第一話 誘引
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ハーティアの復活から十日が過ぎた日の朝――。
憩いの時間が一段落して、これから各自思い思いの日課を過ごそうか。
そんな頃合いに、早速一人目のお客様がカトリエルの錬金工房の扉を叩いた。
錬金術師の工房と言っても主な客層は富裕層の女性。
入り口を入ってすぐのカウンターには、客層に合わせた美容化粧品が数多く並んでいる。
当然、真っ当な錬金術師としての力を求める顧客も少なくは無い。
とは言え、要塞や教会、各ギルド向けの治癒薬や、回復力を高める効能を持つ包帯や、携帯ホールプラント等は倉庫の奥に積まれており、毎朝、リディリアさんが納品のために職人地区やギルド地区を走り回っている。
最近はネフェルトがそれを手伝うようになり、それを見た胡桃さんが散歩兼、納品のお手伝いをするようになった。
「胡桃さん、絶対に私よりもネフェルトの方が好きですよね」
何処まで冗談で、何処まで本気なのかが謎だが、胡桃さんを取られて若干ジェラシーを感じている発言が増えた気がする。
――それは既に自分が通った道だ。
それはさて置き、カトリエルのお客様の話に戻そう。
富裕層の女性、要塞、教会、各ギルドとくれば、次は若い女性冒険者。お目当てはアクセサリー型魔術兵装だ。
カトリエルが得意としているのは、一般的な魔術師や錬金術師同様に、魔石に刻印する術式のデザインだ。
総合的な腕の良さで言えば、ドワーフの上級職人に軍配が上がる。
しかし、彼等の作る魔術兵装は超高性能、超高品質、興が乗ればレーベインベルグのような封印指定を受けないギリギリのラインを突いて来る有様だ。
彼等の手で造られた物は、兵器と言うよりは芸術作品と呼ぶに相応しく、非常に高価だ。
如何に冒険者が稼げる仕事とは言えども、おいそれと手を出せる代物ではない。
ドワーフは種族的にも魔力との親和性が低い。
魔石に術式を刻印することは出来ても、魔術その物を封入することが出来ず、魔術師ギルドに委託するという形式が成り立っている。
ここで発生するロイヤリティがえげつないせいで、そのまま商品価格に上乗せされている――――という噂だ。
他にも、ドワーフ達が技術的に困難な要求をする為、ロイヤリティを上げざるを得ないという噂もよく耳にする。
別に魔術師ギルドの肩を持つわけではないが、小さな宝石に顕微鏡クラスの精巧な術式を、特殊な機材や環境を必要とすること無く刻印出来るのはドワーフだけだ。
魔術師ギルドがドワーフの上級職人に術式の刻印を依頼するケースも多々あり、職人の腕が良ければ良くなる程依頼料は大人気ない程高額になっていくので、どっちもどっちと言うか、どちらかが一方的に搾取されるような構造にはなっていないらしい。
だから、こういう相場なのだとしか言いようがない。
それに引き換え、カトリエル製の魔術兵装は金貨数百枚からとリーズナブルな価格設定で、Fランクの新人冒険者の報酬でも現実的に入手を見据えることが出来る。
しかも、見た目も可愛らしく女性向け。女性冒険者が工房を訪れる頻度は決して少なくはない。
要するに、彼女の主な客層は家柄の確かな金持ち、或いは金を稼ぐ力を持っているか、金のある強力な組織ということになる。
基本的には―――――、
「こーんにーちはー!!」
……―――――といった具合に幼い声を大きく張り上げるような小さな女の子がお客様として訪れるのは、少なくとも自分がカトリエルの錬金工房に住み込むようになってからは初めてのケースだった。
とは言え、貴族のお転婆な御令嬢の可能性も否定は出来ない。
兎も角、出勤直前で、扉の近くにいた自分が今日のお客様一号を迎え入れることにした。
扉を開けて視線を思いっ切り下に向けると、銀色の長い髪の上に小さな赤い王冠型の髪飾りを乗せた女の子と目が合った。
少女は満面の笑みを浮かべ手を振る。
身の丈百二十センチ程、年の頃は十歳になるかならないかくらいで、一言で言えばミニチュアサイズのハーティアみたいな娘――――――…………。
「義母上殿!?」
と言うかハーティア本人だった。
「姫おねえちゃん!?」
まさかの来客に思わず素っ頓狂な大声をあげてしまい、カトリエルがばたばたと足音を立てて駆け寄って来た。
幼くなったハーティアの姿に、カトリエルにしては非常に珍しい形容しがたい表情を浮かべるが、気配や雰囲気、小さな身体から漏れ出す膨大な魔力が彼女の正体を雄弁に語っている。
「やっほ、婿殿。ただいま、カトリエルちゃん」
「予定よりもお早いお戻りで何よりです。しかし、その恰好は一体……?」
「あんまりカトリエルちゃんを待たせたら、また泣かせちゃうかなって。だから精神の回復だけ十全にして、肉体の再構築は最低限にして、予定早めちゃった♪」
そう言って彼女は「時短だよ、時短♪」と得意気に続けたが、結局のところ流石の魔人も泣く子にゃ勝てぬってことらしい。
口にしたら怒られそうだから黙っておくことにする。
「大丈夫ですよ。泣かずに良い子でお留守番してましたよ」
そう言って、カトリエルの頭を撫でてやると流石に調子に乗り過ぎてしまったからか、それとも心の声が聞こえたのか、思いっ切り背中に爪を立てられ、そのまま抓られる。
「うん、二人が仲良しさんで良かった、良かった」
いや、結構痛いのですが。
「ええ、大きな子供みたいで面倒見甲斐はあるわね。それよりも、これからは一緒にいられるのよね?」
「もちろん! それでね、ちょっと奥で相談したいんだけど婿殿、時間は大丈夫?」
相変わらず、ヴィルスト達若年冒険者の育成をしつつ、絶無軍の動きを警戒するというのが自分に与えられた任務だ。
要は暇だ。冒険者ギルドに出勤しようとしていたのも、自習しているかも知れない子供達を連れて近場の依頼でもこなそうと思っていたからだ。
実際に自習しているかも、近場に依頼があるかも知らないが。
何はともあれ彼女の問いかけを二つ返事で頷き、場をカトリエルの寝室に変えることになった。
「今日の議題は、婿殿のハーレムについてです」
小さなテーブルを挟んで一人がけのチェアに座るカトリエルの膝の上でハーティアが鼻息荒く力む。
少し前の自分なら辟易していたかも知れないが、最近はこの手の話題が増え、ある意味で察していた議題だ。
彼女の提案に『矢張り来たか』と思いつつ、精神安定剤代わりにと膝の上に乗せた胡桃さんの、あごの下を撫でる。
胡桃さんの擽ったそうな溜息と一緒に自分の緊張が押し流されていくような心強さを感じ、ハーティアの議題に無言で頷き返す。
因みに、ハーティアが自分に対抗してカトリエルを膝の上に乗せようとしたが大分無理のある絵面になった為、折衷案としてカトリエルの膝の上に乗ることになった。
――何が折衷案なのかはよく分からないが。
当人同士は非常に満足しているようなので気にしないことにした。
「盗み見、盗み聞きしてたみたいでお行儀が悪いかもなんだけど、カトリエルちゃんがハーレムに拘る理由、婿殿にちゃんと説明してないなーって、ママは思ったのです。それとももう話済ませた?」
「ハーレムに、拘る理由……、貴族避け云々はもう気にしなくて良い。他に何か理由がある、そういうことなのかい?」
ハーティアからカトリエルに視線を移すと、彼女は珍しく困った様子で視線を彷徨わせ、自分の身を守るかのような仕草でハーティアを抱き締める腕に力を込めて、銀髪の中に顔を埋めた。
何と無くだが、人見知りする恥ずかしがりやの子供みたいな雰囲気を感じた。
仮腹の儀から解放され、ハーティアと再会出来たことがほんの少しだけ彼女を柔らかく、そして幼くしていた。
物心ついた時からの満願成就が叶ったのだ。それくらいのご愛嬌くらいはあっても良い筈だ。
何より日本の二十歳なんて幼稚なガキも同然で、彼女のする幼げな仕草も自分にしてみればある意味で歳相応というものだ。
それはそうとして少しばかり聞き出すのが気の毒になる。
「言い辛いならママが言おうか?」
「いい。ちゃんと自分で言うから」
様子を伺っていると小さな子供とするようなやり取りが始まった。
小さな子供のようなことを大人が言っていることには目を瞑っておく。
そして、カトリエルも物理的に目を瞑った。
深呼吸の後、再び瞳を見開いた時には先程までの自信無げな雰囲気は消えてなくなり、いつもの彼女の表情に戻っていた。
「私は、孤独に戻ることが怖い」
「怖い、か」
彼女の切り出した言葉をオウム返しに口にする。
クラビス・ヴァスカイルで出くわした時や、先日の消えかかるハーティアへの反応、カトリエルが何を恐れているか漠然だが想像は付いていた。
「ええ、姫おねえちゃんがいなくなって一人で生きる為にサマーダム大学で力を付け、独立してから数年。それなりの実績が出てきた頃になってあなたと出会った。あなたと、胡桃ちゃん、それにリディアリアと四人での生活は……そうね、とても楽しかった。本当にずっと続けば良いと思ったくらい。そうやって仮初めの夫婦生活をしていく内に蒼一郎さん、あなたのことが本当に愛おしくなった。けれど、この日々はきっと続かない。いつか予期しない形で必ず終わる。私は、それが怖いわ」
「大丈夫だよ、カトリエル。自分は君の側にいる。ずっとだ。君を孤独にさせることなんてないさ。確かに魔人だの邪神だのと殺し合ってるくらいだし安全な仕事では無いけど、なんなら辞めて普通の仕事をしたって良いんだ」
努めて明るい声を出して安心させようとするが、そういうことを言っているのではないと彼女は首を横に振る。
「あなたは異世界の人間でしょう? それも意図してこの世界に来たわけではない。いつの日かあなたが意図する事無く、元の世界に引き戻されてしまうかも知れない」
彼女の唇から漏れる声は震え、白くほっそりとした艶やかな指先はハーティアのドレスをくしゃりと握り締め、どれ程の力が込められているのか赤く充血していた。
「あなたを愛し、あなたに愛されたという想いや、あなたの子という愛された証を、あの娘達と共有したかった。いつかあなたがいなくなってもそれが夢や幻では無く、現実に存在した幸福の証とするために、私の弱い心を守るために、あの娘達の想いを利用したのよ……こんな女、あなたは軽蔑、するかしら」
心細そうに掻き消えていく言葉尻を捉えるよりも先に、それだけは有り得ないと即座に首を横に振る。
頼りなげに揺れる彼女の不安を一刻も早く取り除きたかった。
「今まで怖い思いをしていたんだな。けどな、どうにかするから心配するなよ。義母上殿が」
「私?」
「義母上殿達の魔力と知識なら召喚魔法で自分を地球からこの世界に呼び戻すくらい出来るでしょう?」
惑星規模の地殻変動から避難する為に宇宙に脱出するどころか次元転移なんて芸当をやってのけるのがルカビアンだ。
テクノロジー自体が喪失していても知識や理論自体は頭に残っているだろうし、魔術の雛型となっているのが魔人の能力だ。
魔力だけで問題の一つや二つ、解決出来たとしても別に自分は驚かない。
「何だったら地球に来ます?」
中国かフィリピン辺りに召喚して、ブローカーから戸籍を買って日本に渡航。
入籍と同時に日本に帰化して正規の戸籍を入手すれば諸々の問題にも片が付く。
寧ろ、日本の方が帝国よりもずっと平和なのは言うまでも無い。
ま、向こう側だと胡桃さんは柴犬だし、流石のカトリエルでも凄く驚くことになるかも知れないが。
「ま、そういうわけだからさ、心配するなよ。何かあっても必ず戻ってくる。」
「わたしの……杞憂だった、ということなのかしら?」
「大体、君みたいな若くて綺麗で気立ての良い娘が嫁に来てくれるなんて幸運を見逃す手は無いよ。出会ったばかりの頃にも言ったと思うけど、本当は後十年くらいは独身でいるつもりだったんだぞ?」
それが今ではこうなのだ。良い人と出会えば考えが変わるとはよく言われたが、確かにその通りだ。
「カトリエルちゃんは今までが大変だったかも知れないけど、これからは幸せにならなきゃ嘘だよ」
「みんないっしょだねー」
胡桃さんを抱きかかえたままカトリエルの隣に片膝を突いて腰を下ろし、ハーティアごと彼女を抱き締める。
「カトリエルちゃんと頼りになる婿殿に挟まれる日が来るなんて、わたしは幸せだなぁ。カトリエルちゃんはどう?」
「ええ……そうね。こうされていると幸せね。こんな時間の一つ一つが手放し難いくらい。けれどハーレムの件は撤回しないわよ? あの娘達を散々けしかけたのに今更心配事が無くなったからなんて言えないもの」
「了解、了解。君の言い分はよく分かる。その辺は何と言うか……うん、腹を括った。もう何でも来いだ」
「やっとますたーのこどもがみれそうだねー」
まるで仕方の無い奴だと言わんばかりに胡桃さんが肩を竦める。
これはアレか。自分の真似でもしているのだろうか。
ほんのちょっとだけ腹が立ったので脇腹を擽り、背筋に指を這わせて悶絶させてやると反射的に動いた膝やら肘やらが自分と、ハーティアの鳩尾に次々と綺麗に突き刺さって崩れ落ちる。
「さ、流石は半人半神……。む、婿殿の片割れなだけはありますね」
流石は胡桃さん。まさか魔人の鳩尾すら易々と貫くとは……。
ハーティアも思わず素に戻り、こめかみに脂汗を浮かべて呻く程の破壊力に驚いて良いやら、誉めるべきか、それとも叱るべきかで逡巡しているとカトリエルの視線を感じ、顔を向けると何かを見定めようとする目で凝視されていた。
「胡桃ちゃんが半人半神ってどういうこと?」
微妙に部屋の気温が下がったような気がする。
「あー……うん。そういうことなんだ。帝国人って神様が好き過ぎるし、胡桃さんもこんなんだし、見た目はまんま半獣人だし、変な連中に祭り立てられて争乱の口実に使われて平穏を破壊されても困るだろ? だったら最初から黙っていれば話が漏れることもないしなー、なんて思ってね」
まあ、半分以上はたった今思い付いた口実で、自分が半人半神と露見した時点でカトリエルくらいには話ておいた方が良いかと思っていたくらいだ。
今まで言わなかったのは、深い理由は無い。ぶっちゃけ、忘れてただけだ。
「あなたが抱えていることの全てをさらけ出しなさいとまでは言わないけれど、あなたの運命を背負う覚悟はしているのよ? 分かっていれば対処出来ることだってあるのだから」
「ああ、分かったよ。出来た嫁さんで嬉しい限りだ」
「本当に分かっているのかしら」
「分かっているとも。厄ネタももうこれでネタ切れだ」
胡桃さんの正体が柴犬ってことと、バーグリフに金貨百万枚の借金があることは……まあ厄ネタじゃないし特に言う必要は無いか、などと思っていると唐突に全身の産毛が逆立つような感覚に襲われる。
この感覚の元凶は寝室の中では無く、外から。胡桃さんが警戒心の中に怯えを含ませ、カトリエルが顔を顰め、ハーティアの目付きが鋭くなる。
「自分の客だ」
胡桃さんをカトリエルに任せて扉を潜り抜け、吹き抜けから階下を見下ろすと、この元凶がにんまりと笑みを浮かべて此方を見上げていた。
「デートのお誘いにきちゃった」
ボディラインが露わになったレザースーツを着たエロカワイイ女がハスキーな声で誘惑してくる。
字面にしたら最高だが、相手がこの女――、ソウブルー地下迷宮治安管理官にしてSSランク冒険者メアリでなければの話だ。
「此処には来るな、とは言いませんが妻帯者に向ける言葉ではありませんね」
「フフ……、分かってるくせに」
ああ、分かっている。この女が言うデートとは、デートと書いて殺し合いと読み、世間一般との認識から大きく異なるものだ。
いい加減におあずけ喰らうのも我慢の限界といった調子で、少しでも気を緩めようものなら一瞬にして距離を詰め、自分の首筋に犬歯を突き立てるような酷く原始的な殺意すら感じた。
まずはその意思を挫くことにする。
「ああ、そうだ。以前に頂いた死霊の石、とても役に立ちましたよ」
言外に最低でも一度は自分を殺せるような相手と戦ったと教えてやると、メアリの瞳が大きく見開き、動揺に揺れる。
張り詰めた弦にも似た今にも放たれそうな殺意は既に無く、動揺から立ち直った時には人間的な感情――嫉妬と怒りが沸き立ち始めるのを感じた。
「誰? 誰と殺し合ったの?」
まるで浮気を咎める恋人のような言い草だ。
まあ、恋人では無いし、今後もなる予定も一切ないし、そもそも、こんな危険人物を懐に置く程自分は命知らずではない。
精々同僚が良い所だ。
それにしても不吉な殺意のようなものを霧散させて、「ずるい!!」と言わんばかりの表情を浮かべる彼女の態度が心地いい。
心地が良いのでドヤ顔で――、
「ルカビアンの十九魔人序列七位、魔人トリスガスト」
……――と言ってやる。
案の定、彼女は心底悔しそうな顔をして睨み付けてくる。
口を開いて牙を剥き出しにする猛獣の口腔に首を突っ込むに等しい死の恐怖感に晒されるが、それも嫉妬や妬みの類と思えば中々愉快な気分になる。
「トリスガストに身体を粉々にされたので、クラビス・ヴァスカイルで暫く観光を楽しんでから復活ついでに、不意を突いて心臓を貫いてやりました」
奥歯を噛み締める音が聞こえてきそうな程のご立腹ぶりだ。
そろそろ問答無用で殺されそうなので「そういうわけなんで、もう二、三個くらい死霊の石頂けませんか?」とおねだりをする。
「委員長さん、発掘兵器って知ってる?」
「いえ、初耳ですが」
「帝国が興る以前の歴史で作られた現代技術では復元、解析不能と言われている魔術兵装の雛型と言われている超兵器」
と言うか、間違いなくルカビアンの超技術によって生み出された遺失物だ。
ソウブルーの地下迷宮に眠るという埋蔵品もルカビアンの超技術に関わる物なのだろうか?
だとすれば、ソウブルーの対魔人要塞という仰々しい二つ名も頷ける。
――分別の無い莫迦共の手に渡る前に、此方で確保しておいた方が良いかも知れない。
「それは凄い。それはそうとして死霊の石に変わる物が無ければ殺し合いには応じられませんよ。そろそろ子供を作ろうかなんて家族計画を進める時期が来ているのにおちおち死んでいられる程、暇では無いのですから」
殺し合いは良くないことだと説いてもメアリの心には何も響かないが、好きな事の優先順位や評価を下げられて落ち込むのは何も彼女だけに限った話ではない。
現実的且つ普遍的な事柄を上に乗せる形で相対的に順位を下げるのが身近で、価値観を共有出来る相手ならば尚更だ。
いや、殺し合いが得意だからと言って、別に好きってわけでは無いが。
取りあえず、メアリをやり込めてから、今からでも地下迷宮の探索を再開するべきだ。
ルカビアンとの交流の輪は着々と広がり続けている。
戦う必要性が薄れて来てはいるが、発掘兵器を確保しなくてはならない。
少なくとも絶無軍に、グァルプの手にだけは渡らないようにする必要がある。
「あんまり女の子をイジメたりしたらダメだよ、婿殿」
「婿殿……? 委員長さん、また増やしたの?」
絶望に満ち溢れた表情で打ちひしがれていたメアリが、新しい玩具を見つけた糞餓鬼みたいな笑みを浮かべた。
「安全に戦える環境ならヴァリーに作ってもらえば大丈夫だよ!」
「義母上殿……しかし」
「良いから良いから。丁度、ヴァリー達も来たみたいだし、折角だからみんなで遊びましょ?」
いつの間にやら自分の背後に立っていたハーティアが玄関の入り口に見透かしたような視線を向けると、蝶番を軋ませ扉がゆっくり開き、大気が圧力で押し流されるような錯覚を覚える程の存在感が露わになる。
「魔人ヴァルバラに、魔人ヴィヴィアナ……?」
「お前は――」
ヴィヴィアナと視線を交錯させるメアリの声と表情からは恐怖や驚愕は微塵も感じられなかった。
寧ろ、自分に対する不審が鋭い視線となって突き刺さる。
全ての人に共通する敵という認識がメアリの中に存在するという意外な事実に驚き、思わず後ずさりをしてしまう。
「ヴァリーちゃんだ!!」
最近仲良くなったばかりのヴァリーが胡桃さんのマイブームらしく、機関銃の掃射にも似た激しい足音を立てて階段を下り、そのまま騒々しい音を立ててヴァリーに飛び付き押し倒した。
「随分、魔人と仲が良いのね。委員長さん?」
強かに後頭部を床に打ち付け、眼を回すヴァリーを冷ややかに睥睨して語るメアリの言葉は、鼓膜が凍て付きそうな程に冷たい。
とても言い包めることが出来ない状態に追い込まれ、背筋にじっとりと脂汗が浮かぶのを感じた。
「まだ全員集まったわけじゃないけど、話し合いをはじめましょうか。楽しい愉しいイベントのお話を」
手を鳴らして声をあげるハーティアの表情は何処と無く得意気で、ヴィヴィアナの方に視線を向けると何か言いたげではあるものの「ま、いっか」と溜息と共に漏らして、作り笑いを浮かべた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




