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【短編集】 このネタ、温めますか?

世界名作婚約破棄劇場

作者: 吉遊

 これはとある世界のとある国、中世ナーロッパのような感じの時代で繰り広げられるよくある茶番劇の一幕でございます。

 どうかテンプレと笑わずに、最後までお付き合いください。




 よく晴れた青空の下。

 第一王子の住まう宮殿からほど近い薔薇園では、小さな紳士淑女によるお茶会が開かれています。

 参加者はいつも通りお二人です。


「この婚約をハキする!」


 降り注ぐ穏やかな春の日差しを物ともせず、幼い声音に似つかわしくない剣呑な言葉を叫んだのが、このお茶会の主役であるウィリアム王子。

 金髪碧眼で高い顔面偏差値を持つ九歳児であられます。子どもには似つかわしくない傲慢さがにじむ言動はあるものの、王宮では概ね”優秀”と評判のお方。傲慢というより我が儘だろ、との私見は胸の内に秘めておきましょう。

 さて、そんな殿下の二回目(・・・)の婚約破棄宣言に余裕の笑みを返して見せたのが公爵令嬢のエリザベス様です。殿下の婚約者にして従兄妹であり、このお茶会のもう一人の主役でございます。


「まあ、知りませんの? わたくしたちのイチゾンでは婚約はハキできないんですのよ」


 効果音の”ドヤァァ”が目に見えるような見事なドヤ顔。

 一存(イチゾン)がややカタコトなのはご愛嬌でしょう。半月前に殿下から同じセリフを突きつけられたときは泣いて帰ることしかできなかった彼女は、この短い期間で大きな成長を遂げられたようです。


「な、何!?」

「そんなこともごぞんじないなんて......」


 わざとらしく言葉を切り、たっぷりと間を取ってから話し出すその姿は彼女の父親である宰相閣下にそっくりです。嫌味な話し方まで遺伝するとは、血の繋がりとは恐ろしい。

 というか、娘に変なこと吹き込むのはやめてもらえませんかね。


「このようなことでは、国の未来が心配ですわ。地位あるものこそ、その言葉にセキニンを持たねばいけませんのよ」

「ぐぬぬ」

「殿下はまだ子どもでいらっしゃいますが、王位ケーショウケンを持つとうといお方なのですから、ジカクを持っていただかなくては困りますわ」


 誰か”お前も子どもだろ!”とツッコんでほしい。”ぐぬぬ、なんてリアルで言わねえよ!”とか。

 しかし、八歳児とは思えぬこの発言。

 本当に宰相閣下は娘に何を吹き込んでいるんでしょう。結構な問題発言ではないかと思うのですが。

 言った方も言われた方もそこまで意味を理解できていないから良いものの、反宰相派に漏れたら面白いことに......は、なりませんね。閣下の権力が強すぎる。長いものにはとりあえず巻かれておくのがベターです。

 少し話が逸れてしまいました。

 殿下のお顔を見るに、自分がバカにされていることはしっかりと理解できたご様子です。

 このままエリザベス様に何も言い返せなければ、今回のお茶会の勝者が彼女になってしまうことは必至。とにかく何か言わねばという焦りがそのお顔には浮かんでおります。......そもそもお茶会に勝敗があるのか、という疑問は横に置いておきましょう。


「な、なんて可愛くない女なんだっ!」


 子どもらしいわかりやすい悪口。

 九歳児としてはすこぶる優秀な殿下ですが、まだまだ罵倒の語彙は貧困なご様子で、この他には”バカ”と”お前なんか嫌いだ”の二種類を使われています。


「......っ、わ、わたくしは可愛いですわ!」


 涙目になりながらも自分を可愛いと言い切ってしまえるところがエリザベス様らしい。まあ、間違いなく美少女なのですが。

 先ほどまでの強気な態度から一変、涙目で自分を睨みつけてくるエリザベス様にここが勝機と感じた殿下はさらなる追い撃ちをかけます。


「可愛くないと言ったら、可愛くないんだ! こんなコウマンで性格の悪い可愛くない女を妻にしないといけないなんて、最悪だ!!」


 もちろん、エリザベス様とて言われっぱなしではありません。


「ウィル様だってわがままでいじわるだわ!」

「ベスの方が可愛くなくて、コウマンで性格が悪くて、わがままでいじわるだ!」

「ウィル様なんて、まだピーマンが食べられないくせに!」

「うるさいなっ! 明日には食べれるようになってる、たぶん」

「馬が怖くて、乗馬の練習を泣いて嫌がってるくせに!」

「な!? 誰がバラしたんだ!!」


 ”お前か!?”とばかりにこちらを睨まれますが、冤罪です。

 仮にも殿下の従僕。お仕えする方の想い人に都合の悪いことを吹き込んだりは致しません。


「セバスチャンじゃないですわ」

「じゃあ誰なんだ」


 それよりセバスチャンって誰だ。

 私の名前はセバスチャンではないのですが、なぜ殿下も当たり前のように流して......え、あれ? ひょっとして私、名前を覚えられてない?


「秘密です」

「……」


 実に女性らしい笑みを浮かべられるエリザベス様。

 どうやら今回のお茶会の勝者は彼女に決まったようです。


 ああ、殿下。


 あなたの婚約者様は未来の義母と良好な関係を築くために、あなたとのそれ以上に王妃様とまめに手紙を通わしその親交を深めていらっしゃるのですよ。

 今日エリザベス様へと向けた言葉の数々は一つ残らず王妃様のもとへと届けられ、きっと殿下への盛大なお説教となって返ってくることになるんでしょうね。



   ◇◇◇



 ウィリアムとエリザベスの物心がついた頃より始まったこの二人だけのお茶会は、何だかんだと不仲の時期もありつつ、彼らが結婚するまで続けられた。

 どちらかが参加しなくなれば終わるはずだったお茶会が、十年以上も続くことになったのは――。


「本当に可愛くない女だな! 少しは夫を立てたらどうなんだ!」

「立場を尊重してもらえるような夫になってから言ってくださる? 昔からちっとも成長されませんわね。わたくし妻として恥ずかしいわ」


 どれだけ険悪な喧嘩をしていても”可愛くない”以上の悪口は出てこない彼と、いくら罵詈雑言を並べても”婚約破棄”や”離婚”だけは口に出さない彼女の、わかりやすくて素直じゃない面倒臭い性格の賜物だった。




 ショーリュウケン・ハドーケン・ケーショウケンって書くと技名にしか見えなくなった。波動拳よりケーショウケンのが強そうな気がする。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのする婚約破棄騒動でした。 こういうやり取りを定期的にすることも夫婦円満のコツかもしれませんね。 [一言] ハオーケーショーケンなんて技もありそうです。
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