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第二十話 姫おねえちゃん

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 邪神エルサ・ケブリスの怨嗟が意味のない言葉の羅列となって木霊する。

 激しく振動する硝子にも似た異音が大気を震わせ、鼓膜に突き刺さり鋭い痛みが走った。

 耳からドロリとした感触がしたが、所詮は負け犬の遠吠えだ。

 奴の断末魔が身体に食い込み、繊維を裂いて引き千切る不吉な音が耳朶を叩いてはいるものの、痛みに屈してやるのも癪に障る。

 SOSを主張する身体の悲鳴も、奴の悪足掻きも馬耳東風。

 右の耳から左の耳へと聞き流し、翼を広げて滑空する。

 此方を見上げるハーティアは流石は魔人と言うべきか、奴の断末魔などまるで堪えていない様子だった。


――自分は刻印装甲の中で、毛細血管が破裂と再生を繰り返し、肉の隙間から鮮血が飛び散る感触に辟易していると言うのに。


 それは兎も角――、だ。


「さ、帰りましょうか。義母上殿。ガラベル、ヴァリー、ヴィヴィアナが貴女の復活を心待ちにしていますよ」


 風が攫うようにしてハーティアを抱き上げ、そのまま空へと翔け上がり、先ほどまで彼女が立っていた場所を振り返る。

 邪神が散ったからか、それとも彼女が神域の維持を止めたからなのか定かでは無いが、気分が悪くなる程の真っ白な空間に亀裂が走り、幾何学模様のような隙間からは黒い光が木漏れ日のように差し込んで崩壊に拍車をかけて行く。

 それは神域の下層だけに限らず、空――上層でも同様の変化が顕れ、砕けた硝子片のような空間の残骸が自分達の傍らを通り過ぎていく。


「行きはよいよい帰りは恐いっと、脱出口は何処にあるのやら……?」


「あら、空中散歩にでも連れて行ってくれているのかと思いました」


 こっちはフルフェイスヘルムの下で焦りを顔に浮かべていることが自覚出来るくらい途方に暮れていると言うのに、ハーティアは鈴を転がすような声で童女のような無邪気な笑みを浮かべた。


「この空間の崩れ方、危険にしか見えないのですが、まさか自分の気のせいって奴ですか?」


 別に大したことじゃないのかも知れない。

 彼女の余裕ぶった態度と悪戯っぽい笑みの理由は、自分の反応が過剰過ぎることからきているのだろうか?


「まさかですね。肉体が崩壊に巻き込まれたら分子レベルまで分解されてしまいますよ、精神と魂も」


 大したことありすぎる。石柱のように捻じ曲がった空間が不可解な軌道を描いて上下、前後、左右から迫って来る。

 法則性が読めない。せめて殺気や悪意、敵意の一つや二つでもあってくれれば、針穴にマッハで糸を通すくらいの精密機動でさえもやってのけると言うのに。


「精神と魂が分子よりも大きいとは存じておりませんでしたよ、義母上殿。いい勉強になりました」


 無事に潜り抜けることが出来た。はっきり言って奇跡だ。

 何故潜り抜けることが出来たのかよく分かっていないし、二度と同じことが出来る自信は無い。


「知りませんでした? 魂と精神の大きさって平均で直径三センチなんですよ? 嘘ですけど」


「瞬殺でバレる嘘を吐かないでください。程良くリラックス出来たところでどうやって脱出すれば良いか分かるなら、そろそろご教示願いたいのですが?」


 崩壊が進む真っ白な空間から覗く裂け目が木漏れ日にも似た漆黒の光を漏らす。

 何が危険で、何がそうでないのかがよく分からず、どういう風に力を振るって良いかが分からない。


「言ったでしょう? 肉体が崩壊に巻き込まれたらって、私は既に肉体を捨てた身です。それに婿殿? 貴方も人間の肉体は現世に置いているのだから、今は半神半霊とでも言いましょうか。兎に角、私も貴方も肉体は無いのだから崩壊に巻き込まれるなんてことはありませんよ?」


「それならそうと最初から仰ってください。義母上殿」


「ごめんなさい、婿殿。こう男の子が頑張る姿って本当に何千年かぶりだからつい」


 彼女は一つも悪びれずにころころと笑い声をあげる。


「全く……、確かに貴女はカトリエルの母親だ。血が繋がっていないとしてもね」


「え?」


「そっくりですよ? 笑い方。本当の親子のようだ」


 どっちがどっちの影響を受けたか定かでは無いが、驚く程よく似ている。

 カトリエルはハーティア程、感情を分かり易く表現することは無いし、ハーティアもカトリエルのように静かに、穏やかに笑うわけでは無い。

 だが、驚く程良く似ていた。表面的な感情表現では無く、もっと原始的で本質的な部分がだ。


「悪い子ですね。奥さんのお母さんを誘惑するなんて」


「それは失礼。魅力的だったものでつい」


 余計なことを言ってしまった。

 気付いた時には既に遅く彼女の唇は滑らかに弧を描き、玩具を見つけた悪童のような執拗さを孕む笑顔を顔に浮かべた。


「私も婿殿のハーレムに加えられちゃうのかしら?」


 ほらきた。暫くこのネタでからかわれそうだ。

 調子に乗ってすんませんでしたと降参の意を示し、崩壊する仮腹儀からの脱出を果す。

 視界を埋める白と黒の斑と絶妙な不快感が一瞬で消失し、見慣れた光景、カトリエルの寝室が目の前に広がっていた。


「やー、お帰り。何でお姫様抱っこなのかは置いといて、無事にハーティアを救出できたみたいだね。結構結構。もしかしたらハーティアの首を取ってくるんじゃないかって、ちょっと心配だったけど」


「もー、ヴィヴィアナ先生! おにーちゃんはそんなことしないって何回も言ったのに!」


 どういうやり取りをしていたかが簡単に想像出来るやり取りをするヴィヴィアナとヴァリーを尻目に、ガラベルが複雑そうな表情で自分を凝視していた。相変わらず不信を臭わせる目をしている。自分が裏切るであろうという懸念が及ばず、安堵の中にもどかしさを覚えているように見えた。


「さ、下ろしますよ。義母上殿」


「はい、ありがとう。婿殿」


「は……は……うえ……?」


「婿、殿……だと!? 倉澤蒼一郎、貴様!? ハーティア、一体どういうことだ!?」


 呆気に取られるヴィヴィアナと、吠えるガラベル。

 床に下ろしたハーティアと顔を見合わせ笑いを噛み殺し、魔人達を掻き分け、カトリエルの前に出る。

 既に上体を起こしていた彼女は自分達の姿を見るなり狼狽えた様子で、もがくようにしてベッドから立ち上がって此方に手を伸ばす。目尻には大粒の涙が浮かんでいた。


「やあ、ただいま。カトリエル」


 手を広げて彼女を抱き止め――


「姫おねえちゃん!!」


 自分の両腕が空を切る。子どものような涙声をあげてカトリエルが抱き付いたのはハーティアだった。


「あは、久しぶりだね。カトリエルちゃん。すっかり美人さんになっちゃって、背も追い抜かれちゃったね」


「ごめんなさい。ハーティアの正体が姫おねえちゃんだって知らなくて、ずっと邪魔者みたいに思って」


「ううん、良いのよ。カトリエルちゃんが元気で、しかも素敵な旦那様も見つけたみたいでとても嬉しいわ」


 フッ―――――――――――――――。


 誰だ。今笑った奴。

 容疑者の魔人達に視線を向けると三人共笑って、いや二人は嘲笑っていやがった。

 更にその内の一人は人指し指を突き付けて嗤っていやがった。


「かっこ悪っ!」


 指を突き付けて嗤っていた奴――、ヴィヴィアナが悪びれも無く更に嗤いやがる。


「クソが。自覚してますよ」


 空気を読んでカトリエルと、ハーティアから離れて悪態を吐く。こうまで彼女が感情を露にするのは珍しい。

 ある意味、自分が死んだ時よりも感情的に取り乱しているように見える。


「しかし、何で姫おねえちゃん?」


「倉澤蒼一郎、お前の眼は節穴だねぇ。ハーティアをよく見てみなよ」


 王冠に真っ白なドレスの色白美人。成る程、確かにお姫様だ。


「倉澤蒼一郎、ハーティアの呼び方はどういうことだ」


 ここぞとばかりに追及するガラベル。

 まさか自分にルカビアンの血でも混ざっているとでも思っているのだろうか。

 ライゼファーの一件がわだかまりとして残っているらしく、矢張り自分の扱いを図りかねているようだ。

 当然と言えば当然だ。ガラベルとライゼファーの関係を自分に当て嵌めるならヴィルスト達、生徒を殺されたようなものだ。

 クラビス・ヴァスカイルで和解したなどと証拠の無い口実には耳を貸さずに、問答無用で確実に殺している。

 そういった意味では非常に理性的な男とも言える。


「ハーティアはカトリエルの養母なんですよ。ルカビアンは歳を取らないから幼少期の彼女は母では無く姉と認識していたようですが……」


「それで、ははうえ殿……? 倉澤蒼一郎、お前はちっさい子のことをママって呼びたい系の人? ヴァリーにもおにーちゃん♡なんて呼ばせてるし」


「ヴィ、ヴィヴィアナ先生ちがうの! それはわたしがお願いして呼ばせてもらってるの!」


「ま、ルカビアンの十九魔人は総じて自分の二、三百倍以上の年齢ですから年長者、高齢者として扱うのが自然です。しかし、外見に心が引っ張られているせいか、数千年生きているとは思えないくらい精神が未成熟だから、小さな子ども扱いをしても特に不自然ではないでしょう」


 つまり、十代半ばから後半くらいの見た目をしたハーティアを義母と呼んでも、同じくらいの年の頃をしたヴァリーにおにーちゃん呼びされても何ら矛盾にはならない筈だ。


「高齢者……」


「未成熟……」


 こう見えても年長者として敬意を払っているし、精神が肉体に引っ張られてい幼い振る舞いをしたとしてもそれはそれとして受け入れる、ということが言いたかったんだが女性二人が多大な精神ダメージを受けていた。


「あなた」


 此方の惨状を特に気にした風でも無く、カトリエルは落ち着きの無い様子で自分を手招きする。


「後は任せましたよ、お爺さん」


「誰が爺だ!」


 あんただよ、とガラベルに言い残してカトリエルの方に行く。


「おい、これ俺がどうにかするのかよ!?」


 そうだよ。


「どうしたんだい?」


「姫……」


 姫おねえちゃんと呼びかけたのを咳払いで切り捨て、「ハーティアにもこの工房に住んでもらおうと思うのだけれど……どうかしら?」と言い放った。


「え?」


 そういう話になったのかと思いきや、ハーティアは呆気に取られた様子で口を半開きに、若干の置いてけぼり感を漂わせていた。

 それとは対照的にカトリエルは喜色を剥き出しにして浮かれている。今にも鼻唄でも歌いそうな勢いすら感じた。


「カトリエルちゃん、あのね」


「ダメ、かしら……?」


 ハーティアは落ち着いた様子で穏やかな声色をゆっくりと紡ぐが、その言葉を阻むかのようにカトリエルが俯き、上目遣いにお伺いを立てる。


 待って。待って。自分、そういうの君にされたことない。


「ダメじゃない! 全然ダメじゃないよ! ただね……」


 困った様子のハーティアが自分の顔を覗き込んだ。


――タスケテ。


「あー、そのカトリエル?」


「反対はしないわよね?」


 いつものような反論を許さない口調では無く、矢張り伺いを立てるような口調だった。

 なにがなんでもこの要望を通したくて仕方がないといった調子だ。幼児退行化したみたいで焦る。


「あ、あのな、カトリエル。俺が君の望みを拒絶なんてするはずがないだろう? だから、今はまずハーティアの話を聞こう? 大丈夫、ハーティアだって神域の中で君のことがどれだけ大切かを語ってくれたんだ。きっと大丈夫だ。ハーティアは嫌だなんて言わないさ」


 気付けば自分は身体を屈め、カトリエルに目線を合わせて子どもに言って聞かせるような体勢と声色になっていた。

 少し冷静になればハーティアの態度も分かる筈だが、余程切羽詰まっている――――、いや胸が踊っているのだろう。


「えっとね、カトリエルちゃん。ママね、十年以上不眠不休で邪神の復活を抑えてたの。流石の魔人でもそれは結構辛くって……それにほら」


 カトリエルを抱き締めるハーティアの身体が徐々に透明化していく。


「カトリエルちゃんの中に入るときに肉体を破棄しちゃったから……」


 魔人ならではの圧倒的な魔力を物質化するまで圧縮し、擬似的な肉体を構成していたのだろう。

 それを維持出来るだけの魔力も残っていないらしく、精神的にも魔力的にも限界寸前でカトリエルの救出はタッチの差だったようだ。


「もう会えないの?」


 霧散していく身体をかき集めるようにしてハーティアを抱き締め、今にも泣き出しそうな顔をくしゃりと歪めるカトリエル。

 そんな彼女を慈しむような表情で胸の中に抱き入れ、まるで本物の親子がするように頭を撫でながら視線を合わせる。


「ううん。二十日だけママに時間をちょうだい? 精神と魔力を回復させたら、すぐに新しい身体を作って、今度は必ず絶対に戻ってくるから。約束」


「……うん、分かった」


「それじゃ婿殿、この娘のことお願いしますね」


「お任せください、義母上殿」


「待て、ハーティア! この男はライゼファーの!」


 カトリエルから視線を外し、自分に向けて頭を垂れるハーティアにガラベルが異論を挟む。


「知ってるよ、ガラベルおじちゃん」


「おじちゃんはやめろ、おじちゃんは」


 狙ったのか天然か定かでないが彼女は見た目通りの口調で、ガラベルを言葉の暴力で殴り付け、その気勢を削ぎ落とす。


「カトリエルちゃんの目を通して兄さんと何があったか全部知ってるよ?」


「だったら!」


「婿殿と兄さん、クラビス・ヴァスカイルで仲良くやってたみたいだし、それになんだか普通にあの世で再開できそうだし別に良いかなって。カトリエルちゃんの旦那様だから許すっていうのは勿論あるけど、我慢してるとかそういうのじゃないから、心配してくれてありがとう」


 尚も食い下がろうとするものの「婿殿がいなかったらカトリエルちゃんは幸せを知ることなく死んでたかも知れないし、場合によっては兄さんに殺されてたかも知れない。そうなってたらきっと兄さんと気まずくなってた」とまで言われ、とうとうガラベルは黙り込む。


「すぐには無理かも知れないけどみんな仲良くね? あんまり人間をいじめちゃダメだからね」


「大丈夫ですよ、義母上殿。今まで殺し合うだけの関係だった人間と魔人がこうして家族になろうとしているのですから。いつか多くの人が分かり会える日がくる筈です」


 ガラベルと肩を組んで笑顔を向ける。

 奴は至極不満げにしかめっ面を浮かべはするもののハーティアの手前、肩に回した自分の腕を振り払うことはしなかった。


「なんだか最後のお別れみたい……」


「ちっ、ちがうよ!? 絶対! 絶対に戻ってくるからね!?」


 カトリエルの唇から零れ落ちた不安げな言葉に、下半身が消失したハーティアが早口にまくし立てる。

 一番年若く見える上に、今にも消滅しそうなハーティアがこの場にいる全員に気を回させていることに忸怩たるものを思わずにはいられなかったが、流石はカトリエルの母ということだろうか。


「ああ、これから一緒に暮らすための準備をするようなものだよ。そうですよね、義母上殿?」


「そうだよ! 婿殿の言う通り! だから、後少しだけ! ママが戻ってくるまでちょっとだけ待っててね! 繰り返しになっちゃうけど婿殿、カトリエルちゃんのことお願――」


 時間切れが訪れたらしく、ハーティアが消滅した。


「お任せください、義母上殿」


「いつまでやってやがる」


 肩に回した腕を乱暴に振り払われた。


「倉澤蒼一郎、貴様の状況は理解した。貴様とは敵対はしない。だが、俺は貴様を認めない。貴様が、コイツ等に裏切りを働くのならば、我が全身全霊をかけて殺してやる」


「ガラベル」


 踵を返すガラベルに声を投げ掛けると彼は背を向けたまま立ち止まり、拒絶を示しつつも自分の言葉を待つ。


「背中で語るイイ男を演じているところを恐縮ですが、二人をちゃんと連れて帰っていってくださいね」


「俺が面倒見るのかよ……」


 未だに意気消沈しているヴィヴィアナとヴァリーを親指で示すとガラベルが肩を落としてアホなことをほざく。


「なに当たり前のこと言ってんですか。アンタの彼女とその生徒でしょうが」


 奴は「クソが」と捨て台詞を吐き捨て二人を回収して今度こそ立ち去っていった。

 いや、流石に茫然自失状態の恋人を放置して変える奴の方が大概クソなわけだが。


 それはさて置き、カトリエルと寝室で二人きりになる。

 彼女はハーティアの残り香と体温を惜しむように自らを抱き締めていた。


「大丈夫、またすぐに会えるさ」


「ええ、そうね。分かってる。分かっているつもりよ。今日はあなたに随分と情けない姿を見せたわね」


 彼女の傍に寄り添うと、カトリエルは溜め息と共に脱力して身体を寄せてきた。

 顔を自分から反らしながらも髪から露出する首筋と耳が熟れた果実のように赤くなっていた。


「君に、自分の大好きな人に情けないところなんてありはしないさ。やっと念願が叶ったんだ。泣いたり笑ったり、大声で喜んだりしたって良い。カトリエル、やっと君の望みや願い全てが叶う日を迎えられたんだ、いつもと違った振る舞いなんて愛嬌だよ」


 左手を彼女の頬に滑らせ、涼しいとは言い難い赤らんだ顔を持ち上げる。

 らしくない言動と態度への羞恥、呪いから解かれた達成感、姫おねえちゃんと再会できた喜び、再び一緒にいられることへの期待、今一時の別れに対する哀しみ、――そういったものが入り交じった感情豊かな顔だった。


 今度こそカトリエルを胸の中に抱き、そのままベッドの上に倒れ込む。

 一つの区切りがついた達成感を彼女の温もりと共に味わっていると――、


「ところで私の望みを拒絶するはずがない。望みや願い全てが叶う日を迎えられたと言ったわね」


 そう言って返事を待たずに自分の身体をよじ登るようにして位置をずらし、耳元に唇を寄せた。

 仮腹の儀から解放された今、心置き無く夫婦の営みに励むことが出来るようになったのだ。

 彼女の腰を撫でるように手を回し、そのまま指先を腰から下へと滑らせようとして、彼女の囁くような声が鼓膜を擽る。


「あの娘達のこと潔く受け入れなさい」と。




 なんだって、こんなおめでたい日に前言撤回できないタイミングでそんな望みを……。


「ああ、分かったよ」


「受け入れてくれて嬉しいわ。愛してるわよ、あなた」


「俺もだ。愛しているよ、カトリエル」


 言葉とは裏腹に「裏をかかれた! やってられるか!」とカトリエルの下半身を撫でようとする指先は完全に硬直していた。

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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


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