公爵令嬢はこの婚姻に異議だらけ
お久しぶりです。よろしくお願いします
「お前を愛することは無い」
「ええ、どうぞ?」
「は?」
「だから何?」
「え?」
「だとしても、わたくしが貴方の妻になってしまった事実はなくならないじゃない」
最悪だわ。
新妻のため息はやたらと重かったという。
この国の若い(確か24歳くらい?)国王が平民の側室に首ったけで、話にならんので(無理矢理)幼なじみの公爵令嬢が正室として嫁いだ(嫁がされた)その初夜。
妻の、磨き上げた美貌とボディに目もくれず、のっけから先程のセリフである。そして返しである。だから何? ホントにな。
「だから?」
金の艷めく髪を後ろに払って、再度聞き返す紫の瞳に、なぜか1歩後ろに下がる足。情けなし。
「は、いや、だから、お前を愛することは、な」
「それはもう聞いたわ。わたくしが聞きたいのはその先よ。わたくしが嫌だったのなら、なぜさっさと正妃をお決めにならなかったの? そうしたらせめて好みの女性を娶れたものを」
「は、な?」
「そもそも、嫌なら婚姻しなければよかったじゃないの。それを不機嫌です不本意ですと顔に書くだけで、その足で大聖堂に来たのはご自分よね?」
アホなの、とか聞こえてきそうだが、淡々と、それこそスンと真顔の奥さまに、タジタジな夫。最初の勢いはどうした。
そう、この国王さま。ぶっすぅーとしかめっ面晒してはいても、ちゃんと自分で婚姻のために大聖堂に来たのだ。アホである。
嫌なら断ることもできたはず。更に言うなら色々とテはあったろうに。
純白の、そらもうすっげー麗しい花嫁を顔だけ拒否ってちゃんとエスコートしたらダメじゃね? 誰だってそう思うだろうに。気づかなかったの? え、マジで?
「それで?」
「は?」
「すっかり準備万端のようですけど、愛はなくともすることはなさろうと、そう言うことですの?」
湯上りほかほかバスローブだもんなー、ヤる気満々なの?
「男性は愛していない女を平気で抱けますものね」
「な!?」
うっわ最低この人愛はくれないくせに搾取だけはするってよ!
「つまり、わたくしを正妃として扱うと?」
「そんなわけないだろう!」
「そうですわよね。貴方は側室殿を正妃にとか言ってらしたものね。でも、側室殿の淑女教育が全然、なんにも、これっぽっちも、進んでないことご存知?」
「は?」
なんなら自分のサインもたまに間違うレベルである。まぁ、庶民だしな。
「そんな方に王妃教育を施せるとお思い? 貴族の子供の方がまだマシですわよ?」
貴族の三歳児の方がよっぽど淑女である。
「なんだと!?」
「怒る方を間違えてらしてよ。離宮を走り回って大声で笑い、ドレスの裾をまくり上げて素足を晒す方は、淑女とは言えません。たとえ、貴方がそこに惹かれたとしても。あと、座学になると寝てしまうか逆ギレか泣き真似をするそうよ」
貴族たちは、誰ひとり認めない。自分たちの上に立つ国王の唯一がそんな品のない者だなんて。自分たちはそれ以下だと言外に知らしめることになるもんな。
「貴方の好む、貴族らしくない粗野な言動は、貴族には受け入れ難いのよ。だから側室としてしか王宮に迎えることはできなかったの」
まあ、努力して貴族のふるまいを身につけたなら、ちゃんと側室としても認められたんだろうけども。アレは無理じゃね?
「城に迎えると大騒ぎしたそうね、貴方。妥協案として魔法誓約書に側室とは子供を作らない、と署名するなら側室にしてもいいって、宰相に言われてサインしたでしょう」
なら、子供できないんだから正室娶るしかないやろが。自分の行動にくらい責任持とうな?
副音声が本音ダダ漏れである。正論だがな。
「魔法、誓約書?」
「したのすらお忘れ? 誓約書の効果は陛下がよくご存知でしょうに」
呆れた声音だが、表情はスンである。もはやこのクズに使う労力はないとばかりに。正真正銘正しく彼女は被害者なので咎めようもなし。
確かに、毎夜通っても超頑張ってもいやんばかんなお薬に頼っても、陛下の最愛は孕まなかったな。
もう3年。早3年。焦ってはいたのだ。子さえできれば側室を正妃にできるのに、と。
「無駄な努力でしたわね」
心の中を読まれたかのような、的確な突っ込みに、最早声も出ない。
セクスィな夜着に身を包んだ令嬢は、ショールを羽織った。寒いもんな恥ずいもんなわかるー。でもナイスバディは眼福ですよねごちっす!
「さっさと好みの貴族令嬢を娶ればよかったのに、側室に泣かれてオロオロなさるから。おかげで嫁ぐはめになったわたくしの気持ち、貴方おわかり?」
わたくし、貴方好みとは真逆ですのに。
側室殿は、ぼぼんぼんボボボンな合法ロリ美少女である。公爵令嬢がボンキュッボンなスレンダー美人なので、確かに真逆。真逆?
上目遣いにツインテールとかしちゃう痛さもぶりっ子を演じる図々しさもドンと来いなビッチとも言うな。
「愛をとるなら国王やめればよかったのよ。両方なんて無理なもの欲しがったツケでしょ」
どストライクな正論である。ぐうの音も出ないよね。
「わたくしの未来を潰した貴方を、わたくしも愛することはないわ。お互いさまよ、よかったわね?」
「え?」
えー、まさか自分のこと愛してるから嫁いできたとか思ってたの? まさかね?
「さきほど貴方が仰ったのよ? お前を愛することは無い、と。そもそもわたくし、貴方の愛など求めたことはないのだけど」
自分は愛されて当然だとでも? いやーナルシストかよと思うかもだが、この国王顔はマジで美形である。
顔と身分で大層モッテモテだったので、思考がそれに染まってるんだろう。嘆かわしい。
「女は皆自分に惚れるとでも? 貴族女性には無理でしょうね。貴方の評価ダダ下がりですもの」
言わずと知れた平民の側室とのアレコレが原因である。しかも気づいてないからフォローもない。
「真実の愛とやらに周りを巻き込まないのなら、まだ救いはあったでしょうに」
憐れみを含んだ冷たい声。
言いたいことはまだまだ沢山あるが、時間は有限である。既に色々事は動き出している。
自分が主導権を握るはずが、逆転の上踏みつけられた国王は、顔色がよろしくないが誰からも心配されないことに気づかない。
そう、ここにはふたりだけではないのに。誰も令嬢を止めないし、不敬を咎めない。おかしかろ? 普通は。
「貴方への苦言をきちんと聞くべきでしたわね」
そんな諸々に、最後まで気づくことなく国王の意識は刈り取られた。
なんとも静かで、それでいて派手な初夜だったが、歴史に刻まれる事のない夜だった。