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コメディ系短編小説

良くない力

作者: 有嶋俊成

 ーーとある格闘技大会の話…なのだが…



「現在、私はスーパー総合格闘技大会男子部門の会場に来ております。」

 アナウンサーの泳永(およなが)はマイクを持ち、カメラに向かって話している。「スーパー総合格闘技大会」ではプロアマ問わず、全国から戦う意思を持つ者たちが集い、リング上で熱いバトルを繰り広げる。

「あ、あちらに“中央区の狂犬”の異名を持つ大竹コウジさんがいます。少しだけお話を伺ってみましょう。」泳永は大竹コウジのもとへ向かう。「大竹さん、今回の勝負の意気込みをお願いします。」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」大竹が雄叫びをあげる。「噛み殺す!」

「うおぉ、かなり気合が入っていますね~」

「じゃなきゃ来てねぇだろうが!」

「ごもっとも。因みに今回の対戦相手は“青森の(まむし)”の異名を持つ大炎(だいほのお)ダイスケさんですが、大炎さんに対して何かコメントがあれば一言お願いします。」

「お゛ぉ~~い゛!大炎! お前の首に即、俺の歯形を付けてやる! そんでお前のクソみてぇな姿をガリガリの体と一緒に晒上げてやんよ!」カメラに向かって大竹が吠えまくった。

「見事な迫力、ありがとうございます。」泳永がカメラに向き直る。「一体、リング上でどのような肉弾戦が繰り広げられるのでしょうか。試合が楽しみですね。」

「肉弾戦?」大竹が泳永の方を向く。「肉弾戦ってなんだ?」

「え? 格闘技なので殴り合いや蹴り合いを行うんですよね?」

「はぁ~っ⁉ 何言ってんだお前!」泳永に詰め寄る大竹。

「失礼しました。何か気に障ることがございましたか?」

「人を殴るのはいけねぇだろうが!」

「は?」泳永は大竹の場違いな発言に開いた口が塞がらない。

「お前、人蹴れんのか!」

「え、何言ってるんです?」

「勝負ってもんは“話し合い”一択だろうが!」

「これから格闘技を行うんですよね⁉」

 ここは「スーパー総合格闘技大会男子部門」の会場。これから殴る、蹴る、投げ飛ばす、といった行為がルールの範囲内で繰り返される。会場の中心にはボクシングやプロレスでも使われているような正方形の対戦リングも用意されている。そんな中で大竹は、逆張りとも言える発言を全力で行っている。

「あの…大竹さんはここに格闘技をされに来たんですよね?」

「そうだ!」

「これからリング上で大炎ダイスケさんと戦うんですよね?」

「そうだ!そうだ!」

「で、どのように戦うんですか?」

「話し合いだぁぁぁぁぁっ‼うぉぉぉぉぉっ‼」

「どういう精神状態で言ってるんですか⁉ 声の迫力と言ってる内容が正反対じゃないですか。」

「これから俺たちがやるのは、心の勝負だぁ~~~っ‼」大竹は泳永のもとから去って行った。

「大丈夫かなあの人…」目の前にカメラがあることに気づく泳永。「あっ、大変失礼いたしました。きっと、根は真面目な人なのでしょうね。あれ? あちらには大竹さんの対戦相手である“青森の蝮”の異名を持つ大炎ダイスケさんがいます。早速、話を伺ってみましょう。」

 泳永は大炎の元に近づく。

「大炎さん、今回の大竹コウジさんとの試合、どのようなものにしたいと思いますか?」

「そうですね。まあ、こんな(なり)なのであまり手荒なようにはならないようにしたいですね。」大炎は白く細い自分の体を見回す。

「確かに他の選手と比べるとかなり華奢な体つきですもんね。」

「そうなんですよ。だから、肉弾戦というよりは心理戦で行きたいと思っています。」

 大炎のコメントに泳永は既視感を覚えた。「心理戦…と言いますと…」

「心理戦…いや、頭脳戦…いや、舌戦というほうが的確ですかね~」

「舌戦ですか…」この格闘技大会は何かがおかしい。自分の方がおかしいのか…?「あの…必殺技みたいなのはありますか?」

「必殺技ですか? “雄叫びチョップ”です。」

「“雄叫びチョップ”? 叫びながら相手にチョップを加えるのですか?」

「違いますよ~。あなた人にチョップとかするんですか?」

「僕はしませんが…」

「でしょう? 僕は雄叫びで魂にチョップをお見舞いするんです。」

 観客は拳同士の熱いぶつかり合いを楽しみにしている人ばかりだと思うのだが…。

「えっと、格闘技大会ですよね?」

「格闘技大会ですよ?」

「殴ったり、蹴ったりとかはしないのですか?」

「あなた、見かけによらず恐ろしい事考えますね。」

 大炎は眼鏡をかけた優等生タイプな見た目の泳永に目を見開く。

「いえいえいえそんなことは…」泳永は首を横に振る。

「こんなガリガリの体にそんなものお見舞いされたら僕の体、縮れ毛みたいになっちゃいますよ。」

「なるほど、それでは今回の試合、期待しております。」カメラに向き直る泳永。「今回のスーパー総合格闘技大会、かなり平和的な解決がなされる模様です。」

 泳永がカメラに向かってリポートしていると、高級そうなスーツを着た図体の良い長身男が近くに現れた。その男が、付けていたサングラスを外している様子を目撃した泳永はすかさずその男のもとへ向かう。

「あちらは、今大会の主催者である平井健希(ひらいけんき)さんです! 早速、お話を伺ってみましょう!」平井にマイクを向ける泳永。「平井さん、今回の大会でも選手の皆さん、かなりいきり立っていますね~。」

「ええ。彼らの熱い戦いを私も大いに楽しみにしています。」平井は腕を組み、リングを見据えながら言った。

 ここで泳永の頭に先程までの取材の事がよぎる。ここは格闘技の大会が行われる。はずだ。にもかかわらず“中央区の狂犬”の異名を持つ大竹コウジは「人を殴ってはいけない。」「話し合いで戦う」と言い、“青森の蝮”の異名を持つ大炎ダイスケは「心理戦」「舌戦」という、まるで立て籠もり犯の説得みたいなことを言っていた。

 熱い戦い…主催者の平井は確かに今そう言った。熱い戦い、熱い格闘技大会、熱い肉弾戦、そう、ここは「スーパー総合格闘技大会男子部門」の会場。これから熱き男たちによる、熱き肉弾戦が行われるはずだ。

「平井さん、これから熱い男たちによる格闘…肉弾戦が行われるんですよね。心に残るような熱い殴り合いが始まるんですよね!」

「戦いは魂を言葉に変換してぶつかり合うんだー!」

 平井が叫ぶと泳永はすっかり引き気味になった。

「私は血が流れるのが嫌いなんだ。」

「あの、格闘家ですよね?」

「それは昔の話だ。」

 平井はかつてプロの格闘家として大規模な試合の頂点に立つほどの実力者だった。そんな彼はいつのまにか拳を封印してしまったらしい。

「それじゃ、もうこれ格闘技の大会じゃないじゃないですか。」

「言葉で制すのもまた格闘だ。」

「もう屁理屈にしか聞こえないですよ。」

「何故そんなことを…」

「だって『格闘技大会』と聞いて拳のぶつかり合いを見に来た人からしたらそんなのなんの変哲もない口喧嘩ですよ。なんならこの大会の名前『スーパー総合口喧嘩大会』にすべきですよ。」

「わかってないな~」平井は組んでいた腕を外す。

「因みに、なんで平井さんは格闘家だったのにそんなに拳での戦いを嫌うようになったんですか?」泳永が最大の疑問をぶつける。

「それは…」平井は目線を床に移す。「痛いじゃん。」

「は!」まさかの発言に絶句する泳永。

「なんか最後の試合の時に気づいちゃったんだよね。『これ痛いじゃん』って。」

「幻滅ですよもう。」泳永はもう笑うしかない。

 試合開始の時間が迫る。会場の熱気も着々と上昇していっている。オープニングセレモニーでは主催者の平井がリングに立ち、開会の言葉を述べる。

「さあ、平和の祭典の始まりだ!」平井が叫ぶ。

「なんか複雑だなぁ。」泳永が会場の隅で様子を見つめている。

「男子の魂の言葉のぶつかり合い、期待しているぞ。」

「それっぽく言ってるけど本来は拳のぶつかり合いじゃないといけないからなぁ、格闘技大会を名乗ってるなら。」

「女子部門の生け花の美しさのぶつかり合いも期待しているぞ。」

「もう競技百八十度違うじゃん。この空気感でやる生け花大会どういう気持ちで見ればいいんだよ…」

 一戦目は大竹コウジと大炎ダイスケの対戦だ。二人が同時にリングに上がる。大竹は自らを鼓舞するかのように奇声を上げている。大炎はその様子を軽くジャンプしながら冷静に眺めている。

「殴り合いはしないけど一応グローブは付けるんだ…」

 大竹と大炎はこのリング上では使われることのないであろうグローブを装着している。

「レディ…ファイッ!」レフェリーが試合開始の合図を送る。

「おい! お前の親父…賽銭泥棒!」大竹は先程までの威勢が一気に失われていた。

「お前のおふくろさんは…パチンカス…お前の兄貴は借金…苦ぅ…」大炎もなかなか言葉が浮かばないのか、子供のようにガリガリの体をもじもじとさせている。

「口喧嘩にもなってないじゃん。しかもあの内容でどこが平和の祭典だよ…」泳永はあまりの悲惨さに呆れていた。

 因みに実際の大竹と大炎の家族には賽銭泥棒もパチンカスも借金苦もいない。

 リング上で対峙する大竹と大炎が何も言わなくなるとレフェリーはカウントダウンを始めた。その間も二人は必死に次の口撃を考えている様子だったが試合は虚しく終わった。試合を終えた二人はとぼとぼと、リングを降りていった。

「ひでぇ有り様だな…」「何見せられてんの俺たち。」「来た意味ある?」観客からは不満の声が上がっていた。

「ほらやっぱりこうなる…」泳永もその内の一人だった。アナウンサー人生でここまで気まずい現場に居合わせたことは一度もない。


「もぉ~なんだったんだよあれ…」泳永はトイレに行くため席を外していた。「⁉」会場に戻る途中、会場裏の片隅で平井が何者かとやり取りしているのをたまたま見かける。

「それじゃ次はそちらの負けということで…」そう言うと平井は(ふところ)から封筒を取り出し、相手に渡した。

 それを受け取った人物が中身を確認すると、それは明らかに札束に見えた。

「平井さんも悪い事しますね~」封筒を受け取った男は嬉々としてそれを自分の懐に入れた。

(拳の力は使わないけど金の力は使うんだ…)

 平井は物音を立てないようにその場を去った。



  ーー終わり

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