側室は自らの愚かさに気づかない
チリはイライラとした感情を隠しもせず、ドスドスと部屋を歩き回った。
もうこれだけで淑女とは程遠いのだが、侍女が何かを助言することはない。
聞く耳を持たない者に何を言っても無駄だからだ。時間は有限である。
チリは国王の唯一にして最愛の側室である。元は庶民で、下町をお忍び中の国王と出会って恋に落ちた。あっは、運命で真実の愛ってやつ? アホじゃね?
アホである。ふたりそろってお花畑でスキップしながらキャッキャウフフと追いかけっこしちゃってるくらい、アホで愚かである。
気づかないのもまた、当事者のふたりだけなんだが。
チリは最愛のダーリンにプレゼントされたピンクのドレスの裾を蹴って進む。そうしないと転ぶのだ。ばふんぼふんと音がする。お淑やかとはこれ如何に。
そしてドスドス歩くから、たゆんたゆんとお胸が揺れる。野郎共の視線を釘付けってやつだ。自前とかすばらすぃー。
「チッ、今頃ジルはあの女のとこにいるなんて……!」
今日は国王の婚姻式だった。王妃となった公爵令嬢との式にもパレードにも、チリは参加できなかったけど。
当たり前である。どこの国に側室の参加を許可する奴がいるかと。
「あたしは式もパレードもしてないのに!」
当たり前以下略。
公爵令嬢 (決して王妃と呼びたくないし呼ばれたくない)のドレスはとても煌びやかで素敵なものだったと侍女たちが話していた。
チリが聞いていることにも気づかず、公爵令嬢がいかに綺麗だったか優雅だったか素敵だったかをキャイキャイと騒いでいた。
公爵令嬢はチリとは真逆の容姿。綺麗な金の髪に大人びた美しい顔。均整のとれたスラリとした身体。ほぅ、と皆がため息をついて見つめる。そんな美人。顔と胸しか自慢できるものがないチリにはない、学歴と権力。
自分の名前しか書けない(それすらも時々綴りが怪しい)チリは、国王の愛に縋るしかない。不安定な足場だが、チリはチリを王妃にしてくれると言う、国王の言葉を信じている。
それらのこともチリの機嫌を降下させた原因のひとつではあったが、最大の理由は初夜である。
そう、初夜。
あろうことか、チリの最愛のダーリンは王妃となった公爵令嬢の元へと向かったのである!
チリには、ひと言ビシッとカマしてくるとキリッとして出ていったが、あれは据え膳頂くつもりだとチリは知っている。
「ジルはあたしのものなのに!!」
キィッ、とダンダンと床を踏み鳴らしてチリは吠える。今頃お楽しみだなんて許せない!
実際はそんないやんばかんな空気など微塵もない、寒すぎる展開でダーリンピンチになっているのだが、それをチリが知る由もない。
「こうなったら、あたしの方がジルに愛されてるってあの女に知らしめないと!」
お断りしますわ、と返事が聞こえた気がするが、チリの耳は遠いのだ。うん。
ツインテールをブン! と揺らしてチリは気合いを入れた。
「よし! あたしかわいい!」
そこからの記憶はない。
気づいたら硬い床に転がっていた。身動きが取れないので、うごうごと床を転がるしかできない。
「なに、なんなの!?」
声に出したはずが、もごもごと言葉にならない。何事かと更にのたうち回った。
豪華なドレスはあっという間に汚れたが、チリがそれを気にすることはない。汚れたらまたプレゼントしてもらえばいいからだ。
チリのおねだりにダーリンは弱いから。きゃっ。
「馬子にも衣装、というよりドレスが可哀想ね、こんな方に着られるなんて」
優雅な、美しい声が上から降ってきたのはその時だった。
「もう少しマシなお部屋はなかったの?」
「貴族ではないので、貴族牢は使えませんでした」
貴女が来るとは思わなかったので、と低い男の声が答えた。
動かない身体を転がして、見上げたチリの目に入ったのは、白。
見たこともない程真っ白で、触れたこともない程繊細なレースの、それはドレスだった。
「なぜそのドレスですか」
「汚しても悔いのないドレスがこれだけだからよ。意味はないし、ああ、そこの方に見せてあげたら用無しのものね」
国王との婚姻式で着たであろうドレスを、汚しても惜しくないと言う、その美しい人は王妃だろうか。
カッ、とチリの顔に赤が差す。
「っ! っ!?」
文句を、罵声を、嘲笑を、と意気込んだチリの声はやっぱり言葉にならなかった。
「貴女は癇癪持ちだと聞いたし、貴女の話を聞くつもりは無いから、声も含めて拘束させたわ。不愉快は少なくしたいの」
すっ、と椅子に座った公爵令嬢はパラリと扇を開いた。何から何まで優雅で繊細で美しい。
チリには真似したくとも無理無理無駄である。
「あと、貴方には魔力封じの腕輪をしてもらうわね」
言葉と共にカチリとはめられる、重い腕輪。ゴツイだけでかわいくないそれを、見ることはチリにはできない。
「貴女、ご自分が『自分が想う相手だけを魅了』する能力の持ち主だと知ってらして?」
「?」
なんだそれは、知らんがな。と言わんばかりのチリの視線に、ご令嬢はひとつ頷く。
「魅了魔法のひとつなのだそうよ。貴女はその能力で国王陛下を魅了してしまったの」
おかげで、仕事以外はポンコツな陛下の誕生よ。ちっとも面白くないわね。
なんてこった、チリと相思相愛のダーリンはチリの魅了魔法にかかっただけだと? そんな証拠がどこにある。
「解除されたから、魔法だと認識されたのよ。今どっぷり落ち込んでるわ」
まぁ、問題はそれでもチリを離したくないとかほざいてる点だけどな。後遺症なのか知らんがいい迷惑である。
「さて。仕方ないから陛下には表舞台から消えていただくわ。筋書きは、王妃を迎えた陛下に愛憎を募らせた側室が毒を盛り無理心中。側室は王妃にも毒入りの菓子を贈ったけれど、毒見により阻止。陛下は愛する貴女からの菓子を疑うことなく口にしたことで倒れた。ふたりとも真実の愛で死ねるなんて素敵ね」
まぁ、陛下は仕事だけはできるから使い道を考えているけれど、貴女、役立たずだものね?
普通に、荒ぶることなく、淡々と、そんなシナリオを語る令嬢に、チリの背中がぞわりとした。
この人ヤバいの………?
チリのカンは外れたことはない。




