頼書を渡す。
「……盗賊団の殲滅は、別途報告を受けています。
そちらは、上層部で対応いたしますので、少々お待ち下さい」
「へえ。ずいぶんと話が早いんだ」
ミアが、わざとらしく片眉を上げる。
「あの依頼って、簡単じゃなかったっけ?」
「ギルドとして、事実の確認を行っている最中でした」
受付嬢は視線を逸らしつつも、特に気にもせずに続ける。
「森の盗賊団壊滅、村人及び冒険者などの解放。貴族の救出。
全て《黄昏の環》二名の働きであると、報告を受けました」
「“二名”ねぇ?」
ミアが、意味ありげに呟く。
続いてリーダーは、討伐地点。盗賊団の規模に構成。
救出した人の数等を報告していき、
依頼の報酬を受け取ると、何も言わずに荷袋へしまう。
一方、別の場所では、
ミアとリアを捕まえて、盗賊団との戦闘を聞いている冒険者達。
「両手斧の一撃を、ボロい剣で受け止めたって本当ですか?」
「ええ、まあ。折れたけどな」
ミアが、後頭部を掻きながら笑う。
「巨大な火炎の竜巻を、真正面から防いだって聞きましたが……」
「正確には、受けながら魔法で撃ち抜いただけですよ」
リアが、淡々と答える。
話は盛り上がり、先入。救出。解決。二人の英雄譚が広がっていく。
「そうだ。二人で死にそうだった。あの……を、助けたんですって!」
この時には、二人は呆れた顔で視線をリーダーに向けている。
「ああ……」「まあ、そうですね」
その説明の時は、二人とも少しだけ嬉しそうに答えていた。
そんなやり取りが続いた後、
リーダーが二人の肩に軽く手を置くと、ギルドから出ていく。
「はいはい。報告はおしまいね」
「では、詳しい話は、また今度にでも」
二人は職員たちに挨拶をし、大きな背中を追いかけていった。
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