私以外みんな怪物【夏のホラー2018参加用】
どうにも今度こそホラーと言い切れなくなってしまった気がしますが…
突貫工事なのであとであちこち直すかもです。
「あのね、時々世界は私以外みんな怪物じゃないかなって思うことがある」
肩までのやわらかい髪の女の子が掛ふとんから顔だけ出して、私にひそひそささやく。
女の子は私と同い年くらい。
私のとなりに潜り込んで私をみつめている。
この子に、同じ小学校で会ったことはない。
彼女は昨日から私のうちにいる。
なぜいるのかは、思い出せない。
「どうして?」
「わかんない。
でも時々そういうことない?
夜ね、ひとりで寝てるときに、キッチンや他の部屋からお母さんやお父さんの声がするでしょ、
たまに、わたしのこと言うでしょ、テストよくないとか、お行儀悪かったとか。
そういうときね、本当は、ずっと人間のふりしてるけど、それは嘘で、お母さんもお父さんも本当は怪物で、いつか私を食べちゃう相談をしてる。
っていう気がする」
私もこっそり、打ち明ける。
「わかる、私もそんなことを思ったことある」
「ほんと?」
隣の少女は、丸い目を見開いてうれしげになる。
「でもそれ、確認できないでしょう」
「うん、だって私が起きていくと、みんな一瞬ですばやく人間の仮面をかぶって人間の言葉でなんでもない話を話し出すの。それはもう光の速さなの。
でも本当は中身は恐ろしい怪物で、いつも私がそれに気が付かないか、じっと皮の下から観察してる」
「気がついたことを気づかせちゃだめね」
「そうなの。そう思うのっておかしい?」
「いいえ、あると思うわ。どうしてそう思うのかわからないけど」
私は彼女の額から目にかかった前髪を指ですくって横によけた。
世界は私が思っているような世界ではなくて、実は全然違う姿と仕組みをしていて、それを私にだけは隠しているんじゃないかしら。
わけもなく、理屈にもあわないのに、それはわかっているのに、そんな不安をふと抱く。
それが完全に消えないのだ。
この子より、私のほうがたぶん少しお姉さんだけれど、その懐かしい感覚は、まだ覚えている。
「もう寝るよ」
少女は私の言葉にうなずき、自分の布団に帰った。
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私が起きた時、私はひとりで布団にいた。
部屋の中はすっかり明るくて、ドアの向こうからはテレビの音や物音が聞こえる。
ふと、部屋の中を見回す。少し違和感を覚え、見回すたびにざわざわとそれは大きくなった。
ここは、私の部屋と少し違う。
カーテンも壁の色も、昨日までの私の部屋とは違っている。置いてあるものも…?
なんだか、変。
私は寝間着のまま部屋の外へ出てキッチンへ向かった。
シンクに立ってエプロンを付け、水仕事をしている女の人がいた。
知らない、私のお母さんくらいのおばさんだ。
でも微妙に、顔やからだは全体的に、お母さんに似ている…?お母さんの姿を適当に真似しようとして、失敗したような…?
「あ、おはよう。æ–‡å—化ã ' ちゃん」
「…え?」
その知らない、私のお母さんくらいのおばさんは、私を見て、私に向かってよく聞き取れない音を発した。
「パンが樟雎。縺ョ縺薙→縺ァ縺ゅk縲。ごはんも躍+撝 0・・} 芭灯遏 慧 C。
どっちがいい?」
彼女の口からは言葉のように聞こえるけど、意味の取れない音が次々流れ出る。
私が立ち尽くしていると、同じ年齢くらいの男の人がキッチンに続くリビングに入ってきた。
「ああ、おはよう、繝“ã?®ãƒ¡ãƒ。昨日は 、、、ヲ、ィ、ェ 」ー」ア」イ」ウ」
こっちもだ。人が増えた。わからない人が…
どういうこと?これは夢?
お母さんたちは?私は普通にしゃべっても大丈夫?
テレビから聞こえてくる音声は、一見普通だ。
私は手を握り合わせ、彼らを刺激しないようにそろそろと動いて、玄関へ向かった。
女の人がそれに気がついて、キッチンから廊下に顔を出し、何か言う。
どうやら、出ていくのを見咎められ、制止されているみたい。
私は急いで、玄関にあったサンダルをつっかけて、ドアを開けた。
ドアを閉じるとき、振り返ると、男の人までも廊下に出てきて私の方へ向かってくるところだった。
何か言っていたけど、怒っているような表情ではなかったけど、それがかえって偽装に見えてあやしい。
外に出るとたちまちぎらつく太陽を浴びた。
猛暑で、朝でもすでにアスファルトに跳ね返った熱にあぶられるよう。
私は、あたりのようすを見回した。
知っている街だけど…なんだかいつもの街と違う。
私は家の前の小道を抜けて少し大きい通りへ出た。
見覚えのある、いつものパン屋や電気屋の看板が見える。
そうだ、ここ、私のうちからは町ふたつほど離れた、小学校のそばじゃないの。
どうしてここにある家に寝ていたのだろう。
うちに帰らなきゃ。
そこに本当のお母さんたちがいるはず。私がいないことを心配してる。
私は自分のうちに向かって歩き出した。
道は覚えているし、ほとんど問題なかった。
でも、覚えてる街と少しずつ違う…
あるはずのマンションがなかったり、建物が公園に置き換わっていたり…
半分ほど歩いたときに、すれ違おうとした知らない男の人が話しかけてきた。
「竺軸宍雫七 而耳自蒔・ゥ?」
やだ、こんどはまったく一語もわからない音声だ…
その人が私に間合いを詰めて近寄ってきたので、私はさっと身を離して逃げた。
その人は、大きな声で後ろからなにか呼びかけた。
振り向くと他のおばさんを呼び止めて仲間に引き入れて、私を指差し、なにかいっている。
一緒につかまえろと呼びかけているの?
いやだ、怖い…
私は足を早めてどんどん逃げた。
男の人に呼びかけられて、すれ違う制服を来た男の人も私を見て、立ち止まったけれど、
その脇をすり抜けて走って逃げる。
世界、どうなっちゃったの?
昨日女の子とふたりで話したように、今まではおとなしく私をだまして、何事もない平和なふりにつきあっていた世界が、ついにその化けの皮を脱いで、牙をむき出してきたの?
今日がその日なの?
そんなばかなことって。
これは夢よ。悪い夢。誰か助けて。
家までいけば、お母さんとお父さんとおばあちゃんがいる。
もしかしたらお母さんたちまで宇宙人のような存在で、私をだましていたってことがあるかしら。
いえ、きっと大丈夫。
そうだとしても今までお母さんだったんだもの、少しは、私のことかわいいと思って、かばってくれるかも。
少し走ると、暑さのせいか疲れて、私は走るのをやめて早歩きになった。
でも、おかしい…
家のあるところまで来たのに、なんだか周りの建物の様子が違う。
たしかに家のある土地のところまできたのに、建物も違う…
私のうち、どこへいっちゃったの?
途方に暮れて道に立ち尽くす。
すると、小さなやわらかい感触の手が、急に私の左手に触れて、握ってきた。
「こっちだよ」
昨日から一緒に居た、あの女の子だった。
袖なしの白いシャツの丈から少しだけのぞくデニムのショートパンツ。
涼し気な格好がよく似合う。
ああ、あの子だわ。
私はひどく安心して、手を握り返した。
ねえ聞いて、この事態、わかる?
ついにそうなったのよ、世界が。
言葉が通じなくなったし、知っているひとがいなくなったの。
いえ、知っている人がひとりいたわ。あなた。
少女は、私に笑いかけ、私の手を引いて、どんどんと歩いていく。
少なくとも味方がひとりはいるわ。
この子はもしかして私を助けるために来てくれた神様のお使いかしら。
「あなたの名前は?」
私が聞くと、少女は振り向き、少し悲しそうな顔を向けてきた。
「私を知らないの?私はまりんだよ」
「まりん…」
まりん。ま、り、ん。
何か、大事な言葉、呪文のような大切な響きだったような。
私はその言葉を繰り返した。
唐突に、一音一音が意味のある世界につながった。
つながらなかった電波がアクセスできたように。
「ああ、まりん。まりんね。」
「そうだよ。ウミコおばあちゃん」
ああ、そうだわ、この愛しい子は。
私のかわいい孫。まりんじゃないの。
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私はマンションに帰って、娘と義理の息子に詫び、部屋に戻った。
「おばあちゃんね、昔の夢を見ていたの。おばあちゃんがまりんくらいの子供だった時の夢」
その夜、自分に起こったことをできるだけオブラートに包んで、問いかけるまりんに話した。
自分以外の世界全部が怪物じゃないかと思うことがある。
昨日、この子はそんな話をした。
--あらまあ、どうして?
でもね、ちょっとわかるよ。おばあちゃんもね、そう思ったことがあったわ。
そんな話をした。
「まりんがあんな話したから?だから夢を見たの?」
そうかもしれないわね。
それに、もうじきこの街のひとつ駅向こうの、完全介助つきのホームに行くことが決まって、少し感傷的になっていたことがあるかもしれない。
夢もいいものよ。おばあちゃんには、もう、夢でしか会えない人もいるもの。
でもね。
「まりんが来てくれて、本当に良かったわ。ありがとうね。
夢から覚めてよかったわ」
でも、娘のナミとお婿さんには、辛い現実を見せてしまったわ。
私ももう終活さんね。
現実はずっしりと身にのしかかってくる。
今までよく、ぴんしゃんしていたほうよ。自分に言い聞かす。
みんな考えもしないし考えたくないの、自分がボケて、
自分の子供の顔もわからなくなって、誰と聞いてしまうことがあるなんて。
できるならそんな現実を見ずに人生を済ませたいものだったわ。
でもね、やっぱり現実に戻ってこれてよかったわ。ここまで長生きして良かったわ。
まりんに会えるもの。
これから、少しずつ夢の時間が増えて、あなたに悲しい思いをさせることがあるかもしれない。
でもそれは、きっともう少しのこと。
あなたとわかれる日まで、あなたやあなたのママやパパをあまり悲しませることのないように、
頑張ってできるかぎり現実に居なくちゃね。
終わり
夏のホラー企画をきっかけにいくつか妄想を最後まで文字で話にする機会、修練の場をもてて勉強になりました。お付き合いくださった方々ありがとうございます