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黒の外交官  作者: 鮎味
16/19

16 白の血筋

自然に目が覚めたのは7時過ぎだった。起こした身体がとても重い。全体的に怠くて重い。


風呂上がりの柔軟(ストレッチ)は現場監督指導の下、的確かつ容赦なく行われた。"畳はこういう運動にいいよな"という意見には全面同意する。自室の硬い床でやるのは嫌だしベッドはやや柔らかすぎる上に狭い。


ベッドから降りて身体を伸ばす。痛みはあるが特段と痛む部分はない。バランスよく痛く、我慢できないような箇所はない。


手洗いを済ませうがいして水を飲み、髭を剃ってコンタクトを入れる。今日のは虹彩が金色っぽかった。


籠には既に洗濯済みが軽く畳まれてはいっている。回収は後でいいやと隣の部屋をノックすれば"開いてるぜ"と返事が返ってきた。開いてなかったことはないが。僕の部屋も鍵をかけたことはない。



「(お、今日はそれか。)」


[(お揃いだね。)]


「(くくっ、変な感じだなあ。目の色が違うと随分印象が変わる。)」


[(そう思うよ。あのロシアンルーレット、黒目率どのくらい?)]


「(黒の色味の違いで数種類あるからな。そこまで低くはないと思うが・・・瞳孔のカタチもあるからなあ。くくっ、楽しみだな。)」


[(あー、そっちも?そんなの需要あったの?)]


「(アース云々の前にもともと変装グッズとしてあったものだしな。耳や尾もあるがつけてみるか?お揃いなんだろ?)」



にやっと笑いながらふさり、ふさりと立派な尾をアピールされたが、コスプレ趣味はない。彼女ならやりたがるかもしれないが。



[(遠慮しとくよ。)]


「(残念。うけると思うがな。よし、そんじゃやるか。身体におかしなとこはでてないか?)」


[(全身筋肉痛だけどね。特にはないよ。)]


「(やっぱそうなるよな。痛み引くまでは柔軟とウォーキングだけにしとこうか。)」


[(了解。)]



通算3回目では柔軟性に変化は見受けられず、むしろ重たい身体ではより硬くなっている気さえする。息を吐きながら、じっくりと伸ばし、血を巡らせ、解していく。


タタラも同じ事をしているが僕とは違い気持ち良さそうだ。"柔らかくなりゃただの伸びと同じ"というレベルに早く至りたい。それでも朝の務めを終えた身体は寝起きに比べれば動かしやすくなっていた。



「(じゃ、飯いこうぜ。・・・階段にするか?)」


[(そうするよ。)]



洗濯物を回収して自室に戻りシワとりクローゼットに吊るし・・・浴衣がないのに気づいた。タタラが間違えて持っていったか?ま、うっかり洗濯機に残ったままだとしても乾いてるから腐りはしない。とりあえずはご飯だ。お腹すいた。


籠に畳んで積まれたままの服を上からとる。ズボンをはくのにつっかけ(サンダル)が邪魔だ。早く土禁にしないと。上着に袖を通しベストを羽織り腰に布を巻く。街中で見かけた同型の服はパーツで色を変えた着こなしをされていたが、とりあえず全部同じ色で着ている。別におかしくはないし考えないでいいのは楽だ。


廊下で待っていた私服のタタラは珍しく腰に鞄をつけている。ウェストポーチは便利だよね。市で買えるらしいが鞄は使いやすいのを選びたい。気に入るものがあるといいけど。だいぶ馴染んできたぐるぐる階段を昇り食堂にでる。そのまま壁沿いに進めばいつもお世話になっている屋上庭園に繋がる階段がある。それぞれの入り口には扉が据え付けてあるが、来る時はいつもフルオープンだ。魔法壁はあるようで通過時に違和感があるが、これのおかげで匂いや外気が遮断されているのだから便利だよね。


やや遅めの朝ごはんだが利用者はまだそれなりにいた。厨房に目をやれば褐色肌の日だった。選べない朝食が辛かったらどうしようかと身構えたが見た感じ卵粥だった。中には焼き魚を食べている者もいる。



「(あー、粥の日はな、足りないって不満も多かったが文官なんかは腹休めに丁度いいってのも多くてな。オススメ頼むとおかずがでてくるんだ。)」


(なるほど。)



昨晩は少々食べすぎだったのでスタンダードに粥だけにした。セットのお新香も塩気がやや強めかなというくらいで、粥も出汁が効いているが辛くはなくあっさりとしたものだ。普通に美味しい。優しく染み渡る味わいでするする食べれる。軽めのメニューだけにおかわりも自由とのことでもう一杯もらいにいくとお新香もつけてくれた。


ちなみにタタラは初めから特盛でオススメを2つ頼んでいた。特例の本日のオススメは頼む数量で内容が変わるようで焼き魚と煮転がしだった。芋をひとつ分けてもらったがこれも辛くなく、食べやすい。



(褐色肌は辛いんじゃなかったのか?)


「(ああ、朝は辛くない。選べないのにそんな特徴的なのがくると苦手な奴にはツラいからな。却下されてるんだよ。昼からだ。どれかひとつ、必ず辛い。まあ、いい感じにハマると旨いぜ。辛いと一口に言っても唐辛子系から胡椒系、何やら分からんスパイス系まで様々だ。)」


(それは・・・よく周りを見てから頼まないと。)


「(そうしろ。ジュレッドもな、いい具合の時もあるんだよ。いわゆる"カレー"を持ち込んだのは褐色肌だ。)」


(うーん、カレーは食べたいんだよね。食べれなかったら自室に持って帰るかな。)


「(ん?テイクアウトは構わないがどうするんだ?)」


(牛乳とか玉ねぎとか足してマイルドにならないか試す。)


「(それ、もう自分で作った方が早いんじゃないか?毎回違うからなんとも言えないが本気でヤバい時は何しても辛いと思うぜ。)」


(そんなに?)



流石にスパイスからとかは嫌なんだが。何が入ってるか知らないし、知っていたとしてもこちらの世界じゃ全くの同じとも限らない。元になるルゥくらいあってほしい。



「(褐色肌の日のオススメはある程度決まっていてな。すぐ渡される。粥じゃないときは甘い乳系ドリンクだ。デザートというよりは辛さを和らげながら食べろってことだ。)」


(ラッシーかな。)


「(お、知らねえ名だな。だがイメージはそれっぽいぜ。ヨーグルト、ミルクティ、ココナッツミルク、この辺りが定番だがよく分からねえのもでる。)」


(よくわからないのが結構でるのが褐色肌の日なんだね。)


「(そうだ。まあ俺が馴染みねえ国だってのも大きいんだろうな。南の方にある島で白ではあるが白でもないような、ちいと特殊なとこなんだよ。)」


(へぇ、白じゃなきゃ黒なのかと思ってた。)


「(白か黒かは住む大陸の性質の違いで生じるものだからな。それでいくと褐色肌は白のエリアなんだ。文化も白に近い。)」


(ふぅん。向こうでも肌の色は日差しの強さで変わったし、住む土地や環境が違えば文化も違ったけどね。大陸の性質ってそういうこととは違うのかな。)


「(同じことともいえるが、魔素の濃さと不安定さが段違いなんだよ。魔物は強く、ヒトのエリアは狭い。力こそ全てと、そういった傾向が強い大陸だ。)」


(大陸が違うって海挟んでるんだよね、遥々攻めようと思える白も大概力こそ全てな気がするよ。)


「(魔素が満ち溢れている分フィールドの恵みがいいからだろうな。)」


(ああ、それで。・・・今は平和的に外交してるの?)


「(外交・・・ってのはないな。あちらさんが白の大陸に興味ないんだよ。行き来の制限はないし、戦争後は港町だけ整えてあるんでそこが一応の緩衝領域というか、安全地帯だな。商会や個人レベルで物の売買や物々交換はあるが国としてはやってない。ま、面倒なんだろう。あそこは本当に忙しないんだ。生き急ぎすぎる。)」


(私には向かなそうだね。物騒な感じだし。)


「(そう思うぜ。むしろよくヒトが住んでいると感心するレベルの大陸だ。勇者と渡り合う猛者がいるんだぜ。勇者のような特殊能力やアホみたいな魔力に任せた付け焼き刃じゃないんだよ。実践で鍛え染み込んだ力だ。魔素の影響受けすぎてもはや別の種族のようだってんで、蔑称が"魔人"だった。最もこの呼び名は気に入られていたがな。まあすべてがすべて強いわけでもなくてな。あっちは強と弱が明確に分かれてる。それが嫌で白の大陸に流れてくる者もいる。)」


(魔人ねえ。向こうじゃそれ敵っぽいイメージもあるよ。勇者を焚きつけるのにも良かったのかもね。遠そうだけど、タタラは行ったことあるんだよね。海を行くの?それとも飛行船?)


「(昔は船がメインだったが、終戦間際におかしな海域ができてな。金と魔力が許すなら空を行くことが多い。なんだ、興味あるのか?)」


(どうかな、乗り物には興味あるけど。折角の第2の人生だし悩みどころだね。)


「(生存確率をとるか未知を知るを取るかって?)」


(うん。)


「(答え出てんじゃねえか。行くんだろ?)」



そう言ってタタラがにやりと笑う。漏れなくなったんじゃないのか?



「(そんな顔してくれるな。前は漏れてたんだから。生に然程執着ない事は知ってる。だからあんな指示も出せたんだ。)」


(・・・執着がないのと、死を恐れないのは違うと思うけどね。痛いのは普通に嫌いだよ。)


「(悪かったって。一応な、お守り発動よりも自衛するだろうって予測の方が高かったんだぜ。ヌルは魔に近い性質があるからな。いっそ突き落とした方が開花するかと。ほら、駄目でもお守りあったし。)」


(開花って、きっかけになるって事だよね。魔法使うにはそれが必要だってこと?)


「(大概のアースは魔力を自覚するのが苦手なんだ。魔法の授業はまずはそこからになる。・・・で、どうだ?何となく分かるようになってたりしてないか?)」


(さっぱりだね。)


「(うーん、使えるのになあ。しゃあない、ゆっくりやるしかねえか。)」


(お願いするよ。話し戻すけど、黒の大陸へは引率願えそうなのかな。)


「(俺の故郷まで行けたら考えよう。)」


(相当先になりそうだね。)


「(安心しろ、今生で無理だと判断しても港町だけなら連れてってやる。それくらいはサービスしてやるさ。だがどうせ行くなら黒のフィールドも見たいだろう?訓練頑張れよ。あそこの魔素は少々毒でな。弱いとのまれて性格に影響がでるんで危険なんだ。俺だって普段より高揚するからな。)」


(・・・それかなりヤバい土地なんじゃ・・・。)


「(そうだぜ?なんせ魔人が住む大陸だからな。)」



朝食を終え、もう店が開く時間だからとそのまま買い物に出ることになった。見本となる浴衣現物はいいのかと聞けば腰のポーチがトントンと叩かれた。どうやら許可なく持ち出されていたようだ。気持ち不愉快に感じたのが顔に出たか"うっかりいい忘れてたんだ、悪かった"と謝られた。服に執着はないんだが数少ない向こうの物だからか多少の所有欲が出ているらしい。だが気にしてないと言っておく。服はこれから増えるしね。共同生活してるんだ。効率良く動けるよう事前に用意してもらったのには感謝しかない。


ウォーキングの一環としてホール階段を降りながら白黒大陸の補足説明を聞く。


この世界は白黒の大陸と幾つもの島からなる。ただその島も由来がどちらかで割り振られていて、住む者も白と黒で区別されている。つまり白の狼獣人も黒の狼獣人もいるわけだ。ただ、土地の影響が最も出ているのがヒトで、単に白、黒と呼ぶときはヒトを指すとのこと。体色が白い、黒いという訳ではなかったようだ。濃すぎる魔素のせいで大気が濃く、重く、暗い印象を与えるのが大陸名の所以という全く高揚しない場所だが、全く違う景色がみれそうだからね。いずれ訪れてみようと思う。



(・・・地図は機密事項か?)


「(王宮のも知りたがってたよな。どっちも詳しいのは機密だが簡略図なら図書室にあると思うぜ。・・・そうだな、近々ヌルの分も制服を手配しておくか。一式の中に近隣の地図とコンパスも入ってるからな。)」


(バイトなのにいいの?)


「(んー、いいんじゃないか?)」


(軽いね。王宮騎士の制服って結構価値高そうな気がするけど。・・・そういえば3番隊の制服って何種類かあるのかな。役職持ちと他で分かれてるにしてはラルはタタラと同じだったよね。)


「(1種類だ。うちの部署はゆるゆるだからなあ。部分獣化とかする奴もいるし。ほら、ポッターなんて分かりやすいだろ?制服が動きやすいとも限らない。でもどこかしらは着てるんだぜ。剣もあるんだがな。もっと性能いい自前の武器を使ってる。外回り業務がメインなんで、公式のイベントだけちゃんとしてれば上もとやかく言わんのよ。一応、それぞれに支給はしてあるぜ。)」


(それだとひと目で3番隊だって分からなくて困らない?)


「(分かる必要もないだろ。フィールドの魔物にゃ俺らが何かなんてどうでもいい事だ。身分証はあるから、街の警邏で揉めたらそれを出せばいい。最も3番隊をみてそれと分からないのは住民にゃいないと思うがな。)」


(人気者だね。)


「(王宮内にいる事の方が少ない部隊だからな。)」



煌びやかなホールを抜けて前庭に出る。今日も良く晴れていて、石畳も一晩分しっかりと蓄光できることだろう。門までの長い道のりを見渡すと庭師の他にもちらほらと人はいるが王はいないようだ。まあ、いる方がおかしいのだろうし、そもそも隣国に泊りだったかもしれないね。



(一昨日も思ったけど人通り少ないよね。)


「(貴族の出仕は西がメインで文官の行き来が多いのは南北の門だ。正門は武官がよく使うが交代の時間は決まってる。お客さんは正門から来るが謁見は午後だから昼過ぎまではこんな感じだな。だが、ほら、一組ご案内だぞ。)」



改めて見れば門に馬車がきている。手続きの為に一時停止したようだ。



(午後からなのに?)


「(王宮に宿泊する場合は到着と共に入宮するんだ。)」



豪奢な馬具に箱形で中の見えない車、馬から降りた護衛と思われる者の纏う鎧は1番隊と似た形状だがより装飾が施されあまり使用感がない。儀礼用のようだ。・・・見ようと思うと何故か見えるね。まだ遠いのに。


馬車を認めた人々が端に寄り始めている。



(それなりの身分のようだがすれ違うときのしきたりはあるか?)


「(ない。道塞がなきゃそれでいい。)」



一行が案内の武官に従って進み始めた。門から王宮までは距離があるからか下車せずに進んでよいらしい。護衛の馬は門で預けたようで馬を壁沿いに引いていく武官がみえる。馬車は1台だけでなく、多少装飾の落ち着いたものが後ろに2台ついてきた。何泊予定なのかな。貴族のようだし荷沢山なのかもね。



「止まれ。」



2頭引きの馬車とすれ違おうかという時、御者が馬車を止めた。指示は武官からでなく車内から聞こえたように思う。見も知らぬ馬車に真隣で止まられると嫌な圧迫感があるね。気持ち足を速めながら世話になる仕立て屋はどのエリアなのかと聞く。



「(中央通りから少し北に入ったところだ。店構えは知ってる。布が飾ってあって、どちらかと言えば女向きなイメージなんだが、男物も得意らしいんだ。中は入ったことないんだがな。)」


(ああ、服飾は北の方が多いんだったね。)


「タタ。」


「・・・何か御用でしょうか。」



名指しで呼ばれ渋々という風情を隠さないタタラが向き直る。



「獣が人を操りおる世はあと何年であろうな?」

「ヒトが治める国ですよ。」

「人の言葉を話させるも一興かと思うたが。飽きてきたわ。」

「お帰りになりますか?」

「傀儡に呼ばれておるのだよ。老いゆくを見るは楽しみなのでな。・・・行け。」



からからと石畳の上を車輪が回り過ぎ去ってゆく。顔も見せずに声だけとは。念もないから部分部分しか解らないが好意的でないことは間違いない。



「(嫌な爺だ。)」


(護衛、人だけだったね。あれは別の国の白?)


「(そう。潔くこの(心臓部)を棄てて国をバラした元宰相様だよ。お陰で収束は早かったんだがな。)」



馬車が過ぎるのを渋い顔のまま見送って、気を取り直すように息を吐く。そうして門に向かい歩き始めたタタラについていく。



(バラすって、簡単ではなさそうだが。)


「(そうでもない。白はバラけたりくっついたり、昔からコロコロ変わる。戦時は珍しく統一国家だっただけだ。元が国としてあった街を中心に領地として分割しているから、そこでキレイにバラせるのさ。)」


(領地を預かる貴族はもと王族ということか。)


「(合併吸収分裂を繰り返すから治める貴族も入れ替わる。貴族の中には元王族の血筋もあるというのが正しい。・・・この地を治める白についていえば、昔から同じ血筋だ。入れ替わることなく絶対王者として君臨している。)」


(武に長けたのは現王だけじゃなかったってことかな。)


「(戦争に強かったのはあるだろうな。だがそれだけじゃない。この国は天変地異を起こす術を持っていた。それが切り札だった。)」


(過去形?)


「(失われたそうだからな。ただ、技術としてはどこかに隠してあると言われていて、プラスこの土地でないと使えないとされる。実際のところは知らん。天災が偶然か否かを判断できるのはやった奴だけだ。)」


(ああ、それでこの土地を欲しがるの?)


「(そういうことだ。ま、長く中心地だっただけに眉唾話(それ)以外にも技術が集約されている国だ。地理的にもヒトの領域のほぼ中心に位置する。人気は高い。)」


(利便性のよい国なんだね。・・・国名、聞いてないな。)


「(王の名はアジェレード=ラ=ゼルレイン。ゼルレインってのが家名であり国名だ。)」



ほんの小さい村であった時分より変わらない名前。変わらない支配者。だが絶対的に続いたせいで自惚れたのだとアジェレード王は血筋を嫌う。特に濃く現れたとされる己を残す気はないらしい。



「(濃く引いた手前こそが革命をおこしたんだから血筋など関係ねえと思うんだがな。大体継ぐのはどうしたって同じ血筋なんだ、子でもいいじゃねえか。そう言ってるんだが。どうもあれは・・・興味ないっぽくてなあ。種なし説から同性愛説まででているが、しっぽりした場面を見たこともなければ噂もない。)」


(子作りは王の義務とよく聞くが。)


「(だよな。俺らだって長にはそれが求められるってのに完全無視だ。革命の王であることを逆手にとって有無を言わせない。酷く睨むから今や言うの俺くらいだぜ?あの絶対(頑固)者っぷりはまあ歴代と似てるか。血筋って意味では王弟に子がいるんでな、周りが大人しくなったのもあるが。王はそれをいたく可愛がっている。ま、いい子なんで悪政は敷かないと思うがな。)」


(仕える気にはなれない、というわけだ。)


「(ああ。)」



王の遺伝子は優秀そうだから残した方がいいとは思うが、自分を残したくないという気持ちには共感できる。この要素(自分)が続くことに意義を見出だせない。彼女が将来ひとりにならないためにと励んではみたが、法が許すなら養子でも全然構わなかった。孤児を引き取れれば1番だと考えていたがしちめんどくさい上、僕のような考えでは養い親になれない。恐らく金銭面でも審査に通らない気がする。子供を第1に考え、育てるのに余裕がなければ許可しないという制度は良いものかもしれないが、いきすぎていると思っている。調べた彼女いわく子供を選ぶこともできないそうだしね。選ぶという考えが、まず駄目らしい。僕は大事だと思うのだが。


お疲れ様ですと門番に労われつつ、街に出る。


もともと産むのが怖いと乗り気じゃなかった彼女の行く末が心配で、子供はいた方が楽しいんじゃないかとプッシュし続けた結果、五体満足で産まれるかも怖いし子供な自分が子育てができるかも怖いが、それでも育てるなら自分と僕の要素があったほうが楽しいと、生涯ふたりでもきっと先に逝くから寂しくないと勝手な事をのたまいながらも賛同してくれて、避妊をやめタイミング法で妊活していた。授からなかったらそれはそれでふたりを楽しもうということで病院には行っていない。


ただやると決めたら囚われやすい彼女は朝体温を測るだけでなく、排卵検査薬を試し、サプリメントを飲んで、先走ってマタニティやらベビーグッズやら買い始め何やら大変そうだった。ベビー用にと購入された非接触の体温計のように便利に使えるグッズもあれば、ベビーベッドや電動鼻水吸い取り器のように早買いしない方がよさそうなものまであった。よだれ掛けや哺乳瓶まであったが、聞くに不安解消に一役買っているようでもあったから放置しておいた。


確認はしておこうと顕微鏡で精子も観察された。本当は数回サンプリングしたかったらしいが自慰を拒否した結果、もったいないと1回限りとなった。結果として確率はゼロじゃないことが証明されたというレンズを僕も覗いたが、あまりいなかったし、頭がふたつあったり変な動きの個体もいた。


できたら高齢出産避けたいし定年前に成人してほしいと年齢的なリミットを気にしていた。そのせいかたまごシーズンになると情緒不安定になって、いや、それに関しては淡白な僕も悪いのだが、かえって良くなかったようにも思う。最近ようやく、妊活にこだわりすぎないで自然に任せようという僕の意図が伝わり落ち着いてきたところだった。



「(・・・仕える気はないといっても、別に王の死後さっさと役職返上しようとは考えてないぜ?ちゃんとフォローする気でいる。この国そのものが王の子だとも言えるわけだしな。)」


(冠する名は変わらずとも中身は産まれ変わっている、か。)


「(くくっ、難産だった上に手のかかる子だよ。せめて代替わりが軌道に乗るまでは見届ける。)」


(せめて生きている間は平穏であって欲しいね。)


「(もうちょい長く続くよう頑張るさ。)」



子供、か。実際に手にしていたらどう感じただろうね。勧めておきながら欲しいと思ったことがない。どちらに似るかとよく話題にし楽しみにしていた彼女のほうが、自信が無いだけで望んでいたと思う。


ただ、彼女が混ざるなら自分が続いてしまってもいいと、そう妥協できたのは。


王にはまだ訪れていない、僕の大きな心境の変化だったと思う。

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