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黒の外交官  作者: 鮎味
10/19

10 魔じゃない魔物と形訓練

「(定食と今日のオススメ2つ頼む。)」

「(麺、で。)」



"今日のオススメ"。先の会話からいけば甘味だろう。裏メニューもあったのか。だがタタラのトレイには唐揚げ定食しか載っていないようにみえる。僕のほうは冷やし中華っぽい。まだ季節が早い気もするし、どう見ても蒸し鶏がのっている。鳥シェフが鳥料理。動物とそれが由来のような獣人であってもそこには明確な区別がありそうだとは感じているが、それにしても好んで調理しなくともと複雑な気持ちになる。


移動しつつオススメが何だったのか問えば"あとでのお楽しみだ"と笑う。食後に配膳してくれるのかもしれない。いつもの席に腰かけて"いただきます"と箸をつけた。



「(・・・漏れないのが少し残念だな。)」


(ん?)


「(ヌル、言葉にはしなくとも"いただきます""ごちそうさま"ってでてるから。)」


(ああ。でもタタラも似たようなことしてないか?食べる前にちょっと改まる時あるし。)


「(頼門は言うからな。うつった。)」


(こっちじゃないの?)


「(獣人には似たようなのはある。アースと白は似ているがそういうトコ、違うよな。)」



獣人は調理した時ではなく狩った時に感謝を捧げるそうだ。多くの白は糧を得られることを当然の事とみなすからその習慣が無い。"まあ人による、とも言えるんだがな。だがフィールドに出たことない奴ならまだしも実際に命を狩っててすら思わないのもいるんだよ。獣人にだってそういうのがいないわけじゃないんだが、個人的には命の重さを分かってる奴の方が好感がもてる"と、"だからヌルの事は好きだぜ"と笑う。これはもう癖のようなものだしそこまで深く考えてないのだが、念に込められたイメージはちゃんと"感謝"なんだそうだ。



(そういえば、ポルパロッタが言ってた大声って、念話か?)


「(ああ。狙い撃ちで強く打ち込めばそんな感じになんだよ。攻撃といっても過言じゃないな。)」


(あの落ちてたの、やっぱりポルパロッタか。)


「(くく、上官命令を無視したんだ。当然だろう。)」



ごま油風味のしょうゆ味。ちぢれ麺。初の麺類だが違和感ない。文明も世界の在り方も大きく違うのに何故ここまで食文化が同じなのだろう。いや、日本に似てるというだけで世界的に見れば違うか。



(・・・この世界には四季はあるか?)


「(ああ、この辺りは移り変わりが見事だぜ。)」


(日本もそうなんだ。それでかな。食事が似てるのは。)


「(ここは獣人との交流も盛んだし、人との交流も当然ある。フィールドと違い安全だしな。武具はショボいが食材は多く集まるんだ。料理人も多種族いる。結構いろんな地域の料理が提供されてるんだぜ。ただ味付けは白好みに多少変わってる。だから単にこのエリアの白の味覚と日本の味覚が近いんだと思うがな。)」


(不思議なくらい舌に馴染むんだよね。実はこれが特殊能力じゃないかと思うくらい。)


「(ははっ。いいねえ。地味に有用な能力じゃねえか。だが頼門もそうだったから特殊能力は他にあると思うぜ。)」



食事をほぼ終えたタイミングでエプロン姿の人がトレイを持ってやってきた。



「お待たせいたしました。」



透明ではなく銀のカバーで中身が見えない。テーブルにトレイが置かれ手が離れるとパシュっとカバーが開く。給仕にきた人はすでに空になっていたタタラのトレイを回収して去っていく。



(プリン・・・?)


「(お、今日は豪華だな。フルーツ付じゃねえか。オススメは頼んでみないと中身わかんねえからよ。お値段は内容相当なんだがこれも請求されねえとわからないときた。)」


(それ食べれないのきたら悲しくない?)


「(そんときは泣く泣くそこのダストシュート行きだ。あるいは知り合いになすりつける。)」


(あの先、テングラスがいるわけ?)


「(いる。牧場から出張してきてんだよ。たまにちょっと触手出てるぜ。)」


(随分長く伸ばせるんだね・・・危なくない?)


「(王印じゃないからおとなしいもんだ。あれはもう、魔じゃねえよ。)」



おもむろにコップをもって花壇側に身体を向けたタタラに疑問符を浮かべていると、懐から取り出した手布を飲み水で濡らし軽く絞ってテーブルに置いた。



「(手の方が食べやすいだろ。)」


(ありがとう。)



皮付きオレンジやパイン、さくらんぼ。生のフルーツもプリンも好むので僕にとっても当たりだ。おごりだというデザートをありがたく堪能する。


ボリュームも日によって様々でナッツがひとつ、という悲しいこともあれば、段々ケーキがきてしまい思わぬ出費となることもあるそうだ。ちなみこの場合は周りに喜ばれながらシェアすることになる。そういう運試し的な部分も含め一種のお楽しみとしての裏メニューだそうだ。



「(流石にな、段々ケーキのタイミングは何となく分かる。あれ式典の試作品だから狙って頼む奴の方が多いぜ。ま、今日のがハズレだったら秘蔵の饅頭を出す予定だったんだが、これでまだ頑張れそうか?)」

「(頑張る、よ。)」

「(くく、いいね。こう覚えようとしてくれると嬉しくなるぜ。)」



ここの料理は定食であっても、単なる飾り、いや、食べれる飾りとしてのパセリのようなものを皿に置かない。あってもひと口にも満たない程度なのでメインと一緒に食べてしまう。なので今回のフルーツの皮が初めての生ゴミだ。つまり初ダストシュート。別に生ゴミである必要はなく、うっかり落とせば布巾だろうが皿だろうが食べられてしまうそうだが。


ダストシュートの上が物置台になっていたので、一度そこにトレイを置く。皿を手に取り箸でゴミを落とそうと投入口に差し出せば、しゅるっと皿ごと持ってかれた。カツンっと硬質な音が響く。



「(かかっ、まだ食べてる奴少ねえからな。腹減ってんだろ。ちょうどてっちゃん入れ替わったくらいの時間なんだ。中、網はってあっから、皿回収しろよ。返却しねえと給料から差っ引かれる。)」


(・・・ああ、いるねえ。これさ、牧場いかなくてもここで見れたじゃない。)


「(いいじゃねえか。王印に会えたんだしよ。だいたい触手だけ見ても面白くねえだろ。)」


(見ようによっちゃこれも面白いけどね。・・・ねえ、何でも食べるなら、網も食べるんじゃないの?)


「(王印なら食べるだろうな。てっちゃんは食べない。何でも食べるとは言ったがその素材は嫌うんだ。そういう風に改良してある。)」


(要は金属ってこと?この中メタリックだよね。ステンレスっぽい。)


「(正解。だが余程の飢餓状態に陥らねえと食べれたとしても食べねえだろうな。家畜として育ったのはもう土を食むことすらしないんだ。"与えられたものだけ"なんだよ。)」



網の先には蔓が見える。人の手に堕ちた魔物(モンスター)


小さいうちは檻に入れて絶食させ、定期的に残飯処理に連れてくる。そうして育つうちに食べる場所はここで、食べる物はこれだとインプットされ、牧場にいても根差さなくなり、栄養不足になると自発的にダストシュート行きの檻に入るようになる。正しく家畜でありもはや野生に帰れない。


"魔じゃない"てっちゃんは人畜無害だが、半野良の王印は契約で縛っているのだとか。定期的に殖える事を条件に牧場に住んでいて、一定量種が溜まった状態で放置すると契約違反としてフィールドに戻ってしまう、あるいは誰かしら襲われる。てっちゃんでも王印相手でも種付けは体液提供よりも多くの交換券が貰えるそうだが僕がお世話になることはない。お尻は出口であって入れる所じゃない。


自室に戻る前に図書室に連れてきてもらった。転移陣で5階から直接飛んだが位置としては正面ホールの真下、地下空間らしい。基礎的な魔術や体術、戦略に関する本、外国の知識や白の歴史、そういったものだけでなく物語や絵本なども蔵書しているという。ずらりと並ぶ本棚は憧れだ。漫画文化は花開かなかったようでそこは残念だが、半個室のような読書スペースもあり1日中でもいられる素敵空間が広がっていた。



「(ヌル向けはここだな。子供向け兼アース教育用だ。これも汚損すると給料から差っ引かれるから扱いには注意しろよ。ああ、欲しいのあったら購入することもできる。)」



タイトルも分からないから適当に手に取りぱらぱらとめくる。うん、字が大きい。



(・・・本ってみんな手書きなの?)


「(最初の1冊はな。あとは転写して増やす。アースには印刷機ってのもあるんだってな。初めからスタンプだって聞いたぞ。)」


(えーっと、今はもっと技術が進んでるね。とはいっても説明はできないけど。)


「(ふーん、まっ、陣も構造しらなくとも使えるしな。)」


(そんな感じ。)



オリジナルは大抵作者の手元に残るそうだが、ここには個人の手記なども収められているそうだ。内容によっては禁書扱いなので別の部屋にあって資格がないと読めない。頼門の手記も納めるとしたら禁書庫だったらしい。


折角だから何か借りようとタタラに選んでもらった1冊は文章よりも挿絵のほうが多く図鑑の様だ。モノクロの絵が写実的なので専門書のようにもみえるが文字は大きく、マーク(漢字)もない事から子供向けだとわかる。



「("魔物図鑑"だよ。ほら、ここ。テングラス載ってるだろ?)」


(違う種類の植物も描いてあるけど、このページテングラス以外も載ってる?)


「(どっちもテングラスだ。)」


(雌雄でちがうのか?)


「(性別は無い。くくっ、夜読んでやっから楽しみにしとけ。)」


「(頼む。)」



辞書があれば自分でも読めるが日本語に翻訳する辞書はない。手間をかけさせるが読んでもらうのが1番覚えられる。しかし図鑑か。久しぶりに見る。フィールドに出たいと言ったから魔物図鑑なんだろう。これは購入してもいいかもしれない。いや、どうせ買うならもう少し高年齢向けのほうがいいか。これ多分、ぜんぶひらがなの本ってことだよね。慣れてきたら読みにくいだろう。


帰りは階段にしてもらった。住んでいる場所の構造くらいちゃんと知っておきたい。ほとんど非常階段扱いらしく階段はこっそりと本棚の裏側にあった。出口扉もめったに使われないらしく開いただけで警備兵に驚かれる有様だ。正面ホールの壁沿い螺旋階段の下に出たのだが、こちらからみると扉がない。景観に拘り過ぎたのか見事に壁と一体化していて、知らなければ扉があるとは気付かないだろう。


食後の運動を兼ねて長い螺旋階段を上って帰り、自室の本棚に借りた本を収める。2週間以上になる場合は延長手続きをとるそうだ。ピンポイントで同じ本を予約している人がいない限りは延長できる。借りる時係員がメモを取っていたから紙媒体で管理しているのであれば大変だろうと思ったが、蔵書情報も魔法媒体に保管してあるそうだ。ただ、横のつながりがなく単体での管理だったデータを指輪システムと連動させて貸出管理につなげたのはここ数年でのことで、扱える技能者が限られており、現状まだまだ改良の余地ありとのこと。



「(人は魔法を魔術として汎用化するのに長けているからな。他種族との交流がもたらした技術革新だ。まあアース研究の成果でもあるんだよ。パソコンってやつだ。)」



そういうものがあるという程度の知識だったそうだが、着想を得れば頑張れるのが白のいいところでもあり、怖いところでもあるそうだ。仕組みはともあれ発達すれば事務仕事が楽になる筈だ。是非頑張ってもらいたい。


集合は1階の演習場だというので時間潰しも兼ねて帯剣したタタラと庭から向かう。タタラの隊は週に1度全体訓練を行っており、その間街の警備が手薄になるわけだがそこはギルドから助っ人がくるそうだ。信頼のおけるメンツに直接声がかかるので大体同じ顔ぶれで、平時も手が足りない時に手伝ってもらってるので準衛兵扱いなんだとか。今回は合同なので別の隊もくるという。



「(訓練といってもな、今日のは平和に慣れて鈍りがちな王宮警備に喝を入れる為のレクリエーションだ。入れ替わり立ち替わりかかってくるのをいなす作業だよ。)」



13時の集合にはまだ早いが既に賑わっていた。タタラを視界におさめるとわっと歓声がおこる。上からも聞こえたので見上げると何やら観客席のようになっている。平坦な床だったはずが今は段々のベンチ仕様だ。



「隊長も参加するって聞きましたっ。てっきり無理かと諦めてたんで嬉しいですっ。」


「(おう、順応性高かったんでな。連れてきた。)」


「そちらの方が・・・。ああ、本当だ、雰囲気がおかしい。」


「(ヌル、覚えきれんだろうから紹介は割愛するぜ。ゆっくり覚えてくれればいい。)」


「え、折角なので名乗らせて下さいよっ。ラルラミュートです。」



ヒアリング結果は芳しくないが名乗られたのはわかる。



「(ヌル、と。よろしく。)」


「(まだ言葉分かるわけねえだろが。覚えてる最中だ。念のせろよ。)」


「・・・あっ。(失礼しました。ラルラミュートです。)」


「(お、ヌルじゃねえか。あんたも参加してみるか?)」


(昨日ぶりだね。私は見学だよ。)


「(バンド小隊長、もう会ってたんですかっ?)」


「(おうよ。スィルもな。)」


「(・・・え。まさか牧場に?)」


「(くくっ、てっちゃん見に行ったのよ。異世界見学だ。)」


「(かっ、あの車でか。目立ってたぜ?)」


「(へえ、地下に現れたって聞いたよ。でも勇者じゃないんだねえ。)」


「(馴染むの早くない?まだあれから3日だろ?)」


「(なんでてっちゃんなんだよ・・・。もっといいとこあんだろうが。)」


「(それ、御者の兄さんのじゃん。すげぇな。)」



わらわらと集まってくる。デジャヴだな。方々で話すものだからガヤガヤと思念も音も雑音のようになってきた。聖徳太子じゃないので一斉に話されても理解が追い付かない。言葉を返す余裕はないが、まあおおむね歓迎されているようだ。


ぼぉんっと鐘が鳴る。音の発生源は2階に設置された銅鑼だった。ベンチに座る人も少し増えたようだ。レクリエーションと言うだけあってちょっとしたイベントなんだろう。



「(整列っ。)」



タタラの号令でばばっと群がってた獣人がきれいに並ぶ。8列プラスポルパロッタだ。列に7人いるから57名、タタラと休暇中の副官入れて59名がタタラの隊らしい。流石にこれだけいると種族も被るようだ。狼っぽいのが多いのはタタラの影響だろうか。それとも里が近いのかな。まあ正直耳は兎くらい特徴がないと犬猫系とそれ以外にしか区別できないし、尾も種族が分かるほどじゃない。・・・いや多少はわかるのか。レッサーパンダっぽいのがいる。スィルのように一見じゃ人と変わらないように見えるのもいるね。女性はいない。



「(急に休みとっちまって悪かったな。紹介する。俺が担当するアースで3番隊専属文官見習いのヌルだ。優秀だぞ?まだ読めねえのに仕事してるからな。訓練にも参加する。もちろん内容は俺らと違うが魔法・体術の基礎を教えるんで、了承しといてくれ。)」



タタラのアイコンタクトを受け前に出る。



「(ヌル、という。よろしく。請求書、だせ、よ?後で、行く。から。)」

「(くくっ、もう未提出者の名前リストアップ済みだからな。よかったな?グラチェノーレ。名前覚えられてるぜ。)」



皆の視線を集め笑われて、うへぇとばかりに動揺をみせたあいつがグラチェノーレか。覚えた。尻尾が細目で長くしなやかなので猫っぽく思う。ラルラミュートはバンドの隣の列の1番うしろにいて、スィルはまた別の列の真ん中だ。この整列が小隊ごとなら14名小隊が4つかな。先頭は小隊長とその副官だろう。



「(んじゃあちらさんがくる前にウォームアップだ。)」



"応っ"と威勢のよい声と共にそこここで組手が始まった。武器を使わない基礎体術だ。どうも皆が同じ攻撃を仕掛け、決まった防衛をしているようなのだが、その習熟度合いに違いがあるのもわかる。ラルラミュートの組はひとつひとつじっくりと確認しながらやっているようで、バンドの組はひとつひとつの動きが俊敏で予定調和の筈が普通にやりあってるようにしか見えずハラハラする。印象が違うのはスピードのせいだけではないのだろうが、じゃあ何かと問われてしまうと上手く説明できない。大体にしてちゃんと目で追えてないのだし。



「(これな、ヌルにも覚えてもらうから。)」


(・・・無理かと。)


「(無理でもだ。得物が何になるにしても基本の体術は必須だぜ。ああ、武器なしでフィールドには行かせないからな。体術だけでやりあう方が難しいんだよ。)」


(もう少し魔術師的なポジションがよかったよ。)


「(魔術に長けてる奴は往々にして体術を疎かにしがちだがな。俺が面倒見る以上、ここは譲らない。魔法で強化するのはいいぜ?だが日々の訓練がなきゃその動きは素人のものになる。)」


(前衛後衛みたく分かれたりしないの?なんか魔術師も前線にいそうな響きなんだけど。)


「(戦争ならそれでいいだろうな。敵の布陣をみて攻めていられるうちは、だが。後衛とはいうが、何をもって後ろとする?前とはどこだ?絶対安心な場所などないんだよ。だいたいヌルは単独でフィールド出る気だろうが。あんたには最前線しかないぜ。)」


(・・・そんな細かい情報も伝わってる?)


「(あー、これも漏れの一種だな。伝えようとしてまとめた情報じゃないものまで付随してんだよ。大丈夫、今は漏れてないぜ。ヌルのイメージはソロだったからな。死んでもいいなら。死ぬ気で頑張れるだろう?)」


(この耳飾り、大事にするよ。)


「(くくっ、そうしてくれ。)」



2階が騒めいたので何かと思えば王が向かってくるのが見えた。今日はお供つきだ。1階に来るってことは見学ではないのかもしれない。闘技会にも参加すると言っていたしね。


王が演習場内に踏み入ると2階は静かになった。だが訓練は止まらない。



「邪魔するよ。」


「(ああ、来ると思ったぜ。)」


「タタラも参加すると聞いたからね。たまには弟子の相手を頼むよ。」


「(準備運動はいるか?)」


「そうだね、歳だしな。少し慣らしてからにしようか。」



王が2階に向けて何か言ったことで騒めきが戻ってきた。大方"楽にしていい"とかそういう類の事を言ったのだと思われる。上の対応をみるに訓練が中断されないのには取り決めでもあるんだろうが、タタラにへりくだる様子が全くないのはきっと異例の事なんだろう。つられて僕も礼すらとるタイミングを失ったが本来は跪くべきだったのかもしれない。



「(ヌル、ゆっくりやっから見てろ。これは身体の動きを確認する為の形だ。どう拳を突き出し、どう蹴り上げ、どう防ぎ、どういなすか、効率よく肉体を動かす軌道を覚えさせ、思い出させる。)」



周りは徒手空拳での確認を終えたようで各自武器を使い始めている。



「(タタラはやたら"形"が気に入ったんだよね。)」


「(無意識の我流よりも意識した我流のほうが強いと知ったからな。形を知ることで無駄が減り、形を考えることで技が増える。形が染み込むことで無意識の中にも効率の良い動きができるようになり、我流も精錬される。これは白の知識であり技術だ。俺らも群で戦いを覚えるし強い奴に教えを乞うこともある。だがここまでしっかりした形をもつトコは少ないと思うぜ。)」


「(大概の獣人は本能重視だからね。それにつけこむような戦略をよくとってたよ。天性のセンスだけで戦っているようなものだから、個体差が大きいともいえる。連携しているようで粗が多いんだ。そして意外なことに人よりも切り捨てるのが下手なのが多い。ねぇ、タタラ。)」


「(ひでえよな。弱い奴んとこ狙うんだから。まあ、基本なんだが。)」


(・・・そこは獣人も人も変わらないんじゃないか?個人差だと思うが。仕掛けたのは白なんだろう?攻め手が切り捨てるのは当たり前だ。受ける側は捨てるも何も全員で生きていたいのが普通と思う。)


「(そうだね。でも我々白はね、長らくそうは考えていなかった。獣人を対等なものとみなしていなかった。"獣"の分際で"人"の真似事をしていると、そう捉えていたんだよ。)」


「(あんたは初めからそんな風でもなかったがな。)」


「("獣"だという理由で蔑む気にはなれなかっただけだよ。むしろ"獣"が"人"になって話し相手になってくれればいいと思って育った子供だったからね。実際に獣人に会った時も単純に嬉しかったんだ。教育としては受けてたんだけど、根の部分はそんなだったから染まりきれなかったんだろうね。)」



この王に白を擁護する気はさらさらなかった。クーデターの中心人物なのだから当然かもしれないが・・・それにしても。そんな教育の国でよくここまで獣人が受け入れられたものだと思う。粛清やら分裂やらという結果はあるにしても、街であからさまな獣人蔑視は見受けられなかった。


喋りながらマントを供に預けタタラと対峙する。



「(んじゃ、やるぜ。ああ今日は形だけでな?不意打ちは無しでいく。)」

「(それはつまらないな。まあ本番の楽しみにしておくよ。)」



そうして始まった準備運動はとても美しかった。目で追えるのだから"ゆっくり"なのだろう。描く軌道が、ステップを踏む足が、身体の安定感が、他の組とは違う。そしてバンドの組のがハラハラした理由も分かった。あれは合間に別の動きが入ってる。"不意打ち"とやらが多かったのだと思う。


とりあえず思う事は。まず足があそこまで上がらない。人生において人を殴ることなど・・・まあ、あった気もするがそれも若かりし頃の事。武と無縁のこの僕に、これをやれと。確かにフィールドには出たいが基礎体力上げるだけでいいと思っていた。あとは危険を察知する能力を磨いて逃げるようなイメージだ。これは漏れなかったのだろうか。いや、知った上で無視されたのかもしれない。


はたしてタタラの合格ラインはどこなのだろう。終生までにフィールドに連れて行ってもらえるのか甚だ不安だ。

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