第六話 死出
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
生娘みたいなことをほざいて走り去った神話級処女を待つ事五分、そして十分。
首から下が埋められたまま、あの女が戻って来るのを待つが、一向に戻る気配が無い。
人のことを埋めるだけ埋めておきながらアフターフォローも無しとか、きょうび年齢一桁の悪ガキでももう少しくらいは後先を考える。
――そもそも、此処は何処だ?
冗談半分で拉致るのは構わないが、せめて自分が歩いて帰宅できる範囲に留めておけと言うのだ。
ヴィヴィアナが戻るのを気長に待っても良いが、地面に首だけ生やして待ち続けるのも間抜けだ。
待つのも面倒だし、自力で脱出することにした。
「さて、どうやって脱出するか」
あの女が六千年以上の無駄に長い人生で培った無駄知識のせいで、地中に埋まった木材の残骸が綺麗に絡み合い、身動き一つ取れず、僅かにすら力を込めることも出来ない。
脱出するだけなら原初の火を召喚するか、龍装甲を起動すれば良いのだが、どちらも消費する魔力が尋常では無い。
こんな糞下らないことのために切り札を切るのも癪に障る。
いっそ普通の爆炎を召喚して地面を吹き飛ばすことも考えたが、多分……いや、確実に自爆する。
ヒィヒィ言いながらカトリエルに泣きついて治療薬を塗ってもらうのも、情けなくて泣けてくる。
「面倒ですが……、頼みましたよ。精霊さん達」
手持ちの能力の中でも、消耗が無い精霊兵器を地中に召喚して空間を抉じ開け送還。それを繰り返すこと三回。漸く、手足を自由に動かすだけのスペースを作り出し、地面の上に這い上がることが出来た。
初対面でこの指輪をくれたカトリエルにしてみれば、金払いの良い新規顧客へのちょっとしたサービスのつもりだったのかも知れないが、ノーコストと言っても過言では無いくらいコストパフォーマンスに優れ、普通の敵なら容易く殺せる便利アイテムだ。
「ああ、助かりましたよ。精霊さん達。これで普通で無い敵も縊り殺せるようになったら文句の付けようも無いんですが、ねぇ?」
凝縮された殺意の塊。武術の達人じゃなくても理解出来る。
空気の読めない鈍感でも、余程の馬鹿でも理解と納得を強要させられる程の濃密な死の気配が其処にあった。
――あ……、こりゃ死んだわ俺。
圧倒的過ぎるが故に恐怖も絶望も湧いてこない。
我ながら人を食ったような舐め腐った口調で、気配の主へと声をかける。
「ルカビアンとは別系統の純粋種らしいが、私はヴィヴィアナのように貴様を庇護しようなどとは思わん。今から貴様が殺される理由は、一々聞かされなくても分かっているだろう?」
気配の主、魔人は存在を察知されたことに何の感想も抱いていない様子で姿を現した。
ヴァルバラと同じく、エルフの原種となった人種だろうか。
流れるような金髪の隙間から長い切れ耳が飛び出している。
だが、エルフらしいのは顔だけで、ボディービルダー顔負けの筋骨隆々とした巨漢で、エルフという大衆認知に助走を付けて殴りかかるような風貌の持ち主だった。
――なんだ……? あの腕は……?
それ以上に異質なのは右肩から三本目の腕が生えていることだろうか。
如何に奴が巨漢とは言え、三本目の腕から伸びる指は自分の胴回りよりも太い。正しく巨腕だ。
「ライゼファーや、グァルプの敵討ちですか。地殻変動の被災者というだけの共通点しか無い。そう聞いていましたが、仲間想いのルカビアンもいたものだ」
自分で言っておきながらだが、白々しい言葉が口から飛び出した。
何と無くだが、目の前の魔人にそんな殊勝な感情があるようには到底思えなかった。
恐らくは、もっと傲岸な思考が起因となっている。
「ま、好きにすれば良い。殺さねば殺される。いつものことですから、ええ」
礼服にこびり付いた埃を振り払いレーベインベルグの切っ先を魔人の眉間に突き付ける。
「純粋種とは言え、所詮は玩具と共に生きる欠陥品か」
「あらまぁ……、六千年以上生きても健在の寿命を持ち合わせておきながら、奉仕種族に世界の復興を先んじられた挙句、世界の脅威扱いされて尚、何もしないでいる怠惰で愚かな間抜け如きが随分と悪し様に言ってくれますねぇ……ッ!!」
地面を蹴り飛ばし、魔人との距離を詰める。音速の踏み込みが余裕で見切られているのが分かった。
グァルプどころか、ヴィヴィアナよりも上の使い手かも知れない。それならば音速でも遅い筈だ。
――出し惜しみは抜きだ……!!
龍装甲を最大出力で起動する。
音速超過の速度が加わり、奴の眼からは俺の速さが突如切り替わったように見えた筈だ。
奴の反応と予測を超え、無防備を晒す右肩から左脇にかけて音速超過の斬撃をくれてやる。
――ご自慢の巨腕も、鎖骨を砕けば、使い物にならない筈……!!
だが――。
「!?」
レーベインベルグの刀身は奴の肩口に易々と食い込んだ。
ライゼファーや、グァルプの本体さえも容易に切り裂いた神剣の一撃は、奴の肉を裂けども、その骨を断つことは出来きず、それどころか金属バットで電信柱を殴り付けたような硬く、重い手応えが戻って来た。
「この力、玩具の中にあれば、その思い上がりも頷ける。だが、所詮は短命、無知蒙昧、軟弱、惰弱、虚弱、無力、無能、無才、諦愚、白痴!!」
洗濯機の中にでも投げ込まれたのかと錯覚する程に視界が高速で回り回った。全身の骨が軋む嫌な音が耳朶に響いた。
三本目の腕に思いっ切りぶん殴られたのを、目まぐるしく回転する視覚が、辛うじて捉えていた。
痛みは感じていないがダメージがゼロでは無い。尋常では無い攻撃力に脳が反射的に痛覚を遮断したのだろう。
吹き飛ばされ、地面に叩き付けられ、何度かバウンドしてから洒落では済まされない威力の攻撃を受けたのだという自覚が生まれた。
だが、幸いにして手足はもげていないし、骨も折れていない。
――ドイツもコイツも出鱈目しやがって……だが、此方とて出鱈目さだけなら魔人にも引けを取らん筈だ。
放っておいたら何処までも転がっていきそうな身体を制御し、地面に刃を突き立て減速。視界に魔人を捉える。
残身のつもりか、三つ目の拳を振り抜いたままの姿勢で硬直していた。
――舐め腐りやがって。
衝撃に引きずられる身体を操り、体勢を立て直す。
身体が痺れ、感覚に若干の麻痺が残っているが物と思ってコントロールすれば良い。
再び、奴を間合いの内に捉える頃には治っているだろう。
「その傲慢さが愚かな大衆に誤った幻想を見せ付けることになる。たった一人の人間でも魔人を殺すことが出来るという妄執をな」
「存外に器の小さなことを口走る! 力だけなら大したものだが……、成る程。お前達程度なら単騎でも勝てると思い違いを起こす者が現れるのも無理はありませんね。ですが、お前に戦いを挑んで返り討ちになる無謀な人間が現れないように、この場で殺しておきましょうか。人死にはあまり好いていませんので」
「その思い違いをしている筆頭が貴様であると知れ。ルカビアンの十九魔人の一人、トリスガストの名を刻んで朽ち果てるが良い」
魔人トリスガスト――。
サマーダム大学で情報収集をしていなければ絶望せずに済んだ。
だが、情報収集をしていなければ油断して死んでいたところだ。
自分の命を狙う上位の魔人メラーナの一位下。
そして、ヴィヴィアナの想い人である魔人ガラベルの一位上。
奴は、序列七位の、上位の魔人だ。
――死ぬ予感は間違っていなかったか。今の俺では絶対に勝てない相手だ。
本来なら封印指定級の魔術兵装を武装した重装兵装使い、戦術級魔術師の精鋭一個師団をぶつけて如何にか勝ちを拾える程の圧倒的な驚異。
自分の眼前に現れた絶体絶命の死。魔人トリスガストとは、そういう相手だ。
「何かと柵の多い身なもので、魔人如きにかかずらって朽ち果てていられるほど暇では無いのですよ」
レーベインベルグを構え直し、原初の火を刀身に纏わせ、姿勢を低く構える。
奴の物言いは傲慢そのものだが、腐っても遥か格上の上位の魔人だ。
自分に勝ちの目は殆ど無い。皆無と言っても良い。
――十中八九、いや、十中十、今日、自分は、此処で死ぬ。
だが、此方にはヴィヴィアナ、ヴァルバラ、魔人とのパイプがある。
癇に障るが、ヴィヴィアナと合流出来れば、命だけは助かる筈だ。
今日、ここで切り札を全て使い切る羽目になったとしても、まずは時間を稼ぐ。
やれることなど、その程度だが、やり遂げなくては本当に今日で何もかもが終わってしまう。
別に死んでも良いなどと口走れる程、達観はしていない。
「原初の炎に呑まれて地獄に堕ちろ……!!」
大地を踏み抜き、巻き上げた瓦礫を足場に、変則的な軌道を描いて距離を詰める。
トリスガストの死角を陣取り、真空波を伴う剣閃を七つ繰り出し、その中に拡散させた原初の火を織り込む。
魔人が、この程度の攻撃で死ぬような雑魚なら苦労は無い。
まずは牽制し、三本目の腕の動きを見切る。
何もかもが此方の格上で、この場から命辛々逃げ出せたとしても、奴よりも更に格上のメラーナが自分の命を明確に狙っている。
結局の所、トリスガスト程度、殺せるだけの力を手にしなくては先が無い。
「温いッ!!」
トリスガストの第三の腕が抉り取るように空間を薙ぎ、炎と真空刃を薙いだ空間に吸い寄せ、握り潰した。
奴の掌の中で爆ぜる爆炎と真空刃が奴の巨体を傾がせた。ほんの僅かだが焦げ裂けた皮膚から鮮血が薄く流れている。
「大口の割には血が流れているようですが? 傷を付けられるなら殺せる。そして、殺し合いで俺に勝てる奴は滅多にいるものでは無い」
「かすり傷一つ付けた程度で喜ぶか。矢張り、無知無能の小者か」
馬鹿が。呆れる程簡単に挑発に乗ってくれる。
これで大技の一つや二つでも誘発出来れば上等だ。
だが、奴は此方を舐め腐っているのか、魔術や特殊能力の類を使うこと無く、左腕一本で長槍を構え、鋸状になった穂先を赤熱化させて突っ込んで来た。
身体性能差は圧倒的だ。自分を殺すのに小賢しい技は不要と判断したのだろう。
だったら此方は泥臭く殺しにいくまでだ。
奴に合わせるわけでは無いが左腕一本で赤熱化させたレーベインベルグを構え、真正面から懐に飛び込む。
トリスガストが迎撃に放った真紅の剣閃は二条。
真面に打ち合ったら、此方の腕が壊れる。
――躱せる。
そう判断すると同時に、剣閃が新たに三条追加された。
平然と此方の判断速度と反応速度を上回って来る。
当然だと分かっていても、圧倒的な能力差が憎たらしい。
「だが……!!」
奴の思惑に乗ってやる必要はない。追加される度に一条ずつ数を増やしていく剣閃が肉を引き裂いていくのを無視して間合いを詰める。
両足はまだ繋がっているし、踏み込める。両目も健在だ。右腕を半ばほど焼き斬られたが剣は振るえる。許容範囲だ。
龍装甲の再生機能が発動し、切り裂かれた肉から鮮血と共に溢れ出る魔力光が傷を再生していく。
焼石に水だが、致命傷で無ければ無傷も同然だ。致命傷に繋がる攻撃だけを避け、それ以外は自分から当たりに行く勢いで肉薄する。
――まずは一撃!!
ここまでやれば、或いはこの程度で、射程距離内に到達出来る。
更に踏み込み、すれ違い様に奴の体内に精霊兵器を直接召喚し、爆散した腹の内側に召喚した原初の火で臓腑を焼き払うが、すぐ様消し止められた。
――原初の火を送還された……! 上位の魔人でも通用するということか!!
魔術的な手法で召喚と再現を行っている以上、魔人の認識能力ならば魔力による相殺と送還経路の検出と構築は決して不可能では無い。
ライゼファーも、グァルプも、原初の火一発で仕留められなかった理由がこれだ。
――しかし、送還速度はライゼファー達の比では無い。流石は上位ということか……!
その上、必死に叩き込んだ一撃も時間の経過で完全に再生されてしまう。
とは言え、臓腑を焼き尽くされては、多少なりとも再生に時間を要し、動きも阻害される筈だ。
此方も一撃くれてやるまでに、それなりに傷を負ったが精々肉を刺され、斬られた程度。
隔絶された圧倒的な差を幾つか埋める程度なら何ら支障はない。
「再生する間はくれてやらん……!! 死ねよ、化け物!!」
「この程度で差を埋めたつもりか? 思い上がるなよ、羽虫!!」
交差する神剣と魔槍。使い手としては此方が劣っているかも知れないが、武器の性能は此方の方が上だ。レーベインベルグは奴の槍を切断し、二の腕を薄く切り裂いた。
「……!」
首を逸らし、追撃を阻止せんと放たれた三本目の腕を紙一重で避ける。
拳圧が礼服の肩口を破り、顔と首の皮膚を剥がしていくが、そんな物はくれてやる。自分の眼前には無防備になった奴の胸板がある。
骨を断つのは困難だ。しかし肉を斬り、臓器を焼くくらいなら上位の魔人が相手でも不可能では無い。
刃を突き入れようと距離を詰め――圧縮された殺意に脳髄を焼かれるような錯覚を覚えた。
離脱するべきだ。
直感と反射がそう訴える。従うべきだと分かっていても奴を殺す最大の好機という魅力に、判断と身体の動きに齟齬と遅れが生まれたこと、そして窮地に陥ったことを自覚する。
奴が瞬時に膨張させた胸の中心から放たれた熱線に貫かれる。
身を逸らし辛うじて心臓を貫かれることだけは避けたが、奴に両手首を掴まれ、離脱を阻まれた。
「思い上がるな、白痴」
再び奴の胸部が魔力光を収束する。発射までに刹那の瞬間すら必要としない。
だが、メラーナは奴よりも速い。一度きりとは言え、その驚異を目の当たりにしていたのが功を奏した。
「どちらが!!」
精霊兵器を召喚し、召喚の際に生じる空間湾曲で奴の右腕を吹き飛ばし、空いた左手にレーベインベルグを持ち替え、自分の右腕を斬り落として拘束から抜け出す。同時に放たれた熱線の第二射を避ける。
収縮する前の無防備な胸部に刃を突き入れ、原初の火を召喚し、奴の心臓と肺を焼く。
その反動が爆炎となって奴から弾き飛ばされた。
斬り飛ばした右肘から鮮血がしとどに溢れ出す。
龍装甲が再生を完了する前に失血死しかねないため、切断面を焼き潰して出血を止める。
「満身創痍だな」
「俺程度も殺し切れない雑魚が勝ち誇るなよ、化け物」
血塊と共に吐き捨て剣を構え直す。
残った内包魔力を全て龍装甲に回し、召喚した原初の火を全身に纏う。
一分、いや十秒で全魔力を使いきる程の贅沢な使い方だが、十秒もあれば釣りが来る。
「いや、貴様の程度は知れた。純粋種とは言え、所詮は不出来な劣等種。我等ルカビアンにしてみれば脆弱な羽虫に過ぎん。地の底で永劫に眠れ」
三本目の掌から巨大な棒が伸び、先端には物質化するまで圧縮された魔力の塊が不吉な輝きを放ち、自分の頭蓋目がけて振り落とされた。
コンディションは最悪だが、軌道と速度は読めた。
余裕でカウンターを叩き込める。振り落とされ、大地を叩いたメイスを足場に奴の顔面を狙う。
眼球を貫き、その奥にある脳髄を破壊してやれば、その賢しい頭も使い物にもならない筈だ。
これで数分の時を稼ぐことが出来る。そう考えた瞬間のことだった。
自分の視界が白に埋め尽くされたのは。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




