14 歓迎会
かちゃりと戸が開く音を聞き、一瞬静かになった。
「「「「「(((((ようこそっ、3番隊へっ!!)))))」」」」」
唱和された爆音にぱあんっとクラッカーのような微かな音が混じる。音に遅れて解禁された視覚情報には色とりどりのテープと煌めくものが舞っていた。
「(・・・あ、りがとう。)」
くわんくわんする頭から何とかお礼の言葉を引き出した。直接の念じゃなくともかなり威力のある攻撃だった。
「(だ、大丈夫ですか?)」
「(うるせぇよっ。狭いんだから加減しろってば・・・。)」
「(あー、塞ぐべきは耳の方だったか?)」
「(わりぃわりぃ。)」
「(気合い入れすぎちまった。)」
「(ははっ、俺も耳いてぇわ。)」
「(予測済みの事態だ。ガードはしている。)」
けして狭くはないのだがそう何十人も詰めることを想定していない小隊長部屋はやや窮屈そうで、念も肉声も笑い声も騒がしいことだ。キラキラもテープも飛び散るタイプのようで掃除するのが大変だと現実的な思考が大部分を占めるが、こういうノリは嫌いじゃない。
幅広だが手すりのない箪笥階段を先頭にたって降りていく。
(あからさまな歓迎は存外楽しいね。)
「(お、いいねぇ。そうこなくっちゃ。)」
(こっちにもクラッカーあるんだね。久しぶりにみた気がするよ。)
「(アースにもあるのか?これ、魔力使うんだが。)」
(・・・そういえば硝煙の臭いはしないか。)
「(お前ら知らねえのか、これはアースの知識から作ったおもちゃだぜ?だからこそ歓迎にいいって思ったんだ。)」
「(キリは物知りなんだぜ。)」
グラが嬉しそうに言う。料理は下の階に用意してあるそうだ。まあ料理の上でこのクラッカーを炸裂させたら悲惨なことになったことは想像に難くない。正しい判断だと思う。
階下へと続く階段も幅広いがあくまでもひとり用としては、という前置詞のもとでだ。中央にひとつしかない為降り待ちが発生している。吹き抜けなのだから飛び降りてもいいのではと思うのだが、なまじっか手すりがあるからか皆普通に階段を使っている。
ちまちま進む間にも色々話しかけられて、方々からくる念を纏めると、僕たちが仕事に励んでいる間はどうやら残高照会の結果で結構盛り上がっていたらしい。ちゃんと指示通り確認してくれたようだ。ついでに知ったことだが騎士団とはいえ小隊の約半分は見習いで正式な騎士ではないという。意外に騎士未満が多い事に驚いた。最年少トリオのラルとグラを含め隊に所属する見習いは寮をでている事が条件で、各自部屋をもらっている。数少ない名前を知る隊員でいえば、小隊長を務めるバンド、小隊副官のキリ、副官のポルパロッタは勿論、スィルも騎士だと言う。カイル老を抑えていたしね。
当然の事ながら見習いと騎士では支給額に結構な差がある。騎士にならんと武を磨く見習いは総じて大食らいが多くエンゲル係数が高い。食堂で安く済ませる分にはいいがちょっと飲み食いに出かけてしまうとそれなりに悲しい残高になるようだ。見習いとはいえ騎士団所属、兄貴風を吹かせておごってしまうのも原因らしい。
だが公費に自腹を切る見習いのグラですら多少の蓄えはあったというのに、騎士にも黄色信号や赤信号がいて詰られている。貢癖のある狼騎士に美食が祟った狸騎士や武器マニアな狐騎士は自業自得と思うが、"寄付しすぎた"と笑う小隊長熊はどうなんだろうか。唯一の赤が小隊長という情けない結果にその副官を務めるキリが嘆いている。熊の獣人・・・言われないと分からないな。耳は小さくて目立たないし尾は服に隠れている。まあ体躯はがっしりしていて手足も大きいか?似た耳を持つのは先のグルメ狸を含め何人かいるが・・・ああ、そういえば獣人は混ざるんだっけ。外見の特徴でベースを判断するのは難度の高いクイズかもしれない。
主役ではあるものの、最初の位置取りのままに後方にいるせいで尾がよく見える。3番隊には爬虫類系いないんだよね。街にはそれっぽいのがいた。なんか魚類のようなヒレっぽいのすらいた。いや、陸に魚は流石にないか?両生類かもしれない。"獣"人と呼ぶ割には節操なく擬人化されている。むしろ亜人の方がしっくりきそうだ。
(なんで獣人と呼ばれているの?)
「(人じゃねえからだろ?)」
(例えばポルパロッタなら"鳥人"にならないか?)
「(あー、それな。白が初めに認識したのが獣の特徴を持ってたかららしいぞ。獣の分際で人マネをと蔑んでいたのは聞いただろ。似たようなのが増えたところでわざわざ呼び方を変えたりはしなかった。)」
(人に酷似しながらも異なる特徴を持てばみな獣人ってことかな?)
「(違うな。それだとエルフも入るだろう?他の動物が混ざった見目なら獣人だと言った方が正しい。ざっくりな区分けだが念が使えるという共通項もあるし、種族が違っても混ざるんで、かえってその境の無い分け方は獣人サイドにも受け入れられたんだ。他種族への偏見や確執があるのはなにも人だけじゃない。混血児が生きにくい時代だってあった。白からみれば同じでも俺らからすれば他種族だからな。同じ括りにするなんて思いつかなかったんだよ。)」
「(この国には色々な獣人が集まりますからそうは思えないのですが、それぞれの里単位でみれば対立している種族もあるそうですよ。)」
「(獣人という呼び名は白を相手取る同志って意味合いでもって浸透した旗印でもある。)」
なるほど。フィールドの民同士統治におけるいざこざはあるが、人のエリアからくる脅威には一丸となって対応してきたわけだ。身体能力で劣りながらそこまでの敵たれたのだから人は侮れない。たとえそれが勇者のせいであっても呼んだのも戦略として使ったのも人だしね。
「(それが今や白の騎士やってんだからおかしなもんだぜ。)」
「(時代ってやつだろ。)」
「("白の"ってぇとしっくりこねぇがな。俺らは王を守ってんだ。)」
「(かーっせまいねぇっ。せめて"王の治世"とか"街"とか言ったらどうだ?)」
「(ここがしっかりしてくれりゃそれが里を守ることに繋がるんだ。)」
「(そうそう。ちょっかい出されねえためにな、考え方を変えてやらねえとならねえ。フィールドの恵みを分け合うのは構わねえんだよ。誰のものでもねえんだ。)」
「(整備して管理してってやってるエリアもある。里に近けりゃそうなるさ。そういう場所はみりゃ分かるんだからそこのが欲しけりゃ交渉すりゃいいんだよ。)」
「(どこの蛮族かって感じだったもんな。獣人だってまあ素行の悪いのはいるんだけどよ、白は王族クラスがそれだった。当然のように差し出せと言えるあの気質は育てちゃ駄目だ。)」
おっさんズが話に乗ってくる。勇者アース関連を優先したという王だが、それと同じくらい獣人関連も頑張っているようだ。だからこそ偏見があったと思えないほどに街に獣人が溶け込んでいるのだろう。
ようやく見えた階下にはがっつりと食事が並べられていた。バイキング形式のようで料理がのらない長机は壁沿いに椅子と共に寄せられ、所々には樽や積み上げた箱が簡易テーブルとして置かれている。
階段を降りきるとワイングラスを渡された。ラルとグラも同じものを受けとる。誰も気に留めないしごく自然に受け取っていたから日常の事なのだろう。実年齢からいけば問題ない気もするが、寿命の長い獣人であることと少年っぽさが抜けきらない見目を鑑みるにまだ未成年なのではと思わなくもない。おっさんズと他をひとくくりにはしていたが、どちらかといえば青年寄りの見目が多い。明らかな壮年はタタラやバンド、小隊長熊ら騎士を拝命した者の数名だ。
「(急だったからよ、食堂メニューだがヌルの歓迎会だと言ったら奮発してくれたぜ。なかなかにいい盛り付けだろ?本当は丸鳥にしたかったようなんだがな。)」
内容は夕食に並ぶ品目とほぼ同じだそうだが、コの字に並べられた長机の真ん中の島には骨付き肉のタワーがあり、銀のトレイにのった惣菜も見目よく飾り切りの野菜や果物で彩られている。食堂と庶民的な響きで呼んではいたが、そういえば王宮シェフの勤め先だったなと思い出す。ひとつ銀のカバーで覆われ中が見えないトレイがあるが、あれは恐らく"今日のオススメ"だろう。"今日の"と言うからには昼と同じ内容な気もするが、段々ケーキの日に試作数以上の注文がきたら内容も変えざるをえないだろうし、フレキシブルに変わるのかもしれない。楽しみにしておこう。
「(・・・行き渡ってるな?じゃあ、乾杯だ。ヌルに手間かけさせんなよっ。)」
「(おう、任せとけっ。)」
「(かんぱーい。)」
「(乾杯っ。)」
「(よろしくなっ。)」
次々と声が上がり飲み干されていく。僕も"世話になる"と口をつける。飲みやすい白ワインだ。良し悪しはさっぱりだがジュースのようにごくごくいける。少な目に注がれていたのもあって周りに倣うことができた。その後はめいめい食事に群がっていく。"飯とってくる"と駆けだしたグラを"ヌルの分もとってきますね"とラルが追っていった。シュパッ、シュパッとカバーが開き料理の匂いが充満していく。
「(酒なら何でもいける口か?)」
(飲めはするよ。ワインなら白の方が好きだね。)
「(お、なら酒の選択は当たりだったな。これは新人歓迎の酒だ。まあぶっちゃけ何でもいいんだがな、今後に期待して若い酒でやるんだよ。)」
(なるほどね。)
乾杯の後はとくにこだわりはないようで、足を運んだドリンクコーナーには数種類の酒が並んでいた。何が置いてあるのか聞いてみれば、ワイン、ビール、米酒、ラム酒、ブランデー、ウィスキー、リンゴジュース、ジンジャエール・・・と多岐にわたる。どかっと樽で置いてあるワインと水の他は瓶詰めで、いくつかは氷水をはったタライに入っている。これらは有志による差し入れだそうだ。とりあえずはと人気のない樽のコックに手をかけるとかざしたグラスに違和感を覚えた。
(・・・何かしたか?)
「(浄化だ。そのまま注いだら混ざっちまうだろ。)」
丁度飲み物をとりにきていた狼っぽいのとバンドが"実演だ"と目の前でグラスを浄化して見せてくれた。オーロラのような色の揺らぎがグラスの下から上へ昇っていく。身体を浄化する時もこんな感じだったのだろうか。
「(あえて混ぜるのもありだぜ?)」
「(初めてならストレートだろ。折角持ってきたんだ、水よりウィスキーにしねえか?)」
(強いわけでもないからね。)
「(ならロックだな。)」
飲むことは決定事項だったらしい。バンドが僕のグラスに氷を落とす。ワイングラスに氷って違和感あるね。酒は食後の予定だったが誘いにのることにした。とくとくと注がれる琥珀色は綺麗で、酒の文化は何処にでも花開くのだなと感心する。"水ももってけ。バンドはザルなんだ"と水割りを作っていた狼っぽいの改めガルフィールドにオールドグラスを渡されたのありがたく頂戴し、壁沿いの長机に移動した。面する窓から夕暮れが覗くが間もなく太陽は沈みきりそうだ。
「(主役の癖にずいぶん端っこを選ぶな。)」
(そうか?外も見えるいい席だと思うが。それに・・・邪魔だろう?)
「(違いねぇ。)」
新人の分際でグラス片手に料理がサーブされるのを席に着きながら待ち、自己紹介を兼ねて訪れてくれる獣人と言葉を交わす。群がられることはなく、お陰で念も肉声も聞き取りやすい。ただこれ、きっと全員くるな。並ばれてこそいないがそれとなく周りにいてタイミングを見計られているのはわかる。が、残念ながら記憶領域が営業を終了しかけている。"忘れたらまた聞きゃいい"と言ってくれるが極力覚えたい。せめて3番隊所属であることくらいは外見でわかるようにしたいよね。ラルとグラが戻ってきたことで訪れは一旦終了となったようだ。食後にはこちらからも挨拶に行こう。
「(お待たせしました。一通り持ってきましたよ。)」
「(お、ちゃんとてめぇの分もとってきたか。)」
「(・・・好きなだけ食べていいですからね。)」
「(ジュレッドくらいは食べろよ?)」
鳥シェフだったからなあ。鳥が苦手じゃ辛そうだ。だいたい4人分と盛られた大皿から適宜取り皿に取って食べる。ラルは骨付き肉に手を出す気はないようで余分をタタラとグラが食べていく。大ぶりの唐揚げもタンドリーチキンも知った味で美味しくいただいた。手づかみで汚れた手は誰かしらがついでとばかりに浄化してくれるので助かる。布巾的な物が会場に用意されてないのは魔法で対応できるからなんだろうが自分じゃできない。手布は支給されてないしね、手拭いとか買わないと。
「(ラル、足りてねぇだろ。)」
「(そうですね。おかわりもらってきます。)」
碗を持ってラルが席をたつ。ラルの主食たる今日のジュレッドは白い。香りもカレーではない。だがよく見知った料理に思う。ひと匙掬い口に運ぶ。野菜のコクがミルクに負けてない。やや濃いめの味付けでバケットとよく合う。一口大の鶏肉はパサつきもなくしっとりと美味しい。うん、クリームシチューだ。ジュレッドの守備範囲が広い。グラタンも食べたいね。
「(ヌルは不思議だよな。浄化も使えねぇのにあんなことはして見せる。)」
(うん?)
「(確かに斬られていた筈なのに。)」
(ああ、臨死体験に耐えた事?)
「(死んでねえよ。あれはヌル自身の魔法だ。お守りは発動していない。)」
ラルもそんなことを言っていたな。そうか、あれは死に瀕した感覚ではなかったのか。魔法などという未知の現象はよく分からないが、"感知"なる魔法をつかっていた実績もあるようだしあり得ることかもしれない。
(それならもう少しスマートにいかないものか?かなり嫌な気分だったんだが。)
「(ははっ、そりゃヌルのイメージが悪かったんだろ。)」
「(・・・無意識だった?)」
(そうなるね。)
「(ちぇっ。かっこよかったからどうやったのか聞こうと思ってたのに。)」
(身体の中に刃が食い込む前に止める方がいいと思う。)
「(同感だ。)」
「(まぁそうだけどさ。あいつの顔見物だったじゃん。仕留めた筈なのに生きてる。それってすげぇプレッシャー与えられるだろ?)」
「(否定はしないが、ヌルのは粗が多いぞ?分断されるようなら終わりだしな。)」
(何が起きてたんだ?)
「(まあ、仮説ではあるが、恐らくあってるだろ。スライムがやるやつだ。見たことないか?ある程度年期たってるのしかやらないが・・・。)」
「(あー・・・あれなの?・・・俺らでできんの?)」
「(かなり負荷がかかるな。)」
「(あれと同じには見えなかったけど・・・。)」
「(最低限だけ、軌道上だけやったんだろ。分かりやすい軌道で、浅い3振りだけだったから耐えられたようなものだ。失う魔力量に見合うだけの効果が得られる場面は少ないだろうな。)」
(つまり?)
「(えっとな、こう、凹むんだよ。あいつらそうやって攻撃を避けることがある。)」
グラが手にもったロールパンに水平に指をあて押し込み、凹んだ部分をさっと指で薙ぐようにする。確かに刃の通り道に身体がなければ斬りようがない。が、人の身体はそういう風にはできていない。この身に詰まっているものは油こしスライムのような流動的なものではない。怪訝な顔をしていたのだろう、タタラが苦笑する。
「(だから、魔法なんだって。その一瞬、部分的に軟体化させて動かすんだ。でも前だけ凹ませてるからその後ろにある内臓や気管はかなり圧迫されるだろ?吐き気はもちろん、呼吸だってままならなくなる。血の巡りも滞るだろう。魔力が無尽蔵にあったとしても連続で攻撃を受け続ければ自滅する。)」
(詳しいな。)
「(・・・ラーチェのような時代もあったんだよ。)」
「(なんか思い出したくないみたいに言われるのは心外なんだけど。)」
色々試すのはいい事だと思うが魔法の世界にも黒歴史はあるようだ。"真面目な話をすると"、と仕切り直して教えてもらったことによれば自然体を大きく崩すような魔法は魔力消費が激しい。発動もしにくいようで、無意識にやったスライムの技は魔力が足りてようができる者のほうが少数派らしい。
「(才能、というかセンスの問題ってよく言われるんだ。)」
「(魔法にも向き不向きはある。分かりやすいのは属性だな。)」
「(・・・なに授業してるんですか。歓迎の宴なんですよ?)」
ラルが湯気の上がるボウルを持って戻ってきた。もとの碗にはサラダが入っている。
(知らない事ばかりだから聞いていて楽しいよ。)
「(だろ?日々勉強だ。)」
「(だとしても、もう少し話題は選びましょうよ。そうですね・・・自己紹介を少し掘り下げてみましょうか。)」
「(いいな、歓迎会っぽい。じゃ、俺からな。名はグラチェノーレ。種族はケットシー。由緒正しい種族なんだぜ。でも獣型はあまり好まねえな。)」
(・・・古種?)
「(あれ、知ってるん?)」
("猫"じゃないならそうかなって。)
「(へぇ。まあ俺ら結構人里にいるしな。)」
(そうなんだ。猫の方が少なかったりするの?)
「(それはない。古種の中では多いってこと。隠れようと思えば獣型になればいいし。)」
「(猫は普通に街中にいますからね。羨ましいです。)」
「(狼じゃ討伐されちまうしな。)」
(・・・気づかれないのか?)
「(気配は隠すぜ?聡いのは何処にだっているからな。)」
(いや、二足歩行の少し大きな猫は紛れようがないと思うが。)
「(あー、それ違う。もっと普通の猫になれるんだ。サイズもな。)」
「(ヌルが言うのは中間層ですね。)」
「(獣人は獣化できねぇのが多いんだ。できても途中までとかな。血が濃いのが稀に完全獣化する程度らしいぜ。そのひとりがラルだ。)」
「(はい。名はラルラミュート。種族はペンギン。この辺りには僕位しかいないと思います。獣形態は目立つだけなのでとりませんね。)」
(ペンギンじゃここの気候厳しかったりしないの?いわゆる動物のペンギンとは別種ってことで平気なのかな?ああ、詮索しない方がいいなら答えなくていいよ。種族って吹聴するものでもないんでしょ?)
「(そうですね、獣人って混血も多いから実際のところよく特徴がでている種族を答えてるだけなんですよ。両親と違うってことすらあり得ます。ケースバイケースなのですがデリケートな問題に繋がりかねないので、あえて聞くのはマナー違反とされますね。)」
「(混ざってると種族なんて大して意味もたないしな。)」
「(まあ多少の得手不得手は種族の特性もあるからな。知って損はない情報だ。だが偽りを言う奴もいる。囚われ過ぎるのも良くない。細かい種族なんてそう大事なことじゃねえんだ。ただ・・・そうだな、これだけは確認しておけ。恋人が卵生か胎生かは知っとく必要がある。)」
(ああ、子供ができないのか。)
「(できますよ?)」
「(そこまで種として離れていると流石に授かりにくいらしいけどな。)」
「(自然には無理だ。でも需要があったんで解決策が生まれた。便利な薬があるんだよ。)」
(根性だね。・・・魚とか体外受精のパターンでも解決するの?)
「(くくっ、掘り下げたな。結論から言うといける。)」
「(つぅかヤルときは人型なんだかぁ、むぐっ・・・)」
ラルがグラの口を塞いだ。ちょっとした興味で聞いてみただけだが少年にはやや早い保健体育の分野だったのかもしれない。もっとも、経験はありそうに見えるが。
「(・・・獣のペンギンとは違いますが暑いのは苦手ですね。飛べませんが泳ぐのは得意です。隊長の言うように特徴は似ているんです。ですが・・・そうですね、話を引きずるようですが、獣との間には子はできません。どちらかといえば獣より人に近いんです。)」
「(なあ、講義っぽくなってねぇか?俺の口塞がねぇ方がよかったんじゃね?)」
「(ヌルに何を聞かす気ですか。汚さないで下さい。)」
・・・既婚のおっさんなんだが。全くもって無垢とは程遠い。オーラのせいとは判断できるが生娘じゃあるまいし居たたまれない。
「(ははっ、淡白ではあるようだし、ラーチェの話は刺激が過ぎるかもな。生々しい話はいずれ楽しもうか。)」
タタラがフォローを入れてくる。いずれも何も僕から話せるような事はない。講義の方が好みだと言えば真面目過ぎると周りからもブーイングをくらった。
「(何聞き耳たててやがる。)」
「(良いだろう?ヌルの歓迎会なんだ、ヌルの事は気になるさ。まだ来たばかりだしお堅いのは仕方ねえんだろうがよ、楽しめよ?生を感じろ。女はいいぜ。潤いだ。)」
「(下世話なのは他所でやってくださいよ。)」
「(性癖は千差万別だ。押し付けるのもよくねえ。)」
「(いやいや、開けっ広げに話題にするのが獣人の普通と思われたら心外だ。そういうのは秘めておけばいい。弱味にしかならん。)」
「(そこをひけらかせるのがいいんじゃねえか。)」
「(そこまで打ち解けちゃいねぇだろうが。)」
うん、向こうとコミュニケーションの感覚はそう違わない。獣人だろうが異世界だろうが人様の生き物だからだろうか。考え方は多様で、感情も普通にあって、飲めば酔うし、色々と弛む。
真面目な訳ではないので猥談も嫌いではない。ネタがないだけだ。聞く分には構わない。グラス片手に自己紹介を聞いて回った。もちろん話はそればかりでなく、斬られただけに思う対戦の評価が異様に高く、一目置かれていることを知った。訓練次第では文官から武官へ転身できるとさえ見なされているらしい。そのつもりはないが、フィールドを目標にしている身としては将来に展望が開けるようで嬉しい。
ちなみに、本日のオススメは巨大プリンだった。透明な容器にみっちりつまったその姿に嫌な予感がし、主役権限で最初のひとすくいを確保した。残りはどうぞと場をゆずれば、当然のように酔っぱらいどもが容器をひっくり返し中身を器にあけた。きめ細やかな柔肌は重量を支えきれずに無惨に崩れ、哀れ極まりない。それをよってたかってがすがすと器にも盛らず直接食べていく。
盛上ってはいるがぐちゃぐちゃとご遠慮したい情景を横目に、外を眺める。いつの間にわいたのか、今宵は雲が多いようだ。星が見えない。
見えぬ星々も遥か彼方に集えば雲と呼ばれる。・・・帰るべきとした場所はそれほどに遠い。
銀河を渡る術だったのか、別の位相へ抜ける術だったのか。異世界の位置情報はわからない。ただ、あの夢のせいで同じ次元にはある気がしている。科学技術の力でいずれ到達できる距離なのかもしれない。まあそれを知る術もないし、知ってどうなるものでもない。
心は置いてきた。なのにまだ動いているし思考している。
この身体が止まるまで、せいぜい生きよう。この世界のエラー、ヌルとして。