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第九話 瓦礫の王様

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 クラビス・ヴァスカイルから帰還した倉澤蒼一郎がソウブルーにたどり着いた頃――。

 零は絶無軍を率い、ソウブルーから南方のホライムーン要塞を訪れていた。

 復活したトゥーダス・アザリンが、ホライムーン地方の中核都市ジエネルを滅ぼして以来、人口流出に歯止めが効かず大陸随一の商業都市を誇っていたのも今や昔。

 店と客で密集し、身動き一つ取るのさえ困難を極めたバザールも今や見る影無く閑散としている。

 尤も、獣人亜人を差別していては生計が成り立たず、要塞の中は人種に関わらず、解放されるようになったのは多くの亜人を率いる零にとっては都合の良い状況と言えた。


「明日、魔人ルーフリードを討つ。皆、英気を養え」


 ドルガーノの姿、能力、知識、記憶。

 それだけでは無く、ルカビアンとしての思考能力、理解力、判断力を使うことが出来るようになったが、零はドルガーノの能力、洗脳(ベレス)では無く、絶無軍を中核とした絶無の零が持つ力の全てでルーフリードに挑むことを選択した。


「けど、ルーフリードって魔人はドルガーノよりも格下なんじゃないの?」


 店一つを貸し切り、酒や肉を食い交わすトロール達を尻目に、零は店の片隅でひっそりと酒で唇を湿らせていると、その隣にイオナがさも当然のように腰かける。

 零は見向きもせずに首を横に振る。


「そんなに単純な話では無いのだ。洗脳(ベレス)が通じる魔人はルーフリードで終わりだ」


 これは比較的、安全に戦える最後の敵であることを意味する。


「ドルガーノよりも格が落ちるとは言え魔人である以上、絶対的脅威であり、普通に戦えば我々の被害は甚大なものとなるだろう。これから先の戦いはますます激化する。安全に戦える魔人だからこそ絶無軍の力を最大限に発揮出来るようにせねばならん。ルーフリードを討ち、その次はバエルを討つ。問題はその次だ」


「次?」


「次に狙える魔人は二体。序列十五位のティアメス。そうで無ければ序列九位のフィラビオだ」


「上位か下位か、ってこと?」


「如何にもだ。ティアメスが稼働しているのか、それとも封印されているかはまだ調べが付いておらぬが、仮に下位の魔人を四体取り込んだとして上位の魔人を討てる可能性は高く見積もっても三割程度」


 魔人の序列は過去の記録から脅威度を設定して適当に付けたもので、ルカビアン同士の力関係を示しているわけでは無い。

 大した信憑性があるわけでは無いが、全く不正確という程唾棄するものでも無く、序列一位から三位、四位から十位、十一位から十九位で急激な差というものが現れるのも事実だ。


「十位の魔人は? 稼働しているんでしょ?」


「ヴィヴィアナはガラベル、ヴァルバラと親交が深い。倉澤蒼一郎ともだ。そういった意味ではあの女の脅威度は実力だけでは測れぬ」


 あの四人を相手にして勝利するどころか、逃げ出す算段すら思い付かず顔に苦い物を浮かべて吐き捨てる。


「ところでルーフリードってどんな奴なん?」


「ルーフリードか……そうだな。奴は――」


 そう言ったまま零が動きを止める。

 イオナが覗き込むと、零は困ったような顔を浮かべたまま硬直していた。


「ニーサン?」


「うー……む。ルーフリードか……。よく知らんな」


 ルカビアンの十九魔人。彼等は地殻変動以前から親交があったわけでは無い。

 地殻変動を乗り越え、最後まで生き残った十九人の被災者たちだ。


 グァルプの場合、文明時代からの付き合いがあるのは幼馴染のバエル、ガエル兄弟。

 それ以外だと生命工学関係でガラベル、ライゼファーにガエルを加えて話をする機会が多くあった。

 そして、トゥーダス・アザリン。彼等との付き合いの中でベネディクト、ヴィヴィアナ、ハーティア、ヴァルバラとも親しかったと言える。

 しかし、ここ二千年で深く関わったのは、洗脳ベレスを遺失させる為に行動を共にしたティアメスくらいのものだ。


 そして改めて思い返して口を開く。


「ルーフリードとランベリクとはあまりコミュニケーションを取った覚えが無い、気がする。そもそも奴等が地殻変動以前に何をしていたのかさえ記憶にない」


 今でこそオライオンをはじめとする優れた魂を数多く取り込んでいるものの、如何せん零のベースとなっている肉体は氷の都で死にかけていた名前も無い乞食のものだ。

 記憶力と思考力は常人にも劣る。

 何処と無く自信無さげな口調の零に、人間味を感じイオナは親近感を抱いた眼で見つめているが、零はそれどころではない。

 己が薄情なのか、それとも単に馬鹿なだけなのか、はたまた何の印象にも残らない程どうでもいい連中だったのか、判断が付かずに悩ましげに唸り声を漏らした。


「覚えていようが忘れていようが、手頃な強さだから殺す。この選択と決断に変更は無い。友であるガエルを好奇心と興味本位で殺した時点で何もかもが今更だ」


「何だか悲しいね」


「かつての友や仲間を裏切り殺すことがか? だが、私がそう決断したから今、お前達はこうしていられる」


「だからだよ。あたいらにとっちゃ零のニーサンはトレスドアを解放してくれた救世主。ニーサンが望むなら何だってするよ。けど、あたいらの力じゃ慰めてあげることすら出来ない……。だから何か悲しいなって」


「私は言ったぞ。今更だとな」


 今更だった。グァルプは仲間を手にかけた。

 低脳と言って差し支えの無いこの頭ではその理由も思い出せない。

 好奇心、興味本意、下剋上、大切なものを台無しにしてみたいという破壊と破滅への願望。

 これらのことも動機になっている。


――だが、切欠は本当にこれだっただろうか? 本当にこれが全てだっただろうか?


 零は思う。衝動をもたらした何かがあったのでは無いか、と。

 魚の骨が喉につかえたような気持ち悪さを感じたが結論はこうだ。


「そう、今更だ」


――後はただ行くのみ。


 翌朝、零はホライムーン要塞の郊外にある商業神エンドルを祀る聖堂を絶無軍に包囲を命じ、中に詰めていた信者達を追い出した。

 オウラノ達にとって神は、ヒトモドキから人間へとステップアップさせてくれた特別な存在だ。

 歴史に刻まれているわけでも、知識としてそれを知っているわけでは無いが、ただ本能的に理解していた。

 彼等にとって、信仰していない神であっても、神を唾棄する行いに忌避感を覚えずにはいられない様子で、包囲こそしているものの落ち着きのない態度が見え隠れしていた。


「八雷神の腰巾着如きがよく躾をする」


 ルカビアンが支配する世界にも宗教や信仰はあった。

 既に廃れた風習で、生き方を示すガイドラインとしての役割や歴史、文化、伝統、行事を後世にまで受け継いでいくための手段や口実として活用されていた側面が強い。

 当然、世界が滅ぶまで神が存在するなど想像だにしていなかった。

 ルカビアンが滅んだとて、信仰や神話はルカビアンからオウラノに引き継がれ、八雷神の出現と共に土着の神々もこれ幸いにと姿を見せ、オウラノに叡智や奇跡を授けた。


――我々には手を差し伸べなかった分際で。


 逆恨みと言われてしまえばそれまでだが、ヒトモドキと蔑んでいたオウラノが救われ、人間という種族名を奪われ、この星を支配していたルカビアンは選ばれず、救われなかった。


『ルカビアンは強くなり過ぎて、神様より上の位に進んでしまったから、神様じゃルカビアンを導けなかったんだよ』


――そんな事を言っていたのは確かティアメスだったか。


 寧ろ、神の方が救ってくれと祈りと嘆きを漏らしていたことを知ったのは文明崩壊から三千年ほどの時が過ぎていた。


――聞けば、八雷神も別世界の人間の手によって滅ぼされ、大幅に神格を落としたという。


 その人間とやらが神の奇跡を遥かに越えた科学技術によって八雷神を滅ぼしたのか、それとも神話級に単純で理不尽な暴力を用いたのかは定かでは無いが、ルカビアンに似た系統の純粋種であろうことは想像に易い。

 人間と神の上下関係は既に入れ替わっている。それがルカビアンとしての感想だ。

 零も身はオウラノで心もオウラノに染まりつつあるが、ルカビアンの価値観を読み取ることは可能で、理解も出来る。

 恐らくこの胸に込み上げてくるむず痒い感覚が高揚であることも。


「フォーメーション、刺客を喰らう(ラザレース)


 絶無軍の零に対する恩義と忠誠心は信仰心を上回るらしく、戦術級魔術の行使命令を受ければ訓練を受けた通りに身体が動いていた。

 敵性魔力を攻性魔力による爆破で相殺、光の大洪水(ヴァーザイン)級の術式なら威力を倍増して反射する魔術だ。

 ヴィヴィアナの攻撃を光の大洪水(ヴァーザイン)で相殺したことを切欠に習得し、今日のこの日に備えて実践に耐え得る練度を身に付けさせた。

 今はまだ交戦前に展開するので精一杯だが、通常の術式と同様に淀みなく発動させることが出来るようになれば、魔術戦に限定すればヴィヴィアナとも互角に戦えるようになる筈だ。


――肉弾戦に持ち込まれたら一撃で成層圏の彼方まで吹き飛ばされそうだが。


刺客を喰らう(ラザレース)は訓練通りに発動しているか。だが本番は此処からだ。気張れよ、我が従僕ども。フォーメーション、獄炎地獄(エクスコア)


 軍用魔術は魔術師の人数を増やし、立ち位置、魔力を展開する量と順番に特定の法則性を持たせることで、個人では制御不可能な戦術級魔術の行使を可能とする。

 軍用魔術に関わる魔術師は補助者と指揮者に分かれ、絶無軍の場合、その制御権は指揮者たる零一人に委ねられる。


 零の命令に忠実な彼等は、ありとあらゆる命令を反射的に実行する程の練度を誇る。

 零から命じられた獄炎地獄(エクスコア)の発動は絶無軍の神に対する後ろめたさを顧みること無く、商業神エンドルの聖堂に直撃した。


 大火球が投網のように大きく広がり、聖堂を呑み込み、旧帝国式模様の石畳庭園に炎の絨毯を敷き詰め、石、煉瓦、土、硝子、草、花、木、錫、銀を浸食し、触れる物全てを炎に変え、増殖する炎が文字通り天を貫き、地中を深く穿った。


 その様は宛ら、突如として平地に活火山が現れ、地面を裂いてマグマが溢れ出す、災害のような光景だった。

 倉澤蒼一郎は獄炎地獄(エクスコア)に侵食されるどころか、逆に焼き殺すくらいの出鱈目をやってのけたが、普通にやればこれくらいのことは出来るのだ。


 絶無軍を避けて延焼していくマグマを尻目に零は鼻を鳴らす。

 イオナが口を開きっ放しにして「やっちまったよ……」と呟いていた。


「稼働構成術式を分離」


 零が指を鳴らすと獄炎地獄(エクスコア)の炎が消滅した。

 後に残るは地面ごとクレーター状に抉り取られ、エンドルの聖堂の痕跡の一切が消滅した。

 此処に白と緑で出来た清浄な聖堂があったなど、誰にも想像出来ない凄惨さだ。


「見るが良い。我が従僕共。諸君らは神の家を攻撃したと気に病んでいるかも知れないが、それは違う。神の家は見せかけの張りぼてで、既に魔人ルーフリードがシロアリの如く食い荒らかしていたのだからな」


 窪んだ地の底に金属質の床――。


 建造物の屋根が露出しているのが、クレーターの淵にしがみ付いて見下ろすイオナ達の眼にも見えた。

 ルカビアン式の一般的な平屋だ。余程の耐魔力コーティングが施されていたらしく、獄炎地獄(エクスコア)ですら表面を軽く融解させるのが精一杯で、貫通するまでには至らなかった。


 時間をかければ話は別だが、その猶予を与えてくれる程、ルーフリードは生易しい相手では無い筈だ。


「そして思い出したぞ。道理で貴様のことを覚えていないわけだ。神学者ルーフリード・ハンベルオン」


 何故、ヤンクロットの眼が、商業神エンドルの聖堂の地下にルーフリードの存在を指示したのか。

 納得がいったかのように零は手を叩く。


 ルーフリードは超科学全盛のルカビアンの世において、神や宗教について熱心に研究する男だった。

 宗教を起源とする文化や風習を途絶えさせることなく、後世にまで保全することを目的とした公務員の類では無く、コミックやアニメーションに傾倒するオタク達の同類だ。


 魔人の誰もがかつては己の才能を発揮したとしても、高齢世代のルカビアンから間接的、或いは直接的な妨害を受け、時には成果や栄誉を横取りされるという屈辱を経験している。

 それでもいつの日か必ず、栄達を叶え、己の尊厳を踏み躙った高齢世代たちに報復してみせるのだと、下層労働者の立場に甘んじつつも必死に足掻た。


 だが、ルーフリードは違った。彼だけは学者を自称して趣味に傾倒していた。


 他の魔人とならば互いに多くの話題を提供し合うことも出来るが、この男とは無理だ。

 ルカビアンの知性の全てを神学研究に注ぎ込んだ結果、それ以外のことを何も知らないでいる。

 兎に角話が合わず、六千年前の段階でコミュニケーションを取ることを真っ先に諦めた相手でもある。


「相変わらず人を見下したような物言いだな。オウラノになっても態度はまるで改まっていない」


「莫迦が。お前のような高齢世代を恐れて、発展どころか栄達、名誉にすらならない神学研究などに逃避する落伍者のナードは見下されて当然なのだよ」


「お前達のように力の差も弁えられず、勝てない相手に噛み付くのは負け犬よりも性質が悪い」


 魔人に限った話では無く、若年層のルカビアンなら、高齢世代の横暴に晒され、傷付けられるのは誰もが経験してきたことだ。

 その一方でルーフリードは誰の得にもならない代わりに、研究内容を独占出来る神学に熱中していた。

 実際、研究などとは言うが、古いアニメやゲームの設定資料集をリサイクルショップなどで買い集めて一つの書籍に再編集しているだけだ。

 誰の役にも立たないが、誰からも邪魔されない。それもある種の自衛手段になり得ることだ。


 だが、グァルプは高齢世代の顔色を伺うような振る舞いをして、それでいながら私は学者だ。好きな学問に傾倒しているのだと、さも仲間のような振る舞いをするルーフリードに相性の悪さを抱いていた。

 それでも僅か十九人となった胴砲だ。距離を置いて、諍いを避ける程度には理性的だった。


 零はルカビアンからオウラノに姿を変え、弱さを知り、意識を変革させてきた。

 しかし、ルーフリードの価値観には同意出来そうにも無い。


 いや、それどころか――


 寧ろ、オウラノの今だからこそ「ルカビアンという絶対な力を持っておきながら」と、ルカビアン時代には無かった筈の嫌悪感が湧いて来る程だった。


「そもそも私の研究はグァルプ。お前とは過程が違うだけで到達点、目指すべき場所は同じだ」


「貴様の研究と私の研究が同じ……だと?」


 零はふと思い返す。グァルプが目指す結末は何だったのか。

 ルカビアンの十九魔人序列十四位グァルプ――いや、生命工学者グァルプ・ルガーツェンは何を思って高齢世代に楯突き続けたのか?


 研究を横取りされた。強制的に中断させられた。幼稚な(常人なら死ぬレベルの)嫌がらせを受けたこともある。

 非常勤研究者という無意味な肩書を押し付けられ、研究には無関係の雑用を強要されたこともある。

 それでも反抗するかの如く研究の手を止めることをしなかった。


 今となっては何の目的と意思で、何の研究をしていたのかも思い出せない。

 オウラノの脳では記憶の忘却が著しいのか、それとも記憶そのものを継承出来なかったのか定かではない。

 記憶を引き上げる取っ掛かりとなるであろうルーフリードの言葉を聞いても、矢張り、思い出すことは出来なかった。


「何も分からない、といった顔だな。グァルプ。いや、グァルプの記憶の一部を受け継いだだけのオウラノよ。お前はグァルプでは無い」


「ひどく重要なことを忘れているのであろうな。私は。だが、グァルプでは無い。その言葉だけは肯定させてもらう。我は零! 全てを失い、そして全てを手にする者! 我が名は絶無の零! 覚える必要は無い。強者に屈した狗は此処で死ね!!」


 零が地面の縁からクレーターの底に向かって飛び降りる。

 錯乱と言っても良い程の無謀さに絶無軍の誰もが狼狽える。


「大将から命令が来るまで大人しくしてな!! 勝手に降下なんてしたらぶっ殺すからね!?」


 零を追って、降下を開始しようとするトロール達の背に、イオナの怒声が突き刺さる。

 零の行動は怒り任せの特攻にしか見えないが、想定した通りの行動だ。


 拘りを捨てれば、零はルーフリードを瞬殺出来る。

 だが、洗脳(ベレス)と魔人ドルガーノの能力という保険が強力に通じる今こそが、圧倒的に格上の敵と戦う経験を積む最初で最後のチャンスだ。


 まずは一対一でルーフリードに挑む。解放する能力は最大でもオライオンまで。

 当然、勝ち目は皆無だ。追い込まれたら絶無軍を使い戦術級魔術の行使を開始する。


 幸い、獄炎地獄(エクスコア)が、地下五十メートルの位置まで地面を抉り取った。

 絶無軍を高低差のある地上に残しておけば、巻き添えを喰らって死ぬことは――あるだろうが、想定した死者よりも半数くらいは減らせる筈だ。


 全て零が描いた絵図通りに物事は進む。


 そう聞かされてはいたが相手は神をも恐れない魔人だ。

 イオナは不安に歪みそうになる表情を無理矢理引き締める。


「グァルプ。お前は神と人の違いを知っているか?」


「違いなど無い。ルカビアンとてオウラノにしてみれば神にも等しい存在だ」


 身に纏った襤褸切れを靡かせ落下する零が即答し、ルーフリードに肉迫する。

 間合いに入ると同時に、上段の構えからオライオンの右腕で剛の斬撃を繰り出す。


 洗脳(ベレス)目当てで取り込んだオライオンの肉体は、先代の龍殺しというだけあって、オウラノとしては桁違いの膂力を誇る。

 その右腕で振るう大剣――龍牙剣(ダロルドベルグ)は、サーペントドラゴンの背骨と牙を魔術的な手法で錬造した業物だ。

 オウラノだけで完結する世界なら、一軍さえも屠って尚有り余る力がある。


 それ程の業物であっても、この戦いでは不安の残る攻撃力だが――。


「神など別次元の宇宙から現れた人間に似た種族に過ぎん。それを信仰という精神エネルギーを受けることで自らの力を増幅し、他者に加護や利益という形で力を与えることを可能とする受容器が存在するだけのな」


 嘲笑と共に振り落とされた斬撃が防御結界に阻まれ、魔力同士の拮抗が光の乱反射となって双方を照らす。

 結界越しに片腕で斬撃を受け止めるルーフリードの顔にも嘲弄が浮かんでいた。

 愚弄だけでは無く、ある種の失望のような物も浮かんでいたが、零にしてみれば失望以前に期待される謂われも無い。


「矢張り、お前はグァルプでは無い。オウラノという矮小な存在になったからこそ、神という存在をより深く実感出来るようになったのかも知れんが、私の知るグァルプはそこで思考を止めたりはしない」


「貴様が私の何を知っている」


 この期に及んでルーフリードは零と言葉を交わそうとする。

 魔人特有の上から目線がこの拮抗状態を生み出していた。


――精々、手を抜いていろ。その隙に殺してやる。


 奇しくも宿敵、倉澤蒼一郎によく似た精神状態が生まれた。

 龍牙剣(ダロルドベルグ)で結界を抑え込みつつ、刀身に切れ込みの入った鞭剣、龍尾剣(ダロルジャベルグ)を左手で引き抜く。

 サーペントドラゴンの潰した心臓と鮮血の溶液で尾骨を浸し、魔力に満ちた満月の光を浴びせ、血管と腸の合成繊維で連結した鞭剣だが、魔術制御受容器としての性質が強く、その外見に反してその本質は魔法の杖だ。

 龍牙剣(ダロルドベルグ)で障壁同士の拮抗を、ルーフリードの背後に這わせた龍尾剣(ダロルジャベルグ)の奇襲により一気呵成に打ち崩す。


 当然、その目論見通りに事は進まない。


 結界を貫いた龍尾剣(ダロルジャベルグ)の切っ先を零から視線を逸らすことなく、ルーフリードは鷲掴みにして受け止めた。

 切っ先にルーフリードの指先が浸食するかのように深く入り込み、龍尾剣(ダロルジャベルグ)に亀裂が走る。

 零は負け惜しみでは無く「だろうな」という感想を抱き、口腔器官をドラゴニアンに変質させ、ゼロ距離からのブレスを浴びせる。


「お前は知識と力を得ることに貪欲な男だった。神の正体が信仰というエネルギーを受容する体質を持っていると予測したら、その受容体の正体を知らずにはいられない。遺伝子操作で後天的に肉体を進化させ、信仰受容器官を作ることは出来ないのか。神の肉体から神以外の生命に、受容器官を移植することは出来ないのか。同じ機能を持つ受容器官を人工的に、魔術的に作り出すことは出来ないのか。私の知るグァルプなら最低でも此処までは考える」


 ルーフリードは全身を灼くブレスの中で破壊と再生を繰り返し、何の痛痒も見せる事無く言葉を続ける。


「お前は俺達と同じ下層労働者だったにも関わらず、知識面においては様々な分野の専門家と対等に話が出来、下層労働者では顔繫ぎすら出来ない筈の上層部とのコネクションがあり、フィクションの世界の預言者のように世の流れを予期していた。俺達が一日に一回配給される味気の無い合成栄養食を水で流し込んでいるのを尻目に上層部や高齢世代と同じ物を食っていた」


 非常に高度な文明を持ち、絶対的な栄華を誇るルカビアンの社会。

 その実態は厳格な階級社会で甘い汁を啜ることが出来るのは、ほんの一握り――とは言わないまでもその恩恵に預かることの出来ない下層労働者は少なくない。


 グァルプも生命工学者として、オウラノの初期設計段階に関わったりこそしているものの、研究を奪われ、非常勤の研究者として安定した収入を持たない、一般的な若年世代の下層労働者だ。

 場末の居酒屋で『今すぐ死に腐って立場を明け渡せ糞老害!!』と若年層ルカビアンと安酒を呷っているのが常だと言っても良い。


 それにも関わらず、ただの若年層、下層労働者というには異質な一面が見え隠れしていた。


「お前の恐ろしいところはあの抑圧され閉塞された世界で老人と同等の、いやそれ以上の知と力への欲望を燃やし続けたことだ。その為になら知恵と力を振り絞ることを厭わない。それがグァルプという男だ。それが無いお前など――――」


 周囲を支配する魔力によって構築されていた領域が全て、神聖性の力に切り替わった。


「――――ッ!! 神聖領域!?」


 拮抗し、バランスを形成していた力場が崩れ、その反動が零を襲う。

 魔力も信仰力も生物が放出する精神エネルギーであることに変わりは無い。

 違いは用いる受容器官だけだ。


 そして、信仰力の放出と還元によって奴隷階級から支配階級に、人間に成り上がったのが人工生命体であった筈のオウラノだ。

 それとは対象的に信仰力の制御に難儀したのがルカビアンだった。


 地殻変動以降の世界で神が出現したことにより、信仰や神の捉え方が大きく変わった。

 不老不死に近く、永い時を持つルカビアンにとって、その意識改革は難儀を極めた。


 何より、下層階級とは言え世界を統べる種族ルカビアンたる者が、神などという如何わしい存在に頭を垂れる事が、オウラノでは想像が付かない程に苦痛だった。


「神という人種が存在する。信仰というエネルギーが存在する。それに気付いてしまえばグァルプも同じことをしただろう。信仰を力に変える受容器を作り出し、商業神エンドルが得る筈の信仰心を簒奪する。トゥーダスがこの地で暴れたことがエンドルの信仰心を大きく落とすことになった。偶然の産物ではあったが力を得るのは簡単だったぞ」


「フ……、フフフ、フハ、フハハハハ、クハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! ヒャーッハッハッハッハッハッハ!!」


 襤褸切れを纏い土塊の中から這い出てきた零の哄笑が徐々に、そして爆発的に大きくなっていく。

 泥と己の血に塗れて尚、零は嗤った。嗤い続けた。

 いや、嗤いを止めようとしても止めどなく溢れ、込み上げてくる嗤いを制御出来ずに労苦しているようだった。


「現実を受け止めきれず狂った……わけでは無さそうだな」


 ルーフリードの指摘に零の嗤い声がまた一際大きくなる。

 右手で顔を抑えながら顔を逸らし、左の掌をルーフリードに向ける。攻撃の意思は無い。


――今笑いのツボに刺さっているから、これ以上面白いことを言うのをやめてくれ。


 そんな無言の懇願を感じた。


 己の言葉の何がそんなに零を愉快にさせたのか、ルーフリードには理解出来なかった。

 ただ顔を抑える指の隙間から見える大きく広がった丸い眼球が、戦意と殺意に満ち満ちていることから、本当に嗤いをこらえ切れないでいることだけは理解出来た。


――あの時の感覚だ。


 地殻変動でこの星が滅びる直前に感じた気配だ。

 あの時のグァルプから感じた不吉な気配が、グァルプを自称する零という目の前の男から放たれている。


 とは言え所詮はオウラノだ。大した力は無い。


 今なら赤子の手をひねるように殺せる。

 だが、この男がこれから何をするのか、何を言うのか。

 興味をそそられているのもまた事実だった。


 それからどれだけの時間が経っただろうか。

 数分、数十分、ほんの数秒程度のことだったかも知れない。

 零は未だ込み上げる嗤いに身体を引きつらせながら、どうにか姿勢を正す。


「ああ、失礼失礼。同じルカビアンの間でもこれほどの意識の違いがあるとは思わなんだ」


「何……?」


「あまり気に病まないでくれ、ルーフリード。お前の言う通り、今の私にはかつての知識も記憶も思考力も残っていない。記憶と知識は虫食い状態で、残っている知識もそもそも用途や活用法も今一つ理解出来ん。ヒトモド――、オウラノが書き記した魔術書すら満足に理解出来ず、理解出来ても応用にまで至らない。それ程までに今の私は愚鈍な莫迦者なのだ。だが、お前のお蔭でまた一つ己を思い出すことが出来た。その上で一つ言っておく。貴様はもっと人と話をして、人というものを理解するべきだ」


「貴様、さっきから何を――」


「お前のそれだがな、私が四千五百年ほど前に完成させ、そして捨てた技術だ」


――悔しがるだろうか? 


 そんなことをふと思い、込み上げてくる嗤いに耐えながらルーフリードを覗き見る。

 彼は信じられないものを見るかのような表情で絶句していた。


『嘘だ!!』とか『何故実用化させていない!?』みたいなリアクションを期待していたが、この調子では期待出来そうにもない。

 ユーモアの欠片もない下らない奴だと、零は鼻を鳴らして言葉を続ける。


「業腹だが神を上位種と見做すのなら、まずはその力を模倣するところから始めるのが当然だろう? その受容器を完成させることが出来たわけだが、力を得るためには他者の信仰心。つまりは思念を収集せねばらなん。嗤わせるな。そんな気持ちの悪いことが出来るわけが無かろう」


「気持ち、悪い……?」


「ルカビアンなら当然の考え方だろう? ルカビアンは超越種だ。ならば勝ち方や手法は拘って当然だ。貴様のように形振り構わず力を得るやり方は――、そうだな。プライドが無いとでも言ってやろうか? 貴様は私と手法が違うだけで目指すべき場所は同じだと言ったが、そもそも貴様は何と戦っている?」


 何と戦っていると問われても答えられる筈が無かった。


「それ次第では貴様に対する評価も大きく変わって来るのだが、その様子では評価を更に下げざるを得んな」


 そもそも、これまでの生涯で戦うべき敵を強いて言うのなら、高齢世代のルカビアンくらいのものだ。

 後は戦いらしい戦いは無かった。なら何故、こんなプライドを捨てるようなやり方までして力を欲したのか?


「フン……、答えられんか? それとも分からんか? その様でよくも私と同じものを目指したなどと言えたものだ。もうこれ以上の言葉は不要だ。貴様と話をしていてはルカビアンという存在に失望してしまいそうだ」


 ルーフリードが絶句の理由した理由は二つ。


 同族の前では口に出来ない程の後ろめたいことがあったか。

 そうでなければ、本当に何の理由も考えも無かった。


 最早、零の眼前にいる脅威はルカビアンでも魔人でも無い。

 ただ力が強いだけの神の力を簒奪しただけの獣だ。 


 零の正体がグァルプであることをヴィヴィアナの口から語られるのも、最早、時間の問題。

 いや既に語られているかも知れない。

 バエル辺りをはじめとする多くの魔人が、零の抹殺に乗り出す日もそう遠く無い筈だ。


 こうなってしまってはルーフリードの価値は、オウラノの身で魔人と真正面から戦ったらどうなるかを検証するための材料。それ以上でもそれ以下でも無い。


「オウラノを引き連れる貴様が、オウラノの信仰を用いる私を否定するなどと――ッ!!」


 ルーフリードの怒気と共に放出される魔力が、物理的な衝撃となってクレーターの中を暴れ回る。

 嵐の如き、魔力の乱舞はクレーターを更に深く穿ち、壁面に亀裂が走らせた。

 見る見るうちに、クレーターの範囲と深さを拡大させ、イオナが絶無軍に退避を命じる声が零の耳に届いた。


――命じる手間が省けて結構なことだ。


 零は魔力の奔流に煽られ、地上に吹き飛ばされながらも上機嫌に口の端を吊り上げる。

 あの調子なら退避したとしても、ルーフリードを此方の射程距離内から逃すことは無い筈だ。


 彼等の出番は零が徹底的に追い込まれ、手も足も出せない程に追い込まれてからだ。

 つまり、まだ彼等の出番は回ってこないということだ。


 仮に追い込まれたとしても、今は出番を譲る気が無かっただろうが。


 愉快だ。


 ただただ愉快だ。


 トゥーダス・アザリンと倉澤蒼一郎。宿敵二人と決着を付ける。

 だが、それは目的では無く、グァルプが真に目指す未来に至るには必要不可欠な過程だ。

 ルカビアンだろうが、オウラノだろうが関係無い。


 グァルプがグァルプである為に。


 零が零である為に。


 己が己である為に成し遂げなくてはならないことだった。

 だから、処刑される際、分身には見苦しくも命乞いをさせて、自身はオウラノの乞食に身に逃げ込んだのだ。

 真の目的を思い出した零は愉快そうに嗤う。なんで忘れていたのか呆れる程だった。


「戯けが。今の私はルカビアンでは無い。ルカビアンとオウラノの肉体と精神を併せ持ち、神も、オウラノも、ルカビアンも、全てこの手中に収める瓦礫の王よ!!」

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