第二話 興行
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「義母上殿、イベントとは?」
凍えそうな程の空気に耐え兼ねて尋ねると――
「稀代の大英雄、倉澤蒼一郎と帝国最強の冒険者メアリの激戦なんて一大イベント以外の何物でもないでしょ? それなのにたった二人でひっそりとやるなんて勿体ないということだよ、婿殿」
……――とハーティアはチッチッチッと指を振って得意気に言った。
要は大々的にやれ――、いや、やらせろということか。
自惚れるわけでは無いが、確かに観客を集めて金を取れる対戦カードだ。間違いなく金になる。
「ヴァリーの空間制御術式を応用した疑似ヴァーチャル空間なら現実感を残したまま安全に戦えると思うんだよね」
キャスタードラゴンや仮腹の儀の件ですもそうだが、空間関係の術式ともなるとヴァリーに一日の長があるようだ。
視線を移すと胡桃さんに押し倒されて、ぺちぺちと犬ぱんちを喰らわされたり、顔を舐め回され、完全に玩具と化したヴァリーの姿があった。
――流石の魔人も胡桃さんが相手じゃ形無しだな。
暫く胡桃さんには退屈な話が続く。そのまま胡桃さんの遊び相手になってもらうことにする。
「魔術的なVRですか? いや、ルカビアンの言うVRなら自分の知るVRとは別物か?」
「精神をヴァーチャルアバターに憑依させてプレイヤーの身体性能、五感と第六感も完全再現! 普通の、ううん。普通じゃない人間でもリアルとの区別が付かないんじゃないかな。安全って言っても心が死んだと認識したら普通に死んじゃうし。空間干渉を使って瞬時に蘇生して元の肉体に戻すから死んだことに気付かずに、あーあゲームオーバーになっちゃったか程度になると思うけど」
疑似VR空間とは言うが、矢張り、自分の知るVRとは全くの別物だ。
だが、その発想よりも、思い付いたことを即座に実現出来る能力を持ち合わせているところがルカビアンの超越種たる所以か。改めてそう思い知らされる。
「何と無く仰りたいことは分かるのですが、自分とメアリですよ? 長く続いたところで精々五分。場合によっては一瞬でケリが着く可能性だってあります。イベントと言うには盛り上がりに欠けるかと……」
視線をメアリに移す。
「メアリ、貴女だって観客の期待に応えて長引かせようなんて思わないでしょう?」
「別に見られてるからって萎えることはないけど、散々待ちに待たされた御馳走を目の前にぶら下げられて淑女でいられる自信は無いわねぇ」
要はどうなるか分からない、と。
何はともあれVR技術のお蔭でこの食いしん坊の飢えを安全に満たしてやれることに関しては、ルカビアン万歳と言っておく。
「二人だけでやるのは勿体ないって言うのは、そういうことじゃなくって、どうせなら、もっと参加者をいーっぱい募ってみようよってお話だよ。二人に負けるとは思ってないけど命をベットしてまで、それを証明したいとは思わないって人は沢山いるだろうからね。丁度そういうことが得意な娘が――」
三、二、一とスリーカウントの後、何者かが錬金工房の扉が開いた。
「おっ邪魔しまーっす! あ、ヴィヴィアナ来てたの?」
ぐったりとした様子のアーベルトさんを小脇に抱えたティアメスが現れた。
どういう状況なんだ。貴方達に一体何が起こった。衛兵団長ともあろう者が荷物のように運ばれる様を市中に晒したのかとか色々突っ込みどころはある。
だが、何よりの突っ込みどころは朝一から千客万来にも関わらず、まともな人間の客がまだ一人も来ていないこの工房だ。
「ティアメス、久しぶりー!」
「ハーティアも久しぶり! 縮んだ?」
「縮んだー。その男の子は?」
「彼氏ー!」
騒々しさに顔を出したハーティアがのほほんとした調子でティアメスと旧交を温める。
「ふぅん……、委員長さんは魔人ハーティアに婿殿って呼ばれて、衛兵団長さんは魔人ティアメスから彼氏扱い。委員長さんだけじゃなくて団長さんも魔人と親しい――、今日一日だけで随分と帝国の闇を見せ付けられたわねぇ」
自分達の周りの空気は冷え切ってるが。
――どうする?
アーベルトさんに視線で語り掛けるが、不味い所を見られたと蒼褪めた顔をしている。
――駄目だ。この人、役に立たねえ。
自分の運命を背負う覚悟をしてくれた愛しい妻に視線を向ける。
二階の廊下から此方を見下ろしたまま無言で首を横に振られた。
『諦めなさい』
――そんなご無体な。
ハーティアは頭の中で何かしらを企んでいるのか自分の視線に気づいていない。
ティアメスは頭がお花畑だ。
ヴァリーは胡桃さんに押し倒されたまま玩具にされている。
――そのまま面倒見といてください。
仕方が無くヴィヴィアナに視線を向けると意地底の悪い笑みを浮かべていやがった。
ろくなことにならなそうだと思い目を逸らすと怒気が刺さった。
――知らん、知るか、日ごろの行いを顧みろ。
「ま、大体の状況は全部聞いてたんだけどねー!」
ティアメスが悪びれもせずに言った。
聞いていたのに乱入してきたのか貴様は。アーベルトさんの彼女でも引っ叩くぞ。
「流石、ハーティアだよ。アー君との未来のためにソウブルーでも爵位取っておきたいと思ってたし、調度良いタイミングで戻ってこれたかな?」
ティアメスが小脇に抱えたアーベルトさんに頬擦りしながら、ただでさえ締まりのない表情を更に緩ませる。
「ソウブルーのバーグリフと言えば、戦争の準備の為に内政をバッチリこなす仁君の皮を被った戦争狂だし? 人、物、金が一気に流入するって分かれば、二つ返事で頷いてくれそうだしね」
帝国に潜伏していた期間が長いとあって、その辺の事情は熟知しているらしい。
「しかし、参加者を募ると言ってもすぐに集まるようなものでは……ましてや帝国の情報伝達速度や販促手段では」
自分が疑問を挟むとティアメスは、その突っ込みを待っていたと言わんばかりに笑みを浮かべる。
ソウブルーの爵位が欲しいが為にイベントを企画するのが人類共通の敵、魔人であることは敢えて無視することにした。何もかもが今更だ。
「ふっふーん♪ ファルファクス貴族ティナ・ハルモンドにして、ルカビアンの十九魔人序列十五位の魔人ティアメスに任せておきなさい!」
得意気に胸を叩いて、程良い大きさの乳を揺らすのは別に構わんが、他所の地方の貴族の正体が魔人とか、メアリの前でその発言は破壊力があり過ぎる。
強い相手と戦えれば何で良いとは言うものの、魔人は全人類、全世界共通の敵という帝国的な常識は流石の彼女でも持ち合わせている。
普段のメアリなら四体の魔人を前に闘争本能にうち震えるところかも知れないが、野性味を感じさせる双貌は不信感で冷えきり、自分とアーベルトさんを射抜くような視線で貫いてきた。
それに気付いているのか、それとも気付いていないのか、「よし、じゃあこうしよう!」とティアメスは掌を叩く。
その声はどこまでも底抜けに明るい。
「まずターゲット層は帝国騎士団、帝国衛兵団、冒険者ギルド、戦士ギルドの四組織!」
メアリの耳がぴくりと動き、鋭い瞳が好奇に揺れた。
「秘密主義の盗賊ギルドや魔術師ギルドは呼び掛けても参加しないだろうし、魔術兵装、魔術、魔力による身体強化抜き!」
「こっちは完全武装の委員長さんと戦えるのを楽しみにしていたんだけど?」
軟化しかけていたメアリから再び剣呑なプレッシャーが放たれるが、ティアメスは動じることなく、そして笑みを崩さない。
「でも、戦士ギルドの人達って魔力抜きの純粋な身体能力と戦闘能力なら冒険者に負けないって息巻いてるんだよね? それを証明する機会を見逃す手は無いよね。参加者もいっぱい来るんじゃないかなー」
「それは……」
メアリの頭の中でどういう光景が広がったのか定かでないが緩む口元を抑えて、たじろぐように後退る。
「それにスケイルドラゴンの出没以降、帝国騎士団も冒険者や帝国衛兵団ばかりに良いところ、ぜーんぶ持っていかれて面白くないと思うんだよね」
「打倒、倉澤蒼一郎! 打倒、アーベルト! 打倒、メアリ! って、必勝の布陣で参加してくるかも知れないね」
ハーティアがティアメスの援護するように、大袈裟な身振りで声を張り上げた。
「…………」
――だから、貴女の頭の中でどういう想像が広がっているんだ。
口元を隠していても瞳が愉悦に塗れ、目尻は垂れ下がっているのまでは隠せない。
寧ろ、二者択一の欲望に挟まれ、苦悩している。
「冒険者の中にも名前を売りたいランクAやランクSも……その顔は心当たりがありそうだねぇ。何ならエキシビションマッチでメアリVS倉澤蒼一郎! 時間無制限ルール無用の冒険者最強決定戦!
――なんて最後の締めくくりには持ってこいだと思うんだけど協力してくれないかな?」
洗脳を喪失させるためだけに数百年もの間、宮廷魔術師として帝国に潜入していたとだけあって、その辺の機微には聡いようだ。
ついにメアリは今までに見たこともないような満面の笑みを浮かべてティアメスの手を取った。
「手筈は任せるわ。ハルモンド卿」
面倒な目撃者を此方側に引き込むことが出来た。
これで一安心――
「私にも出ろと言うのか、ハルモンド」
……――と思いきや、今度はアーベルトさんが異論を挟む。
流石のアーベルトさんでも、僅か十日でカバーストーリーでファルファクスに巣食う病巣を完全に駆除するのは余程骨だったらしく、ティアメスの脇に抱えられたまま不満を顔にした。
死ぬ程疲れているのか、諦めたのか、そういう性癖なのかは定かではないし、それを明らかにする気も無いので自分からは何も突っ込まないことにしておく。
「帝国最強決定戦にアー君がいなかったら始まらないでしょ? さ、支配者さんの所に行きましょ? アー君もバエル討伐とファルファクスの平定、それからファルファクスの爵位叙勲の話が出てることとかも報告しなきゃでしょ?」
流石と言うか、何と言うか、恐らく僅か十日で自分が想像以上の活躍をしたのだろう。
だからと言って女性に小動物のように扱われたままでいるのは如何なものかと思うが。
踵を返したティアメスが扉に手を触れるよりも先に扉が開き、線の細い長身の男が入ってきた。
「あ、ガラベルだ。おひさ~!」
此処に来て魔人の更なるおかわり発生である。
彼は「おう」とティアメスに手を振り、当たり前のようにヴィヴィアナの胸に腕を抱かれる。
このバカップルが、此処はお前らの盛り場じゃないぞ、と。
「ティアメス、その興行に俺も参加させろ」
「良いよ、帝国最強決定戦のダークホース。流れ者の傭兵ガラってことで登録しとくねー。これで腕自慢の風来坊も参加しやすくなるかな?」
「ありがとよ」
気の良い元ヤンの兄貴然とした笑みから一変して、眉間に皺を寄せて自分を睨み付ける。
「倉澤蒼一郎、俺は貴様が気に食わん」
ここまで面と向かってストレートに嫌悪されるのはもしかしたら初めてかも知れない。
敵意や悪意が沸き立つどころか、新鮮味を強く感じた。
「だが、ライゼファーとの和解は既に成立し、ヴァリーのお気に入りで、ハーティアとは義理の親子。最早、俺一人の個人的な感情で貴様をどうこう出来る状況ではない」
「それでも憤りが収められない。だから、この機に決着を付けようと言うわけですか。良いでしょう。ケリ、着けましょうか」
「委員長さんから魔人専用のフェロモンでも出しているのかしら?」
メアリが羨ましそうに空恐ろしいことを口走る。何なら代わってもらいたいくらいだと言うのに。
「じゃあ、お前の相手はヴィヴィアナ先生がしてやるよ。ティアメス、ガラの妻ビビで登録しといて」
「あら、これは幸運ね」
上位の魔人を相手に幸運などと大言壮語を吐けるのは大陸広しと言えども彼女くらいの物だろう。
何故、ヴィヴィアナがそんな気紛れを起こしたのか、理由は不明だがこれでメアリの機嫌が少しでもよくなるなら儲けものだ。
「おっけー、後の事は風の噂に聞いてね!」
「いやいや、風の噂って……」
「大丈夫! ルカビアンが流す風の噂だよ!」
「帝国全土に情報の嵐でも巻き起こすつもりですか」
「流石! 良い読みしてるね!」
いや、読みじゃなくてただの皮肉――、と口にするよりも先にティアメスが姿を消す方が早かった。
言うべきことは言った。これで用済みとでも言わんばかりにガラベルとヴィヴィアナの姿も無く、メアリも一先ずの納得を得たらしく消えていた。
何はともあれ、だ。
帝国最強を決める武闘会の開催に向けての第一歩が踏み出されることになった。
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