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黒の外交官  作者: 鮎味
1/19

1 いつかきたる同郷の君へ

珍しく夢を見た。


僕は泳ぐ。自由気ままにどこまでも。水飛沫をあげ、雲をかき、銀河を渡る。


・・・覚醒した今ですら夢だと思えればいいのだろうが。



違和感しかない。身体にも環境にも。だがこの感覚こそが現実であるとの証明に思えた。


目の前には馬鹿に大きい氷のモニュメント。天井に刺さる様子は柱のように見えなくもない。地面には何重にも紋様が彫り込まれ、まるで凍結しているかのように霜がおりている。ここは天然の地下空間のようで、むき出しの岩肌に何かしらの結晶と苔が育ち、幾つかは発光している。振り返れば人工的に作られた階段が見えた。


リィン、リィンと澄んだ音が響いている。



確か眠れずにベッドでスマホを弄っていた。格好も、姿勢さえもその時のままだった。が、夢を見たからには寝たのだろう。そのわりに怠さが抜けてないが。


現状を推察しようにも分かるはずもない。ただ目の前の光景がどうにもゲームや小説の世界のようで。それこそ現実的でないが異世界の景色のように思えた。



俄かに静謐が破られる。



ガヤガヤと複数の声が階段の方から響いてくる。日本語でも英語でもない。中国語でもない。聞きなれない柔らかな音の言語だ。・・・地面の紋様が文字であるとすれば筆談も不可能に思える。ガシャガシャと金属が擦れる様な音もして不穏ではあるものの、隠れようにも場所がない。立ち上がるのも億劫だ。せめて正面から相対するかとずりずりと向きを変えた。


はたして現れたのは魔導士、騎士といった風貌で7人。知る世界の出で立ちとは違えども今この場においては寝巻姿の自分よりはよほど似合っている。例え幾人かが獣じみていたとしても。紛うこと無く自分の方こそが異分子だ。


先頭の魔導士タイプが指示を出したようだ。


後方からひとりの獣耳騎士が歩みでて僕の前で膝をつく。片膝で座ったままの自分に目線を合わせるように。



[はじめまして。この言葉で、分かるか?]



・・・日本語だった。



[ああ。説明できるか?]

[・・・この言語であれば、先人が書き残した書物がある。まずはそちらに目を通して貰えるか?それから質問に答えよう。・・・立てるか?]



調子は悪いが歩けない程ではない。会話が成り立つ事にひとまず安堵した。武装こそしているが穏健に事が進むようだ。ゆっくりと立ち上がる。



[上に部屋を用意する。少し長い階段だが頑張ってくれ。]



獣耳に促され階段を上る。他の者は広場に残り何やら調査をするようだった。



[日本語が話せるのはあなただけか?]

[簡単な単語なら分かる者もいる。だが今王宮にいるので会話レベルなのは俺くらいだろうな。友人に教わったんだよ。]

[そうか。言葉が通じるのは助かる。]

[・・・俺はタタ=ライという。タタラと仲間内では呼ばれている。]

[名前・・・私の事は、ヌルと。]

[・・・ヌルは随分落ち着いているのだな。]

[考えても分からないなら考えるだけ無駄だ。それに現状それほどひどい状態ではない。何故ここにいるのか、ある程度の答えはあるようだしね。]

[・・・まあな。]



タタラの苦渋顔からまあ愉快でない結末が予想されはするが、何もわからないよりはマシだろう。



[・・・ヌルのようなのをこちらではアースと呼んでいる。]

[地球、か。]

[ああ。そこからたまに、こっちにきちまうんだ。・・・原因はこちらにある。アースは被害者なんだよ。・・・すまない。]

[・・・書物を読んでからじゃなかったのか?]

[概要くらいは。・・・昔の戦争でな、追い詰められた陣営が助けを外部から呼んだんだ。その要がさっきの凍っていた陣だ。戦争が終わって、無関係な外部から一方的に助けを呼ぶのはよくないと封印した。が、完全には止められなかった。結果、アースは未だに落ちてきてしまう。]



必要ないのに召喚され続けているって事か。渋り顔の原因は帰り方かな。定番だね。



[地球には戻れない?]

[・・・すまない。]

[ひとつ、気がかりはあるけど。まあ構わないよ。]

[・・・償いにもならないが、こちらで生活するに必要な援助は行う。困った事があればいつでも頼ってほしい。俺がヌルの後見人になる。言葉が分かるからな。]

[そうか。宜しくお願いする。他に連絡事項は?読む方が早いか?]

[・・・そう、だな。]



戦争云々などタタラのせいではないだろうに。恐らく日本人であろう友人に責められでもしたか?タタラは随分上手に日本語を使う。話せるのが彼だけとなると、さっきの柔らか言語を覚えない事には生活もできないって事か。語学は苦手だが仕事にはもう行きようがないから時間はあるし、他にすることもない。暫くはこちらの常識を身に着けることに終始しそうだ。どんなところかな。自然が多い世界だといいね。


それにしても長い。人工的な階段は所々に燭台があるだけと殺風景だ。一段一段は広く浅く。それがなおさら距離を長くしている。延々歩き続けているだけでもう疲れてきた。運動も日課にしよう。


30分ほど歩いただろうか。すっかり寡黙になったタタラに先導されてひとつの扉にたどり着く。重厚感溢れる扉の周囲には先に見たのと同様に紋様が刻まれていた。凍結してはいなかったが。


タタラが扉に手をあて現地語で何かを呟く。



[お疲れ様。ここから先が地上部分だ。]



手を出されたが丁重に断った。



[通り抜ける時少し気分悪くなるかもしれない。横につくがまずかったら俺の方に倒れろよ?]

[開いていないが。]

[見た目はな。だが解除したから通り抜けられるんだよ。・・・ほら。]



なるほど。確かに扉の所でぱつんと手が消えた。ある意味よく見る映像だが実際目の当たりにすると不気味だ。ぎりぎりまで進んで、手を扉に伸ばす。とても重厚に見えるのに何もないかのごとくすり抜けた。だが違和感はある。前に進み出ると視界が歪んだ。若干の吐き気、頭痛。度の強すぎる眼鏡をかけたかのようだ。確かにこれは気持ち悪い。



[おい?]

[長居はしたくないね。]

[・・・なら立ち止まるなよ。]

[地球じゃこうゆうの無いから。ただの好奇心だ。]

[平気か?]

[吐き気は残るけど頭痛は消えたよ。歪んだ視界も元通り。ここは書庫?]

[学者共の巣だ。]

[いいね。いつか読んでも?]

[ここのは難解だから、本を読みたいなら図書室の方を勧めるぜ。]

[ああ、ここに納めてあるのは専門書か。]



天井まである本棚にテンションが上がる。難しい本を読みたいわけではないのでいずれ図書室の方にお世話になろう。異世界の物語を読む為に言葉を覚える。読んで覚える。それがいい。



[んじゃ、こっちな。]



今度は普通の扉だった。幾つかの小部屋を横切ると吹き抜けのホールにでた。幅広な螺旋階段が壁沿いにあり、壁には等間隔に扉がある。螺旋階段に沿うように長さの違う5本の光が柱のように伸びてその中を人が移動していた。



[3階から隣への渡り廊下がでてるんだが、エレベーターつかってみるか?また気持ち悪いかもだから、階段でもいい。]

[エレベーターで。]



楽できるならしたいし、異世界の装置にも興味がある。ホールにはちらほら人がいて、すれ違う人とタタラが軽く言葉を交わしている。視線がこちらを向くから話題は僕なのだろう。タタラに続いて3番目に長い光の柱に入る。案の定これがエレベーターだった。中は半円で上り下りに分かれていて、現地語を合図に床が光り浮き上がった。綺麗だが気持ち悪い。さっきと同じく吐き気に頭痛。視界は歪まなかった。



[・・・やっぱ駄目か。]

[この症状はアースだけに?]

[魔力酔いだ。こっちに来たばかりのアースはまだ魔力に馴染んでない。故に少しの魔力にも当てられると文献にあった。]

[私にも魔力が?]

[アース・・・地球には魔力が無いらしいな。だがこちらに来たアースにはある。身体がこちらのものに置き換わる際に魔力も備わる。・・・と学者共は言っている。]

[置き換わるのか。]

[らしいぜ。・・・お、丁度いい、鏡見てみ。]



そういえばタタラが普通に喋っている。変に気にされるより余程いい。エレベーターを降りてすぐの扉をくぐった先は広めの廊下のようで、両側の壁面が鏡張りだった。鏡の合間に扉が幾つか見える。


鏡に映るのは何の変哲もない自分自身。



[寝巻きがしわしわだ。髭を剃りたいね。]

[目を。瞳に変化はないか?]



鏡に近づいて観察する。眼鏡が邪魔か?・・・いや、わかった。



[変な筋が入ってるね・・・。]

[それがアースの外観的特徴だ。虹彩に刻印がでる。模様は個人で異なるがヌルのは四方から三角が出てる感じだな。それが置き換わった痕だと言われてんだよ。]

[その根拠は?]

[知らないな。置き換わりにしたって確かめようがないだろう?仮説にすぎない。分かっているのはアースにはその刻印があるってことだ。・・・過去にペットごと召喚された事例があるが、そのペットの目にも刻印があったそうだ。]

["落ちてくる"、"召喚された"、表現の違いに意味はあるのか?]

[・・・耳聡いな。落ちてくるのは召喚陣を封印してなおこっちにきてしまった者でアースの事だ。召喚されていたのは勇者だよ。まあどちらも地球からくるんだが。]

[違いは?]

[特殊能力の強さと出現場所だ。勇者は戦闘に特化した優れた能力を持ち、必ず召喚陣に・・・その内側に現れる。アースにも特殊能力はあるが大概戦闘の役に立たない。そして出現場所はこの世界のどこかだ。ヌルは封印したはずのあの部屋に落ちたからな。ほぼ50年ぶり位じゃねえかな、あの勇者来訪ベルが鳴動したのは。学者共が慌ててたぜ。]

[だから何やら残って調べてるのか。]

[異常がないか一通り確認してから戻ると言ってたな。]



突き当たりの扉を出た先は屋外で、すでに日が登っていた。今まで窓のない空間にいた為に解放感が気持ちいい。外といっても渡り廊下には屋根もあるし両サイドは肩ほどまで塀なのだが、心地よい風が通り抜ける。街はこの王宮を中心に栄えているようだ。広い庭の先に塀があり、さらにその先にもふた回りの塀がある。その先は農業地帯の様で建物がだんだんとまばらになり、草原に繋がりやがて森に、そして山岳へと自然が眩しい。反対側を堪能する前に廊下は渡りきってしまったが、ここは好きになれそうな気がする。


中央の建物は普通に窓があった。反対側には壁面と一体化したように存在感のない扉が並ぶ。日の射し込む廊下を歩く。所々に飾られた調度は品よく、白亜色の壁面には彫刻が施され、カーテンや絨毯は重厚で刺繍までされていた。裸足の足裏にもとても優しい踏み心地だが、ここを土足か。贅沢だな。さすが王宮。召喚した勇者を使っての戦争には勝ったのだろうか。



[異常な召喚の結果が私・・・アースなんだね。]

[そうだ。ヌルは怒っていい。]

[確かに問答無用で気付けば此処にいたし、挙げ句帰れないんじゃ文句も言いたくなるが。タタラに怒っても解決しない。怒るにもエネルギーがいるんだよ。まあ、少しやすんで、本で知識を得て・・・質疑応答の後かな。対応に理不尽を感じたら怒らせてもらうよ。]

[・・・ああ。その時はその感情を受け止める。溜め込まず遠慮なく吐き出してほしい。]

[ご友人はお怒りだったか。]

[現実を受け入れきれず今も苦しんでいる。]

[・・・人には色々とタイプがある。私はご友人より地球に思い入れがないのだろうよ。]

[指輪の、相手のことは。]

[こっちにもこの習慣あるの?彼女は・・・私がいなくとも生きていける。住んでいた所も彼女の親元に近いしね。寂しがるだろうけど、いずれ立ち直る。ああ、株とかの資産、ちゃんと把握してたかな。そこは不安だけど。一応バイトしてるから急に食うに困ることはないはずだよ。]

[・・・ヌルが寂しいだろう?]

[私はどうでもいいんだ。理由はなくなったけど、生が続くなら仕方ないよね。]

[・・・。]

[別に死人のように過ごす訳じゃないさ。異世界にも興味はある。そう暗い顔する必要もない。ご友人と私は違う。そこを気にかけられるよりは今後のサポートに期待したいね。]

[わかった。そこは任せてほしい。]



一度ホールに出たがそのまま直進して反対の扉からまた同じような廊下へ出る。中程まで進んだところでタタラが止まった。



[ここがヌルの部屋になる。]



扉を開けると螺旋階段があり、絨毯が無くなって少しざらつく踏み心地になった。降りていくと大きな窓から先程みた景色が一望できる、ほどよい広さのワンルームに繋がっていた。窓の横には大きめの机があり、本棚もある。衝立の奥にはタンスとベッド、あと扉があるな。



[どうした?降りないのか?・・・手狭なのは勘弁な。長く拠点にすることを考えるとこのくらいの部屋になってしまうんだ。王宮の客間ならもっと広いんだが・・・。]

[いや、問題ない。十分だ。あの扉は水回りか?]



残りの段を降りていく。



[ああ。簡単な調理スペースと風呂、洗面、トイレがある。申し訳ないが俺と共同だ。それぞれの使い方は後で説明する。水回り挟んで隣は俺の部屋になる。ここは武官用の宿舎なんでな。鍵はかけれるから半個室って感じだよ。]

[世話をかける。]

[このくらいは何でもないさ。ヌルがこちらの常識を覚えて、もし他に移りたいと希望するならそれも可能だ。国の制度として10年間はここと同レベルの生活を、金銭を保証する。10年後も援助を希望する場合は王宮に住んでもらい色々研究に協力してもらうことになる。]

[ふうん。世話する見返りはモルモットか?]

[非人道的なことはしない。アースが被害者だというのは国全体の認識だ。手助けするにしても情報があったほうが良いだろう?その為の研究だよ。10年間は協力は任意でいい。参加した場合は賃金が支給される。]

[バイトのようなものか。]

[国のお金も無限じゃないからな。選べるようにしてあるのさ。自活の道を探るもよし、のんびり王宮で暮らし続けるのもよし。お勧めは保証のある10年間のうちに働いて貯金しておくことだ。家賃払えばここに住み続けることもできる。選択肢は多い方がいいだろう?]

[現実的な制度で何よりだ。どうするにしてもまずは言葉か。]

[共用語はひとつだけだ。これをマスターすれば職にも就きやすい。同時に魔力の扱い方も教えていく。こちらに才があれば道が拡がるし、もし念話が取得できれば語学はかなり楽になる。]

[その教育は保証のうちか?]

[もちろんだ。進め方は後見人任せではあるが、規則としては共用語のマスター、自己の魔力制御が保証項目になる。もっと言うとこれができない場合は10年後も王宮から出られない。危険だからな。]

[この歳で学生に逆戻るとは思わなかったよ。貯金する方向でいくが、今のところ研究に参加する気はない。他にできそうな仕事があれば紹介してくれ。]

[前職は何だ?]

[事務だ。書類纏めたり計算したり。]

[それなら言葉を覚え次第仕事はある。]

[それは重畳。先行きが明るいね。]



本棚に一冊だけ収まっていた本をタタラが机においた。



[これは友人が自立する際に残していったものだ。オリジナルになるんで多少彼の心情も吐露されているが、それも含め読んで欲しいと思う。ヌルの生き方の参考になるだろう。・・・腹はすいてるか?]

[いや、そうでもない。]

[ならば軽食を用意したら俺は下がるよ。夕食は食堂にいこう。靴や服もそれまでに用意するから。]



そう言って水回りの扉へ向かった。かちゃりと扉がしまる音を後ろに聞きながら、さっそく椅子に腰掛け本を手に取る。


"いつかきたる同郷の君へ"


それはそんな手紙のような書き出しだった。

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