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第十六話 宣戦布告

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「ますたー!! あーさでーすよーっ!!」


「おごぶっ!?」


 朝。ベッドの暖かさと柔らかさに微睡んでいたらウチの可愛い姫様に鳩尾ダイブをかまされる。


「だ、旦那様、大丈夫ですか?」


「この人と同衾するときは巻き込まれるから気を付けなさい」


 肺の中に溜まった酸素を全部持ってかれてむせ返っているいると頭上で、ネフェルトとカトリエルが微妙に恥ずい会話を繰り広げていた。


「あ、あのー……、二人とも?」 


「この娘小さいけれど勢いがあるから効くわよ。それなりに」


 そう言いながらカトリエルが胡桃さんを抱き上げたると、ばたばたと尻尾を振りながらその首筋に鼻先を突っ込んだ。

 カトリエルは少しこそばゆそうに微笑みを浮かべ、胡桃さんの頭を撫でた。

 その様は正しく聖母のようで、年甲斐も無く見惚れてしまった。


――あー……うん、アレだ。どっちでも良いから自分と変われ?


 いや、何か違うな。ま、どうでも良いか。平和なことで何よりだ。うん。

 ベットから起き上がり、カーテンを開けると心地の良い陽射しが差し込み、鳥の囀りが新しい一日の訪れを知らせてくれた。


「平和だなぁ……」


 最近、戦ってばかり――――、と言うか殺し合ってばかりだったからだろうか。

 自分の口から、自然と年寄り臭い言葉が飛び出していた。


 氷の都を火の海に沈めたバエルはアーベルトさんが重武装で始末に行ったらしい。

 彼の事だ。危なげなく始末して、きっと何食わぬ顔で帰ってくるだろう。


 自分はと言えば仕事の量を減らし、家族との時間を増やす事にした。

 冒険者ギルドには毎日出勤するが、専ら、ヴィルスト達、未就業年齢の若年冒険者達の指導に集中する日々が続いている。

 裏の方も割と平和なもので、グァルプの糞馬鹿が襲撃してきたら先制してぶっ殺すだけの、命じられるまでも無いようなプライベートも同然の仕事だけだ。


「今日の散歩コースは何処が良いかな」


「まーすーたぁーーっ!!」


 散歩という言葉に反応して胡桃さんが飛び付いてきた。

 胡桃さんの足音に合わせてどうにか振り返り、真正面から抱き止め、腰を守り切る。

 その一方でカトリエルは鳩尾を抑えて蹲り、ネフェルトに支えられながら「こ、こういうことよ……」と顔を顰めて呻いていた。

 勢いよく飛び出した胡桃さんの膝か肘がヒットしたのだろう。

 胡桃さんを抱っこする時は、こういった不意打ちに気を付けなくてはならないのは、身体が犬でも人でも変わらない。


「こらこら、元気が良過ぎるぞー、胡桃さんー」


 ぐりぐりと頭を撫でると掌に頭を押し付けてくる。

 あんまり乱暴に頭を撫でると髪が乱れてカトリエルに睨まれるが、胡桃さんが掌に頭を押し付け、撫でろとせがんでくるのだから仕方が無い。


 最近の散歩コースはソウブルー要塞の外だ。

 またいつ気紛れを起こしたヴィヴィアナに拉致られるか知れたものではない。

 日替わりの散歩コースに胡桃さんは満足、自分は帝国の地理を把握出来て一石二鳥と言うわけだ。


「あははははは、ますたー! ますたー!」


「うえーい! 胡桃さん、うえーい!」


 こんな具合で朝のクソ平和な団欒を楽しんでいた矢先のことだった――。


「へぇ、ここが倉澤蒼一郎の住処なんだ」


「せ、先生~!! 迷惑になっちゃうよ~!」


「そ、蒼一郎様ぁ~!」


 平和な空気をぶち壊す侵入者が現れやがった。

 その傍若無人っぷりに連れとエーヴィアがしどろもどろになって困っていた。


――今すぐ帰ってくれねーかな、この女。


「エーヴィア、ソコのソレと、可愛らしいエルフは自分の客です。お茶をお出しして下さい」


「また女が増えた」


「やるねぇ、旦那ぁ」


 リディリアさんから、邪神の瘴気にも似たナニカが立ち昇っているような気がしなくもないが、取り敢えず無視する。

 リリネットさんが茶化すような物言いをするが、この女は既に先約済みだし、そうで無くても要らん。


――それはさて置き、だ。


「歓迎しますよ。ヴァリー。よく訪ねてくれました」


 ウェーブがかったライトブラウンの髪の隙間から尖った耳が飛び出す小柄なエルフのような少女、ヴァリーこと魔人ヴァルバラに笑顔で手を振り――。


「些か唐突過ぎやしませんか?」


 今すぐ帰っていただきたいソコのソレこと、魔人ヴィヴィアナに真顔で問いかける。

 しかし、この女、「何か問題でも?」なんて言わんばかりにネフェルトが淹れたお茶を楽しんでいやがった。


――問題しかねえよクソッタレ。あーーーーーーー、はっ倒してぇ。多分、無理だけど。


「で、結局何なんです?」


 なんか視界の隅で胡桃さんとヴァリーが打ち解け合っていた。

 本当に他人を寄せ付けない性格で「あー、わんわんだー♪」なんて近付いて来る子供に、牙を剥いて泣かせたり、人懐っこいと言うか犬懐っこい小型犬を蹴散らそうとして、飼い主さん諸共に、恐怖に陥れることも多々……それが今ではすっかり大人になったものだ。

 ヴァリーは性格的に問題のある娘では無いし、胡桃さんと打ち解けているなら別に良いかと放っておく。


 ついでに背中に突き刺さるカトリエルの『その女は誰?』という視線も放っておくことにする。


「そーんなの決まってるでしょー? ヴァリーに洗脳(ベレス)のレジストのやり方教えたから――」


 それまで締まりのないふにゃふにゃの笑顔を浮かべていたヴィヴィアナが口を閉ざして目尻を鋭く吊り上げる。

 視線は出入口の方に向かっている。


「先生、この気配」


 ヴァリーも何かを感じ取ったらしく、胡桃さんを抱っこしたままヴィヴィアナの背後に移動して扉に視線を向けた。


「お前って魔人ホイホイ?」


「何ですか、その嫌すぎる特殊能力は」


 それは兎も角、自分を訪ねる魔人に心当たりがない。

 そして、彼女達も半分くらいは裏切り者みたいなもので、この場を目撃されるのは不都合らしく、場合によっては交戦を開始するという態度だった。

 ろくでもない気配を感じ取ったらしく、カトリエルがレーベインベルグを持って来てくれた。

 鞘から引き抜くと同時に気配を感じた。


――二人か。


 上体を沈め、膝を軽く曲げて構えを取る。

 扉が軋む音を立ててゆっくり開いていく。

 自分達の態度に胡桃さんの喉から唸り声が響く。


「どういう、状況だ?」


 自宅に、カトリエルの錬金工房に足を踏み入れたのは呆気に取られた様子のアーベルトさんだった。


「えーと、さあ?」


「なんだそれは?」


「これまたさあ、としか……、それで今日はまたどういったご用向きで?」


 取り敢えず、抜いた剣を鞘に納める。扉の向こう側にもう一人いる。

 アーベルトさんが連れて来たのなら問題は無いかも知れないが、いつでも抜ける状態にしておく。


「あ、ああ……、それが、その……だな」


 こっちが割と警戒心を剥き出しにしているにも関わらず、彼の態度は柄にもなく歯切れが悪い。


 首を傾げていると――


「この気配、ティアメス?」


 元教員の莫迦女が爆弾発言をぶっ込んだ。


「ティアメスって刻印装甲を作った魔人ですよね。アーベルトさん?」


「あー……、入ってくれ、ハルモンド」


 アーベルトさんの気まずそうな言葉に反応して入って来たのは、魔術師に色鮮やかさを足したような格好をした少女と言って差し支えの無い年頃の銀髪女だった。


「えーと、そちらの女性が魔人ティアメス?」


――何故、貴方が魔人なんかと一緒にいるんだ!!


 なーんて、ブーメラン以外の何でもないので糾弾出来ず、此方も探るような物言いになってしまう。


「あー……ああ、そのだな、倉澤」


 アーベルトさんが直角九十度に頭を下げた。

「嗤える光景ね」とカトリエルがぼそりと口にした。何でいつも彼に対して辛辣なんだ。

 取り敢えず、後でおしおきだ――なんて思っていたら、アーベルトさんが言った。


「助けてくれ」


「え、えぇ……」


 話を聞いてはならない。そんな気配と臭いがする。

 だが、聞かないわけにもいかず嫌々話を聞く。

 分かっていたが、七面倒臭い話だった。


「えーと……バエルの討伐に成功したは良いものの、グァルプに逃げられ、ティアメスに懐かれ、けど命を救われた恩義のある手前邪険にも出来ず――」


「魔人ティアメスは刻印装甲の製造者だ。グァルプに奪われるわけにもいかん。ならば手元に置くしかあるまい」


「大分、苦しい言い訳ですね。衛兵団団長が魔人を要塞の中に招き入れてしまった。バーグリフ、様に事が露見したら自分に二人まとめて始末しろなんて言い出しかねません」


 と言うか絶対言う。確実に言う。

 想像するまでも無く、予想出来る光景に思わず頭を抱えたくなる。

 魔人ティアメスとアーベルトさんの組み合わせと戦え――無理だ。勝てる気がしない。


――それに何と言うか……


 ルカビアンの常なのだろうか? ティアメスも、ヴィヴィアナやヴァルバラに負けず劣らずの美少女だ。

 そのティアメスが、信じ難いことに、まるで恋する乙女のような目をアーベルトさんに向けていた。

 人の恋路を邪魔する奴は死ねという言葉もある。これはどうにも、実に具合がよろしくない。


 だが、それはそうとして――


「ティアメス、貴女は何故グールの住処に囚われていたのですか?」


「そう言えば……、何故だ?」


「いやいや、アーベルトさん。混乱するお気持ちは理解出来ますが、まず其処を疑うべきかと」


 魔人が魔力も通わないただの荒縄で捕縛されていたなんて意味不明だ。

 雁字搦めに縛ったとしても単純な腕力のみで引き千切られるのがオチだ。


 何故、大人しく縛られたまま床に転がっていたのか、そんなもの罠か、そうで無ければ――


「あ、あはは……、言わなきゃ、ダメ?」


「言わなければ立場を悪くするだけだ」


「えー……、あー……言うの恥っずいなぁ……」


 ティアメスの視線はヴィヴィアナとヴァルバラの方に向けられていた。

 矢張り、罠の類ではなく余程恥ずかしい理由なのだろう。同胞の前で言うなら尚更。


「ハルモンド」


「アー君がそう言うなら……、他は兎も角、アー君には疑われたくないし……」


 そして、彼女は深呼吸をして意を決したかのように目を見開いた。


「帝国の何処かの部隊が調査に来るだろうし、ああいう恰好だったら疑われることなく助けてもらえるんじゃないかなー……なんて、えへへ」


「ティナ、それだけじゃないでしょー?」


 指摘するヴィヴィアナとティアメスの視線がぶつかった。

 剣呑な雰囲気では無いが、ヴィヴィアナは意地の悪そうな笑みを浮かべ、ティアメスは居心地の悪そうな様子で視線を泳がせていた。


「ヴィ、ヴィヴィアナ先生、そんなこと言っちゃ可哀想だよ」


 ヴァリーが弱った様子で眉をハの字にしてヴィヴィアナを諫めようと服の袖を軽く引っ張った。


「可哀想?」


 自分とアーベルトさんの視線と言葉が重なり、ティアメスが軽く仰け反る。

 

「ええっとー……」


「代わりに言おうか?」


「それは勘弁っ!! 本当は囚われの御令嬢ゴッコしてましたっ!!」


 ティアメスが勢いよく頭を下げた。彼女の耳まで羞恥で赤く茹で上がっている。

 罠で無ければ狂言回し――、出来ることなら当たっていて欲しくなかった。

 しかも、ヴィヴィアナ達の態度を見るに、狂言を用いて出会いを演出するのは彼女の常套手段らしい。


――それにしても、コレがあの魔人ティアメス……。


 帝国から洗脳(ベレス)の存在を記憶と記録の双方を消失させる為に人間社会に五百年以上も紛れ込み、最後の総仕上げに刻印装甲という分かりやすい力を人間に与えた。

 刻印装甲の圧倒的な力という衝撃で以って、それを達成させる忍耐力と周到さの持ち主。

 策謀と創造の魔人ティアメス、その正体がコレなのである、らしい。


「随分とアナーキーな趣味の恋人をお持ちになったようで」


「お兄さん、お上手だね。アー君のお嫁さん予定のティアメス・ハルモンドです。改めてよろしくねっ!」


 今まで殺し合い、警戒し合ってきた魔人像が一瞬にして崩れ落ちた。そんな衝撃だ。

 横目でみんなの様子を見てみると、カトリエルはいつもとは違った毛色の無表情、無感情さを浮かべていた。

 想像の遥か斜め下をいく精神性の持ち主で思考が停止しかかっている様子で、他のみんなも呆れ顔のまま絶句していた。

 これがこう見えて一夜とかからずに、要塞都市を更地に変えると言うのだからふざけた話である。


「ハルモンドがアナーキーなのは兎も角、恋人では無いし、主が未婚の内は嫁を取るつもりも無い」


「えーっ!」


「そう邪見にせずとも良いではありませんか。アーベルトさんが彼女と仲良くするだけで、戦う必要性の無い魔人がまた一人増えるのですよ? それは結果的に帝国の平和と安寧の維持に繋がります」


 帝国とソウブルーの戦力に魔人が組み込まれることになれば、胡桃さんやカトリエル達の安定にも繋がる。

 二人の恋を――、正しくはティアメスの恋を全力で応援してやることにした。


「だよね! だよね!」


 大型犬にも似た愛嬌のある笑みを浮かべてティアメスが飛び跳ねる。


「それよりも其処の女二人は誰だ。随分、ハルモンドと親しそうだが」


――ついに来たか。


 此処までのアーベルトさん弄りは、彼女達を紹介する為の前振りみたいなものだ。


「魔人ヴィヴィアナ」


 ヴィヴィアナが一瞬だけ意外そうな顔を浮かべ、何かに納得したかのように社交的な笑みを浮かべた。


――おめーがティアメスを弄らなければ有耶無耶にするつもりだったんだよ、クソが……!


「そして、魔人ヴァルバラ」


「えっと、よろしくお願いします?」


 アーベルトさんのみならず、胡桃さん以外の全員から筆舌し難い目で見られる。


――やっぱり早まっただろうか。


「って言うか、ヴィヴィアナ先生達のこと言って良かったの? 一応、気を遣って正体は黙ってたんだけど」


「五月蠅いですよ。と言うか、アーベルトさん……あー、いや、全員に聞いてもらいたい」


 いい加減隠し立てを続けていては話が進まない状況が出来てしまった。

 全員巻き込んだれ精神で全てを語ることにした。


「仮腹の儀の応用でカトリエルの胎内に魔人ハーティアが封じられている……?」


「公言するなら、せめて事前に一言くらい相談して欲しかったわね」


 カトリエルに睨まれる。ご尤もな上に返す言葉も無いので無言で目を逸らす。


 その一方で――、


「で、ガラベルとの恋をサポートすることを条件にヴィヴィアナ先生が儀式の解除を協力することになった」


「ヴァリぃ~……、先生のことをそういう目で見るのを止めてぇ~」


 心底呆れ返った表情を浮かべるヴァリーに睨まれ、半泣きのヴィヴィアナが心底情けない声を出していた。


「後は、魔人の襲撃を二百年くらい抑え込んでもらう……というのが此方の状況です」


「つまり、どういう状況だ」


「我々も魔人も其々に思惑があり、協力体制を確立したと言うことですよ」


 自分は胡桃さんを守るために。

 カトリエルは呪いを解くために。

 ヴィヴィアナはガラベルとの恋愛成就。

 ヴァリーは人間と仲良くなるために。


「アーベルトさん、それにティアメス。お二人はどうしたいですか?」


「はいっ! アー君のお嫁さん!」


 現実世界でも久しく耳にすることの無くなった女の子の夢。

 それが魔人の口から飛び出したことはもう気にしないことにした。


「それで、アーベルトさんは?」


「まずはハルモンドをグァルプから守りたい」


「じゃあ、守られてあげるっ!」


「ティアメス、顔合わせるのは久しぶりだけどそんなに頭緩かったっけ?」


「色々あった!」


 ヴィヴィアナの失礼な物言いに意気揚々と声を張り上げる。

 元々どういう人柄か知らないけれど、アーベルトさんの管轄だ。彼に任せることにしよう。


「取り敢えず、話を元に戻しましょうか。ティアメスをグァルプから守ると言いますか、グァルプを殺すことに関しては此方も望む所です。で、助けて欲しいと言うことですが、要はバーグリフ、様への忠義は些かも揺らいでいない。けれども彼女を側に置くことで裏切ったと思われるのが嫌だってことですよね?」


 何と言うか、普段は出来る男も女が絡めば形無しと言うことだろうか?


「それ取り越し苦労って奴じゃありませんか?」


「何?」


「彼女、帝国に潜入して、誰に違和感を与えることなく五百年以上も潜伏し続けていたんですよ? ティアメス、貴女もアーベルトさんの迷惑になるような振る舞いは望んでいないでしょう?」


「勿論! って言うか、私、帝国での身分あるよ? ファルファクス貴族ハルモンド家の当主だし、それと魔術師ギルドにも籍置いてるからね」


 ファルファクスは帝国の影響力が薄れ、腐敗が著しく邪教徒が幅を利かせている。


「だったらカバーストーリーを作るのも簡単そうだ」


「ふーん、それじゃ倉澤蒼一郎、お前のお手並み拝見といこうじゃないか」


「リディリアさん、リリネットさん、ネフェルト、エーヴィア、一筆したためますのでひとっ走りお願いします」


 ファルファクス貴族のティナ・ハルモンドは邪教徒達に拉致されグールの生け贄にされるが、その窮地を帝国最強の兵アーベルトが救出。

 魔人との聖戦に赴くアーベルトの背を追うティナ・ハルモンド。

 窮地に陥るアーベルトに祈りを捧げ、ついに魔人バエルを打ち倒した。

 困難を共に乗り越えた二人は恋に落ち、アーベルトは愛する人を守るため腐敗著しいファルファクスの浄化に旅立った。


「――といった具合にあることないことを吟遊詩人に伝えてもらってきました。しかも、自分の、破邪の龍殺し倉澤蒼一郎の印章付きで」


 つまり、これはただの噂話では無く、当代の龍殺し、倉澤蒼一郎の名において実話であることが証明されているということだ。


「貴様……」


「ここで重要なのはアーベルトさんがティナ・ハルモンドを救出し、協力してバエルを倒し、二人は恋に落ち、アーベルトさんはその愛を証明するためにファルファクスへと旅立ったということです」


「ちょっと待て貴様! 私に今からファルファクスへ行けと言うのか!?」


「だって吟遊詩人の耳に淹れてしまいましたし? 魔人の単独撃破。ファルファクスに巣食う邪教徒の浄化。ハッピーエンドはハルモンド家のお姫様と再建したファルファクスの八雷神教会で結婚式。いやー、騎士物語の王道を往くって感じですねー。吟遊詩人達が吟えば吟う程、人々はその日の訪れを想像して今か今かと待ち望むことでしょうね」


「しかしな!」


「氷の都やホライムーン地方は火の海で、奪回したトレスドアが安定するまで暫く時間がかかる。ファルファクスから邪教徒を排除し、八雷神と帝国の威光を取り戻すことは?」


「帝国の安定に繋がる、か」


「そういうことです。それにトレスドアにグァルプが現れたのはかの地を拠点とする為、ならば情勢が不安定なファルファクスの攻略に打って出る可能性は存分にある。アーベルトさんがファルファクスを攻略するメリットは貴方にとっても、帝国にとっても大きな利点になる」


 アーベルトさんは渋々といった様子でティアメスを連れて出発した。

 たった二人で要塞の攻略と邪教徒の排除に腐敗した権力者の誅殺。

 正気の沙汰では無いが二個師団、或いは二個軍団に相当する戦力だ。

 有象無象を散らすが如くといった具合に余裕綽々で攻略してくれることだろう。心配の必要は無い。


「後はバーグリフに有ること無いこと報告して外堀を埋めてしまえば、アーベルトさんの残りの人生を生け贄にティアメスの望みは叶うというわけです」


「お、お兄ちゃん、ちょっとアーベルトおじちゃんが可哀想な気が……」


 ヴァリーが何とも言いがたい表情で苦笑いを浮かべていたが、問題は無い。

 と言うか、自分とアーベルトさんは同い年だ。

 自分がお兄ちゃん呼ばわりなのに、彼がおじちゃん呼ばわりの方が余程可哀想である。


「魔人は美女揃いで、しかも不老。アーベルトさんも奥さんがいつまでも若々しく綺麗で、最終的には自分に感謝することでしょう」


 これで不満なんて言ったら世の男の大半を敵に回すことになる。


「さて、ヴィヴィアナ。これが自分の手並みです。如何です?」


「本気でティアメスが羨ましい。お前のプロデュースに期待するけど……」


「けど?」


「正直、期待以上。ヴィヴィアナ先生の時も、さっきのと同じようにやってくれるなら、お前への協力も一切出し惜しみする気は無いんだけどさー」


 ヴィヴィアナが笑みを浮かべた。何とも不吉なものを感じる。

 言うなれば自分だけが不幸に陥る。そんな嫌らしい顔だ。


「お前、家族のこと蔑ろにし過ぎてない?」


「え?」


「家の中に魔人を入れた挙げ句に、フォローも無く、使いっ走りにするだけ」


――いや、入ってきたのはお前達だろう。


「はい、心の中で言い訳しなーい」


――そんな無体な。


「と言うわけで、ルカビアンの十九魔人序列十位、ヴィヴィアナ・デルニエールがお前達の望みを叶えて進ぜよーう」


「は?」


「え?」


「何?」


 女性陣から戸惑いの声があがる。いきなり、何を言い出すんだ、この女。


「例えば蒼一郎さんと二人でお茶したい、とか?」


 リディリアさんが言った。


「また前みたいに宴会でもしたいねぇ」


 リリネットさんが遠慮がちな笑みを浮かべて言った。


「えっと旦那様に添い寝を……」


 ネフェルトが顔を真っ赤にして言う。


「そ、その将来を考えて色々やりたいなって」


 エーヴィアが淫靡に微笑んだ。


「取り合えず、この人に一夫多妻を受け入れてもらいたいわね」


「散歩!!」


 最後にカトリエルと胡桃さんがいつもの調子で言った。

 いつの間にかヴィヴィアナのから笑みが消え、頭を抱えていた。


「ヴィヴィアナ先生を誰だと思ってんの!? 上位の魔人だよ!? 超越種ルカビアンだよ!? どんだけささやか過ぎる願いなの!? 邪神だってビックリするよ!? って言うか、この程度の願いなんか願われる前から叶えとけよ!? しかも何なの正妻っぽい奴のお願いがハーレム受け入れろ!? お前、男だろ!? 男だよな!? 四の五の言ってないで喜んで受け入れろって言うか、男のお前が土下座してハーレムを認めてくださいってお願いしろよ!! 今も昔も異世界も男って奴は釣った魚に餌なんて全然やりゃしない!!」


「せ、先生、落ち着いて」


「倉澤蒼一郎。控え目に言って最低だな、お前」


 ヴィヴィアナにマジトーンで批難された。


「お前のハーレムの件、ヴィヴィアナ先生は完全にこの娘達に味方するからな。覚悟しろ」


 こうして何故か謎の宣戦布告がなされるのであった。

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