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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラー

近頃のゾンビは仲間を増やさない

作者: めみあ

夏のホラー2023参加作品です。

怖くはないけれど微グロかもしれません。



 ピーヨ、ピーヨ、ピーヨ、


 携帯から鳴る警報音を止めながら、

(やっぱりピーヨだ)と昼間の会話を思い出す。


 昼休みに会社の人達と、あの音がどう聞こえるかという話題になり、ピーオ派とフィーオ派に分かれた。

 私がピーヨだと言うと「それはない」と両派閥から笑われたのだが。


 (それはないと言うほど違ってないじゃん……って今はそれどころじゃないか)


 

 そんな会話をするほど馴染んだゾンビ警報だけれど、初めこそは大パニックだった。なにせ相手はゾンビ。ある日突然現れた。もちろん日本は火葬だから墓地から現れたわけではない。


 現れたのは山だった。ボロボロの衣服に腐った身体からは骨がのぞき、ノロノロと足を引きずって歩いていた。きっと殺されて埋められた者か、自殺して発見されなかった者がゾンビになったのではないかと考えられている。



 ゾンビは人を襲って食べる。

 ゾンビに噛まれたら噛まれた者もゾンビになる。

 

 町の者達が知っているゾンビの知識はそれだけ。だから集まった者たちの話し合いでは、首を切るか脳を潰すか燃やすという話になった。


 それでもドラマや映画のようにそんなことが簡単にできるはずがない。

 しかもまだ被害を受けているわけでもないのにゾンビだからと殺してしまうのはどうかという意見もあったため、なんとなく様子見をしているうちにゾンビが山からふもとに下りてきた。

 山から下りてくるゾンビを包囲し待ち構えていると、ゾンビは半分白骨化した口をひらき、ひび割れた声で「フク、クダ、サイ」と言葉を発した。

  

 恐る恐る、若い者が上着を羽織らせると「アリ、ガト」と言って山に戻って行った。


 それからたびたび山を下りてくるようになり、そのたびに声かけをしてなんとか聞き出した情報は、生前の記憶はなく性別すらわからないということだけ。それでも下りてきた時に女物の帽子やスカートを欲しがったので生前は女性だろうと推測され、仮名で山下さんと呼ばれるようになった。


 山下さんが現れてから半年後、山下さんは害がないゾンビと判断された。敵意がないものをこちらから害するのはおかしいという意見が多数だったこともあり、見守るという話で落ち着いた。


 だからと言って放置するわけにもいかない。帰宅途中の女性の前に突然現れる山下さんは、敵意がないとしてもホラー以外の何者でもないからだ。

 

 そのため、山下さんが現れたら携帯にアラートで知らせるサービスが始まった。

 近くに現れましたよと知らせるもの。

 山のふもとで目撃されればアラートが鳴る仕組みなので見逃されることも多いが、ないよりはいい。 


 アラートが鳴ってやるべきことは四つだけ。

 

 アラートが鳴ったら周辺に注意すること。

 暗い場所にいたら明るい場所に移動すること。

 もし突然現れても落ち着いて対応すること。

 望まれたものをその場で渡すこと。

 


 それだけ守っていれば安全だというが。

 何を望まれるか分からないのになぜそんなに呑気でいられるのか、と常日頃思っていた。


 


 ♢



 私は足を止めて周囲を見回す。 

 今日はどうしても済ませなければならない仕事があり、退勤した時間は20時をまわっていた。

 

 アラートが鳴った時は既に家の近くにいて、公園を抜けて近道をしようとしていたところだった。まさしく暗い場所。明かりは少し先にある街灯だけ。


(こんな時に突然目の前に現れたらショック死するかも)


 身震いしつつも私はカバンを持ち直し、全力疾走で公園を駆け抜けようと走り出す。


(ゾンビは動きが遅いしこれなら捕まらない――)



 と、公園の出口が見えたところで、突然茂みから棒のようなものが突き出され、私は避けきれずそのまま大転倒した。


 顔からの着地はギリギリ回避したけれど、思いきり腹を打ったのですぐに起き上がれなかった。


 そうしているうちに杖のような棒を持った何者かが私の前に立った。


 ――わざと足を引っ掛けたんだ!!


 強盗殺人や強姦という最悪の状況が頭に浮かび、咄嗟に周囲に目をやる。私たち以外に人はいない。


 恐る恐る視線を上げると、大きなツバの帽子をかぶりサイズの大きな上着にロングスカートを履いた人物がのぞきこんできた。片目の部分は白く濁りもう片方は眼窩しかない。けれど見られていると強く感じる。


 「ひっ…!」


(や、山下さんだっ!!)


 落ち着いて対応する――そんな文面が頭に浮かんだところで、こんなのどうしようもない。

 

 どうすることもできず相手の出方を伺っていると、山下さんは棒の先を私の背中に押しつけてきた。立ち上がれないようにしているのだろうけれど、元より恐怖で体が動かないので身じろぎすらできない。


「オネ、ガイ」


 山下さんは落ち着いた声だった。背中を押さえつけておいてお願いはない。これは命令だ。


「な、なんで、しょうか」

 震える声でなんとか答える。


 

「ツレテ、キテ」

 山下さんはそれだけ言うと、返事を待たずに押しつけていた棒を離した。


「連れてきて?」

「イマ、シカ、ナイ」

「今しかない?」

 私は馬鹿みたいにおうむ返ししかできない。


 山下さんは私の目の前まで顔を近づけ、


「アレ、タベル」

 

 と言ってトイレの方向に棒の先を向けた。多分そこに“アレ”がいるのだろう。それから山下さんはグゥとのどを鳴らすような音をたてた。笑っているのかもしれない。


 

 そしてその一言で震えが止まった。

 狙いが自分ではないことがわかったからか、今が逃げるチャンスだと考え冷静になれたからかもしれない。


「わかりました……連れてきます……」



 返事をしてトイレの方向に這うように進んだ。 

 途中で背後を確認すると、山下さんは茂みの中に隠れたのか姿が見えなかった。

 トイレの横に公園の出口があるので、このまま逃げることもできる。

 

 けれど私は個室から出てきた若い男に「助けてください! 知らない男に襲われそうになって!」としがみついた。


 男は突然のことに驚いた様子だったが、私の蒼白な顔色や汚れた衣服を見て察したのだろう。しばらく辺りの様子を窺ってから、「もう逃げたみたいだな。大丈夫? さっきアラートも鳴ったし、この辺りで女の子が一人歩きしたら危ないよ」と私を支え、「車が近くにあるから家まで送るよ」と言った。


 

 警察ではなく家まで送るという言葉と男の表情や目を見て、本能的にこの男は危険だと感じた。そして山下さんの恨みをかうようなことをしたに違いないと確信した。


 それならば。





 

「あ、あの、携帯を落としてしまったので、あそこの街灯のところまで行ってもらってもいいでしょうか」









 その後のことは、想像通り。 


 

 山下さんが食事をしている間、私はそっぽを向いて見ないようにしていたけれど、合間にポツリポツリと事情を話してくれた。

 山下さんは男達に殺されて山に埋められた。気がついたらゾンビになっていたらしい。

 

 そして何度も復讐という言葉を口にした。

 山下さんは復讐するために無害なゾンビを装っていたのだろう。彼らが話題のゾンビをニュースで知り、自分達が殺して埋めた女かもしれないと、何か喋る前に始末しようと現れるのを待っていたに違いない。



 一通り食事を終えた山下さんは、

「コレ、ステテ」と立ち上がり、公園にある池の方を向いた。 



 この時には既に感覚が麻痺していた。私は男の飛び出した内臓を押し込み、死体を引きずって言われたとおりに池に捨てた。

 

「ケダモノガ」

 

 山下さんは持っていた棒で男の頭部を沈めながら、小さな声で吐き捨てた。そしてそのまま山に帰っていった。

 



 ゾンビと遭遇したと報告する機関には、山下さんにポーチが欲しいと言われ渡したと報告した。そのまま山の方へ向かったとも。


 

 残った男の車から山下さんが疑われるかもしれないと心配していたけれど、ずっと車が駐車されているのを不審に思った近燐住人が通報したところ、そのクルマは盗難車であると判明したため、盗んだ者は逃げたとしか思われず、ゾンビと関連付ける者はいなかった。

 

 





 ピーヨ、ピーヨ、ピーヨ、


 私はアラートを聞いて外に飛びだす。

 山下さんは、あと三人の男を葬るために、無害なフリを続け男たちが来るのを待つと言う。


 私は山下さんに協力すると申し出た。

 口では山下さんの復讐の手伝いをしたいと言ったけれど、本当はあの鉄槌をくだす瞬間をまた見たいからだ。


 山下さんは仲間を増やすつもりはなく、復讐が終われば自分を処分してほしいと言ったが、そんなことできるわけがない。


 なぜなら、私は他の人間も山下さんに粛清してもらおうと考えているから。


 私はその瞬間を想像し、堪えきれない笑みを月に向けた。



 




帰り道というお題でこれはどうなんだろうと思いつつ、今年も参加しようと決めていたのでなんとか書き上げました。

タイトルを決めてから書き始め、途中でかなり話が変わってしまったので、タイトルからイメージした話と違っていたらすみません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前半のおもしろい設定から「まあ、ホラーだよな」と気楽に読んでいたら、いきなり殺人ホラーになって、やられたと思いました。上手い。
[良い点] 語り手や山下さんの心情がそのまま流れ込んで来るようでした。 怖さやグロさを感じるより先に、流れている感情が理解できてしまって、気づけば取り込まれてしまっていて、、カタルシスといいますか、癒…
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