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クロスオーバー  作者: 連鎖
リーダー
113/118

残光

 夜が明けきる前――。


 廃村を覆っていた盗賊への《檻》、願いが無い人達への《守り》は、

 リーダーの指先ひとつで静かに解かれた。


 囲っていた幾何学模様の格子がほどけ、

 霧のように薄まり、やがて朝靄に紛れていく。


 村を覆っていた、煮詰まりきった肉と油の匂い、

 新鮮な血の臭い、煤と炭の混じった香りが、朝の森へ流れ。


 今も燻る熱と腐臭に混じって、土と生き物の匂いが戻ってきた。


 広場には戦いの痕跡が残り、裂けた地盤に崩れた壁、

 焼けた梁や屋根に、乾きかけた血が黒い筋となって走り。


 犠牲者たちは無残に骸を晒し、

 許された人達だけは、項垂れ、まとめて縛られる。


 今では縛られた想いに抗い、掴み取り、未来に触れた人達が、

 闇にのまれ、零れ落ち、無くした、全てを思い出した。


 その度に泣き崩れ、祈り、その結末を叫び、

 途切れては、また繰り返し、朝の光が差し込む場所で描かれていく。


 そんな喧噪の外で、ミアとリアは黙って朝日を見上げ、

 リーダーは離れた場所で、人の願いを見つめていた。


 ◇


「ギルドに報告に戻って、生き残りを提出してきます」


 助かった冒険者が、真剣な目で伝える。


 その声には、怯えや絶望はなく、責任と興奮が入り混じっていた。


 周囲には、襲われた馬車の豪華な服を着た人、

 前を向いた護衛の剣士が、納得したように頷いていく。


 もちろん、彼等が失った時間と、奪われた友は戻ってこない。


「……盗賊団が使っていた馬車で、歩けない人を運びましょう」

「大丈夫だ。水さえあれば、街まで行けるはずだ」


 護衛の一人が言い、聞かれた冒険者も頷く。


 ミアが、一歩前に出た。


「街へは街道にでれば解る。あの先に繋がっている……はず」


 地下牢から助け出し、強力なボスを倒した彼女の声を聞き、

 さっきまで曖昧で自信が無さそうだった人達に、明るい希望が灯る。


「街まで1日程度で着きますが、森にはモンスターが多くいます。

 安全のために、まとまって移動して下さい」


 続くのは、リア。


 強大な魔法使いを倒し、エルフ特有の雰囲気が周りを掌握していく。


「あと、街へ戻る方は、この方々と一緒に行ってください。

 戦える人が外側を固めて、自信が無い人を守って下さい」


 指示は静かだが迷いがなく、

 地下牢で震えていた人々を、最初に癒してくれた彼女の声は届く。


「ギルドが必ず動きます。治療する場所もあります。

 ――少なくとも、ここよりは安全ですから向かって下さい」


 少し視線を外したリアの答えに、何人かが小さく反応した。


「街に行けば……助けがあるの?」「ここは何処?」「……」

 

 既に生きる目的を無くしてしまい、呆然としていた人、

 亡き子を抱いて、何かを求めていた人までが、未来を見つけていく。


 黙っていたリーダーが、猜疑心と絶望に染まった人達に近づき。


 希望を見つけた人たちを集め、握り締めていた金貨を押しつけた。


「……リーダー?」


 最初に受け取った冒険者が、リーダーに戸惑った顔を向ける。


 だが、男は一言だけ伝え、周りを見てから真っ直ぐ視線を返した。


「そんな……受け取れません。俺たちは助けられた側で――」


 リーダーは何も答えず、豪華な服を着ている人達、護衛の剣士、

 街に向かう人達にも、同じ言葉を、同じ想いを伝えていった。


「……これは、あなた方の取り分では」

「これは君たちの物だ」


 リーダーは、相手を見つめて、何かを伝えるだけ。


 豪華な服を着ている人達が、現実を思い出し、言葉を詰まらせ、

 護衛たちは、悔しさと困惑が混ざった複雑な顔で拳を作った。


 冒険者は、固く握ったままで深く頭を下げる。


「……必ず安全に連れていきます。もちろん、何が起きたかも、

 誰がいたかも。全て言われた通り伝えます」


 その光景に、ミアとリアの胸が少しだけ痛んだ。


 自分たちを売って手に入れたお金が手渡され、

 命の危険を感じて戦っていたのに、自分達には何も残らない。


 ――リーダーが全て正しい。


 しかし、二人の淡い想いが追いつかない。


 ミアはそれをごまかすように肩をすくめ、軽口めいた調子で言った。


「まあ、リーダーが決めた事だし。口出す筋合いはないけどさ」


 笑っているのに、視線はどこか遠くを見つめ、

 血と煤で汚れた指先が、無意識に双剣の柄をなぞっていた。


 リアは、ちらりとリーダーの横顔を見る。


 無精髭に覆われた顎。脂で束になった髪。垂れた瞼。

 どれもが「奴隷を売った悪徳神官」という印象を強めるばかり。


 けれど、その分厚い指先が人々を導く動きは、

 奇妙なほど清廉で、まるで祈りのように静かな仕草。


 既に目的を達成して、生きる希望を無くした人達に、

 何処かの村や街から連れ去られて、居場所が無い人。


 目的を見つけた冒険者や、生き残り希望に満ちた人達が続き、

 街へ向かう一団が、準備を終えて動き出す。


 ◇


 動けない人を乗せた台車が軋み、

 生き残った盗賊が、首輪をされて続いていく。


 豪華な服を着ている男が手綱を握り、

 護衛が周囲を固めて、冒険者が先頭に立った。


「行きます!」


 短い号令で列が進む。


 去っていく背中を見送る人々の顔には、安堵と不安が同居していた。


 残ったのは――


 近くの村から連れてこられた子どもや女たちのうち、

 土地勘があって「村に戻る」と、希望を見ていた人達。


 この辺の村は、小さくて貧しい。


 この盗賊に荒らされたのなら、

 男手の多くを奪われ、畑は踏み荒らされ、家は焼けたはず。


 これから村に戻っても、暮らしは決して楽ではない。


 リーダーの油じみた顔に似合わないほどに、

 静かで重い視線が残る人達に送られる。


 その人達の中で――


 子供を連れ、何処か疲れた女が、

 向けられた目線の意味に気づいたらしく、迷いながらも口を開く。


「……私も、街へ……行ってみようかと、思います」


「あんた。本気?」


「村に残っても、畑は荒れたままだろうし。夫も……」


 言葉が途切れて、連れていた子供が、心配そうに見上げる。


「おかあさん。どうしたの?」

「大丈夫よ。心配しないで……」


 優しく手を取りしゃがむと、母親が笑いかけていた。


「ごめんなさい。この子に、食わせなきゃいけないの!」


 視線を戻し、強くはっきりした声で答える。


 その一言が背中を押し、数人の女たちが同じく頷く。


「何かあったら、帰っておいで。家は、残しておくからね」


 その姿を羨ましそうに見ている老婆は、

 歯を食いしばって、とても悲しく穏やかな笑顔で見送った。


 街に行けば危険、知らない土地、知らない人、知らない暮らし。

 けれども、働き口も、治療も、支援もあるかもしれない。


 リーダーは、さりげない動きで女の手を掴み、

 さっき見たよりも、多くのお金を手渡す。


 渡されて、言われた言葉に驚き、見開かれた目が彼を見た。


「で、でも、こんな……! 私は――」


 リーダーは、子供に向けて優しい笑顔を向けるだけで、

 それ以上の説明、慰めや鼓舞さえもしない。


 もう一度、真剣な目で約束させると、手を放して次の女へと向かう。


「ありがとう……ございます。でも……」 


 背を向けた彼に、女達は唇を震わせながらも深く頭を下げ、

 何度も振り返りながら、街に向かう列に加わった。


 リーダーが女達に向ける優しさを、英雄は離れてみていた。


 ミアは、口元にはニヤついた笑いが浮かんでいるが、

 目には優しさと一緒に呆れが混じっている。


「ほんっと、ああいうとこだけは真面目なんだよね。うちのリーダー」


 リアは、わざとそっぽを向いたまま小さく答えた。


「……ええ」


 言葉は短いが、胸の奥で何かが少しだけほどける音がした。


 懐かしい村に残る者、未来を見て街へ向かう者。

 誰もが失った想いを抱えたまま、次の一歩を選び始めた。


 夜と朝の境が薄れて、空が少しずつ明るくなり、

 焦げ跡の残る村にも、等しく光が振り注ぐ。


 その光の下で、リーダーは相変わらず中心に立たない。


 褒め言葉も、感謝も、尊敬の視線さえも受け取らない。



 残光

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