18 買い物
丁度タタラの向こうに店の外が見える角度だった。たすたすと歩く様子は堂々たるものだ。花はないし刺青も見えないが何となく僕を食べた個体だと感じる。あ、花穂机に置きっぱなしだ。というかまた馬油塗り忘れたな。帰ったら枕元に置くことにしよう。
((・・・って、そうだよな、いねえよな。随分な使い方してくれるじゃねえか。ビックリしたぜ。王印っていったって魔物だからな。流石に街中歩いてりゃ騒ぎになる。あるいはとっとと捕獲されて食われてるだろうしな。))
((そうなんだ?ダストシュート行きの檻から落ちたとかないの?))
((王印はダストシュートにゃ入らねえよ。つうかやっぱ普通に使えてるな。))
((あー、そうだね、何となくできたね。))
触手を振ってこっちに歩いてきて今や僕の足元にいるんだが。あ、登ってきた。
((ないしょないしょ。))
((・・・話せる?))
((ひみつ。))
((そうなの?))
((うん。))
目線を下げないよう、タタラと話しながら王印とも片言で会話する。なんだこれ、めんどくさい。
((でんごん。はなはとうめいやくにするといい。あそびにいきやすいよ。))
((透明薬?))
((たまったらまたおいでね。おいしかった。))
しゅるりとポケット越しに人体の急所をひと撫でしたセクハラ植物はとんっと飛び降りて何事もなかったかのように店を出ていった。周りの人も特に気に留めた様子もない。姿を隠せるだけでなく見せる相手も選べるのか?最弱のごとく言われていたがあの堂々たる振る舞いからはそんな気配は感じない。・・・竜とやりあえる個体もいる。ならあれも1種のノートリアスモンスターなのかもね。
「(・・・どうかしたか?)」
(いや・・・ぬいぐるみ。なんの動物かなと。)
「(なんだよ、何か上の空だと思えばそんなことか。あれは・・・んーイタチじゃねえか?色が継ぎはぎでいまいちわからんが。)」
(ラッコかなと思ったんだけど。うん、イタチっぽくもあるね。)
「(違います。)」
結構な量を抱えて女性が戻ってきた。
「(カワウソですよ。ラッコじゃ陸に適応していないしイタチとは被毛が違います。)」
毛のないパッチワークの生地では判別は難しいと言いたいところだが・・・そうか、このしっぽはカワウソなのか。気持ち良さそうだ。
「(そりゃ失礼した。)」
「(ふふ。いっぱい買ってくださいね?)」
ついで買いが増えたがまずは目的を達成しよう。おすすめされた中からより涼しげな生地と普通そうな生地を選んだ。柄はシンプルで遠目では無地に見えるようなタイプだが、織りで出す柄だったから結構いい値段かもしれない。手拭いも用途とサイズなどのイメージを伝え、反物の中から近い生地を選んだ。浴衣の共布でも良さそうだったが高そうだしね。いい具合の余り布で安くいけそうであればもう数枚お願いしたいと依頼する。
「(手布ともタオルとも違うのですね。)」
(長い分手布より水を吸えますし、濡れても絞ればまた吸います。タオルのようにかさばらず手首や首にも巻きやすいですし、夏場なら数回振れば乾くほどの扱いやすさで温泉巡りには特に便利なんです。)
「(俺もお願いするぜ。浴衣の布はこれとこれだ。手拭いは任せるがヌルが言ったのよりでかくしてくれ。)」
(わあ、かぶいたねえ。)
「(大柄も楽しいですわね。ひもは共布での依頼でしたがもっとしっかり太くしてもかっこよくきまりそうですわ。)」
(そうですね、外着はそんな感じです。腰ひもで締めた上にこのくらいの太さを2周巻いて結びます。あとこの袖部分がT字ではなく下にも長くなります。)
「(ああ、頼門の着てたやつか。)」
(そう。それが外着。長着と呼ばれてるもので帯をちゃんと締める。これも正確には浴衣じゃない。確か丹前下って言ってたね。寝巻だから外には着ていかない。浴衣は長着と同じ形のもので外にも着ていける。違いは裏地がないとか素材が絹じゃないとかだった気がするね。他にも羽織とか袴とか・・・あと家紋を足すとより格が上がるんだったかな。)
「(曖昧だな。)」
(昔の服だしね。今は流行ってないんだ。)
適当に見本の浴衣の丈を伸ばしてもらえばいいと考えていたが、プロとしてそれはないとしっかり採寸されることとなった。だが先ほど試着した靴下は編み物はまだしも伸縮性のないタイプでさえサイズがあっていた。測らずとも見れば大体分かるようだ。流石の技だがなら測らなくてもと思わなくもない。
「(ふふ。そんな顔なさらないで。何となくの着心地でしたら目視でいけますが本気だすなら正確な採寸は必須です。針子の練習も兼ねておりますのよ。ヌル様のようにおおらかな方のオーダーで練習するのです。)」
(成る程。)
「(それよりも。郷土では靴下も変わったパターンだったのではないですか?)」
メジャーをあてメモを取りつつも詳しくうかがいたいとつぶらな瞳が訴えかけてくるが、子細は覚えていないので残念ながら無理だ。ざっくりとした説明になってしまったが異国の文化を聞ける機会は少ないですからと満足していただけたようだ。まあ、あの伸縮性のないタイプの横をスナップボタンではなくコハゼにかえて二股にするだけでかなり近い気がするからきっと作れるだろう。
最後に試作品の靴を試させてもらう。靴下は馴染みがない方を借りた。底と踵がある分ずれにくそうに思うがなにせボタンがついている。プラスチックにみえるが弾力もあって単体で履いている分には違和感はない。少々留めにくいくらいか。ただ靴だと干渉して痛くなりそうな気もするから試すことにした。
ちなみにこれらは都度タタラが浄化してくれている。できない人のほうが大半なので見本の靴下や試着後の服は店側で適宜洗浄するものだが、余裕があるなら使った側がするのがスマートだそうだ。が、試着前にも浄化したタタラはなにか靴に嫌な思い出でもあるのだろうか。まるで汚れていることを指摘しているようで失礼にも思うのだが。
「(ああ、悪気はねえんだ。癖だよ癖。人ん店は靴洗わねえから。試着用の靴下もたまに勝手に履かれてたりするしな。自分でやっとくのが一番確実だろ?)」
「(ふふ。まだ来て間もないのですよね?少しだけ講義してもよろしいかしら?)」
僕はそこまで顔に出るタイプだっただろうか。念は漏れなくなったはずなのに何故か話が普通になされている。そして女性が許可をとったのは僕ではなくタタラだった。保護者なのでまあ正しいのかもしれないが。
「(浄化に限らず魔力を通すという事は不穏な魔力を感知しやすいという事です。なので1部の方々は習慣になっているようですわ。ああ、"浄化の陣"を用いた場合は感知できませんのでお気をつけくださいね。)」
「(陣は決められた回路でしかないからな。魔法とちがって意思がない。)」
「(もうっ。せっかくの先生役を取らないでくださいまし。貴方様にはその権利はないですわよ?)」
「(あー、ははっ、悪いな。うっかりだ。)」
魔法であるからその練度には個人差があって中にはその不穏なものごと浄化してしまう強者や、魔法発動に気付かせない繊細さをもつ者もいるらしい。それにしても不穏ってなんだろうね。呪いの装備くらいしか思いつかない。現状装備しているこのふたつも、事前に浄化していれば着脱自由だったのだろうか。まあかかってる魔法が特に耳は強力そうだから解呪は無理そうな気がするね。それでも事後承諾ではなく納得した上で装備できた気がする。
「(ですが、そういった行為を私共のような仕立て屋の品にするのはやはりマナー違反なのですよ。隊商の持ち込む品や市にでる品物、古着や中古の装備など・・・特に闇市関連であればご自分で確認されるのを推奨いたしますが、製作者の前でそれを成すのは信頼していないと明言しているようなものですから。初めてのお客様なので信頼関係はこれからでございますけどね。ギルドに籍を置く以上、悪さなど致しませんわ。汚染された素材もないように皆努力するのですよ。)」
「(あー・・・悪かったよ。)」
「(ふふっ、いえいえ。それでも念を入れて確認する必要がある方もいるでしょう。悪意を持って紛れたものは店側で防げない事もある。私どももそれは理解しております。ただ、一般的な見方をヌル様に知っていて欲しかったのです。ですが、人里においては例外がございましてね。こと、靴や靴下に関しては別なのですよ。隊長さんはどちらかというとこちらかなと思っております。言われた通りの意味ですね。捕虜経験がある方に多いのです。支給された古びた品を着用した結果、病にかかった方が。大層辛かったそうでトラウマなのだとか。)」
実際のところはどうなのでしょうと女性がタタラを見る。
「(あれはもうかかりたくねえ。爛れるし痒いし獣化しても毛がねえんだよ。原因とわかってたら断固として履かなかったんだがなあ。捕囚とはいえそこそこ使える奴らは身なり整えられて働かされてたからよ、そこは悪い事じゃねえんだろうが相当数の獣人が罹患したんで新手の拷問かとさえ噂が立った。・・・まあ、普通に人もかかる病で獣人にもあるやつだったんだがな。どうもこっちのは獣人と相性悪く重篤化しやすいらしくてよ。捕虜の中には知見があるやつもいて、病気だから医者寄こせと要望したのもいるんだが、所詮捕虜だからな。命に別状なさそうだしと放置だ。)」
(あー・・・水虫かあ。向こうにも普通にあるね。カビたの足だけでよかったんじゃない?)
「(いや、最終的にはひろがった。水泡ができてじゅくじゅくしてひどいもんだ。ただ、大体皆足からきたからな。つうか、あれカビなのか・・・。なんで虫って名前付いてんだよ。)」
(虫刺されだと思われてたらしいね。)
こっちでは戦爛れと呼ばれており戦時中に多い症状らしい。常時は殆ど患者がいないマイナーな病だというからこちらのカビは弱いのかもしれない。お風呂もカビてなかったし。でもまあ、そんな経験があったらトラウマにもなるか。あくまで向こうの情報だが24時間以内に皮膚上から洗い落とせば根は張らないらしいよと教えておいた。彼女が罹患した後に足の指を広げ丹念に洗いながら言ってた情報だからきっと正しい。
ダブルチェックで綺麗になった安心の靴を試す。中古ではないからよほどな足が試着していない限り白癬菌はいなかっただろうが。それにしても・・・浄化で白癬菌が消えるなら水虫も治りそうなものだけど、治らないっぽいよね。まあ何かしらのラインがあるんだろう。魔法も万能ではないらしい。
試作と言っていたが普通の靴にみえる。靴専門店もあるそうで、特に耐久度では敵わないらしいが、街歩き程度でワンシーズンと割り切れば服屋の靴は安価なのだそうだ。ただ、どこも女性用の靴がメインで、男性は靴屋という風潮なのだとか。そこで男性用もと店主である女性が作ったのがこの作品で、アッパー部分に厚手の布地を使い、底は琥珀色した柔軟性のある樹脂でできていた。紐とじとサイドゴムの2種類あってどちらもはき心地に問題はない。靴下のボタンも気にならない。踵も柔らかいのでスリッパのようにはくのは楽そうだが、足をちゃんと収めるには持ってやらないとダメなのが少々手間なくらいか。
「(ゴムの方が楽じゃねえか?)」
(紐の方がしっかりするかなとも思うんだけど・・・。)
「(街中でヌルが立ち回りを演じることもないだろうし踵くるむタイプはそう脱げないぜ。)」
「(そうですね、おすすめはゴムの方です。紐タイプより少々高いのですが、今の衣装もゴム仕様ですし、楽を知ってらっしゃる方にはこちらの方がよろしいかと。)」
(んー、はく手間は少ない方がいいか。じゃ、ゴム仕様のほうでお願いします。)
「(かしこまりました。冬物はいかがなさいますの?お持ちではないのですよね。)」
(一般的にはいつごろまでに依頼するものですか?)
「(遅くとも9月上旬までにはご依頼いただきたいです。シーズンは込み合いますし今なら在庫処分もかねて材料費をお安くできますわ。)」
(まとめて依頼すれば更にお値引きいただけますか?冬物の納品はゆっくりで構いません。)
「(あらあらまあまあ。ふふっ、今回の仕事で得るパターンに制限をつけないのであれば張り切ってサービスいたしますよ?)」
(制限、ですか?)
「(仕事で得た知識は生かしてこそですから得たパターンも好きなように使わせていただきます。ただ、パターンをお客様が提供されているケースや打ち合わせた結果生まれた新しいパターンでは確認をとるのです。ファッションの世界では他と違うというのは醍醐味であり、けれどそれが受け入れられ後に追随されるのもまた欲を満たすものなのです。なので大抵は納品後何日間は門外不出で、という感じになりますね。あまりに制限期間が長い場合は料金が上乗せになります。)」
「(要は浴衣と手拭いを店側が好きに販売していいかってことだ。)」
(ああ。それは好きにしていいです。服飾の知識で商売する気はないです。ただ、その意味では既にどこかで作っていたりしないんですか?これ、型としてはバリエーションのない服なので。)
「(そこはたいして問題になりませんよ。新しさの創造こそ至高ではありますが目的が同じならどこかしら似かよるものです。少しずつ変化を加えていくものですからね。)」
(模倣に対しては寛容であると?)
「(良いものは模倣されるものです。手本となれたことを光栄に思いますね。)」
(そうなんですね。故郷では偽ブランドも多く、商品を真似されると裁判沙汰も有り得たので少し気になってしまって。余計なことを言いました。)
「(偽物、ということは当店で縫製していないものを当店でつくったかのように販売される、ということですか・・・。そうですねぇ、そこまで名が知れれば嬉しいですが・・・きっと、エルフ印のテングラス茶のように粗悪品がネームバリューで売りさばかれるという意味なんですよね。服飾の世界ではあまり聞かないことではありますが。折角の助言です。活かしましょう。私も人の世界でようやく店を持てた身ですし、いずれはそのように名を残してみたいですもの。ふふっ。宣伝もかねてちょっと複雑なタグをつけますわ。)」
「(現物見て気に入ったなら偽物も何もないと思うんだがな。)」
(著作権に厳しかったからね。とはいっても訴えるかどうかは被害者にゆだねられてたよ。個人間で解決しない場合は訴えるのもタダじゃないから余程のことじゃないとやり合わないと思うけど。盗作じゃなく偶然着想が同じだったってこともあり得るしね。タタラの言うように私も気に入ったならそれでいいと思うよ。高級品が廉価な素材、拙い縫製だとしても同じデザインで安く手に入ることに一定の需要もあったし、大概は雰囲気が似てるだけで詳細は違ったりする。それがトラブルになったニュースは聞かない。ただ、それが原因で店の看板に傷がつくようなことがあれば訴えられたりする。悪質な場合はブランド品そのものとして売られるね。テングラス茶では実際あるようだけど。)
「(服飾を扱うお店は数軒ありますが、どこもプライドをもっておりますしねえ。買う方も気に入ったデザインがあればそのパターンをもつ製作したお店に足を運びますし。強いお付き合いがあって別のお店に依頼する場合は大概少しのアレンジを入れるものです。フルオーダーということですからね、それであれば買う側も更なる高みを目指すものなのですよ。そうして切磋琢磨していくものなのですが。お話を聞いておりますとこの現状は恵まれているのかなと感じます。)」
(物が多すぎる社会でしたからね。既製品が溢れているからこそのトラブルともいえます。必要な物を必要に応じて生産する仕組みは、入手に時間はかかれども長い目で見ればいいものだと思いますよ。)
「(溢れているとは凄い表現ですね。)」
(そういう世界だったんです。・・・少し喋り過ぎましたね。それで冬物なのですが、この上に着れる外套をお願いします。派手じゃなければ何でもいいです。在庫処分で着れるサイズでロング丈だとベストです。あとは依頼している浴衣の上に着る部屋着ですね。厚手の生地か、綿を入れたもので、浴衣を一回り大きくしてください。ああ、袖は長く少し下にも出してください。先ほど話した長着のような感じですね。ただ、この部分は体温を逃さないように縫ってほしいです。帯は先ほど話したものの半分くらいの幅でお願いします。)
作業台に広げられた浴衣を元にざっくりと説明するのを女性がメモる。
「(そんなのもあるのか。俺も作る。)」
(自前の毛があるから平気じゃないの?冬毛になるんでしょう?)
「(む。そりゃ多少は膨らむが人型だと大差ねえんだよ。)」
(不思議だよねえ。獣化ってどういう仕組みなんだか。)
「(こういうもんだとしか思わねえがなあ。ああ、俺のはかっこよく作ってくれ。)」
(褞袍にかっこよさって求めるものかな?あれ多分着る毛布の仲間だよ?)
「(あらあら。また興味深いイメージが出てきましたね。それですと結構沢山綿入れますの?)」
(いや、動ける方が大事なので。・・・ん?あ、そういえば褞袍って羽織だったっけ。注文少し変えます。丹前は厚手の生地で、綿入りは丈を短くして、前は帯ではなく紐で留める感じで。確かここと、ここから紐が出ていたはず。)
「(かしこまりました。何となくイメージはできましたわ。仔細は郷土のものと異なってしまうとは思いおますが、許してくださいませね。あとこの浴衣はお借りしても?)」
(ええ。勿論です。夏物の納品時に返却いただければ構いません。仔細なんて私も覚えていませんから気付かないと思います。気にせず作ってください。)
「(ありがとうございます。頑張らせていただきますね。お代なのですが、未確定もあるので出来上がり後の清算となります。概ね・・・この位になるかと思います。初めてのお客様なので、前金として半分預からせていただきますがよろしいですか?)」
詳細が読めるわけではないが差し出されたメモに記された金額は妥当そうにみえる。浴衣2セット、手拭い2枚+α、靴下2種を3セット、靴、お任せ外套、丹前、丹前帯、褞袍各1つずつ。僕が買う服にしては高いがフルオーダーにしては安いだろう。セールが反映されているのかも、生地がどの程度の価値なのかもわからなければ技術料もわからないが、少なくとも女性が着ている服に雑な安っぽい印象は受けないし、先の話しぶりから職人気質であることが伺えたのでそこは信頼している。
((タタラ、これは普通な感じ?))
((おう。初めてじゃなくても普通は材料か金を置いていくもんだ。))
((支払いは私の指輪で平気な額かな?))
((んー、冬の支度金請求しとくからヌルので払っていいぜ。))
タタラ的にも金額的な違和感はないようだ。指輪清算は1種の魔法なのだろうが電子マネーと感覚が変わらない。あえて言うなら残高を知らない事くらいか。例の機械で分かったのは使った分だけだった。バイト代が入ればその分は表示されるらしいが、アースとしてあてがわれた予算は非公開なのだ。使わないで済んだら回収されるものだかららしい。給料よりも月々支給される予算から先に使われるシステムなので、稼いだ分はちゃんと10年後への貯蓄となる。確認できる残高が増えるのではなく減っていったら赤字という訳だ。
試作品の靴とおろしたての見本靴下は現物の即納可能だったが、タグ付けのサンプルにしていいなら更に値引くと言われたのでお願いしておいた。結構な買い物をしたのに受け取ったのは支払い済み印のある請求書だけだ。引き換えにも使うとの事だから無くさないようにしなければならない。コストダウンの為期日も設けなかったので、出来上がり次第連絡がタタラに行くことになっている。もっともこれはまだ僕への直接の連絡手段がないせいだが。
引換券はたたんで唯一の収納場所であるポケットに・・・まあ両サイドにあるから唯一でもないか。勝手に使われた方とは逆側にしまい込んだ。
タタラはタタラで支払いを終え、店を出た。布選びにそう時間はとっていない気がしていたが話し込んでいたせいか時刻はすっかり昼らしい。お茶屋が混んでいる。
(並んじゃってるね。食べたいのは甘味だから少し時間ずらそうか。)
「(んじゃ俺が気に入ってるとこ連れてってやる。近いんだ。)」